♠ 仮宿
宿『仮宿』に到着して、「今日はここまでだ。」と真が言った。
この『仮宿』は旧陸上自衛隊駐屯地だったのだそうだ。
それならば頑丈なフェンスにも納得できる。
『仮宿』の主人は『見上サラーサ』という褐色の肌に、無造作に束ねた銀髪が特徴的な女性だった。
髪と同じ色の銀色の瞳は、とても人好きのする笑みを浮かべている。
身長も女性にしては高く、スタイルもそれに比例して起伏に富んでいる。
アラビア人の父と、日本人の母のハーフなのだと言っていた。
銀髪に銀眼は隔世遺伝らしいと言っていた。
今はサラーサ…、サラと真は今夜の宿代について話していた。
「一晩泊めてくれ。彼女と俺、一部屋づつ頼む。」
「オーケー、8万円ね。ちなみに一部屋の値段だから。」
「おい!ちょっと高くなってないか?」
「最近はうちの宿の利用者が減っちゃってさー。じゃあ、彼女と相部屋にする?」
サラは真をからかっていた。
記憶を失って、目が覚めてから真としか関わりを持っていなかったため、新たな人物であるサラの存在はとても興味深かった。
ここまでくる道中の荒廃した街並み。屍という恐ろしい存在。
そんな風景の連続で、世界はもう終わってしまったのだと心の何処かで感じていた。
それでいて、サラは飄々としていて、絶望や恐怖などは微塵も感じさせていない。
そんな今を普通に生きている彼女を見て、ホッとしている自分がいた。
そして、彼女と話している真の姿も、出会って間もない自分との接し方とは違い、どこか砕けた感じで新鮮だった。
「まぁ、真ならよしみで6万にしてあげても良いよー。」
「足元をみるな。」
「じゃあ、条件を飲んでくれる代わりにタダって言うのはどうよ?」
突然の無料の申し出に、真が警戒心を強くしたのが分かった。
「いや、やめとく。6万だな、」
懐からお金を取り出そうとする真に、
「おいおい、そこは「条件はなんだ」って聞く所じゃないの?」
「条件を聞いたら、なし崩し的に呑まされそうで嫌なんだよ。」
「悪い条件じゃないって。聞くだけ聞いてよー。」
「はぁ…」と真はため息をついて、
「じゃあ、条件はなんだ?」
「そーこなっくっちゃねー。」
「ふふっ」
一連のやり取りの間、終始彼女のペースに飲まれている真に、思わず笑ってしまった。
◇
とりあえず荷物を置こうという事で、サラに今日泊まる部屋へと案内された。
外と同じで地下室とはいえ、案内された部屋は十分に広かった。
取り敢えず荷物を置き、一息つく。
今日一日でいろんな経験をしてしまった。
最後の最後にサラという新しい人間とも会えた。明るい人だったなぁ。
改めて外に出ると、ちょうど真とサラがその条件について話し合っていた。
「それで?どんな厄介ことなんだ?」
「なんで厄介ごと前提なのさ!ひどいよ、真っ。」
「サラの頼みで厄介じゃなかったことあったか?」
「今回は違うからさー。」
「自覚あるんじゃないか。」
「まぁまぁ」とサラが真を宥めつつ、
「依頼はね。私も一緒に特区に連れていく、ってのはどう?」
サラはさっき迄の、冗談を言っていた表情を少し真面目なものに変えてその条件を提示した。
「俺みたいな出稼ぎに、ってわけじゃなさそうだな。」
「そうだよー。さっき真に久しぶりって言ったでしょう?実はお客さん自体、久しぶりだったんだー。1年前位は週に1、2組位は来てたんだよ。でも、ここ半年はもうぷっつり。」
サラ曰く、あまりにも人が来ないため『仮宿』の必要性がもうないのではないかと思ったそうだ。
また、施設の維持もタダではないことが、それに拍車をかけた。
この『仮宿』は屍災害発生時に特区内への移住が出来ずに、仕方なく特区外から出稼ぎへと行く労働者の援助をしたいとサラの父親が始めたそうだ。
しかし、ここ数年で徐々に客足が途絶え始め、ついに利用者がいなくなってしまった。
サラは、もう特区の外に人間はいないのではないか。もう、ここを畳んで自分も特区へと向かう頃ではないかと考えた。
今までの蓄えを使い、特区への移住準備を少しづつ行って、いざ宿を閉めようとした所に私たちが来たのだという。
真は顔見知りかつ有能、尚且つこれから特区へ行くという。
「まさに天の采配!」と思ったとのこと。
「本当に明日、出発しようと思ってたんだよ。入れ違いにならなくて良かったねー。」
「そうですね。」
露頭に迷う自分を想像して肝を冷やす。
「真がいれば持ってく荷物も増やせるし、ラッキー。」
「おい…。」
「乙女は荷物が多いものなのー。」
サラの明るさに、私は自然と笑みを浮かべていた。




