#35 金の重み
ある日、いつも通り自分の商会が借りている部屋へと帰ると、机の上に金貨袋を重しに一つの依頼が記された紙が置かれている。
「誰がこんなことを……そりゃ記名はないか」
依頼の内容は、【国庫から馬のない馬車が出てきたら追いかけて奪う】ということだった。しかも、積み荷は報酬に貰ってもいいといった太っ腹だ。
前払いの金貨袋と共に舞い込んだ依頼だ。相手はこちらの素性を知っているのだろうが、誰がこの依頼をしてきたのか心当たりがない。故に断れば、何されるか分からない。
そんなのはどうでもいい。今この依頼にすべてをかける以外、どの道生き残れない。
商会の者を集めて、早速作戦会議が始まった。
「おい、ほんとに出てきたぞ」
数日後、ほんとに国庫から馬のない馬車が出てきた。
よく見ると、御者台には子供と、商人らしい格好の人物が隣に座っている。
荷台にも人はいるようだが、そっちも子供に……変わった剣を持った護衛らしき奴がいるだけだ。
仲間に合図を送り、自分も作戦に合わせて移動する。
大通りにつく頃。
東門から出る列の上手く二つ後ろに並ぶことができた。
「馬の出荷でいいんだな?」
「ああ」
二頭引きの馬車の御者台に二人座り、荷台には、一人荷物の世話として荷台の余白に待機していた。
荷台には、馬具をつけたいつでも走らせられる馬が二頭乗せている。
この荷台は出荷時に使われる荷台のため、周囲が檻の様になっており、後部から乗り降りさせられる造りだ。
それに自分達の後列には、二人が馬に乗っていつでも追いかけられるように待機している。
さすがに荒事に慣れた奴が四人もいれば大丈夫だろう。
だが、異変はすぐに起きた。
東門を出て橋を渡ったすぐ後、いきなり馬のない荷車が速度を上げた。
「おい! 動き出したぞ!先に追え!」
後ろの二人に合図を出し、自分達も追いかけられるように馬車を止め、荷台から馬を下ろす。
一人は馬車の世話に残し、二人で荷台にいた準備万端な馬で先に向かわせた二人を追いかける。
そして馬が不調を訴えるほど走らせても姿が見えなかった。
速度を落として歩かせていると先に向かわせた二人と合流する。
「どうした?追いつけなかったのか?!」
二人の馬もこちらと同様に限界に近かった。
「あんな馬車見たことねぇ、あんな速さで動くなんて……」
だが、諦めるわけにもいかない。
「奴らだって休憩するはずだ。この先に馬を休ませられる場所があるだろ?あそこで休んでる可能性が――――」
そう言おうとして、疑問に思う。
馬がいないのにわざわざそこで休む必要があるのかと。
「この道なりに進んだのは確かだ。まだあきらめるには早い」
「そうだな。奴らだって休憩するはずだ」
そう鼓舞しながらなんとか取り逃したという現実から目を逸らす。
少し馬を休憩させた後、速度を落としてでも休憩場までの道なりを進めさせる。
かなり遅れて休憩場が遠くに豆粒ほどに見える距離まで来た。
「おい、いるか分かるか」
目の良いやつに尋ねると是の回答が来る。
「よし、ここからは徒歩で街道から逸れて襲撃する」
馬を街道の脇にくくり、四人は二手に分かれて街道の左右を進む。
「子供しかいねぇ、大人二人は?」
「見当たらない、今やるか?」
茂みの裏から二人は様子を伺うが、子供しか見当たらない。
少年は外でくつろぎ、少女は御者台に座っている。
「どこから来るか分からねぇ」
それはそれで、どこから大人二人が来るか分からないともいえる。
だが、逆に相手は一手遅れることにもなりえる。
街道の反対側に行った奴らもこの状況を見ていることだろう。
「子供を降ろして奪えば逃げられる」
あの馬車の性能は身をもってよく知っている。
あれに乗って動かしさえすれば、逃げ切れる。
それに子供が動かしていたものだ、難しいわけがない。
だが、先ほどから目の前に小さな光が埃に反射するかのように光っているのが目に映る。
「なんか、目の前が……」
「そんなもの気にするな」
もう一人は、緊張でそう見えるだけだと一蹴する。
「やるぞ」
決行の時。二人は、鞘から短剣を取り出す。
休憩場側にいた二人が先に動く。それを見た反対の二人も行動する。
だが、それと同時に少年が動きを見せる。
こちらが飛び出すとともに少年は、地面に手をつき、先に飛び出した二人に視線を送ると、さらに、視野の外から飛び出した街道の反対側にいる二人に顔を向けてそちらを見る。
そして地面に力を籠めるように地面に体重をかけている。
「なっ?!足が?!」
前に踏み出そうとして足が動かず、前のめりに倒れこみそうになる。
「氷だと?」
四人とも足元に氷が張り付いて地面と足を縫い留めていた。
各々驚きを見せる中、一人だけは思い切りがよく、戸惑いもそこそこに、足元の氷を短剣の柄頭で砕き、走り出していた。
「そんなもの砕きゃいいんだよ!」
一人だけ突出して少年に接近する。
「げ、加減が……」
その少年は、しかめっ面をしたかと思うと慌てる様子もなく、立ち上がり、接近してきた相手へと手を向ける。
「死にたきゃどけ!お前さんに用はない!」
脅しの言葉を飛ばし、少年を通り抜けて馬車へとむけて駆け抜けようとした時。
「させませんよ」
「は? ヘブシッ」
その一言が、届いたときには、見えない壁にぶち当たる。
不意に現れた壁に思いっきり顔面から突っ込み、腰から地面に倒れこむ。
「いってぇ、何なんだよ……はあ?! 何もねぇ……」
鼻血を垂らした鼻を抑えながらぶつかった方向を見ると何もなかった。
そうして呆けていると、他の三人も同じように駆け抜けようとして、別々の場所で同じように見えない壁に阻まれていた。
原因が分からない以上、この少年を捕らえて止めさせるしかないと思い、最初にぶつかった者が、立ち上がる途中の姿勢から、不意を突く形で少年に飛びかかる。
「んがっ?!」
飛びかかろうと踏み出した先にはすでに見えない壁があり、勢いもほどほどにまた顔をぶつける。
跳ね返ってコケるようなことはなかったが、見えない壁に向けて触ってみることにした。
「何だこれは……壁なのか……」
何なのか思案している内に彼はすでに、逃げ道を失った。
「お、おい!どうなってんだよ!」
そう叫ぶ彼はどの方向にも見えない壁があることに気づく。
その様子を見ていたほかの三人も周囲に手を伸ばしてみると、同様に見えない壁があることに気づき、各々に、失敗を悟った深い溜息を漏らしていた。
すべてが終わった時、自分達が飛び出してきた方から二人の大人が現れる。
「おお、おぉ?それでほんとに捕まえてるのか?」
そのうちの一人が、不思議そうに少し距離を置いて観察していた。
「試してみますか?」
「いや、命の危険を感じるからやめておくよ」
少年は冗談交じりに尋ねると、観察していた一人は、首を横に振って襲撃してきた内の一人を指す。
その指し示す先を見ると、圧死しそうなほど見えない壁にへばりつく襲撃者がいた。
「あ、位置の調整が……危ない潰しちゃうとこでした」
何やら気軽に殺しうる状況であるらしい。
「んじゃ、ここに集めてくれ」
大人の一人が、彼の足元を指して集めさせる指示を出す。
「はぁ?!ちょっと浮いてる! こ、殺さないで……!」
潰しえる状況の中、4人ともふわりと浮遊感を覚える。
「な、なにがどうなって……」
いつの間にか足元にも見えない壁と同じものがあったらしく、地面から離され、示された場所へと集められる。
集められた時には潰れかけていた一人は、かなり憔悴した様子で放心していた。
**********
襲撃者を捕まえ話を聞こうとするハンス達。
クリストフは冷静を装ってはいるが、内心かなり焦燥感に襲われていた。
「(ハンス達が無事だったのはいいが、あの見えない壁は凶悪すぎる……敵には回したくないな……)」
そんな心の内は放っておいて、ハンスにこの襲撃者たちと話ができる状態なのか尋ねる。
「ハンスよ、これって声は通るのか?」
「しっかりと囲っているわけじゃないので問題ないかと」
ハンスが問題ないと答えると、クリストフは四人の前に立ち、威圧するように視線を送る。
「ごほん、えー、俺の名前はクリストフ。アグリア商会のもんだ。で、君たちは何用で俺たちをつけてきて、さらに襲撃までしようとしたのか、教えてもらおうか」
四人の内、まとめ役と思われる人物が、慌てた様に答える。
「し、知らなかったんだ!あんた達が、あの南のギルドを潰したアグリア商会の者だったなんて!」
それを聞いたクリストフはまとめ役の前に立ち、見えない壁を思いっきり、蹴りつける。
「ひいぃ?!」
「そんなことは聞いてねぇ、誰がお前たちに依頼し、襲撃までさせたのか。それを聞いているんだ」
腰を落としてクリストフはへたり込むまとめ役に対して睨みつけ、脅しをかける。
「だ、だから知らないんだって! こういった依頼は初めてじゃないが、机に前払いの金と依頼の紙があって……誰が置いたかもわからねぇんだ! ほ、ほらこれがその時の紙……」
知らないと通すまとめ役が、一枚の紙きれを懐から出してきた。
「ハンス、これどうやって受け取ればいい?」
見えない壁越しにクリストフは指差しながらハンスに視線を送る。
「地面側から通せると思います」
それを聞いたまとめ役は、足元の触れる部分を頼りに紙を置くと前に持っていくと手が当たるものの紙はそれより先に進む。
「こ、これで取れないか……?」
クリストフがゆっくりと紙を受け取るとそれを読む。
「確かに誰が依頼したか分からないな……シームルは何か分からないか?」
そう言ってシームルに手渡す。
「そうですね……この紙はどこでも買える安物の紙ですね。あとは筆跡ですが、こちらは……」
筆跡について一拍置いて答える。
「第四位の商会に仕える……いや、これは西の国側の可能性が高いですね」
「てぇことは、第四位の商会にも西側の人間と手引きしている者がいるってことか。そいつらもやっぱり離反側ってことになるな」
紙を返してもらうと、懐にしまい、裏で糸を引くものの見当がついた所でこの襲撃者四人の処遇に移る。
「で、どうする? こいつら」
「順当にいけば、警備の者に引き渡すのが一番順当ですが……」
「ただただ引き渡しても、これ以上の情報は引き出せんしなぁ。いっその事、俺んとこで仕事するか?」
「それこそ危険では?いつ裏切るか分からないわけですし」
裏切るかもしれないとシームルは忠告する。とはいえただ開放するのは憚られる。
その話し合いを黙ってみていた襲撃者の一人が、口を開く。
「もし匿ってくれるなら、顧客の情報、知ってる限り渡します!」
「お!おい!そんなことしたら仕事ができなくなるだろ!」
「いやまて、続けないならそれも……」
「そんなの新たに雇われたって信用が……」
襲撃者が四人、言い争っている。
「とはいえ、どの道失敗したんだから、帰っても無事に過ごせるのか?」
そこに割って入るようにクリストフが口を挟む。
「いやぁ……それは……」
四人とも理解していた。前金を貰って失敗した場合、どうなるか。
彼らの世界では、ほぼ必ずと言っていいほど、口封じも兼ねて後ほど殺害されている。
だからこそ、今の状況をやり過ごせたとしても、街で平穏な暮らしができるとは思えない。
そんな彼らに救いの声が舞い降りる。
「なら、成功したように見せかけて、つり出してみたらどうでしょうか」
幼さを残す声のする方へと皆視線を向ける。
「え、だめですよね……」
提案したハンスは、視線の集まり具合に引き気味に撤回しようとするが、そんなことは許されなかった。
「いいですね、それでいきましょう」
「俺らの金なんだが……」
ハンスの提案にシームルが賛同する。
それからの動きは速いもので、置いてきた襲撃者をクリストフと襲撃者一人が迎えに行き、シームルと残った者で作戦を考える。
「このまま金品を乗せたまま実行するにはリスクが高いので、本来の預け先に持っていきたいと思います。ですが、怪しまれないためにも、主導権はあなた方に預けた状態で向かってもらいます。その後、そちらの作法に合わせて待ち合わせ場所へ向かい、相手の出方を探ります」
「信用してもらっているのはいいんだが、途中で裏切った場合は考えないのか?」
襲撃者側がこの作戦に疑問を呈していた。もちろん、襲撃者が裏切らない前提で進む作戦に違和感があったからだ。
そんな疑問も想定通りなのか、口元だけの笑顔でシームルが答える。
「相手が成功した場合、あなた方の処遇は変わりませんからね。失敗させる以外ないんですよ」
「わ、わかったよ!おとなしく言われたとおりのことをすりゃいいんだろ」
「ええ、それでいいです。この作戦が終われば、あなた方をどうするかは……その時考えましょう」
作戦の大筋を決めた後、細かいとこを詰めていく間に、クリストフと襲撃者の二人が帰ってきた。
その頃には、すでに日が傾いており、移動するには困難になりつつあった。
だが、それは、一般的な場合に限っての話。
「はぁ?! この時間から移動するのか?!」
「相手の意表を突くためでもありますが、この金品を持ったままなのはさすがに大変です。特にこの荷車が壊れたら乗せたものを動かすにはかなりの労力が必要ですからね」
驚いていたクリストフだったがシームルに言われ、納得する。
「確かにこいつなら、馬がいるわけじゃないから、夜でも移動はしやすいだろう……だが、前が見えないんじゃないのか?」
夜間の移動には昼間と違い明かりが必要だ。それにあれほどの速度となれば、ただのカンテラでは、光量が足りず遠くが見えない。そのため、速度は落とさざる負えないはずだ。
「大丈夫です。それもハンスさんが解決してくれてましたから」
そう言ってシームルは荷車の方へと向かい御者台で少し操作をする。
すると、御者台の前に前方を照らす白い光が現れる。しかもかなりの光量があるらしく、街道を挟んだ先の森まで少し白く色づいていた。
それを見て問題ないことを理解すると、後は誰が、荷車で金品を降ろしに行くかだ。
「ハンスさんは必要として、見張りも兼ねてクリストフさんはここに必要でしょうし、ついていくなら……私でしょうかね」
状況的に考えて、動けるのは、シャルロッテとシームルだ。
御者台に座っているシャルロッテはすでに行く気満々の眼差しをシームルに送っている。
「シャルロッテさん、ハンスさんをお願いしますね」
彼女の眼差しに折れた彼は、手書きの地図を作りシャルロッテに渡す。
「ありがとう!シームルさん。しっかりと送り届けるわ!」
地図を受け取ったシャルロッテが笑顔で地図を見ていた。
出発の準備を進めるハンスとシャルロッテに忠告する。
「では、お願いしますね。くれぐれも明日の日が昇る前に帰ってきてください」
「分かりました。できる限り早めに戻ってきます」
ゆっくりとした速度で出発し、明かりを付けると徐々に速度を上げていった。
「さて、こちらもしっかりと準備をしましょうか」
二人を見送ったシームルが振り返り、襲撃者五人と座って話をするクリストフの隣に座りしな、肩に手を置くふりをして、無防備な首筋に針を突き刺す。
「っ?!何しやがる!」
「ああ、すいません、服の何かが当たったみたいで」
少し離れて手を広げて服を見せる。
だが、首に当たりそうな袖もなく、手元にも刺さるような装飾がない。
「ったく気を付け――ろ―――」
クリストフは言葉の途中で気を失い、倒れこむ。
唖然とその様子を見ていた襲撃者五人は、事を起こしたシームルを凝視している。
「おい、これから協力していこうって……」
「っは、何を言っているんだい?彼は我々からしたら邪魔な存在です。君達よりね」
薄暗い中、シームルはほくそ笑む。
「君達には一仕事してもらいましょうかね。ほら、これを絞めてそこの川にでも捨ててきてください」
休憩場なだけあって近くに小さな川が流れている。そこへもっていって始末しろということだ。
状況が呑み込めない五人は、その指示に戸惑い動揺していると、シームルは追い打ちをかけるように告げる。
「君達も同じようになりたいかい? 私の前金は受け取ったんだろう?」
そうしてようやく理解する。誰が依頼してきて何を企んでいるのか。
理解したからと言って彼らのできることは限られている。ここは黙って従うしかない。
「分かった。川に捨てればいいんだろう」
二人掛で担ぎ、川のある方へと運んでいく。
「さて、残った三人には、これをもってハンスさん達の帰ってくる道に仕掛けてもらいましょうか」
「こ、これは?」
「まぁなんでもいいです。とりあえずここに置いたら布を広げて割ってください」
三人は、布で包まれた何かを受け取ると、地図で指示された場所へとカンテラを持って走っていく。
「私もそろそろここらでお暇するといたしましょうか」
去り際に、待機している襲撃者の馬達に、クリストフへと同様に軽く触れるように針を刺し立ち去っていく。
「馬達には罪はありませんが追われても困りますからね」
シームルは、暗闇の中に一人消えていった。
それからシームルを南の国で見たものはいない。
川に捨てに行った二人は、背後を気にしながら川へと到着する。
「おい、ついてきてはいないか?」
「大丈夫なはずだ。気配はない」
殺せと言われたが、どうしても殺す気にはなれないでいた。
「俺たちを助けようとしてたんだよな……」
「しかしあいつはそんなのお構いなしに事を起こしやがった」
「ん?なんかいるぞ」
悩んで立ち止まっていると、川の向かいにある林から気配を感じ取る。
「ただの獣か?……いや、この感じ魔物か?!」
「は?! なんでこんな所に……最近被害も減っていたはずなのに!」
逡巡の末、二人は視線を合わせて頷く。
「こいつだけでも生きてくれ……」
そう願いながら二人は、川にクリストフを投げ捨てる。
その水しぶきが上がると同時に魔物が川の向かいにある林からこちら側に飛び出してきた。
「やっぱり魔物じゃないか!」
二人は、腰に備えた短剣を抜き、構えを取る。
魔物の姿は、オオカミのような四つ足であるもののオオカミと違う特徴は、額に角があり、体格がかなり大きく、人を余裕で背に乗せられるほど大きい。
「ほかの三人も大丈夫かな」
「まずは俺たちが生き残れるかだ」
二人と一匹の魔物が見合っていると、周囲の気配が増えていく。
一つ、二つと増え、五匹目の気配がしたころには囲まれていた。
「ちくしょう!こんな所で終わってたまるかよ!!」
そう叫びながら暗闇の中、魔物と対峙する。
決着はあっという間だった。
「ごふっ何が……」
駆けだした二人の真上から、一匹の魔物が押し倒し、背に足を置いている。
その衝撃ですでに胸元の骨はあちこち折れ、呼吸するのもやっとの状態だ。
「もう終わりかよ……」
最後に見た光景は、背に乗る魔物が首元にかみつくきらりと目が光る影だった。
*****
暗闇の中、目の前の明かりを必死に捉え、道を走り続けるハンスとシャルロッテ。
「地図だと、次を右ね」
「これかな?」
「それだと思う!」
手書きの地図のため、細かい描写はなく、手書きで曲がる箇所にメモが書かれている。
そんなやり取りをしつつ、ギルドまでたどり着いた。
「おお、なんだこんな時間に。それにまた変わった物を作って……」
ハンス達の来訪に驚くと同時に乗ってきたものにも興味を示していた。
ハンスはそんなことよりと荷台に積まれている金品について説明した。
「それを預かれってか? しかも月五分って……向こうが気にするってならその報酬で一旦受けるがよ……」
ギルドの長で元々厨房を仕切っていたマスターと呼ばれるヘンドリックが、顎に手を当てて眉をひそめて答えた。
ギルドを潰した張本人ではないにしろ、その商会がこうして頼ってきていることに、若干の自業自得だと思う気持ちはあれど、正式に依頼となれば断る理由もない。
だがそう思われるであろうことが分かっていながらも依頼しなければいけない状況にヘンドリックは何かを察する。
「今首都はどういう状況なんだ? 人手が足りなくて詳細まではこちらは把握してなくてな」
その問いかけに対してハンスは、正直にわかる範囲で答えた。
国が上位商会を筆頭に分裂しようとしていること、国庫には金品が残っていないことなど、見聞きしたことを伝えた。
だが、ハンスが伝えた内容にヘンドリックはあまり驚きを見せなかった。
「いつか起こるだろうと思っていたが、このタイミングだとはな……いや、このタイミングだからこそか?」
国家運営選出戦間近で人の出入りが激しく、警備を増やしていても怪しまれない。
だが、腑に落ちないこともある。国庫の金品の行方が分からない。
「国庫が空になるほどの金品をどこに運んだんだ? 普通に運んでたら少しずつでも気づきそうなもんだが」
考えに耽ろうとしてハンスが持ってきた依頼について思い出して、荷降ろせる場所へと案内する。
移動した先は、南のギルドが拠点としている場所からさらに南西に行った森の入り口近くだった。
そこには、地道に作っていた目新しいレンガ造りの建物だった。
一階部分の出入り口は広く、馬車であっても乗り入れられる。
「かなり広く作ったんですね」
「ここを使っているのは俺たちだけじゃないからな」
その言葉に引っかかりながらも中に乗ってきた荷車を乗り付ける。
その物音に気付いたのか奥から大きい人影がぞろぞろ現れ、先頭の一体が若干片言なしゃべりで話しかけてきた。
「それ、どうした? 手伝うか?」
「おお、ちょうどいい。これをそっちの倉庫へ仕舞ってくれないか?」
ヘンドリックは普通の従業員に対する様に指示をする。
「分かった。 お、重い……」
オーク達はヘンドリックが後部を空けた所から乗り込むと、幌を取っ払いながら金品を降ろしていった。
二体は荷車から降ろし、残りの六体が奥の倉庫へと手際よく運んでいった。
「彼らはここで住んでいるんですか?」
作業するオーク達を眺めながらハンスは近くで指示を送るヘンドリックに尋ねると頷かれた。
「大方、クイーンのおかげでもあるんだがお互い益があるからとこうして共生してるんだ」
彼らは長に従順でありその意向を元に行動するため、その長であるクイーンが友好的であり、ロルフと協力していることで、彼らも他と協力するという共生関係が成り立っている。
大した時間も掛からずに荷下ろしが終わっていた。
「ご苦労さん!今度おいしい飯を作ってやるからな!」
「ああ。だが、いつもヘンドリックの作った飯はうまい」
ねぎらうヘンドリックに初めに話しかけてきたオークが表情が読めないが若干嬉しそうな表情をしているようにも見える。
「そうか、ならいつもよりおいしいものにしないとな」
「頼む。俺たち、もう寝る」
彼らはそう言ってきた場所へと帰っていった。
「ありがとうございました。荷下ろしもできたので戻りますね」
ハンスは朝までに戻らないこともあり、早めに戻ろうとしていた。
だが、そこにヘンドリックがどの道でここまで来たのか尋ねてきた。
「この手書きの地図を作ってもらって何とかここまで来れました」
シャルロッテが持っていた手書きの地図をハンスが手渡す。
その地図を受け取ったヘンドリックが地図を見ながらぶつぶつと呟く。
「この通りを通ったのか。このあたりは確かに最短にはなるだろうが……行先はギルドの拠点と伝えたのか?」
ヘンドリックはどう行先を伝えたのか気になった。あまり使われない道を通っており、確実に拠点を目指さないと通らないような道だった。
「あれ?ギルドに行くって伝えたっけ……シャルが?」
「クリストフさんが話すまで待ってたわ。だから私からは伝えてないわよ」
ハンスには心当たりがない。シャルロッテに聞いてみても伝えていないという。
とはいえ、状況的にギルドを目指していると察していた可能性もある。
「それなりに察しが良くて街道も隅々まで覚えているような奴だったんだな」
見ていた手書きの地図をハンスに差し出す。
「はい、かなり頼りっきりなのが申し訳ないぐらいです」
ハンスは受け取りながら、笑顔で申し訳なさそうに頬を掻いていた。
「気をつけてな。夜は魔物が出てもおかしくないからな」
「はい! 気を付けます」
用事を終えたハンス達は、ヘンドリックに手を振って足早に帰路につく。
見送るヘンドリックが一人ぼやきながら、自身も元居た場所に帰る。
「あの乗り物、いくらするんだろうか……一台でもあればかなり楽ができそうだよなぁ」




