♠ 境界へ 4
「いいんだな?」
これから通らなければ行けない、トンネルの中に屍がいると真入った。
見る覚悟を問われた、私はしっかり考えて頷く。
「わかった。これから君に呪いをかける。いいな。」
「はい!お願いします。」
彼の手が伸びてきて、中指が私の額に軽く触れる。彼の外見からは想像できなほどゴツゴツとした手の平が見えた。
「陽の法”甘闇”」
彼がそう唱えると、一瞬目の前が明るくなったような気がした。
そして、彼の背後にある暗かったトンネルの暗闇が晴れていた。
「いまのは生活呪術と呼ばれる陰陽術の一種で、効果は暗闇も見通せる視力を得ることができる。」
「見えるようになったろ?」、と聞いてきた彼に頷く。
「じゃあ、静かに行こう。念を押すが、落ち着いていけば問題ない。」
「はい。」
歩き出す彼に慎重さはあっても、恐怖や気負いは感じない。
あと、1歩でトンネルに入る。
彼の術のお陰で暗闇はなく、先まで見通せる。
「最初の屍までは約300m。世界の現実をもうすぐ君は見ることになる。」
真は私を見ながらそう言った。
トンネルに入った。
暗闇が気にならなくなった分、周囲の壁から威圧感を感じる。
なんの音も聞こえない。
トンネルの外の静寂とは違う、本当の静寂。
それでいて生暖かく、耳元では何かの息遣いが聞こえてくるような気さえする。
冷たい汗が背中を伝っていく。
世界を変えてしまった存在がいる。
私の記憶の中の世界がもう終わったと聞かせれて。それは屍という科学では証明できない存在。
『…世界を終わらせるのは人類だと思っていのに…。』
あれ?私はなんでそんな事を?
こめかみがズキズキと痛む。
こんな事を思うのが本来の私だったのだろうか。
ふと気付くと真が振り返って、私の方を見ていた。
先を指さしている。
そこには人型であって、人ではないモノが佇んでいた。
もっとどこか、人間に近いものを想像していた。
しかし、そこにいたモノはひと目で人とは異なる存在。
まさに『屍』であった。
「……っ!?」
悲鳴を声に出さなかった自分を褒めたい。
大きさこそ、人間に近い。
それでいて、肌を所々覆う灰色の鱗のようなもの。
手足こそ細身だが、指は太く発達し、それに相応しく爪も鋭く長い。
素早い四足獣を無理やり二足歩行にさせたような醜い歪さと、力強さを想起させる。
そしてその頭部は、落ち窪んだ眼窩に濁った無表情の瞳が、それぞれをあらぬ方向に向けている。
なにより、そこまでの異形に生前の面影を残していることが、よりその悍ましさを強くさせる。
ここまで人間に嫌悪感を抱かせるモノがいるのかと、私は恐怖と吐き気にもにた気持ち悪さを味わう。
そんな私をよそに、真はその化け物、『屍』へと音を立てずに徐々に近づいていく。
彼に繋がるロープを握る自分が、彼の足を文字通り引っ張っては行けない。
怖くて竦みそうになる足を、必死に、それでいて音を立てないように動かす。
もう屍は彼から、歩幅で2、3歩。目の前だ。
屍は彼の『隠形術』のお陰でこちらに気付いた様子はない。
彼はゆっくりと刀の柄を握る。
これから切るのだ…。
そう思い、凄惨な光景に身構えた瞬間に、…真は刀を抜いて切り終えていた。
遅れて、落ちる屍の頭部。
数拍後に力なく倒れる身体。思ったほど血は吹き出ないんだな、と少し見当違いな事を考えてしまった。
こうして私の、屍に対しての初めての接触はあっけなく終わってしまった。




