vs Sランク
エピソードタイトルつけました。
更新遅くなりました!!ごめんなさい
目の前の鳥型の魔獣――鋭い嘴も、獲物を引き裂くためにあるとしか思えない鉤爪も、それだけで十分脅威だったはずなのに、巨大な翼を広げるたび、全身を覆う炎が揺れる。火の粉が舞い、熱で輪郭が歪む。
喉の奥を掴まれるような感覚に、呼吸が浅くなる。
これが、Sランク級。
肌で理解させられる威圧感に、背筋を冷たいものが撫でた。
けれど、立ち尽くしている暇はない。
木々の隙間から差し込む光はもう赤い。森の奥は、刻一刻と夜に近づいていた。ここで足を止める方が危ない。
視線を横へ流すと隣の気配が、低く沈む。
伝わった。
次の瞬間、姉さんの足元でマナが弾ける。身体強化を乗せた一歩が地面を蹴り砕き、そのまま最後の一本へ駆けた。
なら、僕がやることは一つ。
両手を前へかざし、一気にマナを流し込む。
冷気が爆ぜた。
大気中の水分を掻き集め、目の前へ叩きつける。幾重にも、何層にも、無理やり圧縮しながら積み上げていく。壁なんて生やさしいものじゃない。分厚い氷塊が森の中にせり上がり、僕たちと魔獣との間を完全に断ち切った。
出力は全開。
もっと厚く。もっと深く。
軋むような音を立てながら、氷の障壁がさらに幅を増す。
「姉さん!」
「取った!」
その手には、月雫草がしっかり握られていた。青白い雫のような光が、夕暮れの中でかすかに揺れる。
「逃げよう!」
「うん!」
同時に地を蹴る。
身体強化を限界まで引き上げた瞬間、景色が一気に後ろへ流れた。踏み込んだ場所で土と枯れ葉が爆ぜ、巻き上がった葉が遅れて渦を描く。枝葉を掠めるたびに木々が大きく揺れ、森の空気そのものが引き裂かれていくようだった。
直後だった。
――ピシッ。
嫌な音がした。
背後に残した氷の障壁が、一瞬だけ強く光り、青白い壁の向こうから、黒い影が飛び出す。
「……っ!」
砕け散る氷片を突き破って現れたそれは、羽ばたき一つで距離を詰め、木々の上を滑るように迫ってくる。
逃げ切れない。森を抜ける前に追いつかれる。
なら――ここでやるしかない。
「姉さん! 闘おう!」
「了解っ!」
返事と同時に向きを変え、全力の身体強化のまま二人で前へ出る。
最速で、叩き切る――!
正面から落ちてきた鉤爪へ、姉さんの細剣が真正面から迎え撃つ。
ギィン!
高い音が森へ弾ける。氷の刃と炎を纏った鉤爪が噛み合い、砕けた氷片と火の粉が同時に散った。
その奥から嘴が伸びる。
低く、速い。
半歩だけ外へ逃がし、すれ違いざまに水弾を眼前へ撃ち込む。だが届くより早く、顔の前で炎が膨らんだ。水は蒸気へ変わり、白く弾けて消える。
構わず踏み込む。
嘴を逸らした直後、その懐へ水刃を差し込んだ。けれど今度は翼が割り込む。振り払うような一打に火の粉が混じり、水刃ごと押し返された。
止まらない。
右から氷剣、左から水刃。挟み込むように詰めた瞬間、翼が大きく開かれた。
次の瞬間、羽の形をした炎が扇状に散る。
「っ!」
姉さんが一息で三枚、四枚と斬り払う。裂けた火羽の隙間へ水弾を差し込み、迫った数枚を撃ち抜く。だが全部は消せない。掠めた熱が頬を焼いた。
その火雨を突っ切るように本体が来る。
纏う炎がさっきより濃い。熱そのものを鎧に変えたみたいな勢いで、嘴が喉元へ伸びてきた。
身を沈める。
頭上を灼けた風が裂いた。その下を滑るように潜り込み、今度は足元へ短い水槍を打ち込む。着地を奪うつもりだったが、鉤爪が地面ごと抉り、土煙と一緒に砕かれた。
「姉さん!」
「分かってるっ!」
声と同時に細剣が下から跳ねる。鉤爪を弾き上げ、空いた脇腹へ刺突が走った。浅い。それでも止めず、返す刃でもう一閃。炎の膜が弾け、赤い羽毛が数枚舞う。
そこへ水弾を三つ連ねる。横顔、喉元、翼の付け根。
だが、魔獣の全身を覆う炎が渦を巻き、まとめて呑み込む。白い蒸気が膨らみ、その向こうから影だけが真っ直ぐ落ちてきた。
「――っ!」
振り下ろされた嘴を、水を薄く帯みたいに走らせて逸らす。まともに受けたら持っていかれる。ずれた一瞬、その横を細剣が掠め、火花みたいに氷片が散った。
息を吸う間もない。踏み込み、躱し、差し込み、相殺される。そのたびに熱が膨らみ、冷気が砕け、視界の端で火の粉が暴れる。
それでも、押し切れない。
これが、Sランク。
姉さんの細剣が右から閃けば、こっちは逆側へ水刃を差し込む。鉤爪がこちらへ落ちれば、水弾で軌道をずらす。そのずれへまた細剣が走る。その積み重ねの果てに、巨体の軸が、ほんの一瞬だけぶれる。
その綻びを見逃すほど、姉さんは甘くない。
「はああっ!!」
鋭く突き出された細剣が、ぶれた鉤爪の外側を擦り抜け、翼の付け根へ深く食い込む。炎が弾けた。
魔獣が叫ぶ。
熱が膨らむ。
直後、叩きつけるような羽ばたきが来た。しかもただの風じゃない。至近距離で火羽が弾け、視界ごと焼き潰すみたいに散ってくる。
「姉さんっ!」
叫ぶと同時に水を目の前へ薄く散らす。狙いは防ぐことじゃない。魔獣の視界を切ること。噴き上がった炎に触れた途端、水は白い蒸気へ変わって広がった。
鉤爪が姉さんを掠める寸前で流れる。
そのまま僕は懐へ潜る。熱い。近い。羽ばたくたびに頬を焼かれそうなのに、今だけは目を逸らせない。さっき姉さんが抉った側の翼、その根元だけ、ほんのわずかに炎の流れが乱れている。
指先へマナを絞る。
水を圧縮する。細く、鋭く、ただ斬るためだけの刃へ変える。
気づいたのか、嘴がこちらへ返る。
もう、遅い――
「――っ!!」
振り抜く。
炎の膜を裂き、硬い羽毛を断ち、その奥へ刃を通す。
遅れて、熱の塊が弾ける。
赤く燃えていた翼の一部が宙を舞い、火の粉を散らしながら落ちていった。
赤く燃えていた翼の一部が宙を舞い、火の粉を散らしながら落ちていく。
直後、巨体が大きく傾いた。
片翼を削られたせいで空中姿勢を支えきれないのか、鳥型の魔獣はそのまま地面へ叩きつけられる。
――落ちた。
さすがにこれで、少しは楽になる。
そう思った、その時だった。
巻き上がった土埃の向こうで、炎が揺れる。
「……え」
思わず声が漏れた。
晴れかけた土煙の奥、さっき確かに斬り落としたはずの翼の断面から、炎がじわりと滲み出していた。欠けた部位を埋めるように、火が形をなぞっていく。
裂けた羽毛の根元を舐めるみたいに炎が走り、その上から新しい羽が押し出されるように伸びていった。
再生――回復魔法か?
それとも、別のからくりがあるのか。
「アトラ!」
呼ばれて意識を戻す。
魔獣が土煙の向こうから突っ込んできていた。
姉さんが受ける。僕は横へ回り込み、水弾を低く放った。狙うのは足元。踏み込みの軸をずらすための一手だ。
けれど、魔獣の足元から吹き上がった火が水弾を蒸かし、そのまま熱を纏ったまま突っ込んでくる。
「っ!」
姉さんが鉤爪を受け流す
ギャリィィィィン!
高い音が弾けた直後、身体の表面を走る炎が膨らんだ。散った火の粉が一つ一つ弾みたいに爆ぜ、肌を焼きにくる。それを水を薄く前へ走らせ直撃を防ぐ。蒸気を上げながら火粉を鈍らせ、その隙へ姉さんの細剣が脇腹を裂く。だが、
裂けたはずの肉が、炎に舐められるみたいに閉じていく。
「……だめか。」
そこから何度か傷を作った。
翼の付け根。脇腹。脚。それでも、五秒も経たないうちに炎が噴き、傷が塞がる。
このままじゃ、消耗戦になる。
しかも――木々の向こうへ視線を向ける。
夜がもうすぐそこまでやってきている。
「アトラ!? どうする!?」
飛んできた声に、息を詰めた。
再生しきれない速さで決着をつけるしかない。
頭に浮かんだのは一つだけだった。
拳聖リィナとの模擬戦で、結局見せられなかった奥の手。
やるしかない。
「姉さん……!」
「あれをやろう!」




