第四話 【俺に何の用だ?】
どちらが先に数えるかを散々話し合った末に、ヴァレリアは隠れた。
どこだ……?
以前、彼女は二階へ続く階段の近くにあるソファがお気に入りだと話していた。ただし本階段ではない。本階段の脇にはソファなんて置かれていないからだ。その階段の下には、衣装部屋へと通じる扉があった。
「ひっ!」
かすかな悲鳴が聞こえ、階段下の扉がわずかに動いた。
中に入り、ソファの下を覗き込む。
彼女と目が合った。
ヴァレリアは両耳を手で塞いでいた。俺の足音を聞いてまた悲鳴を上げてしまわないように、耳を塞いでいたのかもしれない。
「ヴァレリア」
ヴァレリアは勢いよく立ち上がると、ぷいと背を向けた。
「いいもんっ! 認めるわよ……見つけてほしかったんだもんっ、いいでしょ?」
「ん?」
「ダリくんに見つけてほしかったんだもん。わたしのお気に入りの場所、見せたかったの。ここ、秘密の場所だから見つけるのすっごく大変だったでしょ……? メイドさんたちには物置に使ってるからバレてるし、わたしが頼んでお掃除してもらったんだけどね」
「なら、秘密じゃないだろ」
「う……関係ないもんっ! ぜーんぶ見せてあげるっ!」
彼女はソファを見せてくれた。
どこからか持ってきた小さなテーブルの上に、どうやって物を並べているかを見せてくれた。
この場所を使わせてもらうために、使用人たちとどう交渉したのかを語ってくれた。
そして、木彫りの置物の膨大なコレクションを見せてくれた。
「見てっ。これ、紙だよ。まあ、紙がなにかは知ってるよねっ。紙って書くだけのものじゃないんだよ。紙のほうが木より削りやすいんだもん。わたしはまだ木を削ったことないけどね。この木のやつはわたしが作ったんじゃないんだ。木でも上手に作れたらいいのになぁ! でもね……」
引き出しを開け、色とりどりのカタツムリのようなものを取り出した。
「これはね、おいしそうな紙のカタツムリ! でも気をつけてね、食べられないからっ」
「そうか」
ヴァレリアは無邪気に見えるかもしれない。所詮は幼い子供だ。それにもかかわらず、他の者がただ折るだけの紙と見なすものに対し、彼女は思い描いた形になるまでどう造形すればいいかを理解していた。もっとも今は、家具から外してきた木彫りの細工を真似ているだけだが。
「……みて……こねこちゃん……」
ヴァレリアはソファで眠りに落ちていた。鼻にしわを寄せ、寝返りを打つ。彼女の眠りを邪魔しないのが大事なら、俺はここを立ち去るべきだろう。
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部屋に戻り、再びチョークを手にとった。
前と同じ円を描く。
その円の上に手をかざし、待った。
二分。
三分。
四分、五分と待ち続ける。
何も起きない。
奇妙だな。
どうやってあの全てであり無である状態へと意識を戻せばいい?
幼児向けの魔法書には、その状態に至る方法は書かれていなかった。
もっとまともな教材が必要らしい。
バルコニーとおぼしき場所へ出た。
今日はずいぶんと穏やかな日だった。時折カモメが通り過ぎ、巨大な城壁に止まっては、何かの物音を聞きつけて足早に飛び去っていく。
この場所について俺が知っている僅かなことは、海から小高い丘へと広がる沿岸都市であり、いつかその丘を取り囲んでさらに堅牢に守りを固めるべく拡大を続けている、ということくらいだ。
「坊や、落ちないように気をつけてね。手すりの隙間はおもちゃじゃないのよ。ママ、パパと大至急話し合わなきゃいけないみたいね」
母が現れた。
「どうしてヴァレリアちゃんを一人にしてきちゃったの? ちっとも秘密じゃないあの隠れ家で見つけたんだけど、首が痛くなっちゃってたわよ。ちょっとご機嫌斜めだったけれど、ご飯を食べればきっと機嫌も直るわね……」
「寝てたから、部屋に戻った」
「わかってるわ、坊や。やることがなくなっちゃったのよね?」
「ああ」
「そうだと思ったわ、可愛い坊や」
彼女は俺の頭に手を置き、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「きゃあ! 真面目な顔してうちの子はなんて可愛いの! ママに魔法を使ったのを隠せると思ってるなんてね……」
その声は、ふっと明るさを消した途端に一変した。
「えっ……?」
「あなたの上の従兄も、あなたと同じくらいの年にまったく同じ反応をしたわ。教えてちょうだい、本当に本に書いてあったことをやったの?」
「……ああ」
今回は嘘をつく必要はなかった。
「どうして? パパはコービンに、あなたにやっちゃダメだって伝えるように言っていたのに……」
「父さんは直接そんなこと言ってない。コービンが言ったんだ。あいつの言うことだから聞かなかった……それに、あいつも母さんに嘘をつかないっていう手本を守らなかったんだろ?」
「それ……ええ、あなたの言う通りね、坊や。実際、コービンにはそのことについて言っておかないといけないわ。それにしても、パパはあなたが魔法を使うだろうとは予想していたけれど、まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもみないでしょうね」
彼女は俺の額にキスをし、乱れた髪を整えてくれた。
「坊や、絨毯の上におやつを置いておいたわ。召し上がれ。それと、当分の間は魔法は禁止よ。いいわね?」
「わかった」
「『わかった』の後は?」
「わかったよ、ママ」
彼女は微笑み、去っていった。
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俺は魔法に必要な教材を探すことにした。母は魔法を使うことを禁じたが、勉強を続ける可能性まで奪ったわけではない。結局のところ、使おうとしたところで使えなかったのだから。
部屋にある唯一の衣装箪笥には何も見当たらなかった。コービンに頼んでみたらどうなるだろうか。今回の彼の対応を思えば、本を渡してくれるかどうかは疑わしい。問題は、俺が何をしようと何を尋ねようと、コービンは父の頭越しに判断を下したり情報を明かしたりは絶対にしないということだ。
これは厄介な問題だ。コービンを当てにできないなら、魔法を学ぶ方法は別に探すしかない。もし両親に直接魔法を学びたいと頼めば、本をくれるか、家庭教師を雇ってくれるかもしれない。あの本によれば、学校という概念が存在し、家庭教師たちには指導法があることは明白だった。
だから今は、ただ時が経つのを待つしかなかった。
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俺は三歳になった。
この一年間、もっとまともな本を手に入れようと試みたが、普段は甘やかしてくれる両親の予想外の頑なさに阻まれ、許してもらえなかった。
幼すぎるうちから魔法を覚えるとマナに依存してしまい、万が一マナが枯渇したときにすぐに体を壊してしまうからだ、と彼らは言った。
朝食の席で、もう一度切り出してみた。
「魔法は?」
「ん? 坊や? なんて言ったの?」
母がこちらを向き、どこか訝しげな視線を向けてくる。
テーブルの上にフォークを置き、両手を組んだ。
「三歳になったら魔法の本をくれるって言っただろ。違うのか?」
両親は互いに顔を見合わせ、それから俺を見た。
父が口元を綻ばせて、口を開いた。
「母さんと私は確かにそう言ったが、実を言うとお前が覚えているとは思っていなかったんだ。一年も経てば忘れて、別のことに興味を持つだろうと思っていたんだが……お前は魔法に惹かれているようだな、ダリアン。それはとてもいいことだ。珍しくはあるが、お前に才能があることを否定するつもりはない。だから、魔法や他のことを教えてくれる者を雇うのが最善だと考えたんだ」
ヴァレリウスがここまで率直だったのは初めてだった。普段は言葉を濁したり包んだりするが、今回は嘘をつかないと決めたらしい。嘘をつくことの弊害を理解したのだろう。もっとも、それがいつまで続くかはわからないが。
こうして、俺に家庭教師がつくことになった。
この時期に家庭教師を確保するのは非常に困難に思えた。候補がいないわけではない。ただ、学校が手一杯になって人手が足りず、不可能なことまで求められるような状況だったからだ。しかし年の半ばを過ぎると事態は好転し、教えることを望む者が増えてきた。
選択肢が増えたとはいえ、世界有数の富豪であるセラフェル家に仕えようとする者は誰もいなかった。金の問題ではない。身分の問題だ。現当主の息子をしくじれば、彼らの経歴に一生消えない汚点が残ることになる。
俺が魔法を諦め、何か別のことを学ぼうかと思い始めたのは、ちょうどその頃だった。
前世とは異なり、周囲の意向は俺に普通であってほしいと願っているようだった。見方を変えれば、それはそれで悪くない。人とは違うことに散々文句を言ってきたくせに、今また人と違うことを望んでいる自分がいた。
そもそも、俺がここまで魔法に執着すること自体、両親にとっては奇妙なことだった。魔法に夢中になる子供というのは珍重されるものだと思っていたが、この世界で圧倒的な人気を誇るのは剣の方だったのだ。
現代における魔法は、単なる仕事の一種と見なされていた。俺くらいの年齢の子供にとって、それは図形を描かされる退屈な作業でしかない。一方、剣は体を動かすことができ、何より空を殴るように振るうだけでいいという分かりやすさがあった。だから年若い者たちの間で魔法が流行らない理由もうなずけた。
「セラフェル様……その、ご子息の家庭教師を務めさせていただきますこと……大変、光栄に存じます」
それでも、あらゆる予想を覆し、ついに一人の女性が現れたのだった。




