♤ 境界 1
目の前の少女はひどく動揺していた。
目が覚めたら20年以上も時間がたっていたことになる。
20年…おそらく屍災害発生最初期。
昼食を続ける雰囲気でもなく、今は居間で向かい合っていた。
「少しは落ち着いたか?」
「…はい…。」
落ち着いているようだが、動揺は隠しきれていない。
推測通りなら、災害自体も知らない可能性がある。
自分の推測は半ば確信だった。
「確認するが、君自身のことはまだ思い出せないんだよな?」
「はい…。」
力なく頷く。
不確かな記憶に、現在との時間の乖離。
何が正しくて、何が間違っているのか。その不安は彼女本人にしか分からないものだ。
「それで君の記憶では大阪は特区ではなく大阪府だった。そういうことでいいか?」
「…はい…。」
「そうか…。現在は大阪は特区と呼ばれている。ちなみにここは特区ではない。君の認識でいえば鳥取県あたりになるか。」
「…そう…ですか。」
混乱した彼女には何をいっても反応が希薄だった。
「そうだな、まずは現在の世界について教えよう。まず、特区についてだな。」
彼女は少し視線を上げた。
「これを話すには屍災害から話す必要がある。」
「屍災害?」
群青色の視線は続きを促していた
「屍災害は2026年の12月頃から始まった。昔風に言えばゾンビ災害って言えばわかるか?」
「ゾンビ?…冗談じゃないんですよね?」
訝しむ視線も無理はない。あの頃も人々は信じなかったのだから。
「残念だが大真面目だ。後に屍災害と呼ばれる現象で、人間の生活圏は大きく縮小したんだからな。」
「それで残ったのが…特区?」
「ああ、その通り。」
そうは言っても、今だに信じられないようだ。
こればかりは実際に見てもらうしかないか。
「現在、特区は4箇所。東京特区、北海道特区、熊本特区、それにここから一番近い大阪特区だ。」
「4箇所…だけですか?」
「ああ。」
4箇所と聞いて、おそらくその少なさに彼女の表情は険しくなる。
「特区は屍災害発生後、人間の領域を保つために建てられた。今はそこが最後の防衛線だ。」
半信半疑とはいえ、理解しようとする姿勢は彼女の生来の聡明さ故か。
「その外縁は強固な防壁で囲まれ、インフラは急増とはいえ整っている。それで、特区内でそれぞれ完結した自給自足を行っている。まぁ、小さな国みたいなものさ。食料自給のため、第一次産業も外縁内にある。だから大阪とは言っているが、実際の面積は君の知っている大阪府よりは遥かに面積は大きくなっている。」
「ここは特区の外なんですよね?特区の外にいる人間はどれくらいなんですか?」
「多くはないな。特区は4箇所だが、特区外でも生存者はいる。さっきも言ったが、ここも特区の外だしな。だが、特区ほどの安全はないから、それぞれで自衛できる人間でないと住むことは出来ないともいえる。」
たしかに特区外でも人間はいる。追い出された者。安全を天秤にかけても自由を選んだ者。人それぞれだ。
「ここまでで何か聞きたいことはあるか?」
彼女にとっては20年の間に変容した世界の情報量だ。受け入れがたい事実もあるだろう。
「なにから聞けばいいか…。ゾンビって、やっぱり映画みたいに増えるんですか?」
「ああ。噛まれるとそいつは屍になる。抵抗力によって個人差があるけどな。言いたいことは分かってる、昔のB級映画みたいだって言いたいんだろ?」
「そうですね…。」と彼女は苦笑する。
「ちなみにここは一応、安全だ。山間部で屍はほとんどいない。それに俺が結界を張っているからほとんどの奴は入ってこれない。」
「結界?」
怪訝そうに彼女は聞き返した。




