非常事態 (防衛員 村瀬)
今日も今日とて、変わらぬ日々を過ごしている。
防壁上部で歩哨し、異常がないかを確認するいつもの任務だ。
幾つかのローテーションでその都度配置は変わるが、居住地によって大まかに東西南北で分けられているため、周辺の景色はあらかた覚えてしまった。
正直に言えば、この代わり映えのしない任務に飽きてきていた。
配置転換は数年ごとにあるが、まだ赴任して1年ちょっと。先は長そうだ。
欠伸を噛み殺しながらひたすらに外を見張る。
最近、入場審査部に新任の女の子が入ったのを思い出す。しかも、尉官でだ。
見た目はかなり俺のタイプだったが、愛想が全然ない。ありゃ無理だ。
しかも、かなりの生真面目タイプ。こっちがサボっているようだと無線が入る。まったくどこから見張っているのやら。
恐らく、あれは陰陽寮の人間だろう。どこがとは言えないが不気味な雰囲気がある。
そういう人間が持つ、『底知れなさ』みたいなものを感じる。
そうしてつまらない歩哨任務を熟していると、遠くのビルの間から人影が現れる。
一瞬『屍』と思って身構える。
屍だった場合は出現場所、規模を第1報後、即時迎撃となる。
握った銃把に力が少しこもる。
しかし、ビルから出てきたのは手を上げた人間のようだ。それも、3人も。
最近では、防壁周辺で普通の人間を見る頻度が減ってきていた。
陰陽寮の討伐部隊が定期巡回するのを除けば、俺が最後に見た特区外の人間などいつぶりだろうか。
そうこう考えているうちに、3人が近づいてきた。
なんと、先頭を歩く男を俺は知っていた。
「お前、真か?」
「ああ。あんたは確かー…村山?」
「村瀬だよ。今日は連れが多いな。いつも1人じゃなかったか?」
名前を間違えるとは失礼なやつだ。
しかし、こいつが複数人で来ることなんか初めてじゃないか?
それも、2人ともかなり可愛い。
こっちは退屈な任務の途中だっていうのに。
「妹と、『仮宿』のサラーサだ。」
『仮宿』のオーナーのサラーサは知っていた。俺の任務地の西ゲートから比較的近い位置に『仮宿』があるからだ。
しかし、真に妹がいたのは初耳だった。
この真という男は気配が鋭すぎる。話せば意外とまともなのだが、腰の刀も相まって堅気に見えない。
その真の妹さんとは…。
普通に可愛いし、どこか浮世離れしたような雰囲気と、吸い込まれそうな瞳に目が離せなくなる。
「サラーサさんは知ってるけど。お前にそんな可愛い妹がいたとはな。」
一瞬見とれていたのをごまかすようにそう言った。
「余計なお世話だ。」
「妹さん、兄貴似じゃなくて良かったな。じゃあ、気をつけろよー。」
照れ隠しでそう続けると、
「はーい。お仕事ご苦労さまでーす。」
と返してくれた。可愛い。
そうして3人が過ぎていった後で、妹さんの名前聞いとけば良かったなぁ、と後悔した。
真のやつ、妹とはいえ両手に花かよ。
鬱屈した感情は、この任務を余計に無意味なもののように感じさせる。
よし!今日は楽しいお店に行こう!
そう決意し、歩哨任務を続けることにした。
◇
真達が通過してから、2時間ほど経っただろうか。もうすぐ、勤務の交代員が来る頃だ。
太陽は少し陰り始め、ビルの陰影を伸ばしていく。
結局、あれから人間はおろか屍さえも現れることはなかった。
「…っふぁ…」
もう欠伸を噛み殺すことさえしんどくなっていた。
ここまで暗くなってれば誰にも見られないだろう。
『…ブッ…、こちら加茂。村瀬1曹聞こえますか。どうぞ…』
ヤバい。欠伸していたのがバレたかと思い焦って応答する。
「こちら村瀬。感度良好。どうぞ…」
『…ブッ…、村瀬1曹、あなたから見て10時の方向の確認をしてください。以上、どうぞ…』
「了解。確認してみます。」
10時の方向?何があるって言うんだ?
あっちは海しかないはずだが…。……っ!!!
「こちら村瀬っ!『屍』だっ!!それも100や200じゃききません!!大群です!!」
まじか!まじか!!まじか!!!
訓練通りに雨除けカバーを外し、銃座にあらかじめ収納固定されているM2重機関銃を展開、ロックピンで展開固定状態にする。弾薬BOXからベルトリンクで繋がれた50口径弾をじゃらじゃらと取り出し、上部のカバーを開け弾薬を乗せてからカバーを閉める。
あとはコッキングハンドルを引いて撃つだけだ。
『…ブッ、こちら加茂。…』
全体無線で通話が入る。
『屍の襲来を確認。西ゲート人員は即時迎撃用意!射程に入り次第発泡を許可。陰陽寮討伐隊到着まで防壁を死守せよ。繰り返す、陰陽寮到着まで防壁を死守せよ。』
討伐隊到着までって何分だよっ!?
悪態をこめてコッキングハンドルを勢いよく引き、初弾を装填する。
「くそっ!くそっ!」
もうすぐ射程に入る。近くに防衛員も緊張を滲ませて重機関銃を構えている。
交代要員は予備弾薬を抱えながらあちこちに散っていくのも見える。もうすぐ俺のところにも来るだろう。
今か、今かと親指に力を入れる準備をしていると、遥か遠くから何かを崩すような、引きちぎるような音が響いてくる。
なんだ?と、そちらに視線を移した瞬間、馬鹿みたいに巨大な影が目の前を通り過ぎていった。
その刹那、立っていられないほどの衝撃が防壁を襲う。
飛んできたのは大型バス程もあるコンクリートの塊だった。
それを確認した次の瞬間には再び巨大な塊が飛んでくる。
迎撃なんてむりだろ!?何が起こってんだ!!!?
すでに屍は射程内に大きく入り込んでいた。




