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鍛冶師ガルド

キースさんから渡された案内書を頼りに辿り着いたのは、王都の賑やかな通りから少し外れた路地の奥だった。




「ここ、で合ってるのよね?」


「たぶん」




案内書と見比べながら頷く。




扉を開けると店の中には武具がずらりと並んでいた。剣、槍、斧、盾。どれも一目で分かる。上等なものだ。




研ぎ澄まされていて、光り方も、刃の反りも、柄の巻き方ひとつ取っても雑なものが一つもなかった。




「……すご」




姉さんが思わず漏らす。




その奥から、カァン! カァン! と、規則正しい金属音が聞こえていた。耳に刺さるんじゃなくて、妙に心地いい音だった。火と鉄と、何か熱い匂いが店の空気に混じっている。




「こんにちはー」




姉さんが声をかける。


返事はない。音だけが続く。




もう一度、今度は少し大きめに呼ぶ。




「すみませーん!」




すると、奥の工房から低い声が返ってきた。




「なんだぁ? 客かぁ?」




のそのそと出てきた姿を見て、今度は驚く。




背は低いが横にも奥にも分厚い。鍛えられた腕は丸太みたいで、灰色の髭が胸元まで伸びていた。肌は煤で黒ずみ、目だけが妙にぎらついている。




 ――ドワーフだ。




「なんだおめぇら」




ぶっきらぼうにそう言って、じろりと僕たちを眺める。




「あ、えっと……ギルドマスター、じゃなくて、キースさんにここへ行ってみろって言われて」




そう答えた瞬間だった。




ドワーフの目が、ぎらりと光る。




「おぉ! ヴァルフェニアの素材で剣を打たせてくれるってやつか!」




「えっ」


「えっ」




僕と姉さんの声が重なった。




ずいっと一歩詰め寄られる。圧がすごい。


「持ってきたんじゃろ!? 鉤爪! あの不死炎鳥の!」


「は、はい……」


「見せろ!」




勢いに押されるまま、袋を差し出す。


中からヴァルフェニアの鉤爪を取り出した瞬間、ドワーフの顔つきが変わった。




「……ほぉ」




太い指が慎重に表面を撫でる。


熱はもう抜けているはずなのに、その仕草はまるで、まだ火を宿しているものに触れるみたいだった。




「間違いねぇ、不死炎鳥の素材だな。しかも状態がいい」


「わかるんですか?」


「当たり前じゃ。Sランクの魔獣の素材で剣を打つなんてことは、そうそうあるもんじゃねぇけどな」




にやりと笑う。


その顔は職人っていうより、面白い玩具を見つけた子どもに近かった。




「で、どっちが使うんじゃ」




問われて、少しだけ間を置く。




「……僕です」


「ほぉ」




頭の先から足元まで、改めてじろじろ見られる。


少し居心地が悪い。




「なんですか?」


「お前ら、魔法士じゃろ」


「え?」


「なら軽い方がいい」




あまりに当たり前みたいに言われて、逆に聞き返してしまった。




「なんでわかったんですか?」


「筋肉が薄いからの」




即答だった。




「だいたい重い武器を好むやつぁ、もっとガタイがいい。肩も腕も腰も違う。お前さんは剣を振れんわけじゃねぇが、剣一本で押し切る体じゃない」


「……」


「そっちはそっちで前衛型じゃが、主軸は魔法寄りじゃろ。」


「よく見てるわね」


「鍛冶屋をなんだと思っとる」




鼻を鳴らして、また鉤爪へ視線を戻す。




「ふむ……軽くて、細めで、それでも芯はいるな。ヴァルフェニアの硬さを活かすなら、中途半端にゃしたくねぇ」


「そんなことまで分かるんですか」


「分からにゃ商売にならん」




ぶっきらぼうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。




「じゃあ、打ってくれるんですか?」




姉さんが口を挟む。


ドワーフは「当たり前じゃ」とでも言いたげに顎を上げた。




「打つとも。こんな素材、逃してたまるか」


「ほんとに?」


「ほんとじゃ。ちぃと待っとれ」




そう言って鉤爪を抱え、また工房の奥へ引っ込んでいく。僕たちも半ば流されるように中を覗き込んだ。




炉の熱気が頬を打つ。


壁には大小様々な工具、机には削りかけの金属片。真ん中には使い込まれた作業台と、ついさっきまで振るっていたらしい大きなメイスが置かれていた。




ドワーフは鉤爪を台に置くと、慣れた手つきで何かを確かめ、火にかけ、しばらく無言で作業を始めた。




カァン、と一打。


次の瞬間、眉間に皺が寄る。




「……だめじゃな」


「え?」




あまりにも早い結論に、間の抜けた声が出る。




「なんでですか?」


「足りん」




短くそう言って、今度は棚をごそごそ漁る。


取り出した青白い鉱石を見せつけるように掲げた。




虹晶魔鉱こうしょうまこうが足りん」


「虹晶魔鉱?」


「魔力を通すための鉱だ。特にこういう上物の素材を武器にするなら、こいつで芯を通さにゃ話にならん」




そう言いながら、今度はさっき作業台に置いてあったメイスを持ち上げる。


柄の付け根にひびが入っていた。




「それと、今ので使っとったメイスがいかれちまった」


「今ので?」


「試しじゃ、試し。ヴァルフェニアの硬さを見るつもりで当ててみたら、こっちが負けた」




さらっと言うけど、たぶんそれってかなりやばいことなんじゃないだろうか。




「……そんなことある?」


「あるんじゃよ。Sランクの素材をなめるな」




メイスを乱暴に置き、それから僕たちを見る。




「お前ら冒険者なんじゃろ」


「はい」


「なら、ちょうどいい」


「依頼、受けてくれねぇか」




にやりと笑ったドワーフに、僕と姉さんは顔を見合わせた。




「依頼って……」


虹晶魔鉱(オリハルコン)を取ってきてほしいんじゃよ。今言った通り、ヴァルフェニアの鉤爪を武器にするなら、こいつで芯を通さにゃ話にならん」




青白い鉱石を、どんと作業台に置く。


青く透き通った結晶の中で、淡い虹色の光が揺れている




「それ、どこで採れるんですか?」


青晶洞(せいしょうどう)じゃな」




聞き慣れない名前に、思わず繰り返す。




「青晶洞……」


「王都から少し離れた山ん中にある洞窟じゃ。壁にも床にも青い晶石が走っとって、奥に行くほど空気そのものがひんやりしてくる。虹晶魔鉱も、もとはそこで採れとった」




「採れとった?」




姉さんが眉を上げる。


ドワーフは鼻を鳴らした。




「今はそう簡単にゃいかん。少し前から、あそこに居ついた厄介もんがおるでな」


「厄介もん?」


宝石喰い(ジェムイーター)じゃ」




その異名だけで、少しだけ空気が変わった。




「宝石喰い……」


「鉱石や晶石を喰って育つ魔獣じゃよ。しかもただ喰うだけじゃねぇ。良質な鉱石ほど巣の奥に溜め込みやがる。おかげで虹晶魔鉱が残っとるなら、ほぼあやつの住処にあると思っていい」




姉さんが腕を組む。




「それって、結局その魔獣をどうにかしなきゃ駄目ってこと?」


「そういうことじゃ」




ドワーフは頷くと、作業台の下から丸めた紙を取り出して広げた。簡単な地図だった。王都から外れた山道、その途中に印がついている。




「ギルドでも依頼は出とる。最近、青晶洞に入った採掘屋が何人か怪我して戻ってきての。まともに鉱石を取りに行ける状態じゃない」


「A級……ですか?」


「おう。下手な連中が行きゃ、鉱石どころか骨も残らん」




さらっと怖いことを言う。




「どんな魔獣なんですか?」




僕がそう聞くと、ドワーフは少しだけ口元を歪めた。




「大蜥蜴みてぇな見た目じゃな。背中から尾にかけて結晶が生えとる。顎がやたら強くて、鉱石を砕いてそのまま喰う。身体も硬ぇし、晶石を纏っとるせいで並の刃じゃ通りが悪い」


「……面倒そうね」


「面倒じゃ。じゃが、そのぶん討伐できりゃ素材も上等じゃぞ。牙も爪も使い道はあるし、背中の晶角なんざ魔道具屋が目の色変えて買い取りに来る」




姉さんが少しだけ興味深そうに目を細める。


こういう話になると、やっぱり反応が早い。




「で、報酬は?」


「おお、そこは大事じゃな」




待ってましたとばかりに、ドワーフが指を立てた。




「まず、青晶洞で取れた虹晶魔鉱のうち必要な分だけこっちに回してもらう。それで剣は儂が責任持って打つ」


「必要な分だけ?」


「全部寄越せなんて言わん。余った分はお前さんらのもんじゃ。ギルドに売るなり、別口で使うなり好きにしろ」


「それと、宝石喰いを討伐した場合は?」


「そっちの素材もお前さんらの取り分じゃな。欲しけりゃ武器や防具に回せるし、売っても相当な額になる」




言いながら、こっちをじっと見る。




「それに」


「それに?」


「鍛冶代はまけてやる」




姉さんがすぐに食いついた。




「まけるって、どれくらい?」


「儂が満足するだけの虹晶魔鉱を持って帰ってきたら、ほぼタダみてぇなもんじゃ」


「ほぼ?」


「全部タダとは言っとらん」


「そこ大事なんだけど」




姉さんが半眼になる。


ドワーフは豪快に笑った。




「がっはっは! 当たり前じゃろ、こちとら商売しとるんじゃぞ!」


「いや、そこ笑うところ?」


「笑うところじゃ」




勢いに押されそうになるけど、悪い感じはしない。


たぶんこの人、素材と武器の話になるとそれ以外が雑になるタイプだ。




「どうする?」




姉さんが僕を見る。


聞かれなくても、答えは決まっていた。




「……受けます」


「おう」


「ただ、確認したいことが一つだけ」


「なんじゃ」




地図へ目を落とす。




「虹晶魔鉱は、どれくらい必要なんですか?」


「ヴァルフェニアの鉤爪そのものが上物じゃからな。中途半端な量じゃ足りんからできるだけ多く頼むわい。」




姉さんが地図を覗き込む。




「青晶洞までの距離は?」


「王都から馬車で半日、そこから山道を歩いて一時間ちょいってとこじゃ」


「日帰りは?」


「危ねぇな。洞窟の中まで入るなら、戻りは遅くなると思っとけ」




そこまで聞いて、姉さんが小さく息を吐く。




「まあ、妥当ね」


「そうだね」




ドワーフが頷く。




「決まりじゃな。ギルドで正式に依頼書を受けてから行け。儂の名前を出せば話は早い」


「名前、まだ聞いてなかったんですけど」


「おお、そうじゃったな」




胸を張る。




「儂はガルド。王都一の鍛冶師じゃ」


「自分で言うんだ」


「事実じゃからの」




この人意外と姉さんと似てるかも。




「じゃあ、僕たちはギルドで依頼を受けてから向かいます」


「おう。虹晶魔鉱と、できりゃ宝石喰いの素材も持ってこい。特に晶角は忘れるなよ」


「はい」




頷くと、ガルドさんは満足そうに髭を撫でた。




「ガッハッハ!楽しみじゃのう!」








   ◇




鍛冶屋を出ると、外の空気がひやりと頬を撫でた。さっきまで炉の熱気に当てられていたせいか、それだけで少しだけ肩の力が抜ける。




「……なんか、すごい人だったね」


「すごいっていうか、圧がすごかったわね」


「うん」




王都の通りへ戻る。人の流れは多いけど、頭の中はもう次の依頼のことばかりだった。青晶洞。虹晶魔鉱。宝石喰い。




「次の冒険、ちょっと楽しみかも」


「ちょっと?」


「……ちょっとじゃないかも」


「ふふ。素直じゃないわね」




姉さんが笑う。




「宝石喰いはあたしがぶっ飛ばすわ!」


「やる気満々だね」


「だってヴァルフェニアはアトラにとられちゃったし!」


「とられちゃったって……」


「私も強いヤツと戦いたい!」




言い切るあたりが、ほんとに姉さんらしい。




「……今日はもう宿に戻ろうか」


「そうね。依頼は明日受けに行けばいいし」


「うん」


「せっかくなら、万全の状態で行きたいもの」




姉さんがそう言って伸びをする。


王都の空はもう少しずつ暮れかけていて、今日一日の終わりを静かに告げていた。

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