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星の魔力と探究者  作者: 早宮晴希
第2章 南の国編

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#33 不明瞭

 一息ついた後、先ほどの広場が見える、兵舎の一室に移動していた。

 その部屋は、黒板に向けて机と椅子がそれなりの人数分綺麗に並べられ、壁際には本棚と木製の武器が棚に収められていた。

「ここは…?」

「ん、ああ、ここで教えてるんだ。警備のために必要な護身術をな」

 そう言いながら、ハンス達を黒板に近い席に案内し、クリストフは黒板の前に立つ。


「さて、まずはさっきの戦いの反省会からだ。ハンス、お前は武器を手放すのが早い」

 ハンスは少し考えた後、口を開く。

「でも、そうしなきゃ防げなかった」

「ああ、その場はそれで凌げるかもな。そのあとは?」

「素手ででも戦って……」

「武器を手放さざるを得なかった相手とか?」

 ハンスはそれでもと、小さく呟く。


 クリストフは深きため息をつくと、諭すようにハンスに言う。

「これだけは忘れるな、武器を手放させられるな。手放すなら自分からだ」

「え?」

 ハンスは不思議そうに声を出してしまった。

「そりゃ、手放さないほうがいいのは確かだが、武器に当てがあるとか、不意をつくためだとか、算段があれば使える場面も出てくるだろうからな」


  黒板の前から横にずれて、立てかけられた木製の武器に近寄り、軽く手に取りながらハンスに問いかける。

「そうだな、ハンスは魔法士を目指しているのか?」

「魔法は得意な方ですから、そうなるかと」

「そうなってくると、あまり重い武器は邪魔になるだろう。何かいい武器が……」

「さっき使ってた刀…?って剣は?」

 クリストフは少し驚いたように、武器を戻そうとした手を止める。

「ん、刀を使いたいってか?」

 ハンスは小さく頷く。

「扱いは難しいほうだが相性はいいかもな」


 武器を元の場所に戻し、クリストフは黒板前に帰ってくると、黒板に文字を描き始めた。

「なら、刀について知っていってもらわないと困るな」

 大きな文字で、材質、戦術、手入れと間隔を空けて書き、それぞれの合間へ少し小さめに必要なことを書き足していく。


「じゃあ、始めるぞ」

 振り返りながら言うと、返事が聞こえた。

「「はい」」「「はあーい」」

「ん?」

 返事の声が多い。連れてきたのは、ハンスとシャルロッテだったはずだ。

 それも見知った声だ。


「おい、なんでお前たちがここにきている、シル、シフ」

 振り返るとハンスとシャルロッテの後ろの席に二人増えていた。

 ハンス達も驚いて振り返っている。


「ん~?遊びに来た」「うんうん」

「さっさと帰れ、子供の遊び場じゃないんだぞ」

 クリストフは片手で頭を抱えながら反対の手で追い払うように振る。


「え~?じゃあなんでこの子たちはいいの? 同じぐらいだよね?」

「この二人は勉強しに来てるんだ、勉強をな。お前たちもするか?」

 二人は頭を横に振って拒否すると、立ち上がって立ち去ろうとしていた。

「じゃあいい、また後で遊んでね。いこシフ」「うん」


 二人はパタパタと足音をさせて去って行った。

 それを見送るとクリストフは大きなため息をつき、二人について話し始めた。

「驚いたと思うが、あの二人は私の娘だ。大きいほうがシル、今年で12歳になった、小さいほうはシフで今年で8歳になる。見ての通りまだまだ子供のままだから、どうしたものか……」

 始めは紹介をしてくれていたが、途中から愚痴の様になった。

 どうしても目の前に自分の代わりをさせようとしている彼らが、上の子と一歳そこらしか違っていないことに少し子育ての難しさに吐息が漏れる。


 咳払いをしてクリストフは黒板に書いたことについての話に戻る。


「刀の材質についてから話そう。広場にいたときに話した新鉄鋼とかについてだ」

 ハンスとシャルロッテは頷いて続きを聞く。

 新鉄鋼とは、鉱床から新たに採掘した鉄と木炭を使って作った鉄鋼のことを指す。用途に合わせて生産するため、強度問題は起きにくいが、値段や時間などかかるものが多い。

 粗鉄鋼とは、既製品を溶かす、又は変形させて作る鉄鋼製品やその原料のことを指す。価格によって品質の幅がかなり広い。

 軟鉄鋼とは、木炭の使用を最小限にとどめた柔軟性を重視した鉄鋼のことを指す。用途が限定的なため、あまり生産はされていない。


「さてこれら3つの鉄鋼が一般的に流通している分類になる。最近巷では、魔鉄鋼なるものもあるらしいが、まだ実用的ではないんだろうな」


「で、刀の素材となる鉄鋼だが、これまたかなり貴重なもので、軟鉄鋼に近しいが、さらに手間暇をかけて作った玉鋼というものがある。それを使って刀を作っているんだ」


「玉鋼……?ほかは聞いたことあったけどそれは聞いたことないわね」

 シャルロッテも玉鋼については知らなかった。

「だろうな。何せそれを作っている所が一子相伝に近いからな。一般には流通しない。それに用途がかなり限定的なのもあって普段から製造していないらしいからな」


「よく今まで残っていましたね……継承する人が少ないとすぐに途絶えそうなのに」

「まぁ玉鋼だけでは商売にならないから、新鉄鋼の鋳塊とか武具とかを作っているらしい」

「結構親しそうですけど、知り合いなんですか?」

 クリストフは、顔を逸らしながら答える。

「親しいというか、昔の馴染みがそこで働いていてな。色々世話になってたことがある」


「ならその時にクリストフさんの刀を作ってもらったんですか?」

 ハンスは好奇心から尋ねると、クリストフの表情が険しくなった。

「作ってもらったのは確かだが、使い方も分からない刀を渡されて、上位商会の護衛に就いて宣伝して来いって追い出された。一応紹介状はくれたから護衛には就けたが、散々でな……」

 その後も、護衛に就いたものの、刀を使っての護衛では役に立てず、素手で戦った方がましな状態であったりと、まだまだありそうな雰囲気で話していたが、我に返ったクリストフが大きなため息とともに話を締めた。

「色々あったが、使い方次第ではだいたい何とかなることは保証しよう」

 その話を聞いてハンスは安心できるわけがなく、その後の刀の扱い方については念入りに聞いていた。


 *****

 日が沈み始めた夕暮れ時。

 執務室で作業をしていたフィヨルドは、窓から入る光がランタンの明かりへと変わっていることに気づく。

「ああ、もうこんな時間か。彼らの様子も見に行かないとな」

「それでしたら私がこちらの片付けをしておきますので、すぐにでも向かってあげてください」

 補佐していた二人の内、年配の方がもう一人に目配せしフィヨルドにすぐに向かってはどうかと提案してくれた。

 彼らはすでに結果を知っているのだろう。


「ああ、すまない後は任せる。ついでに彼らの分の夕食も用意しておいてくれ」

 フィヨルドが立ち上がると、もう一人の従者と共にハンス達のいる場所へと向かおうとしていた。

 扉を出てすぐ、従者がクリストフ達がいる場所について聞いていた話を伝える。

「シル様とシフ様によると兵舎の教室で勉強と称して集まっているそうです」

「分かった、そこに向かおう」


 兵舎の教室に近づいていくにつれ、クリストフが話している声が大きくなっていく。

「こんな時間になるまで何を話してるんだか……」

 フィヨルドは気づかれないように扉を少し開け、中の様子を伺う。


「違う、その振り方じゃダメだ。……いや、そうでもない」

 ハンスが木刀で構えては振ってを繰り返してそれにクリストフが指摘しつつ空手で振り方を教えていた。

 その傍らで本棚からとった本を山積みにして読みふけっているシャルロッテがいる。


 そろりと従者を扉の前に置いてフィヨルドが部屋に入るとまだ誰からも反応はない。


 シャルロッテの読んている本を後ろから覗き込んでみると、兵法について書かれている所を読んでいた。

 机に置かれている一番上を見ても、指揮官のための指南書が置かれている。

「ほう、君は部隊を率いたいのかい?」

「ええ、ハンスはこういうことには興味がありませんから。誰かが代わりにできた方がいいかなって……え?」

「なるほどな、それもいいと思うぞ」

 頷きながら答えていると、シャルロッテが慌てて振り返ってきた。

「フィヨルドさん?!」

 その声を聞いたハンスとクリストフがフィヨルドが来たことに気づく。


 そしてフィヨルドが状況を聞く前にクリストフが明日出かけることを告げる。

「ああ、明日闘技者の登録に行ってくるからハンスを借りてくぞ」

 フィヨルドは深く長い吐息を漏らして答える。

「ああ、分かった。用事はそれだけか?」

 ハンスが控えめに手をあげる。

「あの、でしたらついでに寄りたい所が……」

「さっき言ってた武器の素材か?」

 心当たりがあったクリストフが尋ねると、ハンスは頷くがそれだけではないらしい。

「それもそうですが、ついでに状況の報告をしておきたいなと」

 それなら手紙でもできることなのではとクリストフが聞き直すと、任せてきた仕事が気になるから直接話したいとのことだった。


 明日の予定を聞いたフィヨルドが確かめるように尋ねる。

「まぁ丸一日出かけるということだな」

「帰れなきゃ連絡する。そんな心配しなくても大丈夫だって。な?」

 夫に言われても、若干の不安がぬぐいきれずにいる。

「分かっている。だが……小耳に挟んだことだが今回は少し荒れそうなことを聞いたからな」

 クリストフは軽く流す様に笑って答える。

「そんなのいつものことだし、何とかしてきた。違うか?」

「分かった。起こってもいないことにとやかく言っても仕方ないな」


 そうこう話をしていると、開いた扉から声が聞こえてきた。

「皆様、夕食の準備ができましたので食堂にお越しください」

 年配の従者が伝えに来てくれた。

「分かった。すぐいく」


 全員を連れて食堂へ向かうと、そこには先に座って待っているカールがいた。

「おお、もう大丈夫なのか?」

「はい、しっかり見てもらいました」

 クリストフが心配しつつそれぞれが席につくとすぐに料理が運ばれてきた。


 食事も食べ終わる頃。

 クリストフがハンスに素材について聞いていた。

「なぁハンス、武器の素材だが、そこらの木じゃダメなんだよな?」

「ダメというほどでもないのですが、付与(エンチャント)による補強をするために、自分の魔力だけでしなくても済むならその方がいいかなということでいくつか試作してみたいと思いまして」

 クリストフは険しい表情で腕を組み首を傾げている。

付与(エンチャント)をするけど自分の魔力以外で済ませる……?」

「多少齧った程度の知識だが、付与(エンチャント)は魔法の一種で魔力が続く限り効果があるものだったか。それを自分の魔力以外で補い続ければ半永久的に効果を続けられるということだな?」

 フィヨルドの方が若干詳しいらしい。ハンスが頷いて説明を加える。

「はい、ですが、それに加えて魔術(スペル)によって誰でも使えるようなものにできるのではないかと思ってます」

 それに関してはフィヨルドも首を傾げる。

「というと、ハンスと同じように素人でも木刀で鎧を斬れるということか?」

 クリストフが試させたことを思い出す。

「はい、いずれはそんな武器になりえるかもしれません」

 クリストフが固唾を飲む。そんな武器がありふれた時にはきっと、防具なんてほぼ意味をなさないだろう。

「おいおい、それってかなり……危険なものじゃないか。聞いた以上……反対したいわけだが」

 クリストフは何時にも増して真剣な表情で冷や汗をかいている。


 思わぬ反発にハンスは腕を組んで考えを巡らせる。

「確かにそうなんですが、魔物(モンスター)を倒しやすくなるならそれはそれでありだとは思いますが……そうですよね……人に使われたら良くないですね。でも、それはどの武器でも同じような気も……」

「肝心なのは、凶器に見えない物でも凶器になりうるということだぞ」

「でもすでにそんなものって付与(エンチャント)できる人がいたらあってもおかしくないと思います」

 付与(エンチャント)の技術自体は昔からあるものではある。それを今更問題視されるべきものなのか、ハンスは少し困っていた。

「今までどうして流行らなかったのでしょうか」

 ハンスはぽつりと呟く。

 その呟きの答えをその場にいる誰もが持ち合わせていなかった。だが、ある程度推測はできた。

「今までは魔物(モンスター)がいたからなある程度力を持ったものはそっちに駆り出されてきた。最近かなり被害は減っているから、そういったやつらが暇しだしてそういうことをし始めるやつはいるかもしれないな」


 その話を聞いていたフィヨルドが声を出して笑い始め、落ち着いた頃に話し始めた。

「ふぅ、いいじゃないか。商人にとってはかなり商機になる」

「え?」

 ハンスとクリストフはその言葉を聞いて呆気に取られている。

「切れ味の良い武器を作る。それと一緒にそれに対抗できる防具も作る。そうすれば、先駆者としてかなり儲けられるが……」

 ここまではにこやかに話していたが急に眉間にしわを寄せる。

「こういったものが売れるきっかけはだいたい一度問題が起きてからになることが多い」

 それが意味するのは一度、有力者が付与(エンチャント)された武器による被害にあう必要があるということだった。

 潜在的な恐怖があればこそ保険として買い始める。それは商売において需要を生み出す一つの要素でもあった。


 その場にいた全員がしばらく沈黙する中、フィヨルドが発する。

「ハンス!」

「は、はい!」

「新たな凶器を作り出すならそれの対策も考える。いいな?」

「はい!」

「それと、その対策を販売する権利は私達に……渡しても渡さなくてもいいから一口かませてくれ。いいな?」

「え、専売じゃなくて?」

「もちろん、専売して独占もしたいが、そうなったら私たちが狙われかねん。だが、代わりに私達は最高品質のそれを作る。ほかにマネできないほどのな」

「それじゃあんまり変わらないんじゃ……?」

「作れない奴が悪い。その場合逆恨みしてくる相手がある程度絞られるしな」


 かなり前向きなフィヨルドを置いてクリストフは腕を組んだまま黙って座っていた。

 そして、食器が片付けられ、代わりに食後の飲み物が置かれる。


「ハンス」

 途中から動かなくなっていたクリストフがついに口を開く。

「なんでしょうか」

「その対策とやらは武器にも可能なのか?」

「えぇっと……」

 すでに対策とやらがある前提で進んでいるが、ハンスはいまだ具体的な対策を思いついてはいない。

「場合によっては可能だと思いますが、あまり期待しないでくださいね」

「ああ」


 それからは話題もなく、ハンスとシャルロッテは用意された客室へとフィヨルドの従者に案内される。

 案内された部屋は質素と豪華の中間ほどで、調度品を使うのに躊躇するほど豪華な物ではなく、仕立てが良くしっかりしている物といった程度だった。

「こちらの部屋でしばらくの間、自由に過ごしていただいて問題ありません。問題がありましたら、近くに管理室までご連絡いただければ対応いたしますので」

「お気遣いありがとうございます」

 シャルロッテが返すと、頷いた後、案内してくれた従者は去っていった。

 シャルロッテが一通り見て回っている。

「あ、こっちはベットがあるんだ。あ、こっちの部屋は……お風呂もある!」

 通された部屋から入れる別の部屋があり、そこにはお風呂や着替えができそうな場所が用意されている。


 一通り見て回ったシャルロッテが先にハンスが座っているソファの隣に座る。

「なんかやること増えてない?」

「武器を作ろうとしたらその対策も考える必要ができたことですか?」

「そう!それ! なんかすごく難しそうなんだけど大丈夫なの?」

 シャルロッテは心配そうにハンスの顔を覗き込む。

「自分も付与(エンチャント)は使いますし、身体強化(フィジカルブースト)としてよく知られる魔法も付与(エンチャント)の一種ですし仕組みはなんとなくわかります」

 ハンスは付与(エンチャント)の仕組みについて詳しく考えようとしていた。


 シャルロッテも横で一緒になって考える。

付与(エンチャント)も魔法です。手元から離れると新たに変化を加えることはできません」

「繋がっていないとできないよね」

「はい。なので、魔力領域などで強引に離れていても変化させることはできます」

「でも、距離に限りがあるよね」

「そうですね、糸のようにしてつないだとしても限度があります」

「じゃあ付与(エンチャント)は、打ち出した火の玉の魔法と同じってことね」

「なので、その魔法を打ち消す方法が解れば、付与(エンチャント)も自ずと打ち消すことができると思います」

「え、まって、今までそんな魔法見たことも聞いたこともないんだけど……」

「僕は一度だけ魔法が効かない相手と戦ったことがあります」

「誰?」

 その話になるとハンスは眉間に皺をよせ、うつむき気味に答える。

「魔女ユーリア」

「ああ、あの人ね……」

 シャルロッテの顔が少しムッとした表情をしている。

「あの人に魔法で攻撃した時に周囲には影響があったのにあの人には効いていないように見えました。それが何か手掛かりになるかもしれない……程度しか今は分かりませんね。試してみないと」

 ハンスはそう言い切ってソファから立ち上がり伸びをする。

「う~んほかに何かないかなぁ……あっ」

 う~んと唸ったかと思うと手と手を打ち付けた。

「そういえば、風の盾(ウィンドシールド)も魔法を防げるよね」

「確かに。考えてみると色々あるものですね」

 それからも少し話をしていたが、しばらくして寝る準備をして早めに寝ることとなった。


 *****

 翌朝、クリストフとハンスにシャルロッテが役場の受付へとやってきていた。

「権利保持者の方ですね。少々お待ちください」

 クリストフが提出した書類をもって奥に座っていた事務員に手渡す。

「受付が完了するまでに今回の選出戦について、ご説明をしておきます」

 そう言って受付の人が、一枚の紙を出してきた。

 軽く目を通すと、今回の選出戦の概要が書かれているらしい。


「今回は参加者が多く、ルールの策定に難航しており、現状決まっている分の告知になりますね」

「そんなに多いのか?」

 受付の人は、頷いて小さな声でどれぐらいなのかを教えてくれた。

「ええ、今日までですでに例年の3倍ほどになっています。なぜか今回は左右の国からの参加者が激増しているんですよね……普段は手を貸そうとしないのに」

 最後はなんだか本音が漏れていたが、参加者がかなり多いことが分かった。しかも西と東からの参加者が多いとか。


「理由は分からないのか?」

「私の口からは何とも」

 そう答えた時、受付の人の後ろへ事務員がやってきた。

「失礼します。クリストフ様ですね」

 事務員の確認にクリストフはああと返事をする。

「こちらの方の対応は私が、引き継ぎます。あなたはそのまま受付をお願いします」

 そう言ってクリストフと子供二人を連れて、個室の方へ向かっていった。

 受付の人はポカンとした表情をしていたが、ふと我に返って受付業務に戻った。

「(気にしない……気にしない……私はただの受付……)」


「こちらにお座りください」

 案内された先の個室で、椅子に腰かけるように促されていた。

 それに三人は素直に応じる。

「私は、ここに案内することまでしか伺っておりませんので、しばらくこちらでお寛ぎください」

 そう言って案内していた人は、手際よく飲み物とお菓子を机に用意していた。

「何かあったんでしょうか」

 ハンスが不思議そうにしている。

「さぁ、まぁ大方参加者が多いってことで、待ち時間が多くなるとかそんなんじゃないかな」

 クリストフもあまり事情に詳しいわけではない。だからそれっぽいことを言うことしかできなかった。


 しばらくお菓子を食べながら待っていると、扉を叩く音が聞こえてきた。

「待たせてすまないね」

 そう言って入ってきた人物の後ろには何やら完全武装の者達が部屋の外で控えていた。


 三人の向かいに座ると、案内してくれた人がその人に3人と同じものを出すと、部屋から去っていった。

 出された飲み物を一口飲みこむと、長い吐息を漏らす。

「ふぅ……久々に一息付けたよ、最近ずっと仕事に追われててね、いろんな所で問題ばっかり起こるんだからほんとに……嫌になっちゃうよこんな国」

 それほどまでの愚痴が出るような人物であるが、クリストフですら誰なのか分からない。

「あなたは?」

「ああ、自己紹介がまだだったね。私は、この国家運営選出戦を主催する団体の長と言えばいいかな。普段顔を出さないから知らないだろうけど。ああ、名前なんてどうせ忘れられるしいらないよね。代わりに……」


 その者は、ごそごそと鞄から一枚の厚めな鉄板を取り出して三人に見せる。

「これが一応身分証明として便利なんだよ。でも重いんだよねぇ……」

 厚めな鉄板は、十三人の署名と委任状としての文章が刻まれていた。

 その十三人の一人にフィヨルドの名前がある。

「それは確かに証明書になるだろうな。だが、そんなもの持ち歩いていいものなのか?」

 詳しく聞かされてるわけではなかったがクリストフは、フィヨルドからそんな署名をしたことは聞いていた。


「一年しか有効期限がないものだし、金庫に入れていても取られるときは取られるさ。あぁ、でもこの建物からは持ち出してはいないよ?さすがにそこまで不用心ではないさ」

 この人の線引きはかなり際どい所を責めているように思う。


 気になることが多すぎるが、一旦それらは置いといて、ここに呼ばれたことについて尋ねる。

「なぜ私達をこちらに?」

「あぁ、そうだね。本題なんだけどね。君は、他の権利保持者の動向は知っているかい?」

「私は闘技者ですから。あまり詳しいことは」

 クリストフの答えにふぅむと息を吐きながら腕を組んで首を傾げていた。

「そうか君たちはそちら側なわけか、なるほどなるほど……」

 話が見えないことにクリストフは不機嫌に問いかける。

「何が言いたいわけです?」


「なに、今すぐどうこうしようってわけじゃない。ここだけの話なんだがね。このままだと国家が分裂するかもしれないんだ」

 三人は突然飛び出した国家分裂の言葉に驚いていた。

「なぜそんな話がいきなり?」

「いきなりじゃないさ。何年も前からこうなるような気がしてたんだ。抑止力となっていたギルドもその役割を果たせなくなり、東西の国からは疎まれる。そんな国がどうやって維持できると思う?」

 三人が困惑している中でさらに話を続ける。

「そもそも、今回のことだっていつか起こるはずだったんだ。こんな闘技場で順位を決めてそいつらを雇った所が主権を握る。だが、その内容に異を唱えるものが増え始めたら……どうなるだろうね」


「分裂って……今までのやり方に反対する者とこのまま続ける者と別れると?」

「いや、商人の国だからね。利することが分かればそちらにつく。例えば、上位の商会が半数程度新しいやり方を唱えて、成り上がれる機会を得られるなら、燻っていた奴らはそっちにつくだろうね。別れるとすれば、時流に乗るか取り残されるかそういった所だろうね」


「俺たちは取り残されたものということか……」

「え、じゃあ僕たちが色々考えていたことって……」

 ハンスとシャルロッテが不安げに見合っている。

「このままじゃ無駄になるかもな……それに戦争抑止で動くつもりだったが、ここで西に広めても逆効果になるか……」

「じゃあ―――」

「戦争待ったなしか……」

 ハンスが答えを出す前にクリストフが口にする。


「ふむ、やはり君たちと話にきてよかったよ。見込みがあって」

 ニコニコとした主催の長が三人を見ていた。

「え?」

「君たちの所だと、三位と七位が組んでいるんだろ?それにヘルマン商会とかいう新参でありながらほかにない製品を持っている所も協力しているそうじゃないか」

 そういった主催の長は口元は笑っているものの、目元はどこか薄気味悪い雰囲気をまとっている。


「(こっちの情報は筒抜けか……どうしたものかな……)結構調べてるんだな」

 クリストフはどう動くのが良いものか考える。

「もちろん権利保持者の動向は伺っていますからね。それに貧民街にいたミダースという人物もすでにこの国から去ったとかも聞きましたし。ああそうそう、今回の選出戦、まだ一位と二位に続いて四、五、八以下の方々はまだ受付に来ていないらしいですよ」

 もう彼はこちらを逃がす気はないらしい。


「はい?いつもならもっと早くに出してるやつらだろう?」

 いつもはクリストフらのアグリア商会が受付に来るときはだいたい最後になることが多い。

 それが、まだ半数近く来ていない。ということは――――

「彼らが、その分裂するかもしれない奴らということか」

 主催の長は、ゆっくりと頷く。

「私もまだ受付の期間が残っているので、すべてがそちらに回るとは思っておりません。建前上は。情報屋でもあったミダースが配下を連れて他国へ行き、西の国が不穏な動きをしている中、ギルド再建を謳った者達も現れると。こんだけ混沌としていて何も起きないと思う方が難しいでしょう」

 彼なりに調べて現状を知っているからこその推測なのだろう。


「さて、君たちは協力してくれますよね。国家運営のために」

 ここで協力しない選択を取れば、外で待っていた完全武装の連中が乗り込んで捕まえる腹積もりなのだろう。

「逃げられなくしておいてよく言う」

「いえいえ、人聞きの悪い。強制はしていないのですよ。断りたければどうぞと提案は出していますよ」

 彼は先ほどから表情が一つも変わっていない。


「すまん、これはどうにも受けるしかない」

 ハンスとシャルロッテに謝ると、嫌々であることを強調するようなあからさまな長い溜息をついてクリストフは答える。

(これはフィヨルドに怒られるな……)


「分かった、協力してやる。で、俺たちに何をしてほしいんだ?」

「最重要は彼らから、金庫を守ってほしいということだね。次に職人の確保と輸送手段かな。できれば、国土はすべてではなくても最低限は持っておきたい所だけど」

 それはそれで、かなり際どい所をやらせようとしている。いや、際どいというよりは、犯罪だろう。

「それは俺たちに罪人に成れってことか?」

「どんな手段を使うかは君たち次第という所だがね。場合によっては犯罪に手を染めなきゃいけないこともあるだろう」

「またそうやって……」

 またしても選択肢があるようでないことを投げかけてくる。

「できる限りのことはしよう。それでいいか?」

「ええ、期待していますよ」

 主催の長とクリストフは、片やニコニコと笑いもう片方は嫌そうな表情のまま握手をすると、それぞれ部屋を後にする。

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