4日目
登場人物
柿原清美:平輪高校物理教師
境野里奈:平輪高校3年生
鷹取みのり:平輪高校3年生
名畑修二:小説家
林川凌介:平輪高校3年生
前田哲彦:平輪高校3年生
有沢淳也:喫茶店「アリサワ」マスター【1日目処刑者】
有沢美琴:喫茶店「アリサワ」店員【1日目犠牲者】
鷹取勝正:仁楼村駐在警察官【2日目処刑者】
名畑継治:仁楼村村長【3日目処刑者】
相関図
~~まとめ~~
占 林川凌介 名畑修二○→前田哲彦○→名畑継治●
柿原清美 有沢美琴○→境野里奈○→名畑修二○
霊 鷹取勝正 有沢淳也○
有沢淳也
騎 名畑修二 ?→柿原清美
処 有沢淳也→鷹取勝正→名畑継治
犠 有沢美琴→なし
里「おはようございます……」
里奈が集会場に入った時、既に林川凌介は腕を組みながら座っていた。俯いているので、表情は見えない。そしてすぐにみのりと哲彦がやってきて、少し遅れて修二もやってきた。そして修二は椅子に座ると同時に、凌介に怒鳴った。
修「……もう、議論開始の時刻だ。なのに、清美はやってこない。これはどういうことだ凌介君!」
凌介は意地悪そうに笑うと、あっさりとした口調で話し出した。
凌「どういうことだって言われても……知りませんよ。人狼はまだここにいる。そしてそれは君だよ。鷹取みのりさん」
みのりは、目を大きくして凌介の方を向く。
み「なんでみのりが……!」
里「おかしいでしょ、凌介。それじゃあ淳也さんとカツさん、それに柿原先生はどういう人たちだったのよ!」
凌「さぁね。先生は狂人で、淳也さんはただの村人だったんじゃないか? カツさんを処刑や襲撃から守るため、わざわざ名乗り出たとかでさ」
修「そんなことあるわけないだろ!」
修二は激しい口調でたたみかける。しかし、なぜだか凌介は薄く笑っていた。
凌「まぁ信じないも信じるも自由さ。俺はただ、名畑継治と鷹取みのりが人狼、そういう結果から考察しているだけさ」
哲「ふざけるな!」
突然、さっきまで黙っていた哲彦が大声を上げた。凌介は少し驚いた様子で、目線だけを哲彦にやる。すると哲彦は目を真っ赤にして、凌介の後ろまでずかずかと歩いた。
哲「凌介を……凌介を返せ!」
凌「哲彦。俺は正真正銘、林川凌介だ。そんな見当違いな怒りをぶつけられても――」
その瞬間。凌介は椅子から転げ落ちた。哲彦が凌介の頬を思いっきり殴ったのだ。哲彦は肩を上下させながら、凌介を見下ろす。
凌「て、てめえ……」
凌介もまた、恨めしそうに哲彦を見上げている。
哲「ついに皮が剥がれてきたな、人狼さんよ。凌介なら絶対にそんな態度はとらない。もし本当に淳也さん、カツさん、柿原先生の中にただの村人が混じっている、そう分かったらもっと真面目に主張したはずだ、本物のあいつならな。それにみのりを、そんな軽い口調で人狼呼ばわりしたりしない!」
凌「……ふん。俺はもう何も言わねぇよ。ただし人狼は、あんたの恋人の親友さ」
里奈は気が付けば椅子から立ち上がり、凌介を見下ろしていた。ひどく汚れている眸の彼を。
里「……やっぱりそうね。あなたは、林川凌介なんかじゃない。凌介なら、親友をそんなに粗末に扱うわけないわ。本当にみのりを人狼だと知ったんなら、もっと真剣に言うはず。だって、何よりも彼が大事にしていたのはあたしたちなんだから!」
み「みのりもそう思う」
みのりは、里奈の肩にすがりながら頷く。
み「凌介は優しい人よ! みのりたちのことを1番に考えてくれた。何か困りごとがあったら、いつも助けてくれた。それなのに――それなのになんで!」
凌「……フン」
凌介は3人に囲まれ、観念したように首を振った。そしてニタリと気味の悪い笑みを浮かべながら、低い声で話し出した。
凌「いやぁ、実に結構。なかなか楽しませてくれるじゃないか」
里「ふざけないで!」
凌「まあ最後まで聞けよ、境野さん。オレは君たちのそういう顔を見たかったんだよ。まるで本物の仲であるかのような、君たちをね」
里「何を言っているの……? 本物の仲って――」
凌「あんた、気づいてないのか。オレらが仕組んだ、最高のシチュエーションにさ!」
里奈は一瞬キョトンとしたが、すぐに思わず「あっ」という声を上げてしまった。
右を向けば愛を誓い合った恋人、左を向けば友情を誓い合った親友がいる。でも、でも、でも――――。
里「そ、そんな……そんな……そんな!」
凌「おや、やっと気付いたのか」
凌介は里奈をあざ笑うように、ニタニタと笑っている。里奈はそんな態度に言い返そうとしても、言葉が出てこなかった。何度も開きかけた里奈の口を見て、凌介は馬鹿にしたように鼻で笑った。
凌「ここまで奇麗にうまくいったのは運命のイタズラかもしれねぇが、オレらはあんたにたっぷり苦しんでもらうつもりだったのさ。ま、精一杯頑張ってくれよ」
里「な、なんで! なんでこんなに!」
なんとか口にできたのは、そんな言葉だけだった。ただ虚しく、わけを問いただす言葉だけ。
凌「そいつに答える理由なんてオレにはねぇな。オレができるのは、あんたが苦しむことを願いながら死ぬだけさ」
里奈は恐る恐る振り返った。だがそこには、いつもの顔をした前田哲彦、鷹取みのりが佇んでいるだけだ。ずっとずっと一緒に過ごしてきたふたりがいるように見える。
しかし、現実はそうではない。ずっとずっと一緒に過ごしてきて、これからもずっとずっと過ごしていくと漠然と思っていたのに――――”どちらか”は既にこの世にいない。
里奈は絶望した。こんなに酷いことがあるだろうか。明日には、どちらかの首に縄をかけなくてはならない。自分の愛するふたりの”どちらか”に。
里奈は絶望した。
◇
修「――ちゃん? 里奈ちゃん?」
里「はい……」
里奈は何度も修二に呼ばれていることに気が付き、返事をした。
修「辛いことは僕もよくわかっている。まだ高校生の君にこんなことをさせてしまうこと、本当に心苦しく思っている。だが今から、投票の時間なんだ。だから――」
里「もうみんな、一斉に投票者を指さしましょうよ……どうせ心は決まっているんでしょう? 票が割れることなんて、あるはずないんですから……」
修「……そう、だな。異論は無いね?」
哲彦、みのり、そして凌介も黙って頷いた。
修「では、僕が『せーの』と言う。そうしたら投票したい者を、指さすんだ。良いね? せーの!」
ただひとり除く全員の人差し指が、林川凌介を指していた。凌介だけは里奈にその指を向けている。
凌介は冷たく笑って、吐き捨てるように言った。
凌「ここまで来れれば、未練なんてないさ」
◇
修「何か言い残したいことはあるか?」
修二は震える声で凌介に問いかける。すると凌介は再び気味悪く笑った。
凌「さっきも言ったけど、オレができるのは境野里奈が苦しむ様を想像しながら死ぬだけなんだよ。その女には精一杯苦しんでもらって、アイツに喰い殺される……あぁ、楽しみだよ」
凌介は階段を勢いよく駆け上り、少しも躊躇せず縄を首にかけた。
◇
里奈は一目散に駆け出していた。今日は誰とも話したくなかった。
ただひとりで家の鍵をかけ、部屋に閉じこもる。
布団を被るとみのりの匂いがした。一昨日泊まったみのりの匂い。
哲彦から借りたハンカチは机の上にたたんで置いてある。哲彦の匂いがする。
腕にはギュッと抱きしめたみのりの感触が残っている気がした。みのりのあたたかい感触。
唇には哲彦の感触が残っている気がした。哲彦の柔らかい感触。
みのりと仲良くなったのは小学生になるより前のこと。仁楼村にある幼稚園のようなところでふたりは出会った。当時みのりは、あまり体が丈夫ではなくて家に籠りがちだった。そして幼稚園に来ても、隅っこでひとりでちょっと遊んでいるだけ。里奈はそんな彼女と、純粋に一緒に遊びたかった。振り返れば、みのりにとって迷惑極まりないことだったろう。でも里奈は園庭で遊んだり、一緒に何かを作ったり、とにかくふたりで様々なことをした。なんだかみのりは笑顔が少ない気がしたから、絶対に笑顔を増やしてみせる、そんな風に考えていたのかもと後から思っている。でも当時はそんな思考など一切存在せず、みのりと何となく一緒に遊びたかったのだ。
小学生になってからもみのりは学校を休みがちだったが、構わずに一緒に遊んだ。里奈は外で遊ぶ、というより未知の場所へ行くのが好きだった。自分の知らない場所では、何か自分の知らないことが待っている気がしていたから。そんな探検ごっこに、里奈はみのりをいつも誘っていた。最初はあまり乗り気でなかったみのりも、次第に笑顔が増えてきた。
里奈が特に好きだったのは目的地に着くまでの間、歩きながらたわいもないおしゃべりをすること。もちろん家であった些細なことや学校であったこと、どれも大したことではないのだが、里奈にとってなんだかとっても楽しかった。時間を忘れ、いつまでも一緒に話していたいと毎回思っていた。目的地に着いて、色々と見て回るのも好きだった。自分ひとりでは見つけられなかったものにみのりが気が付いたり、逆にみのりが気付かないものを教えてあげたり。ふたりで過ごした時間は、2倍楽しかった。
きっとふたりの友情はいつまでもず~っと続くものだと、思っていた。
哲彦といわゆる恋人になったのは、今年の4月頃。哲彦が里奈に気持ちを伝え、それに「喜んで」と返事をしたわけである。
里奈が彼に恋心を抱いたのはいつだったのだろうか。同じ村に住んでいるということで、昔から凌介やみのりも含めてよく一緒に遊んだ。その時はただ「同じ村の同じ年齢の子」くらいにしか見ていなかった。
哲彦はなんだかかっこよかった。何か困っている子の傍に寄り添って、親身になって話を聞いてあげる。そして的確なアドバイスをする。こう言うとすごい人みたいだけど哲彦は小学生低学年くらいから、もちろん簡単にだがそんなことをしていた。人のことを思い、考えに考えを重ねて悩みを解消してあげる。そんな彼のあたたかさに、里奈は惹かれたのかもしれない。
特に覚えているのは小学6年生の時。些細なことで里奈はみのりと喧嘩をした。ほとんど喧嘩なんてしたことのなかったふたりは、お互いに気まずくて口も利けなかった。そんなひとりで悩んでいるとき、隣にいたのが哲彦だった。なんで喧嘩してしまったのか、みのりに対してどう思っているのか、里奈は話した。哲彦はうんうんと頷きながら、真剣な表情で聞いてくれていた。そして里奈が全てを吐き出した時、里奈は泣いていた。全てを受け入れて、自分のために一生懸命考えてくれる彼の姿に感動したから。そんなことを思ったのは後だったけど、哲彦に感謝してただただ泣いていた。
多分その後だったと思う。明確に彼、前田哲彦に恋心を抱いたのは。みのりともより一層良い関係になって、感謝の気持ちを持つのと同時に彼への”好き”という気持ちが大きくなっていた。
でも里奈自身は、彼の気持ちがどうなのかよく知れなかった。だから、何度も想いを伝えようとして止めていた。もし彼の心に別の気持ちがあったら、それを傷つけたらいけない。そんな風に考えていた。それにもし今までの関係が、悪い方向に変わってしまったら。それが何よりも怖かった。
今までの間柄でいようと、心に想いを留めて過ごした期間はそれはそれで楽しかった。でもいつかはしっかり気持ちを伝えようと思っていた。だから彼が今年の最初に想いを伝えてくれた時、里奈は幸福感が全身から湧き上がってくるのを感じた。
きっとふたりの愛情はいつまでもず~っと続くものだと、思っていた。
◇
みのりはひとり、家にいた。
悪夢のような日々が、自然と思い出される。死んでいった人たちの顔が、頭の中で流れていく。その中には勝正の顔もあった。自分に優しく笑う、彼の顔が。
必ず、父の思いを遂げてみせる。みのりは強く誓った。
みのりは、髪を縛るゴムを取ってそっと鏡の前に置いた。ブラシを取り、黒々とした長い髪を梳く。鏡に映る自分の姿を見ながらみのりはひとりで頷いた。
哲彦はひとり、家にいた。
悪夢のような日々が、自然と思い出される。何人もの人を殺した。目を閉じればその人たちの顔が瞼の裏に浮かび上がる。彼らは皆、暗い顔をしていた。
必ず、幸せになってやるんだ。哲彦は強く誓った。
哲彦は、蛇口をひねって水を出した。手でその流れる水を受けて、何度も何度も顔にかける。鏡に映る自分の姿を見ながら哲彦はひとりで頷いた。
修二はひとり、家にいた。
きっと自分は死ぬ。そう考えると怖かった。
僕は死にたくない。死にたくないんだ。
あんなにも愛してくれて愛した恋人を失ったこの世でも、自分のことをあれほど気にかけてくれた父を失ったこの世でも、生きる意味を失ったこの世でも、僕は生きていたい。生きる意味がないのに生きたい? それはつまり、生きる意味を失っていないということなのだろうか? それとも、恋人も父親も”生きる意味”ではなかったのか?
そんな出るはずのない答えを求めながら、修二はひとりで眠りについた。
濃い霧は、今夜も村を包んだ。
~~まとめ~~
占 林川凌介 名畑修二○→前田哲彦○→名畑継治●→鷹取みのり●
柿原清美 有沢美琴○→境野里奈○→名畑修二○
霊 鷹取勝正 有沢淳也○
有沢淳也
騎 名畑修二 ?→柿原清美→?
処 有沢淳也→鷹取勝正→名畑継治→林川凌介
犠 有沢美琴→なし→柿原清美