♠ 境界 2
「結界って…、鳴子のようなものですか?」
結界という単語は聞いたことはあっても、実感がわかなかった。
鳴子は確か外敵の侵入を音で知らせる罠のことで、昔なにかの映画で見た記憶があった。
記憶…。記憶かぁ。今だに私のことは霞の向こうののように思い出せない。
それなのに、こんな変なことは覚えている。不思議なものだ。
「いや、鳴子じゃない。結界といったら今では呪的な結界のことだ。結界術ともいうな。」
結界術?術?
俗に言うオカルトと呼ばれる類の話だろうか。
先ほど聞いたゾンビ。屍災害といっただろうか。
次々と五角から聞かされる話は、どれも自分の記憶からは信じ難いことばかりだ。
「まぁ、信じられないよな。見てもらったほうが早い。」
「百聞は一見に如かずだ」と五角が言い、聞き取れないほどの声で何かを言うと。
五角の手の平にこぶし大の水球が浮いていた。
「えっ…?」
一瞬、目の前の光景が信じられなかった。
それと同時に、ソレに目が離せなかった。
「その様子だと、やっぱりこういうのを見るのは初めてか。」
こともなげに言う五角に意識が戻ってくる。
「あの…。それ触っても?」
「ああ。いいよ。」
五角が手ごと水球を差し出してくる。
おずおずと私は手を伸ばし触れてみる。
触った感触は硬いなどということもなく、まさしく液体をそのまま触っているようだった。
ただ、それに反して液体は球体を保ち、床に滴ることもない。
私の中にある物理の法則に逆らったこの現象に説明をつけられない。
「これは水球を作る呪いだ。初めて見るなら驚くのも無理はない。」
私が思う以上に驚きが顔に出ていたらしい。
「これは屍災害以降に産まれた一部の人間も少しの訓練で使えるんだ。ここ10年程でかなり一般的になってきたんだ。結界術もこれを応用して作っている。」
「そう…なんですか。」
目の前で見せられる非科学的な力は衝撃だった。
五角が水球を作っている手を握ると、水球も小さくなって消えていく。
「今、各地の特区は物理的にも呪的にも強固に境界を守護しているってわけだ。」
「でも、ゾンビ…屍ですか?それと結界がどう関係するんですか?」
映画とかではゾンビはウイルス感染などが原因となる。結界術とか、呪いとかとの関係性が結びつかない。
”噛まれれば屍になる”これはそういうことではないのか?
「ああ。屍災害は霊災だからだ。」
「霊…災?」
次々と分からないことが増えていく。
「そうだ。屍災害は世界の各地で同時多発的に発生した。当時の政府は、政府という形態を瀬戸際で保ち、同時に原因を特定するために世界の総力で病原体の特定を進めてそうだ。だが、いくら探しても病原のウィルスや細菌の痕跡が一向に見つからなかった。」
病気ではなかった?だから霊災…。
「臨時政府は自衛隊の防衛出動を異例の速さで決議し、投入するも焼け石に水。刻一刻と人類の生活圏が縮小する中、それを救ったのが民間の一集団。旧陰陽寮の土御門家だった。」
陰陽師?また一層、オカルトじみてくる。
それでも、先程の五角が見せた水球がそれに真実味を帯びさせた。
「土御門家は廃止されていた陰陽師の技術体系を継承していた直系の一族で、擁していた星読みが屍災害を予見し、公的機関との協力をとりつけ巨大な結界を設置した。この結界は屍が入ることも出ることも容易には出来なかった。政府は結界内の屍を官民共同で殲滅し、現在の特区として制定し日本を存続させた。これが2030年頃だったはずだ。」
「なんかすごい話ですね」
実際には、まだ全ては受け入れられないが。
「ここまでは屍災害に対しての簡潔な歴史だ。実際、屍災害以前から生きてる人間は、まさかこんな時代が来るなんて、とはよく言ってるよ。」
それはそうだろう、その時代の記憶しかない私はまさにそれを感じていた。
私自身の記憶は今だに希薄だ。それでも、2026年頃の世間の記憶は朧気ながら覚えている。
そう考えると、私の実年齢は少なくとも…いや考えるのはやめよう。
さっき廊下の姿見に写った私は10代後半からすくなくとも20代前半くらいだった。
私はタイムスリップでもしたのだろうか。
深く考えようとして、不意に頭痛がした。




