♠ 境界へ 3
真の腰から伸びたロープを握る手に汗が滲む。
ここまで彼について行けるのは、ひとえに彼が私に速度を合わせているからにほかならない。
最初こそ、屍について教えてもらい、恐怖と緊張で疲弊していたが、今では屍を1度も見かけなこともあって落ち着いてきた。
身体的には思ったよりも疲労していないのが幸いか。
高速道路は高架の上を走っているため、防風壁の崩れた所からは遠くが見える。
下に広がる街並み、遠くの海。
そのどちらも人の喧騒や営みを感じられない。
崩れたビルもそのままに、静寂だけが世界に広がっている。
真から今の世界の話を聞いてもどこか異世界の物語のような感覚だった。
それをこの静寂が私に現実を突きつけてくる。
ある意味これも異世界転生…転移ものと言えるのか?
陰陽術など、聞いたことはあっても実際に目の辺りにすると、驚くことばかりだ。
私の希薄な記憶の向こうで、陰陽術はあくまで昔のオカルトのような感覚でしか無かった。
真が『隠形』といっていた、この術も光学迷彩のように姿を消して見せた。
周りへの警戒感もあって、あまり顔には出せなかったが、今こうして振り返ると、その神秘性に興奮する。
使えるか真に聞いてみたら「使える」と言っていた。
昔よく読んでいた”異世界もの小説”なら私にもすごい才能があったりするのだが、そのへんはこれからに期待したい。
記憶が無いことは不安であったが、それより今はこの未知への好奇心が勝っていた。
◇
「もうすぐトンネルだ。気をつけてくれ。」
陰り始めた日差しの先、真がふりかえりながら小さな声で伝えてくれる。
彼の少し先のには、真っ黒な半円の空間が近づいていた。
「はい。」
改めて私は手元のロープを確かめるように握る。
「まずは、探ってみる。」
彼はそう言うと、軽くつま先で地面を2度叩く。
少し時間を置いて、彼は2匹いると言った。
「…えっ?」
「この先のトンネルに屍が2匹いる。」
さっきまでの高揚感から、一気に背筋が冷えた。
「落ち着いていこう。2匹は少ない。俺でも十分対処できる。君はロープの感触だけに意識すれば良い。」
「はっ、はいっ。」
今まで何も無かったことの方が、運が良かった、と真はいっていた。
ならば2匹位は彼にも日常なのだ。
「最後に確認する。覚悟はあるか?」
「屍を見る覚悟、ってことですよね?」
「ああ。いつかは向き合わないといけないことだと思う。覚悟があるなら俺は君に視力を貸そう。」
どうする?と、真の黒い瞳が問うてくる。
「見ます!見なきゃいけないと思います。」
「わかった。君は勇敢だな。」
そう言って、少し微笑んだ真の顔に私は少し自分を誇れるような気がした。




