他キャラ目線
あぶねw!昼寝してたらこんなじかんに!!
初めての他キャラ目線です!楽しんでもらえると幸いです!
それでは第十五話!
――あの戦いは、正直予想以上だった。
ギルド内の廊下を歩きながら、キースは先ほどの模擬戦を思い返していた。
拳聖リィナ。
七聖英雄の一人にして、気術の使い手としてはこの世界でも最高峰に位置する少女。
孤児だったあいつに気術の基礎を叩き込んだのは自分だ。
踏み込み、呼吸、力の流れ、身体強化との噛み合わせ。
最初は荒削りで、ただ速く、ただ真っ直ぐで、見ていて危なっかしいところも多かった。
それが数年も経たないうちに、自分の手を完全に離れ、今ではもう、教え子なんて枠には収まらない。
拳聖リィナ・ヴァルグレイ。
その名で呼ばれるに相応しい場所まで、とっくに駆け上がっている。
「……ま、それでも」
キースは小さく鼻を鳴らした。
新しい技が出来た。
ちょっとした思いつきが上手くいった。
そういう時、あいつは今でも子どもみてぇな顔をして見せに来る。
師匠、と呼びながら、得意げに。
まるで褒められるのを待つガキみてぇに。
孤児だったってのもあるんだろう。
誰かに見てほしい、繋がっていたい、そういう部分があいつにはある。
普段はへらへら笑って、懐っこくて、騒がしくて。
だが、強さの先に一人で立ち続けるには、あいつはまだ少しだけ人恋しい。
――そんなリィナが、今日の模擬戦では心底楽しそうだった。
あそこまで本気で笑っていたのは、いつぶりだったか。
その理由は言うまでもない。
アトラとキャトラ。
あの姉弟だ。
リィナに届くはずがない。
そう思っていたわけじゃねぇ。
だが、あそこまで食らいつくとは思っていなかった。
あの年で、あの実力。
どう考えても規格外だ。
「ったく……」
呆れ半分、感心半分で呟きながら、キースは応接室の前で立ち止まる。
本来なら、リィナにも少し話を聞いておくつもりだった。
あいつがあの姉弟をどう見たか。今後どう関わるつもりか。
ノックもそこそこに、扉を開ける。
「待たせたな――」
言いかけて、止まる。
部屋の中には、誰もいなかった。
応接用の椅子と机。
冷めかけた茶。
開け放たれたままの窓。
それだけだ。
キースはしばらく無言で部屋の中を見回し、それから深々とため息を吐いた。
「……いねぇじゃねぇか」
ぴくり、とこめかみが引きつる。
想像はつく。
用件を済ませる前に、勝手にどこかへ行ったんだろう。
あの自由人が。
「ったく、七聖英雄の連中は勝手なやつばっかだ」
吐き捨てるようにそう言って、キースは扉を閉めた。
どうせそのうちまた、こちらの予定なんて考えずにおしかけてくるだろう。
だったら今は、溜まってる仕事でも片付ける方がまだマシだ。
首を鳴らしながら、キースは踵を返した。
⸻
いやー、楽しかったッス!
修練場を出たあとも、リィナの足取りは軽かった。
というか、軽いどころではない。今にも跳ねだしそうなくらいだ。
ぴこぴこと忙しなく揺れる耳。
機嫌よく左右に振られる尻尾。
本人に自覚はないが、嬉しい時ほど分かりやすい。
久しぶりだった。
あそこまでわくわくしたのは。
強い相手と戦うこと自体は好きだ。
勝つのも好きだし、鍛えるのも好きだし、新しい技を試すのも好き。
でも今日のは、それだけじゃなかった。
アトラとキャトラ。
あの二人は、単純に強いだけじゃない。
姉のキャトラは、まっすぐで、勢いがあって、戦いのセンスがある。
しかも楽しそうに向かってくるから、ついこっちまでテンションが上がる。
弟のアトラは、もっと変だ。
いや、変っていうと失礼ッスけど! でも変ッス!
魔法の繋ぎ方が綺麗すぎる。
どこでそんな経験を積んだのかと思ったら、独学って…
まるで本来の魔法の使い方を知っているような…
「いやー……アトラくん、すごかったッスねぇ」
誰もいない廊下でひとり頷く。
二人ともまだ奥の手ありそうだったし。
今度は最後までやりたいッス。
絶対やりたいッス。
「もっと修行しなきゃッスねぇ……」
強い相手と戦ったあとは、不思議と身体が軽い。
もっと上に行ける気がする。
もっと技を磨きたくなる。
と、そこで。
「……あ」
ぴたり、とリィナの足が止まった。
「師匠に新技見せるの忘れたッス」
さっきの模擬戦が楽しすぎて、すっかり飛んでいた。
本当は今日、新しい技が上手くいったから、それを見せてやろうと思っていたのだ。
うーん、と少しだけ考える。
「……ま、今度でいいッスか」
けろっと切り替える。
師匠は逃げない。
次に会った時に見せればいい。
それより今は――
人通りの少ない静かな回廊。
夕方の柔らかな陽射しが、白い壁と石床を淡く照らしている。
その先に――目当ての友達の姿が見えた。
模擬戦の時から気配は感じていた。ここに来たのもそのためだ。
静かに佇むその後ろ姿を見つけた瞬間、
「アーちゃん!」
リィナは嬉しそうにその名前を呼びながら一直線に駆け出した。
⸻
聖導協会の中庭へ続く回廊には、夕暮れのやわらかな光が差し込んでいた。
磨かれた白い石床と柱が、その光を淡く反射している。手入れの行き届いた花壇。静かに水を湛えた噴水。
この時間になると、祈りを終えた都民の姿も減ってくる。
だからだろう。ここには王都の喧騒から少しだけ切り離されたような、穏やかな空気が流れていた。
「アーちゃん!」
呼び慣れた明るい声がして、アリシアはゆっくりと振り返った。
白を基調とした法衣の裾が、夕暮れの風にそっと揺れる。
夕陽に透ける長い髪は、白金にも淡い金にも見えるやわらかな色合いで、肩から背へ流れるように広がっていた。
整った顔立ちには、穏やかな微笑みが浮かんでいる。
澄んだ瞳が、嬉しそうに駆け寄ってくる小柄な獣人の少女を映す。
七聖英雄の一人。
“大聖女”アリシア・フェルメニア。
そんな彼女へ向かって、リィナは一直線に飛び込んでくる。
「ふふ。元気ね、リィナ」
アリシアは驚いた様子もなく、ただ自然に腕を広げた。
そのまま勢いよく飛び込んできたリィナを、やわらかく受け止める。
「えへへっ!」
ぎゅう、と遠慮なく抱きついてくる小さな身体を支えながら、アリシアはその頭を優しく撫でた。
「よくここが分かったわね」
「いい匂いがするんで、すぐ分かるッス!」
無邪気なその返答に、アリシアの微笑みがほんの少し揺らぐが、すぐにいつものやわらかな笑みに溶けていった。
そっと周囲へ視線を巡らせる。
誰もいない。
彼女は小さく息を整えると、静かに目を閉じる。
それだけだ。
音も光も何ひとつ変わっていない。
けれどこの場所だけが、ほんの少しだけ世界から遠のく。
「……?」
リィナの耳がぴくりと動いた。
「今、なんかしたッスか?」
アリシアは目を開けて、やわらかく微笑んだ。
「落ち着いてお話できるように、少しだけね」
「あーちゃんも大変ッスねぇ」
「ふふ、そうね」
少しだけ肩の力を抜いてから、リィナはきらきらした目でアリシアを見上げてくる。
「見ててくれたッスか!?」
アリシアは少しだけ目を丸くする。
「あら。リィナにも気づかれていたのね」
「にも?」
ぴこん、とまた耳が立つ。
アリシアはくすりと笑った。
「あの姉弟の弟くんの方は、気づいていたみたいよ」
「えーーーっ!?」
耳も尻尾も一緒に跳ねる。
「やっぱすごいッスね、アトラくんは!」
「アトラくん、っていうのね」
その名前を、アリシアは小さく反芻した。
「はいッス! 弟くんの方ッス! 魔法の使い方がすっごい綺麗で、気配の読み方も鋭くて、しかも優しそうで――」
「ふふ。ずいぶん気に入ったのね」
「もちろんッス! キャトラちゃんも相当やばいッス!」
興奮気味に語るリィナを見ながら、アリシアは静かに目を細めた。
確かに印象に残る姉弟だった。
姉のキャトラは明るく、強く、まっすぐ。
弟のアトラは穏やかそうに見えて、その実、感覚が異様に鋭い。
あの場では拳聖リィナに意識を向けながら、それでも一瞬だけこちらの存在に触れかけていた。
――あれは、普通ではない。
「もっと話したかったッスねぇ」
少しだけ残念そうにこぼしたリィナに、アリシアはやわらかく笑い返す。
「私も、そろそろ行かないと」
「えー、もうッスか?」
「拳聖と大聖女が一緒にいるところを見られたら、聖霊王にまた何を言われるか分からないもの」
その言葉に、リィナが分かりやすく頬を膨らませた。
「友達同士なんだから、いいじゃないッスかー」
「あたしもそう思うのだけれどね」
アリシアは少しだけ困ったように笑う。
「でも、七聖英雄は個々で親しくしすぎるのを好まれないのよ」
「むぅ……」
不満そうに耳を伏せるリィナ。
アリシアはその額を指先で軽くつついた。
「そんな顔をしないの。会議でまた会えるでしょう?」
「それじゃ足りないッス」
「ふふ。わがままね」
「だってあーちゃん、会議の時すぐ真面目な顔しちゃうッスし……」
もごもごと唇を尖らせるリィナに、アリシアは少しだけ目を伏せた。
公の場では、どうしても“大聖女”でいなければならない。
「……わかったッス」
しばらくして、リィナが小さく頷く。
「あーちゃんに迷惑はかけたくないッスからね」
「ありがとう、リィナ」
「その代わり、また会議の時に話したいっス!」
「ええ」
アリシアが頷くと、ようやくリィナは少しだけ機嫌を直した。
「じゃあまたッス!」
ひらひらと手を振って、リィナは来た時と同じように元気よく駆けていく。
最後まで賑やかな背中だった。
その姿が見えなくなってから、アリシアは静かに息を吐く。
「……アトラくん、か」
リィナに気づかれるのは、まだ分かる。
獣人で感覚も鋭い。しかも拳聖にまで上り詰めた実力者だ。
けれど、自分が使った認識阻害の揺らぎに違和感を抱く者は、そう多くない。
それこそ、同格の七聖英雄くらいのものだろう。
完全に見破ったわけではないにしろ
それでも確かに、“何かいる”と感じ取っていた。
「……これから、少し楽しくなりそうね」
薄く笑みが浮かぶ。
それは聖女として人に向ける慈愛の微笑みではなく、素直な興味のにじんだ表情だった。
やがてその笑みも静かに溶け、アリシアは踵を返す。
白い法衣の裾が、夕暮れの風にふわりと揺れた。
そうして大聖女アリシア・フェルメニアは、誰にも気づかれぬよう、その場をあとにした。




