選択の結果
ヨロヨロと自分の部屋に戻った時、全ての記憶が蘇った。
そう、あたしはあの男を殺した。あの前田哲彦に見えるあの男を殺した。自分のこの手で、あの男を殺した。それが全て。それがあそこで起こった全てのことの真実。
それは真実かもしれないけど、あたしが知りたい真実はその奥にあること。あたしは、あたしは――どうだったの。
おかしいわね。自分を信じて、自分の幸せな未来を信じて、あの選択をしたはずなのに。なんであたしはこんなにも怖いんだろう。
あたしは自分を信じ切れないよ――――。
「里奈……?」
その声におずおずと振り返るとみのりの姿があった。部屋のドアの傍で、瞳に涙をためながら立っている。
「みのり……みのりなの?」
里奈がきくと、みのりは優しい顔でこくんと頷く。
「良かったんだよ、これで。あんなに辛い思いをしちゃったけど……大丈夫。みのりがいるから」
「みのり……ありがとう」
里奈の瞳からはポロポロと涙がこぼれていた。これは、何のための涙なんだろう。恋人を失ったことの悲しみ? それとも安堵しての涙? ともかく、里奈の涙はしばらく止まる気配はなかった。色々な考えていたことが涙となって出てきている、そんな気がしていた。
どれほど時間が経ったのか分からないけど、ようやく涙が止まってきた。再び顔を上げると、みのりはさっきまでと同じようにそこに佇んでいる。
「ごめんね、みのり。あたし、あたし――」
みのりは穏やかで温かな笑みを浮かべ、黙って腕を広げた。里奈はその胸に何の疑問を抱かずに飛び込む。彼女の優しさに包まれようと。
「里奈、大丈夫だよ」
「うん……そう、だよね」
そして里奈が顔を上げた時だった。先ほどまでのみのりの笑みは消え、意地悪なニタニタとした笑顔を浮かべていた。
「え……」
里奈が疑問を口にする間もなく、里奈は肩をトンと突かれて床に倒された。頭や背中を強く打って、全身が痛い。里奈の顔の目の前には、”みのり”の顔がある。”みのり”は、里奈の体に覆いかぶさって里奈の自由を奪う。必死に逃れようと脚や腕を動かすが、全くほどける気配がない。それほどにギュッと力強く押さえつけられていた。
「そう。ホンモノのこの子ならあんな感じのことを言ってたし、あんな感じのことをしてたんじゃない? さすがにこれだけ長く”鷹取みのり”でいたら、完全に成りすませるわよ」
「あなた……あなた……!」
「アハッ! アハハッ! アハハハッ!」
”みのり”は、勝ち誇ったかのように高笑いした。今まで聞いたことのないような”みのり”の笑い声。里奈は自分の体が震えているのが分かった。
「そ、残念ねぇ。あなたは負けたの、このアタシにね。いやぁ、本当に楽しかったわよ境野さん。少しヒヤヒヤしたけど、なんとかあの男を殺してくれて助かったわ。あんたが去った後にせっかくだし頂いてきたわよ。あの哀れな男をね」
「それじゃあ哲彦は……哲彦は!」
「当たり前じゃない。彼は正真正銘、ホンモノの前田哲彦。あんたは自分の恋人を、自らの手で殺したのよ。バカみたいに疑っちゃってね」
「そんな……そんな……!」
里奈は深い絶望感に襲われた。心臓を抉り取られたような、ひどい痛みを感じた。辺り一帯が、急に真っ暗になったように思えた。
「ここまで楽しくなるなんて思いもしなかったわよ。アタシと父さんが襲ったヤツが、丁度あんたと関わりの深いヤツらで助かったわ」
「どういうことよ……」
「そうね……良いわ。話してあげるわよ、アタシたちのこと。父さん――あ、あの”林川凌介”ってヤツに成りすましたの、アタシの父さんなのよ。父さんはいつも言ってたわ。『必ず境野家の女に復讐をしてやる、それがオレらの使命だ』ってね。なんでも昔に殺されかけたらしいのよねぇ、父さんの母さんは。だから死ぬ前に父さん言ってたでしょ? あなたにたっぷり苦しんでもらいたいって」
「そんなことであたしは……あたしは……!」
「アハハ! 本当に良い表情してるわねぇ。ま、諦めて頂戴よ。自分の愚かさを恨むだけにしてさ。もうたっぷりと苦しんでもらったし、あなたに用事はないから。本当に楽しかったわ、ありがとう」
”みのり”は里奈の首筋に鋭い牙を突き立てた。




