♤ 大阪特区 2
『仮宿』を出発して1時間ほど経った。
サラの占いに従い、市街地北側を進み、屍との遭遇は今だにない。
このあたりは屍災害当初の防衛線だったため、建物などの被害も多く、完全に倒壊しているものもある。
今日は俺が先頭に立ち、後方がサラ、真ん中に小夜子の順で進んでいく。
サラは伊達に『仮宿』を長年経営してきただけの事はあり、普通に戦闘もこなせる。
彼女は父親の訓練により、銃火器による戦闘を得意としている。
今もアサルトライフルで武装し、プレートキャリア、予備の弾倉と防備もしっかり固めている。
サラが後衛寄りの装備のため、屍に遭遇した場合、サラは小夜子を守り、俺は前衛として積極的に屍を狩っていくこととした。
そのため今日は『隠形』を使用せず、そのリソースを別の呪術へと使っていた。
鳥獣式『鴉』
陰陽術、式神の一種で特定の形に紙を切り、呪印を書き写した雛形に呪力を通す事によってカラスを顕現させる。
この式神によって、術者は上空からの視界を共有し、近くの索敵をすることが出来る。
昨日使った霊子版エコーロケーションは屋外のような開けた場所では効果が著しく落ちてしまう。そのため、今日はこちらの呪術を使用していた。
早速、2ブロック先に屍の姿を『鴉』が捉える。
周囲に他の屍はいない。はぐれ者だ。倒してしまっても問題はなさそうだ。
後方にいるサラに指で合図をする。
サラは小夜子と小声で談笑をしていても、周囲の警戒は怠っていない。
すぐに俺の合図を察知して、小夜子と一旦歩みを止め頷く。
先行し、少し進んで周囲を警戒する。
『鴉』との視界共有によって、前の壁越しに屍が赤く強調される。
「…”水相剣『夕霧』”…」
刀の鞘を握り、仕込刃を使って血印を描く。呪力を込めて霊子へと力を伝播する。
壁越しの標的、屍の首へ一瞬で霧が殺到し、霧から水、水から水流の刃へと変化し、音もなく首を斬り落とす。
屍は身動きすらせず崩れ落ち、強調表示も消える。
振り返り、小夜子たちに合図をする。
サラに促されながら、二人が合流する。
「はぐれがいたの?」
「ああ。」
「そこまではあたしの占いまでも見通せないからね。でも、相変わらず良い腕前だねー。」
「やっぱり真さんって強いんですか?」
「強いってもんじゃないよー。ここまで、一方的に屍を倒せる人間は少ないよ。」
「へぇ。」
「そうでもないさ。陰陽寮所属の陰陽師ならもっと上手くやるだろう。」
「そうかなー?」と、首を傾げているサラを他所に、先を急ぐ。
旧市街の破壊の爪痕は、特区に近づくほどに深くなっていく。
この一帯を最終防衛線とし航空爆撃から、決戦兵器の投入までを行い、その間に当時の陰陽師達が大規模結界を敷いたのだ。
崩れかけのビルを幾つか過ぎた後、角の向こうで2つの円筒を直角に接続して、4脚の足を生やしたよな物体が瓦礫に乗り上げ、擱座したように鎮座しているのを見つける。
その物体に小夜子も気付いたようだ。
「あれは…」、
「「豊和田重工製自立思考戦車」」
と俺と小夜子の声が被った。
「「えっ?」」
「小夜子知っているのか?」
小夜子自身も自分が口にした単語に驚いた様子だった。
彼女は痛むのかこめかみ辺りを押さえ、眉間に皺を寄せている。
「はい。知っているみたいです。」
「なになにっ?あっ、FFタンクじゃん!」
サラは思考戦車を見て、『FFタンク』とスラングで言った。
◇
『豊和田重工製自立思考戦車 T-110型』は屍災害時に100機前後が投入されたと言われている、いわゆる決戦兵器の一種だ。
名前の通り、民間の豊和田重工業が開発を進めていた無人多脚戦車を、途中から政府の研究者と共同で完成させた兵器だった。
対屍戦で目覚ましい戦果を上げた一方で、実践投入までの試験運用期間を取れなかったせいで後々に大きな欠点を抱えていることが露呈した兵器でもある。
正式名称よりも、『FFタンク』という名称が一般的に広まってしまったのはそこにあった。
その欠点とは屍への攻撃方法と、敵味方識別能力の著しい低さだった。
攻撃方法は機体頂部に装備された、ほぼ360度攻撃出来る高出力霊子レーザー。対屍用に政府が開発した試作レーザー兵器で実用射程距離は5kmに及ぶ。
兵装はこれのみで、近距離での熱による有効殺傷範囲は半径1.5m。精密射撃には全く向かなかった。
そして、自立思考戦車はソフトウェア部分でも欠点があった。
敵味方識別情報の判別は戦車本体の独自内部パラメータに従って行う、だが屍撃破を優先するあまり、レーザーの貫通力も合わさって、屍越しの味方への誤射が相当数発生した。
対屍の戦域では屍撃破による大気霊子濃度の増加に伴う通信障害のため、無線操縦が出来ない。
また有人機として開発していなかったため、大幅な設計変更も出来なかった。
単独投入時の戦果は申し分なかった。しかし、他部隊との共同作戦では、ある意味で屍よりも脅威となってしまった。
そこから付いたあだ名が『FFタンク』。
”FF”とは”fool fury”、”friendly fire”の意味だった。
◇
「FFタンク?」
「そこは気にしなくて良い。何か思い出せそうか?」
「たぶん…、私はあれを造っていたいたんだと…思います。」
彼女がやっと見つけた記憶の手がかり。それが『FFタンク』とは。
彼女も屍災害とは間接的に関わっていたわけだ。




