♠ 人類圏 2
真の家を出発して2日。
防壁を通り抜けて、ついに特区へと到着した。
『W3』ゲートは港から比較的近いようで、少し遠くにタンカー船が見える。
ゲートからは整備された道路が中央方向へ伸び、それと並走するようにモノレールが走っている。
その先には大小様々なビルが立ち並び、遠くから見ると何かの神殿のようにも感じる。
道路の周囲には作物を育てるための、広大な土地が広がり、所々で巨大な農耕機械や作業をしている人達がちらほら。
真の家からここまで、残された文明の残骸をただひたすら見てきた。
ここにはそれとは違う、私の記憶の中にあるような、息づいている文明が存在していた。
「特区はどうだ?」
サラの家まではモノレールに乗るとのことで、その駅に行くまでの道中に真が聞いてきた。
「そうですね。外とは違って、ちゃんと人がいて安心しました。」
素直にそう思った。そして、戦い意外の営みを行っていることにもホッとしていた。
「ここらは農作地帯だからまだ人は少ない方さ。防壁周辺はいざというときのために、こういう緩衝地帯を兼ねた農作地帯が多いんだ。この辺は塩害を受けやすいから大麦なんかを育ててる。内陸側に行けば、もっと色んな作物を育てているよ。」
「そうなんですね。ちなみに、いざというときっていうのは…、」
「防壁が破られた時だな。」
「なるほど、合理的ですね。」
そういえば一つ気になることがあった。
「そういえば結界ってどこなんですか?」
「結界はもうくぐっちゃったよー。」
「そうだな。防壁から50mくらい内側が結界の範囲だからな。」
もうくぐっていた…。
結界によって人類の生活圏は守られていると真はいっていた。
それがどんなものか、この目で見てみたかったが無色透明らしい。バリアみたいな物を少し想像していたので残念だった。
「小夜子ちゃん、結界が見たいなんて変わってるねー。ちなみに、ここ何年も結界の効力見たやつなんかいないよー。」
「そうだな。この辺の屍の群れはもう狩り尽くされているはずだ。」
「狩り?ですか」
「ああ。陰陽寮の討伐隊がいるのさ。」
討伐隊。なんか強そうだ。
ふと、遠くに思考戦車が止まっているのが見える。
「真さん、あれって?」
「ああ、思考戦車は区域内での屍殲滅でも使われたんだ。今はキルスイッチで止まっているらしいがな。」
屍災害当時に停止され、重量が重量なため動かされずにいるのだそうだ。
しかし、キルスイッチか…。
「そろそろ駅に着くよー。」
そうサラから声がかかる。
彼女の先には高架上の駅に伸びる階段と、モノレールの車両が見えた。
◇
私立ちは中央都市行きのモノレールに乗っている。
自分たち以外に乗っっている人はまばらで、席はほとんど空いている。
車両の中は清潔に保たれていて、手入れが行き届いていた。
これは特区での生活の余裕の表れのようで少し安心する。人々はまだ生きていけるのだと。
車両は高架上を走っていることで、遠くまでを見渡せた。
そこから広がる広大な農耕地と、ビルを乱立させた都市部。
農作物の栽培管理はほぼ機械による全自動で、一部の農業専門家とマシンエンジニアによって食料生産を維持しているのだそうだ。
都市部外縁は二次産業の生産施設が集中する。
都市中心部には都市の政府施設や守備隊、富裕層向けの居住地が置かれており、通常の人の住居は外縁部と中心部の間の区域、中層域と呼ばれるところに集中しているとのことだ。
サラの住居も中層域にあり、商業店舗と併設する間取りで一人で暮らすにはかなり広いらしい。
また、特区内の物件は高価でも、すぐに売れてしまうのでサラが買えたのは運が良かったとのことだ。
もうすぐ、モノレールが都市部外縁へと入る。
さっきまでとは一変して、建物が所狭しと並んでいる。
それに応じて、人の数もいっきに増えてきた。働く人、歩く人、道端で何かの娯楽に興じる人。
ついに、今の人類の生活圏へと足を踏み入れた。少し感慨深い。
ある程度区画整理はされているものの、今も昔も人の活気のなせるものか、屋台なども多く立ち並んでいた。
「もうすぐ降りる駅に着くよー。」
サラの声に、荷物を背負い直し、降りる準備をする。
モノレールが減速していき、ゆっくりと止まる。
扉が開くと中層域ということもあり、多くの人が列車に乗る列に並んでいた。
私は降りて、サラの案内のもと彼女の家へと足を向ける。
久しぶりの人混みにはぐれそうになる。そんな私の手をサラが引いてくれたので助かった。
中層域といってもピンキリ。
雑多な汚い店や、怪しい屋台等が連なるあまりお勧めしない場所などもあるらしい。
駅を出ると歩道は複数階層ごとに分かれていく。
サラの家は3階層にわたって縦に伸びるビル型構造なのだということで、下の1階層を店舗として使い、上の2階層を住居として使う予定なのだとか。
駅から10分ほど歩いただろうか、サラの家が見えてきた。
周囲には小さめの宿泊施設や飲食店、生活用品店等が並び、小綺麗な印象の区画で、そんな商店の並びの隅にサラの家はあった。
外観は周囲の建物と統一性があり簡素なものだったが、扉を入った中は殆どの家具がすでに置いてあり、室内をサラの外見らしい、どこかエスニック風な雰囲気に彩っていた。
「ただいま、わが家ー。」
「お邪魔します。」
そういってサラは装備を机に置いて、ドカッとソファに寝そべる。
「サラ、この荷物はどうする?」
「あっ、それはあそこでお願いー。小夜ちゃんも…、あ、『小夜ちゃん』って呼んで良い?」
「あ、全然良いですよ。」
仮初の名前でも親しく呼んでくれるのは嬉しいものだ。
「じゃあ、小夜ちゃんも座ってくつろいでねー。」
「ありがとうございます。ふぅ…。」
「でも小夜ちゃんって意外と体力あるねー?」
「そうですか?結構ギリギリでした。」
実際、ソファに座らせて貰うと一気に疲労感を感じた。
「それにしても、サラさんのお家素敵です。なんかこうエスニック風というか…。」
「この辺はあたしのおばあちゃんの影響かなー。占いなんかもおばあちゃんに教えてもらったんだー。」
楽しい思い出を語るように笑顔で祖母の話をするサラ。
見た目だけなら、かっこいい女性なのに、そんなギャップも彼女の魅力になっていた。
◇
サラの家に着き。小一時間ほど3人で談笑していたとき、その変化は起きた。
真とサラがほぼ同時に同じ方向に視線を向ける。
「感じたか?」
「うん。真も?何か嫌な予感がする。」
自分にはわけが分からないが、2人は真剣な表情で話している。
するとかなり遠くで、
ズズンッ!
と地響きのような音と共に振動が伝わってくる。
最初は地震かと思った。しかし、真は相変わらず一方向を向いたまま険しい顔をしている。
すると、
ズズンッ!
また振動が起こる。すぐに真が、
「ここから一番近いシェルターはどこだ?」
とサラに尋ねる。
「ここから1階層降りて、モノレール駅へ行く途中だね。」
すでに装備を身に着け始めていたサラが答える。
真も刀を持って、最低限の荷物をまとめている。
「小夜子、恐らく特区が何かに襲撃されている。万が一もあるから、すぐにシェルターに行こう。」
そう真が言うのと同時に、彼とサラのIDカードへと通知が届く。
非常事態発生。武力協力要請と…。




