♤ 大阪特区 1
『仮宿』での夜が明けた。
地下室なので、太陽は拝めないが、外は日が明けてくる頃だろう。
サラが急遽、特区行きに参加することになったのは嬉しい誤算だ。
彼女はすぐに人と打ち解ける。
小夜子とも小一時間ほど話していたら、すぐに打ち解けたらしい。
小夜子が自分自身のことが解らないことも、記憶が屍災害以前の記憶しかなことも、すでに本人が打ち明けていた。
それでも暗い雰囲気にしないところが、サラの長所だ。
生活呪術で水を生み出し、顔を洗っていると、
「おはようございます。真さん。」
「おっはよー、真。」
と後ろから声がかかる。
振り返ったそこには、丈夫なミリタリーウェア姿のサラと、自分が小夜子に貸していた丈のあっていない服ではなく、サイズが合ったアウトドアウェアを着た小夜子が二人して立っている。
「小夜子、その服は?」
「似合ってるでしょー。サイズピッタリじゃない?」
「サラさんのお古を貰っちゃいまいした。…中学生の頃の…。」
どう?似合ってるでしょ?と聞いてくるサラと、どことなくどんよりとした様子の小夜子との対比が可笑しかった。
「小夜子、昨日は眠れたか?」
「はい!もうぐっすりでした。」
「サラも色々とありがとうな。」
「まぁ、あたしと真の仲だしねー。」
出発前、『仮宿』最後の朝食を3人でとる。
牛肉の塩漬けとトマトと根菜を煮込んだミネストローネ風スープと、ご飯。
保存優先の食材を、サラは美味しく調理してくれた。
「もう、これで『仮宿』の食料庫はすっからかん。うちの宿ではご馳走だからね。」
「とっても美味しいです!」
「じゃんじゃん食べてー。」
◇
片付けを3人でして、『仮宿』は最後の役目を終える。
荷造りを粗方終え、どこか寂しくなった『仮宿』。
「お疲れさま。またいつかね、父さん。」
カウンターの天板に優しく触れながら、サラは寂しそうに笑っていた。
「さて!いきますか!」
元気に振り向いたサラはもう前を向いている。強い娘だ。
「じゃあ、まずは占わないとねー。」
「ああ、頼む。」
「占い?」
小夜子が首を傾げる。
「そっ!屍がどこにいるか占うの。これも『仮宿』の宿代が高い理由なのよ。」
「やべー、道具しまっちゃったよー。」とサラがガサゴソと荷物を漁っている。
目当ての物を見つけたのか、ごとんと少し小さめの薄い太鼓のような物と、砂が入った瓶を取り出す。
そして、太鼓で言う鼓面の上に砂を均一に撒いて慣らしていく。
「じゃあ、始めるねー。」
小夜子が興味深そうに見ている。
多分、彼女は驚くだろう。
「万象響かせ森羅を見通す楼閣と成す…我が身の一部を写せ!ジオマンシー!」
朗々たる呪文と共にサラが、胴の部分を軽く叩く。その姿は、今までの気安い彼女ではなく、術師のそれだった。
砂が振動するように動いていく。
少しづつ砂が寄り集まって、高低差を付けていく。
そして、あるところでは不規則な、あるところでは幾何学的な模様を描き出していた。
砂の移動が止まったとき、それは精巧な模型のような立体的地図を形作っていた。
「サラさん、すごい!」
小夜子が感嘆を上げる。
「ふっふっふー!すごいだろー。」
満更でもないサラはとても嬉しそうだ。
『仮宿』の元主人。
見上サラーサはこの砂盤を用いた占い術によって、自身の周辺の広範囲を探索する呪術を操る。
条件を明確にすればするほど精度が上がり、漠然としたものは上手く探せない欠点はあるものの、遠くを見通す遠隔視にも似た、彼女独自の呪術だ。
屍は数十から、多ければ数百の群れを作る。
彼女は『仮宿』周辺の索敵にかかった群れの、何体かの個体に自身の一部(マーキングをした髪の毛)を狙撃によって打ち込んでいた。
探索の条件づけを”自身の一部”に限定すれば、群れの位置を高精度に把握する事ができる。
「この、針みたいに尖っている所がいくつかあるでしょう?これは、あたしがマーキングした屍なの。だから、ここを避けて通れば安全に特区まで行けるってわけ。」
この術の凄いところは、効果範囲が広く、地形に絞って探索した場合はリアルタイムの地形データも取得出来るところだ。
「特区の方見てみる?こうやってー、こうやってー。」
彼女が指を動かすたび、砂の形が変わって地図が動いていく。
「この辺だねー、特区は。」
そこには高い防壁に囲われた地形が続く一帯が形作られていた。
「すごい!スマホの地図アプリみたいですね!」
「それ昔、父さんも言ってたわー。」
屍災害以降、個人でGPS情報は取得できなくなってしまった。そこを差し引いてもリアルタイム情報を反映していくサラの術は勝っていると言える。
「今日は海岸側に屍の群れが偏ってるから、なるべく北側を通った方が良いかもね。」
「だな。北部の市街地沿いに進もう。」
サラが”パンッ”と手を叩くと、砂盤の上の砂が瓶の中に吸い込まれるように入っていく。
砂盤自体も、サラが自分のカバンの中に仕舞い、立ち上がる。
「じゃあ、行きましょうか。荷物持ちさん。」
サラが目線で促した俺の目の前には、サラのカバンが2つ残っている。
軽く上げた感じはなかなかの重量だ。
「報酬はもう貰っているし、仕方ない。」
「真さん、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。小夜子も無理するなよ。」
「はい!」
「さぁ!しゅっぱーつ!!」
新たな旅仲間のサラと共に、特区を再び目指した行く。
♣
『ジオマンシー』によって、海側に屍の群れがいることは解った。
特区に行くのに、真と同行出来るのもこっちとしてはありがたい。
しかし、群れが不自然なまでに誘引されているのが少し気になる。
自身に刻まれた『 ᚫ 』が少し疼いた。




