宝石喰い
「……なに、これ……」
先に声を漏らしたのは姉さんだった。
青晶洞の奥、細い通路を抜けた先に広がっていたのは、青白い結晶に照らされた広間だ。壁にも床にも晶石が走り、ひんやりした光が洞窟全体を満たしていて、その中を大蜥蜴みたいな魔獣が蠢いている。
五体。
宝石喰い《ジェムイーター》は二体と聞いていた。だからこそ、厄介ではあっても手に負えない相手じゃないだろう、そんなつもりでここまで来たのに。
「……ものすごく面倒くさそう」
「うん」
気持ちは同じだった。
一体一体の気配は、ヴァルフェニアほど重くないし、押し潰されるような威圧感もない。けれど、五体まとめて相手にするとなれば話は別だ。しかも中央には、ひときわ大きい個体までいる。
親玉だろう。背の晶角が他より太く、伏せているだけなのに妙に存在感がある。あれがいちばん厄介そうだ。
その時、ギルドで言われた注意が頭をよぎる。
――青晶洞では規模の大きい魔法は控えてください。下手をすると洞窟自体が崩れます。
つまり、広範囲を吹き飛ばすようなやり方は使えない。二重身体強化もやめておいた方がいいだろう。
「でかいのは最後にしよう」
「賛成。先に周りを減らしましょ。」
ちょうどその時、右端の一体が鉱石を噛むのをやめて顔を上げた。低い唸り声。続くように、他の個体も次々とこちらを向く。
「見つかった」
「みたいね」
姉さんの指先に冷気が走る。僕も足にマナを流した。
最初に動いたのは左の一体だった。大きく口を開け、床を削りながら一直線にこっちへ突進してくる。
顎を半歩だけ外してすれ違いざま、背の晶角の根元へ水刃を走らせる。甲高い音。結晶が砕け、魔獣の頭がぐらりと傾ぐ。
「そこ!」
姉さんの氷華細剣が首筋へ吸い込まれた。血飛沫と一緒に巨体が崩れ落ちる。
「一体目!」
「油断しないで!」
間髪入れずに次の二体が来る。右から尾、正面から前脚。正面の方を水刃で脚元から払う。浅い。でも体勢は崩れる。そこへ姉さんが踏み込み、横腹へ氷の斬線を刻んだ。
尾が迫る。
薄い氷壁を前へ展開する。正面から止めるんじゃなく、軌道を少し外へ流す。それだけで十分だった。ずれた尾の下を姉さんが潜り、今度は喉を突く。
二体目が痙攣しながら倒れる。
「思ったよりいけるわね!」
「うん!」
連携も甘いし、数が多いぶん散ってくれるから、逆に各個撃破しやすい。
三体目は僕が取った。晶角の裂け目へ水をねじ込み、そのまま内側から割る。青い欠片が弾け、悲鳴と一緒に巨体が床へ叩きつけられた。
残るは二体。
親玉じゃない方を姉さんが引き受け、僕は中央へ目を向ける。
一際大きい個体がゆっくり立ち上がった。
こちらを見下ろすみたいに首をもたげ、低く唸る。
「そっち終わる?」
「すぐ!」
姉さんの返事と同時、横で短い悲鳴が上がる。四体目も沈んだらしい。
これで一対二。
親玉が先に動く。見た目より速い。が、それだけ。真正面から来る分対処しやすい。
横へ外れ、前脚の付け根へ水刃を打ち込むが、他の個体より硬い。親玉がそのまま身体を捻り、尾を振り抜いた。
「っ!」
飛び退く。床が砕け、青い欠片が散った。
「アトラ!」
「うん!」
姉さんが横から入り、頬のあたりを細剣で払う。親玉が苛立ったように大きく口を開いた。
外への高威力魔法がだめなら、内側へ。
「姉さん、そのまま!」
「任せて!」
指先へマナを絞る。バチバチッ、と小さな雷が
鋭く、圧縮されていく。
「鳴雷絶華――っ!!」
放った雷が青白い閃光になって、親玉の口内へ吸い込まれた。
巨体がびくりと跳ねる。
「ギュアアアアアアッ!!」
絶叫が広間を震わせた。
雷は喉を焼き、そのまま内側に弾けていく。外へは広がらず、雷が晶角の根元まで一気に走り抜け、背の結晶にひびを入れる。
巨体が前のめりに崩れ、最後に一度だけ大きく痙攣して、それきり動かなくなった。
広間に残るのは、砕けた晶石の音だけ。
「……終わった?」
「えぇ」
姉さんが息を吐く。
「五体いたわりに、案外どうにかなったわね」
「もう少し面倒かなって思ったけどね」
「そうね、手に負えないほどじゃなかったわ」
二人して少しだけ笑う。
親玉の向こう側、壁際に淡い虹色が滲んでいるのが見えた。青い結晶の中に混じって、そこだけ違う色で光っている。
「あそこだ」
「ええ。いきましょ」
足元に転がる宝石喰いたちを避けながら、僕たちはその虹色へ歩き出した。
近づくにつれて、光も強くなる。青晶石の隙間に埋もれるようにして、虹晶魔鉱がいくつも顔を覗かせている。大きいものは拳ほど、小さいものでも爪の先よりはずっと大きい。
「思ったより、多いね…」
「というより……」
姉さんがしゃがみ込み、床を手で払う。
そこからさらに虹色の光が転がり出してくる。
「……溜め込んでたのね、これ」
「たぶん親玉が集めてたんだろうね」
宝石喰いは良質なものほど奥へ持ち込む、ガルドさんの話は本当だったらしい。
よく見ると、親玉がいたあたりの床にも、青晶石に紛れていくつも埋まっていた。巣の中心に寄せ集めていたんだろう。
「これは……儲かりそうね」
「先にそれ言うんだ」
「大事でしょ」
姉さんが当然みたいに言う。
一つ持ち上げてみる。
見た目ほど重くはない。手の中で淡い虹色がゆっくり揺れる。マナを通す鉱石って話だったけど、確かに不思議な気配を感じる。
「綺麗ね」
姉さんからも思わずそんな感想が出た。
袋を広げて回収していく。
できるだけ多くって言われてはいたけど、さすがに全部持って帰るのは無理だ。状態が良くて、大きさも揃っているものを優先して袋へ入れる。
途中、親玉の背から折れた晶角も見つけた。
「これが晶角?」
「たぶん」
「なにに使うのかな?」
「とりあえず持って帰ろう」
晶角には黒い結晶の芯に、ところどころ虹みたいな筋が入っていた。あれだけ鉱石を食べていたなら、体の中まで染みていてもおかしくない。
「牙も取れるかな」
「欲張るね」
「せっかくだもの」
姉さんが笑う。
必要なものを回収し終えて立ち上がる。
「これだけあれば、足りるわよね」
「足りなかったらまた来ればいいよ」
「それはちょっとめんどくさいわね」
そんなことを言いながら青晶洞を後にし、王都への道を戻る。




