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生ける生邪と屍と  作者: 碧兎


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♠ 目覚め

耳元でゴボゴボとくぐもった音が絶えず聞こえる。

まだ私が小さかった頃、溺れた海の中を思い出す。

暗い…、寒い…、怖い…。


でも、どこかでそれを当然と受け入れている自分がいる。


いつからここにいるのだろう…。

ずっと前からでもあるようでもあるし、一瞬のことのようでもある。

時の流れが曖昧な、夢にも似た暗い世界。


ここはどこなのだろう。そうな疑問も、意識も浮かんではすぐに消えていく。


永く、昏い世界。


ふと、意識が覚醒した。

気づけば耳元の水音が消えている。

視界の遥か先には一筋の光。


自分という存在が光によって色づき始めたのを感じる。


ここにいる。私はここにいる!

そう叫びたかった。


光の先に誰かの手が見えた気がした。縋る思いで私は手を伸ばす。


意識がはっきりすればするほど、今まで感じなかった周りの世界の重圧が体にのしかかってくる。


それでも私はもがきながら光へと進んだ。

もうすぐ…、もう…少し!

私はここにいる!


光から差し出された手はもう目の前だ。精一杯の力でその腕を掻き抱く。

視界が一気に白くなり、慣れない明るさに目を瞑った。


      ◇


あまりの眩しさに瞼を開けられない。

少しづつ、意識が起きてくる。

ここはどこだろう。未だに鈍い身体の感覚でも、どうやら布団の上に寝かされているらしい。


「ワン!ワン!ワン!」


不意に少し離れた所から音が聴こえた。鳴き声。犬の鳴き声だ。

徐々に光に慣れてくる。


眩しさを振り切って、無理やり瞼を開ける。

見知らぬ天井だ。

ふと横を見ると、黒い犬が今だに私に吠えている。

古民家のような縁側の先、その外で元気に飛び跳ねながら。


ようやく周りの景色が鮮明に見えてきた。畳、板張りの天井。

畳に敷かれた白い布団の上の自分の身体。


ここはどこだろう。身に覚えのない景色だ。鈍い頭が少しだけ動き出す。


身体を起こそうとして、関節や筋肉に鋭い痛みが走り、動ことを拒絶する。

「……ぃ…っ…」

喉も動かし方を忘れたかのように声もでない。


犬は相変わらず吠えている。黒い、ラブラドールレトリーバー。


身体を動かすことは諦めて、目だけでも動かして周囲を見て回る。

やはり和風の家だ。畳があって、板張りの縁側があって、電灯も吊り下がっている。子どもの頃よく行っていた祖母の家みたいだ。


外には黒いラブラドールがいて、小綺麗な庭。奥には何か分からないけど野菜を育てているような菜園があって。

さらに奥には林が広がっている。


「おい、クロ。うるさいぞ。」


犬の鳴き声の代わりに、別の声が聞こえた。

若そうな男の人の声。

覚醒しきらない意識のまま、声のした方に目線を向ける。


麦わら帽子に軍手、オーバーオールと絵に書いたような農作業着姿の青年が現れた。


クロと呼ばれたであろうラブラドールは青年の周りを跳ね回っている。


「やっと、目が覚めたか。」

軍手を取り、帽子を脱いだ青年が近づいてくる。


青年を見て息を飲む。

一言で青年を表すなら『鋭い』と答えるだろうか。


短い黒髪に黒い瞳。身長はどれくらいだろう?180cmくらい?

身体は細身でも、頼りなさを全く感じさせない強さがどこかある。

無駄を削ぎ落としていった、一本の槍や、刀のような突き詰めた強さ。


整った切れ長の相貌は、ともすれば怖く見える。


それでも、そこに呆れ半分、苦笑半分で近づく青年は、警戒感を大分和らげさせた。


「体調はどうだ?喋れるか?」

「…ぁ…、…っ…」

かすれて、乾いた喉は今だに声を発せなかった。

上手く喋れない自分をみて、青年が合点がいったとばかりに、

「水を持ってくるよ」

そう行って離れていった。


青年が離れたところで散り散りだった思考も落ち着きを取り戻してくる。


ここはどこで、彼は誰で、私はなんでここに寝かされているのか?

何か危険な状況なのではないか?


青年の雰囲気に危険は無さそうだった。でも私の勘なんて当てにはならない。


そう思うと、少しづつ焦燥感が大きくなってくる。

身体は今だに痛みを訴え上手く動かない。この不自由は彼の仕業なのではないのか?

そんな恐ろしい考えまで浮かんでくる。


そんな焦りをよそに、青年はコップと水が入った容器を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ。」

そう言って差し出された水を受け取ることも、拒否することも出来ないでいると。


「まだ、身体を動かすのはキツいか?」

何とか首と視線で肯定する。


「わかった。じゃあ、こうしよう」

青年は私の首の下に腕を入れて、ゆっくりと優しく身体を起こしてくれた。

少し身体は痛かったが、何とか起き上がることができた。


「ほら、これを飲むと良い。」

水が差し出された。大丈夫だろうか?普通の水だろうか?

迷ったが、今更だとも思い、口をつけ飲み込む。

冷たい水が気管に入り、激しく咳込んだ。


「ゆっくりでいい。」

咽た背中をさすられながら、今度は注意してゆっくり水を口に含んで飲み込む。

私の喉は久々に何かを飲んだようで、ただの水がとても美味しかった。


一杯目を飲みきり、次を目線で催促する。

結局、青年が持ってきた水をすべて飲みきってようやく人心地ついた。

その間、青年は笑いながら給仕に専念していた。

「ぁ゙ぁ゙…あ゙……」

喉の渇きが治まり、何とか声が出せそうだ。


「…あり…とうござい…す…。」

何とかお礼が言えた。そうなると、次に気になるのは青年のこと、それと私が置かれた状況だ。


「あの…、私はなんでここにいるんですか?」

そう聞くと青年は水の容器を片しながら、


「そうだな。君は気を失って倒れていたから…。何か覚えていることは?」

覚えていること?んー……、ない。というより、自分の名前も思い出せない。


「ない…です。というか…あれっ?名前も思い出せない!?あれ!?なんで!?」

「とりあえず落ち着け。」

動揺し、身体の痛みも忘れて取り乱した私を、青年が私の肩に手を置いて落ち着けようとする。


「まず、ここがどこかだ。ここは俺の家だ。」

ゆっくりと、私の目を見ながら青年は続ける。

「次に、俺の名前は『五角 真(いずみ しん)。五角形の五角でいずみ。真剣勝負の真だ。」

「君の名前…は分からないんだったな」

そう言って青年こと、五角は苦笑した。


「じゃあ、次に君が倒れていた場所だが。特区からかなり離れた廃墟で見つけたんだ。あのクロがな。」

そう言って後ろのラブラドールへ親指を向ける。クロは「ワン!」と吠えた。賢そうだ。


「廃墟ですか…。」

五角の話は信じたいが、前の私はなんでそんなところに行ったのだろう?

分からないことが多すぎる。


「なんで私はそんなところに行ったんでしょう…?」

「こっちが聞きたいくらいだ。でも着ていた格好は酷かったから、悪いけど服はこっちで着替えさせてもらったよ。」

「え…?」

そういわれて自分の服装をみると、サイズがかなり大きいスウェット姿だった。

そして、その言葉の意味を理解するにつれ、羞恥で顔が熱くなってきた。


「なるべく見ないように着替えさせたからな。でも、アレよりは良いだろう?」

そう言って五角が指さした先には、カゴがあり。

ボロボロで汚い布きれのような服の残骸が入っていた。

反射的にシーツを引き寄せながら、


「ご迷惑おかけしました…。」

そう絞り出すのがやっとだった。


「じゃあ、体調はどうだ?」

そう聞かれると、身体の痛みがすっかり引いていた。

身体を動かすのも支障はなさそうだ。


「なんか大丈夫そうです。」

「じゃあ、何か食べよう。ちょうど昼飯の時間だ。」

五角が立ち上がると、

「クロ来い。君はもう少し寝ているといい。」

「はい。」


五角が昼ごはんの用意に去ったあと、改めて体の調子を確かめる。

そろそろ立てそうだ。

ゆっくり、そうっと。

「ふぅ…。」


立ち上がって、縁側から外を見てみる。

特に監禁なんかもされず、逃げようと思えば逃げれそうだ。

「心配しすぎだったかなぁ。」


そうして縁側に座り込み、ただ空を見上げることしかできなかった。


      ◇


「昼飯できたぞー。」

どれくらい見上げていたのか。その時、家の奥から声が聞こえてきた。

立ち上がり、声のした方に向かう。

真のスウェットは私には丈が長過ぎたので、余った裾をまくりながら歩いていく。

少し暗い廊下の先から美味しそうな匂いがしてくる。


そこまでいく途中に姿見があった。

写っている私の姿をよく見てみる。


見覚えはある。確かに私だ。

群青色の瞳に、黒い長髪。色白で、線が細く、身長は真より頭一つ分位小さいか。

顔立ちは、まぁ整っている方かな?

ただ目つきが少し悪い…。

無理やり笑ってみる。…うん、見なかったことにしよう。



声がした部屋に入るとテーブルがあり、ご飯と味噌汁、野菜の漬物に炒め物が置かれ、美味しそうな湯気を立てている。

「さぁ、冷めないうちに食べてくれ。」

五角の向かいの席を勧められ、ご飯を食べ始める。


「いただきます…。」

味噌汁をすする。少し薄味だが身体に染み渡るように美味しかった。

気づいていなかったが、お腹が空いていたらしい。


「ゆっくり食べるといい。俺も昨日から食べてなかったからやっと落ち着ける。」

五角もそう言ってご飯に手をつけ始める。


「昨日は歩きっぱなしだったからなぁ。大阪特区の外縁から30km、廃墟から君をおぶって10km。なかなか大変だったよ。」

そういってもくもくとご飯を平らげていく五角の話に違和感を覚えた。

ある単語が気になった。


「大阪…特(・)区(・)?」

「ああ、大阪特区だ。なんで?」

「大阪府(・)ではなくて?」

「ああ、特区だ。大阪府なんて呼ばれていたのは20年以上前じゃないか?」

目眩とともに、自分の足元が崩れ去ったような幻覚が襲ってきた。

ここからが本編となります。

主人公の「真」、サブ主人公「小夜子」の物語の開幕となります。

拙い文章ですが、どうぞよろしくお願いいたします。


更新や、改稿などは不定期になってしまいますが、楽しんでいただければ幸いです。


評価や感想を頂けると励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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