第一話 【死を拒む】
死ぬときに知ることなど、無だけだ。
意識が残るなんて思いもしなかった。
つまり、命が終わりを迎えれば、ただ消滅するものだと思っていたのだ。
星々の彼方に何かがあるなどと信じるのを拒絶するようなものだ。
ただ火が消え去り、煙のように霧散するだけだと。
だが、この感覚はおかしい。
なぜ痛みがまだ俺の中にある?
理解できない。
肉体を脱ぎ捨ててどこかへ行くはずだというのなら、
なぜ俺はまだすべての記憶を持っているんだ?
それどころか、今の方がずっと意識がはっきりしている。
揺れと動きを感じた。
感覚は混ざり合っていたが、何が起きているのかは把握できた。
不意に、脈打つような痛みと閃光が走り、まぶたを強く閉じざるを得なくなる。
あり得ない。
……
生き延びたのか?
……
エレメントたちにはトラックを止めるよう命じたが、俺自身を止めろとは命じていない。
それなのに、あいつらは言うことを聞かず、好き勝手にしたらしい。
衝撃と死を確かに感じたというのに、俺はこの事故を生き延びてしまったようだ。
結局のところ、人生というやつは、どこまでも俺を放っておいてくれないらしい。
ゆっくりと目を開けると、視界は次第に明瞭になっていった。
背中と脚を誰かの手で支えられているのを感じる。
よく分からないが、たぶんそうだ。
俺を抱えている女は、微かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
なぜそんな目で俺を見る?
よせ、そんな目で見るな。なぜ笑っている? 生き延びた結果が入院生活で、誰かの重荷になり、俺の気を紛らわせるための作り笑いを向けられるなんて、冗談じゃない。
ふいに体が動かされ、視界がさらに鮮明になった。
(どういうことだ?)
視界は灰色と白、そして黒の濃淡だけだった。俺を抱えている女は、身長180センチ以上あるはずの俺を、何の苦もなく軽々と動かしている。奇妙だった。
「……! ……」
「………」
この奇妙な言語が理解できない。
そもそも、なぜそんな言葉を話しているんだ?
それとも、やはり脳をやられたのか?
女は俺を巨大なベッドのような場所へと運び、一人の若い女性の上にそっと横たえた。
ああ、これは臨死体験というやつに違いない。事故のトラウマを体が処理しきれず、脳が見せている幻覚か妄想なのだろう。だが、それにしてはあらゆる感覚が痛いほどリアルだった。
その女性の姿が、よりはっきりと見えてきた。
額に髪を張り付かせた、疲労困憊の女性だった。だがその顔には純粋な満足感が浮かんでいる。あまりにも過酷な代償を払って何かを手に入れ、ようやく幸福になれたかのような顔だ。少なくとも、これまでの人生で多くの人間を観察してきた俺には、そう感じられた。
こんな状況でそんなことを考えるのも妙だが、たとえ幻覚の中であっても、人間を分析せずにはいられない。
「……………」
どうにか横目で部屋の中を見渡すことができた。
病院ではない。
むしろ、ルネサンス期を完璧に再現したかのような空間だった。
ここの人間は、あの時代のマニアか何かなのか?
女が俺を見て、近づいてきた。
数秒間じっと見つめられた後、まるで羽毛のように何の重みも感じさせず持ち上げられた。
「……!!! ……!!!」
俺を抱く女は、やけに活力に満ちていた。
「あ……あ……あ……」
何かを言おうとしたが、言葉になどならず、ただ湿っぽく意味を成さない声が漏れただけだった。舌は重く、喉は弱々しく、呼吸は浅い。そして、凄まじい疲労感が全身を覆っていた。
もう少し何か抗おうとしたが、闇が訪れ、疲労に完全に呑み込まれた。
---
一週間後、俺は裕福な家庭の赤ん坊として転生したのだと理解した。
なぜ転生することになったのか、答えはまだ見つからない。だが、避けようのないことだった。十中八九、エレメントたちが俺にやり直しの機会を与えようと勝手に決めたのだろう。
それこそがあいつらの過ちだ。俺は機会なんて望んでいなかった。過去の記憶を持ったまま赤ん坊になることなど、なおさら願い下げだった。
今の状態では、この人々の世話を受け入れるしかない。自分の意志で動くことも、自立することもできないのだ。だから、面倒を見てもらう必要がある。
これが惨めだということは否定しない。なぜ自分がこれほど自立にこだわるのか、自分でもうまく説明できないが。このままでは、もう誰も守ることはできない。どう転んでも、今の俺は守られる側の存在だ。
何者かの手が額に触れ、思考が霧散した。その手の感触は、俺を現実に繋ぎ止める錨のようだった。まるで生きていることを実感するために、皮膚感覚を必要としているかのように。
脳が俺を騙しているという仮説には、もう根拠がなかった。この一週間を過ごす中で、現実には何の矛盾も生じていなかったからだ。したがって、これは紛れもない現実であり、臨死体験による幻影などではない。
何より、俺自身の存在そのものが、物事が常識通りではないことの証拠だった。エレメントの力と、あの人々を救ったやり方を考えればなおさらだ。だが、それを受け入れるのは容易ではなかった。
言語、人々の所作、意図を持って造られた異質な建築物。そのすべてが、作り物ではないと告げていた。どういうわけか、俺は本当に赤ん坊に転生してしまったのだ。
唯一の矛盾といえば、これほど裕福であるにもかかわらず、夜の明かりには蝋燭を使っていることくらいだった。それと同時に、いくつもの通気口から常に涼しい空気を送り込む完璧な換気機構が備わっているようだった。
熱を放つ蝋燭と、冷気を運ぶ装置の共存にはひどく興味を惹かれた。ある時などは風があまりにも強く吹き抜けたが、それでも蝋燭の火は消えずに灯り続けていた。母が慌てて部屋を出て行くと、風は嘘のように収まった。
扉が勢いよく開いた。
「……!!! ……!!!」
「……、……………、…………………」
「………………? ……………、………」
この男、つまり俺の父親は、新しい母親に歩み寄ると、二言三言と言葉を交わしてから口づけをした。どこか浮き立っている様子だったが、二人ともやけに若かった。
父親は俺を抱き上げ、自分の顔の高さよりも上へと掲げた。舌を出したり変顔をしたりして笑わせようとしてきたが、結局、男は鼻にしわを寄せただけだった。
「……」
漏らしたらしい。
「……、…………」
どうでもいい。今の俺が望むのは、ただ歩けるようになることだけだ。
---
四ヶ月が経過した。
少しずつ色を認識できるようになってきたが、大人と同じ完全な視力を得るにはもう少し時間がかかることも分かっていた。それと同時に筋力もつき、以前よりもずっと長い時間起きていられるようになった。
内なる思考は、この赤ん坊の新しい脳に悪影響を及ぼしていないという結論に至った。むしろ、まだ何も刻まれていない白紙の状態を大いに利用しているようだった。大人の俺としての思考と、体を動かそうとする試みは連動していなかった。感覚としては、まるで二つの脳を持っているかのようだった。
俺が寝返りを打とうとするたび、母は微笑み、今にも泣き出しそうになっていた。この数ヶ月間、母は腕や首、背中の筋肉を鍛えさせるために俺をうつ伏せにしていた。そのおかげで、今では体を動かすことが可能になっていた。
だが、体の発達は俺の精神とは無関係であり、どうやら生後四ヶ月の赤ん坊としてはあり得ないほどの速度で成長しているようだった。あるいは、遺伝のせいかもしれない。
いや、遺伝だけで四ヶ月の赤ん坊がハイハイできるようになるはずがない。生物学的に不可能なはずだが、現に俺はそれができそうだった。この新しい肉体のせいで時間感覚が狂っているのでもない限り、説明がつかなかった。
夜になると勝手に灯る部屋のシャンデリア、気候に合わせて温冷が切り替わる絶え間ない風、そしてこの新しい肉体の生物学的な異様さ。それらすべてが、ここは元の世界ではないと告げていた。
第一に、電気やそれに類するものの痕跡が一切ないこと。
第二に、電気がないにもかかわらず、換気設備が完璧であること。
そして第三に、言語。
母が部屋に入ってくると、唐突に俺を抱き上げた。その腕に慣れる暇も与えず、そのまま歩き始める。
「あら、私の可愛い子。そこで何をしていたの? ママが探していたのよ。ねえ、おばあ様に会いに行きましょうか? 遠くからはるばる会いに来てくださったのよ」
両親の会話を耳にし続けたおかげで、この言語は容易に理解できるようになっていた。どういうわけか、彼らは俺と一緒にいる時、自分たちに関わるものについて話すたびに、その対象を指差していた。あるいはそれが彼らの癖なのかもしれないが、そうするたびに決まって俺の顔を見ていた。
両親は俺に早く学ばせたいのだ。
使用人の一人が話しているのを耳にしたことがある。母親というのは往々にして、我が子に自分と同じ過ちを犯させまいと、幼い頃から厳しく仕込むものらしい。そうして自尊心を満たし、子供はやがて母親を深く愛するあまり、決して見捨てなくなるのだと。
「さあ、行きましょうね、坊や。おばあ様が会いたがっていらっしゃるわ。準備はいいかしら?」
中庭までの道のりは果てしなく思えた。廊下を三つ以上通り抜け、階段を下り、さらに長い廊下を進んで、ようやく高い壁に囲まれた庭園に辿り着いた。そこにおばあさんがいた。
「母上、参りました」
「お母さんと呼んでおくれ、ジュリエット御前。前にも言ったろう、ただ母と思えばいいのさ」
「分かりました、お母様……。まだ、このすべてに慣れなくて」
「昔のことが尾を引いているんだろうね? ああ、私も大いに間違っていたさ……。まあいい、ようやく孫の顔が見られたよ」
その人は足早に話題を変え、俺へと近づいてきた。
「ずいぶん大人しい子だね……」
「私の子は、本当に愛らしい赤ん坊なんですよ。いつもそんな難しいお顔ばかりしていますけれど、母親が可愛さに耐えかねて泣き出してしまうのを知っているみたいで」
「私も同じだったよ……。ヴァレリウスとルキウスが湯船の泡で遊び呆けていた頃も、ファビウスはどこか余所余所しくてね。父親より、叔父のファビウスに似ているんじゃないかい? 少なくとも態度はね。もっとも、ファビウスは長く抱き上げていると、すぐに泣き喚いたものだけどさ」
「ファビウス、ですか? ヴァレリウスからは何も聞いていませんでしたけれど」
「ずいぶん長く喧嘩していてね、今のところはお互い口も利きたくないのさ。いずれ終わるとは思っているけれどね。どのみち、これも全部……あの人の死が原因さ。まあ、蒸し返す必要もないけれどね」
「分かります、お母様。どうぞお気になさらないでください」
「ありがとうね……。さあ、孫を渡しな」
受け取る前に、祖母は数秒ほど俺を観察した。それから、よく見定めようとするかのように頭上高く掲げた。
「こいつがちびすけのダリアンかい。思っていたより大きいね」
「育つのが早すぎますわ! もう少しこのままでいてくれたらいいのに……。もうすぐ腕の中に収まらなくなってしまうと思うと、怖くてたまりませんの」
「何の反応もしないじゃないかい……」
「お母様、この子はそういう子なんです。生まれてから一度も泣いたことがなくて」
「生まれてから一度も泣かないだって? そいつは確かに珍しいね。森の民を思い出すよ……。伝承じゃあ、赤ん坊が泣かないのは、単なる沈黙以上の何かを隠しているからだと言われていたのさ」
「まさか……。私の子は、ただの大人しい赤ん坊ですよ。隠していることといえば、お漏らしをしても決して知らせてくれないことくらいですわ」
「ああ、そうかい……。ねえ、ジュリエット御前……」
祖母の声色ががらりと変わった。
「どうかなさいました?」
「ダリアンのこの目……あいつの目だよ……」
「あの人の目……? どういうことですの、お母様?」
「アエリウスの目さ! さっきは気づかなかったけれど、あの色が戻っている……」
「赤い瞳というのは、それほど特別なものなのですか? あの人だけの特異な特徴だと思っていましたけれど、お母様……」
「一族の始祖の色だよ。遥か昔、我らの一族の起源となった初代のものさ。何世紀もの間途絶えていたのが、アエリウスに現れた。けれど、あまりにも稀なものだったから、膨大な記録を漁り……最後にはドゥルグの民を頼る羽目になったのさ」
「本当ですか? そんな大事なことを教えてくれなかったなんて、ヴァレリウスに文句を言わなければなりませんね、お母様」
「ああ、ジュリエット御前。お前の茶色い髪と、祖父の瞳を受け継いでいる……」
亡くなった祖父の瞳を受け継いだと? いつ死んだのかまでは定かではないが、祖母の声は「祖父」と口にした途端に微かに震えていた。まるで、その祖父の手で俺が育てられるのを見たかったとでも言うように。
「まあ、いいさ。ダリアン・セルパヘル、お前は大いに役立つだろうよ」
役立つ? 生後四ヶ月の孫に向かって、祖母が一体どういう意味でそんなことを言うんだ?
それから二人は三十分ほど話し続けた。
「あるいはうちの孫は、『古き魂』だから泣かないのかもね……」
「ええ、そうかもしれませんわね。女神様もそう仰っているのでしょう? 悔いを残さなかった者には、満ち足りた人生を送るための二度目の機会が与えられる……けれど、過去の記憶はすべて忘れてしまうのだと」
「ほう、ジュリエット御前。ずいぶん勉強したようだね……」
「おもちゃでは一切遊ばないのに、目の前で本を読んであげるとじっと聞き入るような子を持つと、自然とそうなるのですわ」
二人はもう少し言葉を交わした。
どうやら『古き魂』という概念は、子供が生まれつき成熟していることを意味するらしい。魂は巡るものであり、前世の成熟さや知性の一部を引き継ぐのだと信じられているようだ。ただの迷信にすぎない。それが真実だという証拠などどこにもない。賢い赤ん坊は、単に賢い赤ん坊というだけだ。だが、その「古き魂」とやらであっても、生後数ヶ月の間は普通に泣くものらしい。そういう意味では、俺はさらに別の枠組みにいるということになる。
「会えてよかったよ、ジュリエット御前。ローゼンリーに野暮用があってね、長居はできないのさ」
「遠方からわざわざ会いに来てくださり、ありがとうございました」
「当然さ。それに、こんな素晴らしい孫を産んでくれて礼を言うよ。お前がヴァレリウスと結婚した時はいろいろと苦労をかけたね。いずれ埋め合わせをさせておくれ」
「まあ、お願いですから思い出させないでくださいませ。恥ずかしくてたまりませんわ」
母は心底惚れ込んでいるのだ。愛する男と結ばれるためなら、どれほどの揉め事があろうと、人生をどれほど変えざるを得なかろうと、何一つ意に介さなかったのだろう。
---
部屋へと連れ戻された。
ベッドに俺一人を寝かせる代わりに、母は大きな本を一冊手に取り、俺の隣に横たわった。
「かつてエネルギーが目に見えていた時代、とある者たちが……」
母が朗読する時も、俺が言葉を発しようとしてうまく言えなかった時も、別の本に替えようとした時も、母はいつでも俺の要求に耳を傾け、その通りにしてくれた。
本を読む母の声は心地よかった。優しく、慈しみに満ちている。どこか心を落ち着かせる響きがあった。
心を落ち着かせる?
いつから俺は、そんなことを気にするようになった?
生きることを学ぶ……。
どうすれば、そんなことができる?
どんな感情を抱けばいいのか分からない。
楽しむということが分からない。
嘘偽りなく笑う方法すら知らない。
だが、どういうわけか、やってみたいと思った。
(生きろ、息子よ)
それは、父の言葉だった。
その言葉を胸に、俺は眠りについた。




