第三話 【不可視のエネルギー】
この世界に生まれてから、二十四ヶ月が過ぎた。
この間、もしかしたら自分は何か違うのではないかと考えたりもした。
矛盾することなく次々と連鎖していく無数の可能性が、これが現実であり、もはや変えられないのだと物語っていた。
俺は転生し、それと同時に、俺を放っておいてくれない家族ができたのだ。
だから、いや、自分は他と何も違ってなどいなかった。
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読書はずっと続けている。
手に入る本は片っ端から読み耽った。
時には書かれている内容を確実に理解するため、二度、三度と読み返すこともあった。
本棚の高いところにある本を取ろうとして足を踏み外し、背中から倒れ込んで、胸の上に大きな本が落ちてきた。
背中に軽い圧迫感を覚えたが、赤ん坊が丈夫になるために受ける、ありふれた打撲の一つにすぎない。
「坊ちゃま、そんなところで横になって何をしておいでですか?」
コービンが駆け寄って本を退かし、起き上がるのを手伝ってくれた。
助けなど必要なかったが、その気遣いはありがたい。
コービンは余計な詮索をしてこない、数少ない人間の一人だった。
「『ADO』についての本でございますか? それは入門として良い本でございますね、坊ちゃま。将来それをお使いになるおつもりであれば、なおのこと。ですが、もちろん旦那様としては、剣を取ることを望まれるのでしょうが……。もしよろしければ坊ちゃま、私から旦那様に伺ってみて、どう思われるか確認いたしましょうか。よろしいですか?」
「ああ」
コービンはその本を持って立ち去った。
ADOというのは、今まで聞いたこともない奇妙な音だった。コービンが立ち去る前に口にした言葉だ。その発音の仕方は、誰かが息を吸って吐き出す様子を思い出させた。
両親の許可など当てにできず、それについて知りたかった。別に何でも一人でやりたいわけではないが、許可を取るには時間がかかる。その時間があれば、読書に充てられたはずなのだ。
「アアード」
その言葉を口にした瞬間、首筋に何かが走る感覚があったが、なぜそうなったのかは分からなかった。すべてを手に入れたようでいて、同時に何も持っていないような感覚だった。
それから十分ほどその言葉を発音しようと試み続けたが、あの感覚は消え失せてしまった。繰り返すうちに当たり前のものとなり、何の手応えもなくなっていく。ただ喉が少し渇いただけのことで、他には何も起きなかった。
「坊ちゃま、ご報告がございます。父上であられる旦那様は、この本をお読みになることをお認めになりました。ただし、そこに書かれていることを真似してはならぬとのことです。もし本に関わる何かを使ったと知れれば、本を取り上げると仰せでした。要するに、そこに書いてあることを模倣なさってはなりませんよ、坊ちゃま」
父は本気で、赤ん坊が本の内容を正確に理解し、それを再現できるとでも思っているのだろうか?
理解する力があるからこそ、真似したくなるのだろう。もし普通の赤ん坊なら、大声で泣き叫んでいたところだろう。だが、父は俺の成長を早めようとしているのかもしれない。早く成長させたいという仮説に立てば、そうした判断を下すのも納得がいった。
コービンは本を俺に手渡すと、下がっていった。もちろん、リヴィアにすべての報告を済ませた上でのことだ。
コービンはあまりによく喋るため、俺がまだわずか二歳の赤ん坊であることを忘れているように見えることさえあった。俺に対して礼儀正しく接してくれるのはありがたいが、彼の仕事に対する情熱には興味を惹かれるものがある。主君とその息子に向ける態度は、ほとんど無限の称賛に近いものだった。
リヴィアについて言えば。
彼女は『プエの養育係』という肩書を持っていたが、その具体的な役目について、俺はまだ正確には把握していなかった。どうやら、最高位の貴族の赤ん坊を抱き、世話をすることが許されるほど重要な立場にある女性たちであるらしかった。
「ふぅ……」
本の表紙は白かった。
中央には卵細胞に似た図が描かれている。
その周囲には、かすかな赤い筋が走っていた。
その卵の中には光があった。
そして、その真上に。
『身体と世界におけるADOの操作』
本には魔法に関する情報と、巻末に試してみるための初歩的な呪文がいくつか載っていた。目次を見るかぎり、幼い子供たちが基礎を知るための、学校の教科書のようなものにすぎない。
ADOとはどうやら、不可視のエネルギーであるマナの別名のようだった。言い換えれば、この本は魔法が存在すると断言しているのだ。
元の世界では、魔法と呼べるようなものは存在しなかった。元素とは対話をしていたが、それは魔法ではない。彼らは生きていて、俺に応えてくれた。彼らに言うことを聞かせるために、本など必要としたことはなかった。
(今はそのことは置いておこう)
目に見える情報が載った最初の頁には、魔法の誕生について書かれていた。
「誕生……?」
魔法に対してその言葉が使われている。誕生。人間と共に少しずつ発展してきたからだ。彼らにとって、不可視のエネルギーとは生き物なのだろう。
現在は単なる仮説にすぎないが、かつて人間は絵や円陣を通じてマナと対話することができたと言われていた。だが魔法があまりに機械的なものへと変化していくにつれ、それはただ消え去ってしまったのだという。
不可視のエネルギーについて丸々一節を割いた記述もあった。
『ADOという名には、それを行使した際に生じる音以上の意味はない。その音は時と共に消え去り、ある木の果実へと置き換えられた。そこから芽吹き、生まれたのがマナである。しかし、不安定な不可視のエネルギーが存在するため、人々はそれに正反対の意味を与えることにした。木の果実は「空の喪」となり、マナは「ナマ」、すなわち肉体の内部において交換が行われる状態を指すようになった。同時に、呪文の行使に成功した時、不可視のエネルギーは可視化される。選ばれた属性そのものは厳密にはマナとは見なされないが、そう呼んだところで差し支えはない』
この本は、子供向けの情報源にすぎないという欠点を抱えていた。
その情報について言うなら、不完全に思えるか、あるいは子供たちがトラウマを抱えて二度と魔法を学ばなくなってしまわないための、もっともらしい言い訳のように思えた。
ナマという言葉は、マナを逆から読んだものにすぎない。
果実は生を象徴し、喪は死を象徴している。
空は虚無と未知を表し、木は大地に根差した強固で目に見えるものを表している。
世界について書かれた本を読み返してみれば、なぜここを『織り機の世界』と呼ぶことにしたのか、今ならより腑に落ちる。
この著者は、俺たちの命や願い、希望は糸に乗って未知なる場所へと旅立つのだと主張している。そうしたものを何も持たなかった魂はそのまま留まり、上へと昇ることはできない。彼らにとって糸はただ切れ、先へ進めなくなるのだ。
『覚えておきなさい、子供たち。願いは決して重くはなく、ただ感じられるもの。希望は失われることなく、ただ強くなるもの……そして命は、ただ流れていくもの。休息ののちに身軽さを感じたなら、もう二度と虚無の中で迷うことはありません』
後悔を抱えたまま死ねば二度目の機会などない、と遠回しに言っているようなものだ。
言語の大部分は覚えたが、まだ分からない部分が残っている。
いまだに意味の掴めない単語の数々だ。
例えば、
アエキタ、エリオタ、
アエシタ、あるいはメレンキといった言葉。
リヴィアが扉のそばにいなければ、決して理解できなかったであろう言葉だった。
アエキタは流れに関する用語。エリオタは単に「また、同時に」を意味する。アエシタは矛盾を指し、メレンキは子供向けの滑稽な言葉にすぎなかった。
彼女の説明によれば、それらは古すぎる言葉で、ただ敬意を払って使われ続けているのだという。この世界でその言葉を使っている言語は、これ一つではないらしい。
その情報のおかげで、神の御言葉として紙に記されたと説明されている別の一節を読み解くことができた。
『アエキタのごとく考えよ。かつては誰もが己のことしか考えていなかった。川は流れ、いかなる不浄も運ばなかった。知恵によってそれを完全に支配したのは人間である。エリオタ、水もまた倍の力で返してきた。だからこそ子供たちよ、水辺には気をつけなさい。さもなくば……メレンキ! 水浸しになってしまいますよ』
所詮は子供向けの本だ。多少の面白みがなければ飽きてしまい、別のことをしたくなるのだろう。
くどい部分を飛ばしたくて、何ページかめくった。
新しく開いた頁には、魔法が決して攻撃目的で使われたことはないと記されていた。明言こそされていないものの、あらゆる魔法は牧畜、農業、建築、輸送、日々の雑事、そして用を足すといった日常的な事柄のために発展してきたのだ。
結界、水、氷、さらには火の魔法が存在した。それぞれに専門的な技術が求められる。結界は作物を害虫から守り、水はそれを潤し、氷は切り出して地下室に保管すれば次の出荷まで食材を新鮮に保つことができ、火は冷え込む夜を暖めるのに使われた。
火はマナを大量に消費するものにすぎない。極めて重要で切迫した状況でのみ使用された。一方で、家を暖めたり鍛冶場を動かしたりするには、依然として石炭が重宝されている。そのための専門の都市が存在し、大陸各地にも点在していた。
単なる攻撃目的で使用することも可能ではあるが、放てる火の玉のようなものは存在せず、普通の火を当てるには相手に接近しすぎなければならない。不意打ちを狙おうにも、呪文を準備する時間のほうが無駄になってしまう。
これらすべてに、俺は失望を覚えていた。
機械的ではない別の方法で魔法を使えるのではないかと、少しは期待していたのだ。かつては元素と対話し、彼らは俺に従ってくれていた。もし今、そのアプローチを変えなければならないのだとすれば、思っていたよりもずっと厄介かもしれない。
「対話……? 元素……?」
以前のような感覚が全くないことに、今になって気づいた。もしかしたら元素たちは俺を待っているのかもしれない。自分が何者で、ここで何をしているのか、ついに答えが得られるかもしれないのだ。
俺は絨毯から素早く立ち上がり、床に手を当てた。
「……聞こえない」
たとえ建物の屋上にいたとしても、手のひらの下で震える大地、水の流れ、風の音、火の温もりを感じ取ることができたはずだった。だが、今は何も起こらない。
思った以上に安堵している自分がいた。あの感覚は常に身近にあったものの、同時に居心地の悪さを感じさせてもいたのだ。
自分の手を見つめる。
それはつまり、成し遂げた成果のすべてが、俺自身の努力の証だったということだ。
どれほど努力しようと、それを外的なもののせいにしてはならないのだと。
……。
手を握り締め、再び腰を下ろした。
どうやら呪文を行使する唯一の方法は、魔法陣を描くことだけのようだ。
それ以外の方法など存在しなかった。だが伝えられるところによれば、山で眠る巨大な竜だけは、何の準備もなく魔法を使えたらしい。ただその口や鱗から魔法が放たれるのだ。
マナがより良い結果をもたらすよう、円陣は単純なものから複雑なものへと変化していった。
どのような変化があったのかは書かれていないが、昔のほうが遥かに容易であったこと、そして現在、高い魔力を持って生まれる可能性が高くなっているとはいえ、健康的な生活を送っていなければ何の役にも立たないことがはっきりと示されていた。健全な肉体と穏やかな心を持つ者だけが、その能力を高め、己の力を研ぎ澄ますことができるのだ。
また、魔力の量は遺伝によるものではないとも書かれていた。
並の魔力しか持たない貴族であっても、より良い訓練を受ければ、才能ある者よりも有能になり得るということだ。
『内部魔法、外部魔法、そして知覚魔力』
内部魔法である『ノイド』と、外部魔法である『ディオル』は、まったく異なる言葉に由来している。
ディオルはドリンと呼ばれるあの謎めいた竜に由来し、ノイドはその魔法を発見した人物が名乗った偽名、ディオンに由来する。彼以前から使われてはいたものの、そのすべてを一冊の本に書き留めたのが彼だったのだ。
知覚魔力はまた別のもので、『第三の目』あるいは『トライ・ビジョン』と呼ばれ、その能力は祝福者と呼ばれる者たちと、彼らの制御された千里眼にのみ結びついていた。
いくつかの魔法陣が見つかった。
・雨雲
・水の結界
・灌漑システム
・換気システム
ヴァレリウスは試すことを禁じてきた。あの男はいろいろと口にはするが、それを守りはしない。母にはすべてを話すと約束したくせに、自分の兄のことも、俺の目の重要性についても話さなかった。ならば、見習うべき手本など示してはいないのだ。
俺は昔、お絵かき用にと渡されていたチョークを手にした。
怪しまれないよう適当な落書きばかりしていたが、今はきちんと描かなければならない。
まずは手首を使って練習するのが良さそうだった。
換気システムの呪文はそれほど複雑ではなく、痕跡も残さない。屋敷の換気と混ざり合い、後腐れもない。
唯一気をつけるべきなのは、リヴィアが勝手に部屋に入ってくることだが、まさにそんな真似はしないはずだ。彼女は俺が転びそうになった時や、何かを必要としている時を察知する本能のようなものを持っていた。俺が何かを求めないかぎり、入ってはこないだろう。
最初に記されているのは、慎重に円を描くことだ。完璧である必要はないが、円であると分かる程度には描かなければならない。同時に、中央には歪みが出ないよう、円の内側に適切な大きさの十字を描く必要があった。
呪文の効力は大きさに左右されるが、必要となる魔力が増えるだけだ。何にせよ、注意すべきは十字の部分だけだった。
『かつて見られたことはなく、ただ想像の中だけにある世界の一面を表す呪文。十字は雄大な山を表し、同時に水の状態を表す。東を指す切っ先は固体、北西は可塑性、北は超越性を表す。二つは器を必要とし、一つは自由を得て望む場所へと向かうことができる。これほど状態が異なっていても、すべては永遠である。呪文を成すには、ただ十字を形成し、東から届く風を描け。風は氷の十字を通り、その場を満遍なく冷やすであろう』
そして最後に……。
『風属性の呪文は過去の学説を体現している。大都市で用いられる一部の呪文とは異なり、マナは緻密な図形を必要とせずに行使できると。単純な呪文を持つ属性はいくつかあるが、風の呪文ほど簡潔なものはない』
円陣は完成した。
あとは、手をかざすだけだ。
「落ち着け……」
ヒュオオッ!
手が下へと吸い込まれるような感覚があった。危うく顔から床に倒れ込むところだった。重心が完全に前へと引っ張られたにもかかわらず、俺を踏みとどまらせたのは別の力だった。目の前に、目には見えないが確かな手応えのある、巨大な物体が存在しているかのようだった。
「ダリくん! それだめぇっ!」
その時になってようやく、自分を支えていたのが魔法ではなく、従姉のヴァレリアだったことに気づいた。呪文は発動したものの、風があまりに乱れていたせいで、誰かが部屋に入ってきたことすら察知できなかったのだ。
虚無と森羅万象へ足を踏み入れると本に書かれていたのは、こういうことだったのか。
何もない無我の境地に没頭しすぎるあまり、周囲のすべてに気が回らなくなっていた。
ヴァレリアは俺から手を離すと、窓から部屋の空気を外へ追い出そうと腕を振り回した。
「魔法……? 普通じゃないの?」
「魔法はふつうだもんっ! でも……ダリくん、すっごくちっちゃいんだよ? うん、わたしがやろうとしたとき、ママがそう言ってたもん。たおれちゃって、お熱出ちゃうかもしれないんだから!」
「大丈夫だ」
「だめっ! ころびそうになってたもんっ!」
それについては彼女の言う通りだった。
もし魔法陣の上に倒れ込んでいたら、どうなっていたか。
「ねぇねぇ! お外でいっしょにあそぼうよっ!」
ヴァレリアは一つの話題に長く留まることができないようだった。
「え……?」
「ダリくん、お顔がまじめすぎるもんっ! あそぼっ! わたしね、へんな気分になったときは、いっつもあそぶことにしてるんだよ!」
そうして俺は、四歳の子供に引きずられていくことになった。
「よし、わたしが隠れてダリくんが鬼ね……ううん、わたしが鬼でダリくんが隠れる? だってダリくん何にも知らないでしょ、わたしは全部知ってるもんっ。わたしが一番いい隠れ場所知ってたら、ダリくんにずるいし……んー?」
「俺が探す」
それが一番ましだった。
鬼になれば、わざわざ隠れてこんな遊びに本気にならずに済む。
いや、結局は遊ぶことになるのだが。
彼女は俺の手を引き、目を閉じて数を数え始める場所へと連れていった。
つまり……。
魔法の実験から、遊びへと成り下がったのか?
早くあの呪文の続きに戻りたい。
「ぜったい楽しいよっ!」




