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魔獣の正体

メレナさんが息を整え、それから改めて鉤爪と羽へ目を落とす。




「……間違いありません」


「正式名称はヴァルフェニア。通称“不死炎鳥”です。再生能力を持つSランク級の魔獣で、確認例自体が少ない希少種……普通はSランクパーティ、あるいは高ランク冒険者を何十人も動員して再生を抑え込みながら討伐する相手ですよ……!?」




周囲が息を呑んだ。




「そんなのを二人で……?」


「いや、おかしいだろ……」


「ほんとに討伐したのか……?」




視線がまたこっちへ集まる。


その中で、メレナさんが僕たちを見る。




「アトラさん、キャトラさん……二人だけで、どうやって倒したんですか?




答えようとして、言葉が喉で止まる。


どう説明するべきか、一瞬迷う。最後に使った付与魔法のことは言ってもいいのか、それよりどこから話せばいいのか考えたところで、疲れ切った頭じゃうまくまとまらない。




「それは……」


「……」




 そこでキースさんが静かに口を開く。




「今日はもういい」


「キースさん……」


「素材は本物だ。それだけで十分だろう。詳しい話は明日で構わん」


「見れば分かる。相当な相手だったはずだ」


「……はい」


「それに」




そこで一度、僕たちの顔を見る。




「お前たちも限界だろう」




確かにその通りだ。立っているだけで足が重い。姉さんも同じなのか、苦笑した。




「さすがに、ね」


「今日はもう寝たい……」




レオンさんが腕を組んだまま鼻を鳴らす。




「その顔でまだ立ってんのが不思議なくらいだ。さっさと休め」


「レオンさん、それ言い方……」


「でも、まあ……その通りだわ」






メレナさんも、はっとしたように頭を下げる。




「すみません、つい確認を急いでしまって……正式な報告は明日、改めてで大丈夫です!」


「分かりました」


「素材の方は一旦こちらで預かります。ギルドが買い取るか、そのままお持ちになるかもまたあした。」




そう言いながら、羽と鉤爪を丁寧に布の上へ移していく。さっきまで興奮していた冒険者たちも、今は遠巻きにそれを見守るばかりだった。




その時、姉さんが思い出したように袋を持ち上げた。




「あ、そうだ。こっちもある」


「……こっち?」




メレナさんが目を瞬く。


袋の口から覗いた青白い光を見た瞬間、その表情がふっと和らいだ。




「月雫草……!」


「ちゃんと十本」


「採れました」




その言葉に、メレナさんも表情が和らぐ。




「よかった……本当に」


「すぐに孤児院へ届けます。今日はもう遅いですし、薬の調合は明日の朝になると思いますが……」


「お願いします」


「任せてください」




キースさんが小さく頷く。




「今日はもう解散だ。二人とも、宿へ戻って休め」


「はい」


「……ありがとうございます」




ギルドを出ると、夜風が火照った体を少し冷ましてくれた。隣で姉さんが大きく息を吐く。




「……なんか、どっと来た」


「僕も」


「今なら道端で寝れる気がする」


「それは駄目だよ……」




そう返すと、「冗談よ」と姉さんがくすっと笑った。


 


部屋に着くと同時に、ベッドに腰を下ろした時点で意識が遠くなる。




「……アトラ」


「ん……?」


「明日、ちゃんと起こして」


「姉さんもね……」




返事が聞こえたのかどうかも分からないまま、そのまま眠りに落ちた。




   ◇




翌朝、




向かいのベッドでは、姉さんがまだ毛布にくるまったまま動いていない。




「姉さん」


「……んー」


「朝だよ」


「あと五分……」


「それ、絶対もっと寝るやつ」


「うぅ…………」




もぞもぞと起き上がる。


髪は跳ねてるし、目つきもまだ眠そうだけど、いつもよりましな寝起きだ。




身支度を整えて孤児院へ向かう。


いつもはフラフラと朝市に惑わされる姉さんも今日は落ち着いている。




孤児院に着くと、ルミエラさんがすぐに出迎えてくれた。




「おはようございます」


「おはようございます」




部屋の中へ入ると、机の上にはすでに準備が整えられていた。乾燥器具、薬研、小さな鍋、透明な小瓶。月雫草は丁寧に並べられ、その青白い光が朝の部屋に淡く揺れている。




「これをすり潰して、他の薬草と混ぜます。煎じる時間はそう長くありません」


「手伝えること、ありますか?」


「では、この葉を」


「うん、任せて」


姉さんがすぐ隣へ回る。


僕も言われた通りに薬草を受け取り、慎重に扱った。




月雫草を薬研で潰すと、中から月明かりのような液が滲み出してくる。普通の薬草とは匂いが違う。冷たいような、それでいて澄んだ香りが鼻に抜けた。






鍋の中で静かに色が変わっていく液体を見ながら、ただ時間が過ぎるのを待った。




やがてルミエラさんが小さく頷く。




「……できました」




できあがった薬は、青っぽい淡い色をしていた。それを慎重に小瓶へ移し、セシルのもとへ運ぶ。




ベッドの上のセシルは、まだ眠ったままだ。


ルミエラさんがそっと上体を支え、少しずつ薬を飲ませていく。


こぼれないように、無理をさせないように。




しばらくしてセシルの額に浮いていた汗が引き、苦しそうだった息が少しずつ落ち着いていくのが見えた。




ルミエラさんが、ほっと息を吐く。




「熱が……下がってきています」


「ほんと?」


「はい。まだ安心はできませんけど……でも、昨夜よりずっといいです」


「よかった……」


「うん……本当によかった」




カイルたちも、こっそりと覗き見をしながら嬉しそうに笑っていた。




その様子を見届けたところで、孤児院の扉をノックする音がした。




応じたルミエラさんが、少しして戻ってくる。




「ギルドからです」


「ギルド?」


「ギルドマスターがお呼びだそうです。お二人から話を聞きたいと」


「昨日の続きだね」




姉さんが苦笑する。


僕も頷いた。




ヴァルフェニアをどう倒したのか。


そこはやっぱり、きちんと話さなきゃいけない。




「行こうか」


「うん」




通されたのはギルドマスター室。


扉を開けると、キースさんとメレナさんがいた。




「では改めて聞こう」


「……はい」


「ヴァルフェニアを、二人でどうやって倒した?」




僕は一つ息を吐いてから、口を開いた。




「最初は普通に姉さんとふたりで魔法で押し切ろうとしました。でも何回傷をつけても炎で再生されるので……」


「だろうな」


「はい。なので消耗戦になる前に奥の手を」


「奥の手?」


キースさんが眉を動かす。


「付与魔法です。」


「付与魔法?あれは武器とか防具とかに付けて使うものだろ?」


「前衛を任せて、アトラの身体強化魔法の上にわたしの身体強化魔法を付与したの。」




姉さんがそう言うと、キースさんの目が見開かれる。




「……そんなことが…いや…」


「あ、ありえるんですか??自分の身体強化を相手に付与するなんて。卓越したマナ操作がなければ……」


2人とも信じられないという感じだ。




しばらく、部屋が静かになる。




やがてキースさんが僕と姉さんを見比べ小さく息を吐いた。




「納得はできないが、理解はした。」


「いいんですか?」


「よくはねぇが、現に素材がここにあるし、道端で拾えるような代物でもねぇしな。」


「お前らが色々規格外だってことを理解したよ。」




それだけ言って椅子に深く座り直すと、今度は机の端に置かれていた鉤爪へ視線を落とした。




「で、この素材の話だが」


「?」


「ヴァルフェニアの鉤爪と羽だ。こっちで買い取ってもいいし、手元に残してもいい。特に鉤爪の方は、加工すりゃ武器素材としてはかなり上等だぞ」




姉さんが眉を上げる。




「へえ……」


「まあ、あたし達は魔法主体だし」


「僕も剣はそこまで……」




そう答えると、キースさんが呆れたように片眉を上げた。




「魔法を使えるやつでも、基本武器の一本くらいは持つもんだ」


「そういうものですか?」


「そういうもんだ。いつでも好きなように魔法が使えるとは限らねえだろ」




それは、確かにそうだった。


姉さんがちらりとこっちを見る。




「でもあたし、氷華細剣フロストフルーレ気に入ってるのよね」


「……うん」


「ならアトラの剣にしたら?」


「僕?」




思わず聞き返すと、姉さんは当然みたいな顔をした。




「だって今回みたいなこと、またあるかもしれないでしょ」


「ヴァルフェニアみたいな相手ってことか?」


「そう。」




言われてみれば、反論しづらい。付与魔法を使えるのは姉さんだけだし、二重身体強化魔法を使う時は僕が前衛だ。




「……そう言われると、持っといた方がいいのかな」


「だろうな」


「でも、僕あんまり剣使わないし……」


「使わねえなら、これから慣れりゃいいだけだ」




キースさんがにやりと笑う。




「それなら、いい鍛冶屋を紹介してやる」


「ほんとですか?」




ヴァルフェニアの鉤爪からできる剣。


想像はつかないが、きっとすごい剣になるだろう。確かにそれは少し楽しみかも…


顔に出ていたのだろうか、姉さんがくすっと笑う。




「決まりね」


「……まだ決めてないよ」


「顔が気になってる顔になってるわよ」


「なってない」


「なってるわよ」


「なってるな」


キースさんはそんなやり取りを眺めながら、面白そうに口元を緩める。




「まあ、詳しい話は追って連絡する。今日はもう戻れ」


「はい」


「ありがとうございました」


「鍛冶屋の件、楽しみにしとけよ」


「……考えておきます」




そう答えると、キースさんはますます愉快そうに笑った

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