♤ 境界へ 2
旧国道に出ても、歩く速度は上げられない。
道路には放棄された車の渋滞が列を作り、過去の人間の遺物が散乱している。
車の影に潜んでいるかも知れない屍に注意を払いながら、慎重に進んでいく。
俺には見慣れた荒廃した世界の風景でも、小夜子にとっては見知らぬ外界。
それも見たことも無い化物を想像しながらの道程に、集中力は必要以上に消耗しているようだった。
それが、歩く速度があげられない一つの要因だった。
「大丈夫か?」
小さい声で後ろの彼女に聞く。
「はい。でも、やっぱり少し怖いです。」
落ち着いた声で返事を返してくれる余裕があることに少し安堵し、
「今日は決めていた予定通り仮宿で夜を明かす。よく使っている比較的安全な場所だ。少しスピードを上げるぞ。夜になる前に着きたい。」
「分かりました。」
◇
屍は霊災。数多の戦闘と蓄積によって証明されてきた。
災害当初、日本政府は懸命にも異例の速さで自衛隊への防衛出動を決定した。
各地で発生する屍に対して、小火器での鎮圧行動を開始。しかし、過去の映画のように頭を撃てば終わり、なとどはならず、自衛隊員にも相当数の被害(屍化)が出た。
頭を半分以上吹き飛ばされても動く事例もあり、重機関銃などの大口径弾以上で原型を留めないほど損壊させなけらば屍を止めることが出来なかった。
それに引き換え、陰陽術や呪術とよばれる霊子に指向性を持たせた攻撃には、頭部への部分的な攻撃でも大きな効果的を与え、屍を簡単に無力化できた。
これは屍が呪的、霊的な存在である可能性を表していると結論付けるに至る。
屍とは人体を依り代とした呪的な傀儡に近く、その核は頭部にあると思われる。
また、霊子とは高次元物質である。そのため同じく高次元物質を操る技術を用いた攻撃ならば効果的な成果を上げられる。そういった常識が今に至るまでに、定着していった。
また屍の厄介なところは生者を見つけると近くの、他の屍まで引き寄せるところにもあった。
一説では、屍は霊子を介し、周囲の個体とのネットワークを形成しているのではないかとのことだ。
生者を見つけると、視界外の個体まで最短距離で殺到してくるのがその証左となっている。
疲れを知らず、素早く、自身の身体を傷つけながらでも生者へと襲いかかる。まるで機械のように。
◇
乗り捨てたられた車がどこまでも続く国道を進んできた。
幸いなことに屍とは遭遇することはなかった。また、その他の生きる者と合うこともないままに。
「本当に…だれもいないんですね。」
「ああ。特区外に普通の人間がいることはほとんど無い。合わないほうが良い類の人間もいる。運が良かったと考えよう。」
日が少し陰り始めた頃、稜線の先に旧市街の町並みが見えてきた。
かつての栄華から月日が経ち、街は半分緑に覆われた姿へと変貌している。
「『夏草や 兵どもが夢の跡』。」
「松尾芭蕉でしたっけ?」
「そういう記憶はあるんだな。」
「そうなんですよねー。」
そう言って苦笑する彼女は、この状況を受け入れ始めた、ある種の諦めのようなものを感じた。
「ここまでは問題なく来れた。今夜の泊まる仮宿はもう少し先だ。」
「わかりました。」
「これから旧高速道路へ上がる。そこまでは今まで通り比較的、安全に行ける。」
小夜子は頷きながらしっかり聞いている。
「そこから進んだ先にトンネルがある。電気は来てないから真っ暗だ。用心して進む必要がある。そこでは何があっても声は出さず、音も立てずで頼む。」
「はい。」
「俺を信用してくれるか?」
「今さらですし、信用します。」
しっかりと頷いた彼女に頷き返し。
「よし進もう。ここからが今日の山場だ。」
小夜子は俺の腰と繋がっているロープをしっかり握り直した。




