5日目 投票
「……どうせ今日が最後の日だ。投票の順番はどうでもいいだろ? オレはもちろん、あんたに投票だ。鷹取みのりの皮を被った人狼」
み-1
「みのりは前田哲彦の皮を被った人狼さん、あなたに投票します」
み-1 哲-1
ふたりは憎しみの籠った目で互いを睨んだ後、どこかすがるような眼差しを里奈に向けた。
「あ、あたしは、ずっと悩んでる。この選択を間違えたら、あたしは、あたしは――かけがえのない人をこの手で殺すことになる」
里奈はふたりの顔をジッと観察する。どう見たって、前田哲彦その者と鷹取みのりその者だ。ふたりとも、ひどく緊張した様子で里奈を見ている。
「哲彦、みのり。どっちもホンモノのふたりであってほしい、そんな願いも持ってるの。でもそんなのはあり得ないって分かってる。だから、今この場であたしは殺さなくちゃいけない――」
里奈は今にも倒れそうな気分だった。もしかしたら、本当に自分を愛してくれているその人を殺すことになるかもしれない。そんな恐怖が里奈を包み続け、押し殺そうとしている。でもこのままならば、処刑者はいないまま今日の夜と明日の昼でふたりが襲撃されて村は滅びる。やはりこの場で決断しなくてはならない。
あぁ、あたしが何をしたんだろう? なんでこんなことをしなくちゃならないの――? でもふたりがこの場で話していたこと、あの中にきっとヒントがあるはずなんだ。でも――あたしは分からない。本当に今思っている通りで良いのか、と。もしかしたら、その人は本当にその人なのかもしれない。でもやるしかないんだ、自分を信じて。
「あたしは――あなたに投票する」
椅子から立ち上がって、大きく深呼吸。
里奈はポケットからあるものを取り出した。今朝、玄関ドアに掛かっていたロープだ。
ロープの両端を持ってグッと力を籠める。
「あたしは、あなたが人狼だと思っているの。その周りをグイグイ引っ張って村をコントロールしようとする姿勢こそ、人狼じゃないかって」
里奈は前田哲彦に見える、その男の後ろに回っていた。そして里奈は、なぜだが心がひどく冷たくなっている気がした。
「…………オレ? 違う……オレじゃない!」
その男は里奈をはねのけるように立ち上がる。彼の顔は恐怖で歪んでいた。膝をガクガクと震わせて、目はカッと見開いている。
「オレは……オレは……ホンモノの前田哲彦だ! 変えるなら今からでも遅くない!」
「ダメよ! 騙されちゃダメ!」
みのりは声を張り上げて言った。哲彦の心の叫びを、里奈に伝えないようにするかのように。
「違う! ヤツこそ、あの女こそ人狼なんだ! 頼む、信じてくれ!」
その男は涙目で訴える。その姿は、まるで本当に彼が哲彦であるようだった。それが本当のことであるのかどうか、まだ里奈は分からなかった。
「……でも!」
「嫌だ! オレは死ぬわけにいかないんだ!」
女子ふたりを突き飛ばすと、哲彦は集会場のドアへ駆け出した。里奈が床に手をついている間に、みのりは素早く体制を整えて男に跳びかかる。
「離さないわよ!」
「オレはお前なんかに負けないんだ!」
しかしみのりが男の脚をガッチリと掴んでいるので、彼は身動きが取れない。ジタバタしている哲彦を必死に押さえつけながら、みのりはこう叫んだ。
「殺して! 里奈!」
みのりのいつになく冷たい声が耳に入った瞬間、里奈の心に迷いはなかった。一気に霧が晴れたような、そんな気がした。彼が彼であることなんて絶対にない、そんな確信が心に生まれた気がした。その男は所詮、ただの”男”。少なくともその瞬間にはそう思っていたのだ。
「そう、あなたは人狼――――殺したって、何の問題もない!」
「止めろ……止めてくれぇっっ!」
「うるさぁい!」
里奈は大声で叫ぶと一息にロープを男の首に巻いた。ありったけの力を籠めてその首を絞める。
「り、な……」
苦しそうなうめき声をあげ、里奈の方に手を伸ばしながらその男は死んだ。
苦痛で歪んだその顔は、端整であった彼の面影がほとんど残っていない。
ただぐったりと、冷たい床に横たわっていた。
「あ……」
里奈は彼の亡骸を前に、一気に恐怖心が込み上げてきた。熱い血が全身を駆け巡り、じわじわと汗がにじむ。本当にこの亡骸は人狼のものなのだろうか。そして今、目の前にいる彼女は本当に彼女なのだろうか。
「……里奈?」
みのりは心配そうに顔を覗き込む。しかし、1度生まれた疑念というのは簡単に消えるはずもない。
「里奈、あのさ――」
「いや……来ないで……来ないで!」
みのりを押しのけるように、里奈は集会場を飛び出した。