アルクレイス
ガルドさんに「そろそろだ」と呼ばれたのは、それから数日後のことだった。
朝のうちに鍛冶屋へ向かう。扉の前まで来るだけで、中の熱気がじわりと伝わってきた。金属を打つ音はもう止んでいるのに、炉の匂いだけはまだ濃く残っている。
「おぉ、来たか!」
奥から顔を出したガルドさんは、やけに誇らしげだった。
その手には、見覚えのないハンマーがある。
「……先にそっちなんですね」
「見るか!? 見るじゃろ!?」
「絶対見せたいだけでしょ」
「当たり前じゃ!」
前のより一回り重そうなのに、軽々と振り回している。頭の部分には宝石喰いの晶角が使われているのか、黒に近い青の中へ淡い虹色の筋が走っていた。
「どうじゃ! これが儂の新しい相棒じゃ!」
「……すごいのは分かる」
「分かるか! 分かるじゃろう!」
「でも、あたしたちを呼んだ理由はそっちじゃないわよね?」
「ぬ」
姉さんに言われて、ガルドさんが咳払いを一つした。
「こほん。まあ、そっちも本題の一つではあるが」
「剣が本題でしょ。」
「うるさいわい。ほれ、こっちじゃ」
そう言って作業台の奥へ手招きする。
「……できたんだ」
「おう」
ガルドさんが布を払う。
現れたのは、細身の剣だった。
刃はすらりと伸び、余計な装飾はほとんどない。それでも目を引く。地金は銀とも青ともつかない色をしていて、見る角度によってごく淡く虹色が差した。
柄は細く締まり、鍔も大きすぎない。華奢には見えないのに、重たさも感じさせない。
「持ってみろ」
「……はい」
手を伸ばす。
持ち上げた途端、思わず目を瞬いた。
軽い。
「どうじゃ」
「……すごい」
「当たり前じゃ」
ガルドさんがふん、と鼻を鳴らす。
試しに一度振る。空気を裂く音が細い。無駄がなく、握り直さなくても、そのまま二太刀目、三太刀目へ繋がりそうだ。
今度はマナを流してみると、吸い込まれるみたいに馴染んだ。
「……通しやすい」
「そう作った」
「我ながらいい仕事じゃわい」
ふんぞり返るガルドさんを見て、姉さんが横から覗き込む。
「いいじゃない。思ったよりちゃんとしてて」
「思ったよりって」
「もっとひょろいの想像してた」
「どんなの」
「枝」
「ひどいなあ」
肩を揺らして笑った。
「お主、わしを舐めすぎじゃ」
ガルドさんは少しだけ顎を上げる。
「銘は――《アルクレイス》じゃ」
「アルクレイス……」
「気に入らんか?」
「……いや」
もう一度、手の中の剣を見る。
刃がかすかに光を返した。
「気に入りました」
「ならいい」
満足そうに頷いた横で、姉さんがにやっと笑う。
「よかったわね、アトラ」
「うん」
「名前負けしないように頑張らなきゃね」
「そうだね、頑張るよ」
ガルドさんは新調したハンマーを肩へ担いだ。
「その剣は、お前さんが使って初めて完成する。鈍らせるなよ」
「はい」
「あと、割引きしたんじゃから感謝せぇ」
「まだ言ってる」
「当たり前じゃろうが! こちとら泣く泣くじゃ!」
姉さんが吹き出す。
そのあと少しだけ試し振りをして、鍛冶屋を出た。
「どう?」
「……いい」
「ふふ。そう」
鞘へ戻す。
鞘走りの音まで心地よかった。
◇
翌日、ギルドから呼び出しがかかった。
「僕たち?」
「はい。キースさんが、時間があるならすぐ来てほしいと」
伝言を持ってきた職員さんは、それだけ言って帰っていく。
呼び出しなんて聞くと、少しだけ身構える。
「何かあったのかな」
「怒られるようなことした?」
「……思い当たる?」
「なんであたしなのよ」
とにかく二人でギルドへ向かった。中へ入ると、メレナさんがこちらに気づいて手を上げる。
「アトラさん、キャトラさん。こちらへ」
「お待たせしました」
「いえ。キースさんも中で待っています」
そのまま奥へ通される。
ギルドマスター室に入ると、キースさんは書類を片手に椅子へ座っていた。顔を上げるなり、短く言う。
「来たか」
「はい」
「呼び出しって聞いて、何かあったのかと思ったんですけど」
「悪い話じゃない」
机の上の紙を軽く叩いた。
「本部から通達が来た」
「本部……?」
「ヴァルフェニア討伐の件だ」
その言葉に、姉さんと顔を見合わせる。
キースさんが続けた。
「本来なら、Bランクのまま相手にするような獲物じゃない。だが実際にお前たちは倒した。素材も提出した。青晶洞の件も含めて、戦果としては十分すぎる」
「……それで?」
「特例で、Aランク昇格戦への参加資格が認められた」
「え?」
「Aランク?」
「そうだ」
「Aランクって、盗賊討伐とかしないと上がれないんじゃないの?」
「特例だ。ヴァルフェニアを討伐できるやつを、いつまでもBランクに留まらせておくのは惜しいからな」
「だから、興味があるなら来てほしい、ってことだ」
キースさんの指が紙の上を滑る。
「場所は城塞都市」
「グランバルド……」
「冒険者ギルド本部がある街だ。王都より北。魔獣の動きが活発で、外縁にはダンジョンもある」
知らない街に、ダンジョン。
「昇格戦って、何をするの?」
「細かい内容は向こうで通達される。だがAランク相当の実力を見る試験だ。半端な奴は受からん」
「面白そうじゃない」
姉さんが即答した。
それを聞いて、キースさんが少しだけ口元を緩める。
「だろうな」
「あたしは行きたい」
「早いね」
「だって、Aランクでしょ? しかもダンジョンまで。行かない理由ある?」
「……ないかも」
新しい剣を受け取ったばかりだからか、思ったより気持ちは前を向いていた。
キースさんが頷く。
「なら話は早い。準備しろ。出発の時期は後で伝える」
「はい」
「向こうの冒険者は精鋭揃いで、王都とは勝手が違う。浮かれるなよ」
「分かってるわよ」
「お前は特にな」
「なによそれ」
姉さんが頬を膨らませる。
城塞都市にAランク昇格戦。
ワクワクする気持ちを抑えながら、ギルドマスター室を出た。




