#34 重い荷物
昼食後、午前中の出来事を話すと、フィヨルドは長い、長い溜息を漏らしている。
もちろん午後から予定していたハンスの寄り道もよらず、一目散に帰ってきた。
受付でもらった告知には、選出戦の開始は最低でも二週間先であることや、ルールの再確認用として闘技者向けの内容も書いてあった。
主に魔法や弓など、遠距離から攻撃することを禁ずるや、死傷を負わすことは即退場であることなど以前から決まっていた内容が記載されている。
それに加えて、フィヨルドには主催の長を名乗る人物からある意味で犯罪に手を染めさせるような内容をクリストフが持って帰ってきていた。
「ほんとなのかその話は。それにしたっていきなり過ぎないか」
そんな大事になるかもしれないことを、午前中見送って帰ってきたら抱えて帰ってきたとか、夢にも思わない。
「主催の長はそう言っていたが何も知らなかったのか?取引とかで一位のやつらとかとも会っただろ?」
「あったはあったが彼ら商会の取引窓口の人物とだ。そいつが不審な動きをしてなければわかるわけが……」
フィヨルドが思い返しながら話していると一つ思い出したことがあった。
「いや、あったか。来期の取引について取り決める会議をいつもならすでに済ませているが、今回は延期に延期でまだできていない。この調子なら選出戦が終わってからになりそうだなとやり取りした覚えがあるな」
「今思えばそういう動きも怪しいな」
クリストフは怪しい行動をとっている商会はほかにいるかもしれないと睨む。
そして、午後からどうするかを尋ねる。
「今日はそういう動きの洗い出しか?俺たちはどう動く?」
「私が洗い出しはする。従者と手分けすれば今日中には終われるだろう。クリストフ達は、金庫から金の出庫を頼もうか」
事情を察したクリストフが持ち出し先について確認する。
「このまま確保されると困るからな。で、どこに持っていく?」
「ここは、まぁあれだ……ギルドに頼ろう……月額で預けた分の五分で依頼出せば、私でも受けてくれるだろう……」
若干引け目を感じているフィヨルドがギルド以外に預けられる場所を思いつかないでいる。
そんな中、ハンスが気に掛ける。
「大丈夫だと思いますよ。僕たちもいますし、今はこうして協力関係を築いているわけですし。金額については詳しいことは分かりませんが、そこまでしなくても受けてくれると思います」
過去の功罪を洗い流すことはできない。
「ああ、すまない、ありがとう。だが、金を預けるのにはそれなりの金額が必要なのは確かだ」
そこはどうしてもお互いの信用問題にかかわるため、ある程度の金額は必要だと考える。
「じゃあ俺たちは、動かせるだけの金額をギルドに輸送するということで」
「ああ、極力悟られないようにな」
そうして、フィヨルドは、他商会の過去の行動を洗い出し、クリストフにハンスとシャルロッテは、金庫から金を引き出しギルドに輸送する任を請け負った。
*****
悟られないようにする。そうだったはずだが……
今首都の大通りではかなり目立つ馬車があった。いや正確には、馬車の荷車だけが走っているとでもいえばよいのだろうか。
それを御者台だと思われる場所で子供が操作しているように見えた。
「みてあの馬車! 馬がいないのに動いてる!」
「ああ! しかも子供でも動かせるなんて!あれはどこの商会だ?!」
「隣に座ってる人見たことあるわ! 確かヘルマン商会って所の人じゃない?」
「そうか、あそこがまた新しいものを作ったんだな!」
大通りでかなり目立っている。
彼らも商会の端くれなのだろう、すぐにどこの商会のものか言い当てる者もいた。
ここ一年で頭角を現してきた商会として注目されている。さらに彼らが作るものは他に類を見ない物をがほとんどであった。それの一端を先に知れたということは、知った者からすると早期から関われるかもしれないと商機に目がくらみ、そこに乗り合わせていたクリストフには気づきもしない。
なぜそうなったのか、この出来事から少し遡り、三人が出発し、この国最大の国庫に来たところまで遡る。
国庫とは、この国での取引においてわざわざ金品を持参して取引するよりも、一か所に預け、帳簿にて取引をする方が手間が省けるため、取引の際に強盗などによる強奪などが起こりにくく、南の国で取引をする商会は基本的にこの国庫に登録し、帳簿だけで取引ができるようにしている。
合わせて、国家運営選出戦に出場するためには登録は必須となり、当然ながら国家運営権を持つアグリア商会も登録している。
「警備がかなり多いわね。こんな所から盗み出すなんてできるものなのかしら」
入り口に入る前から十人近くおり、中に入ってからも数歩歩けば警備とすれ違うぐらいの数がいる。
「しかし、いつもより多い気がするな。警戒してるってことだろう」
クリストフが見ても普段より多いらしい。今後の混乱に備えているのかそれとも別の目的があるのか、それは今の所わからない。
受付まで進むと手続きを始めると、受付の女性が問いかけてきた。
「資産の出庫を希望とのことですが、用途はどのように?」
金額が金額のため、不信感があるのだろう。
「商会の証明書も出したんだ。詮索される言われはないはずだが?」
「それもそうですね、失礼しました」
クリストフが答えると、女性は謝罪して続きの手続きのため、受付の奥に引っ込んでいった。
しばらく待っていると、受付の女性とその後ろに作業員らしい格好の男性を連れて戻ってきた。
受付の女性は、量が多いからここで渡せないため、男性について行ってほしいと案内される。
案内された先は、馬車で出入りが可能な作りで、大量の金品など馬車を使う際に使われる場所だった。
そこの一角に金品が山積みになっている所で三人の警備が守っている。
山積みになっている金品を見たクリストフは首を傾げていた。
「ん、思っていたよりも量が少ないような……」
その呟きにハンスとシャルロッテは顔を見合わせていた。
「これでも少ないんですか?」
「そりゃうちも上から数えられるんだぞ? それの動かせる金がこんだけなんておかしくないか?」
今回の出庫だと量的に三倍はあってもおかしくないとのことだった。
そう言われてみると確かに少なく感じる。あっても一般的な一頭引きの馬車一つ分といった所だろう。
クリストフの話を聞きながら山積みの金品と警備の近くまで来ていた。
「でも、取引で使う分とかは出していないんですよね?」
ハンスの問いかけに頷くクリストフだが、気になって案内してきた男性に確認しようと振り返ると、身なりの良いふくよかな男性が一人増えていた。
「これ出庫を依頼した分にしては少ないと思うんだが?」
クリストフは不機嫌そうにふくよかな男性を睨みつける。
事情を知らない人からすると難癖をつけているように見えるが、想定していた量よりも圧倒的に少ない。
すると、そのふくよかな男性は汚れるのも構わす膝をつき、立派な腹を邪魔そうにしながら地面に頭をつけるようにして謝罪を始めた。
「申し訳ありません! 今私達が出せる金品はそれがすべてでございます!」
そのふくよかな男性はこの国庫を管理する責任者だという。
その責任者がクリストフ達の前に謝罪しに来ていた。
「で?なぜこれだけしかないんだ?」
クリストフは先に謝罪をされてこれ以上ない無いと言われても、なぜないのか。それを知らないからには謝罪を受けても意味がない。
責任者は姿勢をそのままで理由を話し始めた。
「そ、それは、他の商会の方々も同様に金品の出庫をされまして。金庫の中身がない状態となってしまっており、そちらの分で私どもの管理している最後の金品でございます」
一国の国庫が空になることはかなりの異常事態である。
クリストフは呆れた様子で頭を抱えてため息を漏らしていた。
「遅かったか……で、誰が何のために出したかは知っているのか?」
ぼそりと呟いた後、責任者に問いかけるが、クリストフ同様に出庫の理由は言わなかったという。
しかも、誰が出庫したかなどの情報は守秘義務のため、教えることができないとのことだった。
地面で頭を下げ続ける責任者にクリストフは謝罪はいいからせめて立ってくれと伝えると、ゆっくりと立ち上がったが、その表情はどこか気まずげな表情をしている。
(すでに動き出しているということか……目の前の分だけでも動かしたいがここの奴らも信用はできなさそうだな……)
クリストフは一人心の中でごちるが、そうなると運搬方法に難が残る。
「では、こちらの分だけでも運搬するための馬車をご用意いたします」
そう言って責任者がその場を後にしようとする後ろ姿をクリストフは声をかけて留める。
「いや、待て。少し考えさせてくれ」
だが、そうは言っても解決策があるわけでもない。
事前に用意しておけばよかったとここにきて後悔していた。
呼び止められた責任者は気まずいまま彼の方を向いて次に発する言葉を待っていた。
(ここの貸し出しは御者もついてくるから行先を伝えないといけないのがな……)
しきりに汗を拭う責任者と無関心そうにいる警備と作業員。
ハンスとシャルロッテは困り顔でクリストフを見ていた。
しばらくの時間が過ぎた頃。
他に動かす手立てなんてないことを悟ったクリストフは借りることを伝えようと言葉を発している途中に誰かが寄ってくることに気づく。
「しかたねぇ、やっぱか――――」
「お困りでしょうか。もしかして、荷物の運搬で問題でも?」
「え、ああ、そうだが……」
出入り口から歩いてきたであろう人物が声をかけてきた。
その声に気づいたハンスとシャルロッテがその人物の名前を呼ぶ。
「あ、シームルさん!どうしてここへ?」
「馬車で困ってる人がいないか探していたんですよ。ちょうど試験ができる状態になってここまで持ってきたのはいいんですが、誰も馬車を使うような出庫がいなくて困っていたんですよ」
「え、あれがもう完成したんですか?!」
ハンスがなぜここに来たのか見当がついた。そしてそれがもう試験的に動かせるほど出来上がっているということを意味していた。
シームルが頷いて「持ってきますね」と言って一旦その場から離れると、しばらくして奇妙な乗り物に乗って戻ってきた。
その乗り物は、荷台部分は屋根のないよくある荷車のようだったが、御者台辺りが他とは違っており、視線を遮らない程度の高さの板で囲われていて足元が横からも見えない。
横の扉を開けて備え付けられた階段を降りてシームルが地面に足をつける。
「そりゃなんだ?馬がいないのに動いているのか?」
クリストフが不思議そうにそれを見ていた。
その視線に答えるようにシームルが説明を始めた。
「こちら魔力で動く荷車でございます。馬車で引くものと同様の積載面積を持ち、積載重量は二倍から三倍は余裕です。それに乗ってみるとわかりますが、揺れや振動はかなり抑えられていますよ。どうです?試しに使ってみませんか?」
シームルは売り込むようにクリストフに問いかける。
売り込まれた彼は、否応なく即答して周りにいた責任者や警備の者達を下がらせる。
その中でも責任者は、かなり興味深そうにシームルが持ってきた荷車に視線を送っていた。
「さて、余計な奴らはいなくなったが、どこで聞いているか分からねぇから詳しい行先は後で伝える。が、とりあえず東門から出てくれればいい」
行先を告げられたシームルは、了承を返し頷くと、ハンスに視線を変えて御者台へ上がるように願う。
案内されるがままにハンスは御者台につけられた扉を開け、横幅的に二人は座れそうな御者台に座る。
だが、ハンスの座る横や正面には、複数のレバーやボタンがあり、正面にはさらに計器類が設置されおり、かなり異質さが際立っていた。
その様子に少し顔をしかめながら見渡していると、シームルが途中まで階段を上ってハンスに説明しながら、ボタンやレバーを少し触っていた。
「色々ありますが、今は触らないでくださいね。よし、今はハンスさんの魔力をあてにした設定にしたので降りないでください。荷物載せた後に降りると最悪壊れます」
「えぇ……分かりました、じっとしておきます」
「ああ、シャルロッテさんは先に乗ってハンスさんの後ろにでも乗っておいてください」
金品を運ぶのを手伝おうとしていたシャルロッテを階段を降りしなに見つけたシームルが先に乗るように促す。
すると荷台から乗り込んで一番前の御者台の真後ろまで行って、しっかり立っても腰より少し低い側板に腰かける形で座ってハンスと話していた。
荷物を載せるための物であって椅子の様に腰かけられる場所がない。
足元に丸められた幌が置かれてはいるが、使うところがないことにシャルロッテは疑問に思うが些細な事でハンスとこの荷車について話していた。
「こういった力仕事は中々……しないもので……」
「こういうのなら任せればいい。俺一人だと時間かかるだろうけど」
「もう少しだけ……」
力仕事はシームルとクリストフが行っているのだが、かなり重労働だったらしく、しばらくするとシームルは息が上がっている。
だが、クリストフは汗をかいているものの息が上がっていない。そこは職業の違いなのだろう。
休憩を挟んだシームルに荷車について尋ねる。
「これって魔力で動くんだろ?どうやってるんだ?」
「そこは秘密ですが、青白い光が線状に光っているでしょう?それが魔力で動いている証ですよ」
「ほぉ、そういうものか。だがしかし幌で覆えていないのは心配だな」
「そこは魔力消費量との兼ね合いでこの試作にはないんですよ。一応幌は積んでいたのでこの金品を隠すのに使えそうですね」
「丸見えで進むのはさすがに狙われるだろうしな」
そうこう話しながら荷物を載せていく。
載せるたびに少し沈みこみ、ほぼ元通りまで戻るを繰り返し、最終的には拳一つ分ぐらい下がった程度ですべての積み込みが終わり、最後に幌を荷物に被せて目隠しにする。
積み込みが終わるまでに半刻以上かかった。
その要因として、体力の限界を迎えたシームルが途中からハンスの隣に座って休憩しつつ、操縦の仕方を教えており、後半はクリストフ一人で運んでいた。
「こんなことなら警備のやつらに積み込みも手伝わせるんだった」
一人ごちりながらすべて乗せたことを確認すると、荷台に乗り込み、後板を持ち上げて固定する。
それを背もたれにするようにクリストフは座り込み、出発準備完了の合図を送る。
合図を確認したシームルは、ハンスに教えた通りにするよう操作を様子見しながら適時指示を出す。
そうして何とかこの荷車はゆっくりと進みだし出庫するための場所から出発する。
「ほんとに振動が少ないな」
重さで軋みをあげることもなく、少々の路面の荒さも気にならない快適さだったことにクリストフは驚きながら車輪を覗き込んでいた。
それから国庫を出る手続きをして、東門へとむけて東西を結ぶ大通りへと進んでいく。
国庫というだけあってそこへ向かうまでの道も馬車でも通りすがっても余裕のある道であった。
「かなり目立つはずだが大丈夫なのか……」
このままの進路だと大通りをかなりの時間突っ切ることになる。自分で東門へ行けと言っておきながら、進路まで伝えなかった事に少し不安になる。
後部に座るクリストフは前方の三人に視線を送っていると、それに気づいたシャルロッテが幌に被せられた荷物をよけてクリストフの所へとやってきて、視線を送る理由を聞きに来た。
「どうしたの?」
「いやな、もう少し、もう少し人の目の少ない所を通るかと思っていたからな。これ、このまま行ったら結構目立つだろ?だから、大丈夫なのか気になってな……」
「じゃあ聞いてくるね」
そう言うや否や前に戻っていくと、シームルと少し会話した後、また同じように戻ってきた。
「この荷車が目立つから大丈夫だって。その時にちゃんとヘルマン商会を大々的に宣伝するから問題ないらしいですよ」
「んあ?まぁ、目立つのがヘルマン商会ならいいのか……いいのか?」
一抹の不安を覚えるクリストフであったが、成り行きに任せることにした。
「ん?前に戻らないのか?」
「んー、あんまり話してる余裕がなさそうだし、こっちで見張りでもしとこうかなって」
困り顔のシャルロッテはそのまま隣に座って周りを見渡していた。
しばらくして大通りが近づいてくる。
近づくにつれて周りからの視線と声が多くなってきたこともあって、後板から頭が出るか出ないかまで沈み込む姿勢で二人は座る。
「みてあの馬車! 馬がいないのに動いてる!」
「ああ! しかも子供でも動かせるなんて!あれはどこの商会だ?!」
外で噂をしている声が聞こえるが、操縦するのに必死で何を言っているのか聞き取れない。
「ハンスさん気にせず進んでくださいね。次の場所を右に曲がれば東門まで一直線です」
横でシームルが外から声をかけられても対応し、ハンスは操縦に専念できるようにしていた。
大通りを通る中、後部に座る二人は頭だけを出して、後ろを見ていた。
「ん、多分つけられてるな」
「え?そうなの?」
「目立つから好奇の目で見てるやつが多いが、いくつかの視線は違っている」
半信半疑のシャルロッテが見渡してみても、視線が集まっていることしか分からない。
「私じゃ分からないわ」
「これは戦場での感みたいなもんだ。その歳で分かるなら苦労はしねぇ」
そう言いながら御者台に座るシームルへこの状況についてわかってやっているのかと視線を送る。
そんな視線に気づいたのかいないのか分からないが、不意に荷台のクリストフがいる方へ顔を向ける。
その顔は外向けの笑顔であったが、荷台の後部より先に視線を送っては目だけは時折鋭くなっている。
「あいつ……分かってやってるな……東門出たらちょっと荒っぽいことが起こるかもしれない。心づもりはしておけよ?」
「え?えぇ分かったわ」
気づいている素振りを見せたシームルに後々起こることをシャルロッテに忠告する。
シャルロッテは拳を強く握ってクリストフにやる気を見せた。
「君たち、それは何だ?」
東門の門番にハンスとシームルが止められる。
「これは新しい商品なんですよ。これの耐久試験をしようかと思いまして、東の国近くまで行ってみようかと」
訝しむ門番は確認のために荷台の中身も確認しようとする。
「何だこの金品は?」
後部でクリストフは額を抑えて天を仰いでいた。
「これは私達の全財産であり、一番重い物でもあるんです。これを乗せて修理せずに行って帰ってこれればかなりの物でしょう?」
さらに追い打ちをかけようとシームルが話をする前に門番は手を前に出して拒絶した。
「いやいい。事情は分かった。五金貨だ」
「はぁ、ほんと高い出費なことで」
シームルは、わざとらしいため息を漏らしつつ通行料を払い、進むようにハンスに促す。
東門を抜け、湖の長い橋を進む途中、すれ違う者達はすべてと言っていいほど、一度は視線を送っていた。
「それじゃあ、橋を抜けたらそのまま道なりに進んでください」
「どこまで道なりに?」
「一旦は私が変更の指示を出すまでということで」
シームルの指示に視線を合わす暇なく了承を返す。
橋の上なだけあって多少余裕があれど、ちょっとでも操作を誤るとすれ違う馬車や橋の石造りの柵にぶつかりそうになる。
苦戦しつつも何とか橋を抜けると、轍の目立つ土の道へと変わる。
これはこれで轍に車輪を取られると車体が大きく揺れるため、気を付けたい所。
そんな中、隣から指示が出る。
「さて、そろそろ速度をあげましょうか。だいぶ人通りも減ったことですし」
主要な街道ではあるものの、常にすれ違うほど頻度は高くない。
「今ですか?」
ここまで操縦してきたとはいえ、いまだ操作に不安がある状態だ。
「ええ、徐々に速度を上げて最後は倍の速度まで行きましょう」
シームルは頷いてハンスに操作するように速度が変わるレバーを指す。
ハンスは仕方なしに、少しずつレバーを倒して速度を上げる。
「ちょっと……!これは厳しいかも……!」
予定の半分ほど上げた状態からハンスは上げるよりも操作する方に専念する。
そうでもしないと、目まぐるしく変わる景色に操作がついて行けなかった。
「ほんとに速度が出るんだな……でも大丈夫か?」
クリストフは後部で呑気にハンスの様子を伺っている。
すでにこの荷車の速度は、人を乗せた荷を引かない馬の全速力ほどには、及ばないがそれに近しいほど速度が出ている。
余裕そうな彼の隣で後板にしがみつくシャルロッテがいる。
「速い!速いわよ!」
こんな速度で荷台に乗ったことがない彼女は、涙目になりながら耐えていた。
「心配ない。少々の事故なら助けてやるから」
「なんでそんなに余裕なの?!」
なだめるクリストフにシャルロッテは睨む。
「昔別の商会で護衛してた時、魔物に襲われてな。降りようとしたら馬が暴れて降りれずに大変だったんだぞ?こんなに揺れがなければ降りれただろうが、あんときの揺れといやぁ……」
「そう!慣れてるのね!」
これでもましだと言われたシャルロッテは拗ねるようにそっぽを向いた。
その速度もそう長く続かず。
「試験的にはもう少し速度を出してほしかったですが、仕方ありません。前の速度まで落としてください」
四半刻ほど過ぎた頃、シームルが速度を遅くするようにハンスへ指示を出す。
前の速度に戻ったのを確認すると、次の指示を道の先を指しながら出す。
「この先左側に馬の休憩場があります。そちらで一旦休憩しましょう」
ハンスはやっと休憩ができることに頷いて返事をして、額の汗を拭い最後の集中力を振り絞って操縦を行う。
ゆっくりとした速度で休憩場へと入ると、馬がいるときと同じようには泊めず、出口へと御者台を向けていつでも出られるように泊めておく。
ハンスは一息ついて降りようかと思って扉に手をかけて思い出す。
「あ、僕は降りたらダメなんでしたっけ……」
しょんぼりしているハンスにシームルは声をかける。
「そうなっちゃいますね。どうしましょう、シャルロッテさんに変わってもらいますか?」
「少しの時間でも変わってもらえるなら……」
ハンスの要望にシームルによって先に体を伸ばしていたシャルロッテが連れてこられ、ハンスの座っていた場所に入れ替わるように彼女が座る。
ハンスも御者台に上る階段で待機していつでも代われるように待っていたが、特に問題なさそうだった。
「あれ?私でも大丈夫なんだ……」
そのことにシームルは心当たりがあるらしく、そのことを教えてくれた。
「その件については、アイネアスさんとスクルドさんが話してましたね。この特殊な樹脂で作った物であれば魔力の効率が良いらしく、ただ木の板に彫り込むより高効率でほかの人でも扱いやすいかもと」
座面の下にある樹脂の塊のおかげでシャルロッテでも、すぐに疲労せずにいられた。
「でもかなり吸い取られているような感覚があるわ。長時間は無理かも……」
少しの間であれば大丈夫とのことで、ハンスは御者台を離れ、凝り固まった体を解す。
そうして体を解していると、シームルとクリストフが寄ってくる。
「さて、気づいてたかと思うが、追手はどうする?盗賊か?」
「そこまで落ちた相手ではないと思いますが、近しいでしょうね」
「かなり距離は空いているだろうが、このまま無視して進むのか?」
「何の話でしょうか……盗賊とかって。もしかして狙われてます?色々心当たりはありますが……」
操縦に夢中だったこともあり、二人の話についていけないハンスが説明を求めた視線を送る。
「何者かにつけられているということは確かです」
「だからそれの対処を考えていたわけだ」
「知らなかった……このまま逃げて見つからなければいいのでは?」
事情に追いついてきたハンスが当然な対処法を二人になげかける。
二人にはぞれぞれ思惑があるのか、その対処法には素直に頷かなかった。




