エピソード0 対屍北海道領土奪還作戦 (ある兵員)
「…ふーっ、…ふーっ、…」
荒くなりそうな息を無理やりに抑え込む。
構えた89式小銃の銃床は、カタカタと音を鳴らしていた。
北海道の寒さからではない、恐怖への震えが銃床を鳴らすのだ。
左右に展開した、同僚も同じように恐怖を押し殺して銃を構えている。
「前方!2000m!屍およそ3000 ! 」
曹長より号令がかかる。肉眼でも猛烈な勢いで接近して来る、生ける屍の群。
魚群のように一糸の乱れもなく、不気味なほど機械的に動いている。
実戦の覚悟は、自衛隊に志願したときからしていた。
それでも、相手がこんな人外の化け物だとは思っていなかった。
ド!ド!ド!ドンッ!!!
中央に展開している機甲科戦車中隊が一斉に砲撃を開始する。
大気が震え、号令を待つ自分の鼓膜を一瞬だけ麻痺させる。引き金にかかる指先はそれだけで動いてしまいそうだ。
一拍後、放たれた砲弾は寸分の狂いなく、向かってくる屍共に着弾する。
着弾するたびに灰色の群に大穴を穿ち、着弾音が遅れて鳴り響く。
着弾点では屍の肉が飛び散り、四肢が雨の様に振り落ちている。
それでも奴らは速度を緩めない。
どこかが千切れようとも、残った手足で遮二無二向かってくる。
ドン!ドン!ドドン!
間を置かず、普通科の重迫撃砲が一斉に着弾する。
素早い屍に対応するために、精密照準を捨て、範囲攻撃に専念している。
大した足止めにもならない攻撃でも、彼らは自分達の仕事を全うする。
恐怖に負けないために、教え込まれた砲撃を一心不乱に継続する。
…カタカタ…
…カチカチ…
気付けば自分は歯をも鳴らしていた。
ド!ド!ド!ドン!!!
続けざまに機甲科の第2射。
すでに、吹き飛ぶ屍の無表情な顔すらこの眼で見えそうだ。
「前方!残り500m!各個射撃…、」
射撃準備の号令。構えた小銃のセレクターを『レ』へとずらす。
「てーーっ!!」
今か今かと震えていた人差指を引き絞る。
ダダダンッ!ダダダンッ!
的は大きく、放たれた弾丸は全てが屍の群れへと吸い込まれていく。
胴に当たればその分動きが遅くなり、腕や足に当たればバランスを大きく崩し転ぶ。
頭に当たれば一瞬、動きが止まる。
それでも、生者を蹂躙しようとする歩みを止めない。
最初の弾倉が空になる。
すでに屍との距離は300m程。
空の弾倉を地面に落とし、新しい弾倉を差して、チャージングハンドルを引き装填。
その間の10秒間で、屍は残り200mまで近づいている。
ダダダンッ!ダダダンッ!
だめだ。止まらない。
ダダダンッ!カチン…
撃ち尽くした。再装填は間に合わない。
彼我との距離はあと一足…。
諦めと恐怖で目を瞑った。
………。
一瞬後に来るであろう暴威がやって…来ない。
そろそろと瞼を開けると、目の前の屍と目が合った。
「っふぅっ!」
驚きのあまり嗚咽が出る。
目と鼻の先に屍がいた。
しかし、屍は見えない壁に阻まれていた。
「本部より伝令!陰陽寮の結界敷設完了との報告!」
間に合った…。間に合ってくれた。
「「起こしたるは火相!舞い上がれ!献火!!」」
連なる声が戦場に響き渡る。
突然、結界にぶつかり動きを止めていた屍共が、目映いほどの炎に包まれる。
結界越しのこちらには熱を感じず、ただ目の前の屍が自然の摂理へと従って骸に還る。
うおーーっ!!!
どこからともなく歓声が上がる。
「普通科!構えー!」
曹長の掛け声に、我にかえる。
先程の恐怖とは違い、高揚より震えが湧き起こる。
「てー!!」
「ふっ!」
再装填を済ませて、再び引き金を引き絞る。
おかしい弾が出ない。
視界が回転する、暗くなっていく。
なんだ…。沈んでいく意識の中、遠くで叫ぶ声が聞こえる。
…「これはイペタムの顕在化かっ!?」…
視界すらなくなり、音も聞こえなくなる。
………。
こちらは本編の前日譚、ある大戦の一幕です。
謎の単語ばかりになっていますが、次の本編にて掘り下げていくところもありますので、そちら良ければご覧ください。




