♠ 境界へ 6
流石に私もロープ降下の知識はなかった。
そう真に言うと、
「だよな。解った。」
そう彼は笑いながら言うと、しゃがんでリュックからロープや登山道具のような金具を取り出し始める。
「あそこから下に降りる。準備をするから『隠形』は解除する、そのロープも手を離していいぞ。」
「はい。」
次に、リュックからベルトのような物を取り出して、彼自身の足に通して腰にしっかりと固定する。
それから、同じようなベルトを私に「同じように付けてくれ」と渡してきた。
慣れない道具に苦戦していると、すでにロープなどを自分のベルトに結び終えた彼が近づいてきた。
ベルトの締め付けなどを確認して「よし。」と頷く。
「まず、俺が最初に高速道路から懸垂降下する。次にロープの片側にカラビナを結んで上げるから、君はそのハーネスのそこ、」と私のハーネスの中心のループを指差し、
「ビレイループに引っ掛けてロックをしっかりかけてくれ。それから、高速道路の縁からゆっくり身を乗り出すんだ。俺が下からゆっくり下ろす。出来るな。」
「はい。たぶん…。」
スタスタと真は高速道路の縁にこっち向きで立つ。
「じゃあ、先に行ってくる。高速道路の上は安全だ。安心して待ってな。」
そう言って立つ向き90度まで変えていき、それから降りていった。
静かだ。
思えば、彼の家から出て、一人きりになるのは初めてだ。
安全とは言っていたがやはり心細い。
1秒1秒が長く感じる。太陽もすっかり沈み、薄暗い影を落としていく。
彼がかけた『甘闇』も効果は切れていた。
何分たっただろうか、あまりにも静かで不安になっていると。
彼を繋いでいたロープからスルスルとカラビナが上がってくる。
言われた通りビレイループに上がってきたカラビナを引っ掛け、ロックネジまでしっかり締める。
恐る恐る下をみると真がロープをしっかりつかんだ手を見せてくる。
彼と同じように反対を向き、ゆっくりと足を踏み出すと足が滑って一瞬浮遊感を味わって、高速道路の側面に身体を少しぶつける。
「きゃっ!」
落下したのは本当に一瞬で、真が私のロープをすぐに支え浮遊感はすぐになくなった。
少しぶつけた腕が痛かったが、それもすぐに収まった。
その後は何事もなく下まで彼が降ろしてくれた。
降下用道具を手慣れた様子で真が片付け、すぐに出発する。
「もうすぐだ。」
◇
やがて見えてきた仮宿とやらは頑丈そうなフェンスに囲まれていたが、真っ暗だった。
「こっちだ。」
そう言って真が指さした先には、伸びた生け垣に巧妙に隠されたフェンスの穴があった。
そこを潜り中に入って少し進んだ先、隅にある少し大きめの建物に彼がおもむろに入っていく。
建物の中心辺りまで来ただろうか、ある一室に入る。そして、その部屋の中心の机の下に、巧妙に隠された地下室の扉があった。
コン コンコンコン コン
一定のリズムで真が扉を叩く。
すると、下から鍵を開ける音がして扉が開く。
扉からは薄っすらと光が漏れてくる。
「はいはい。お待ちどーさまっ。って真じゃん?」
扉から出てきたのは褐色の肌に銀色の髪を無造作に束ねた美女だった。
「久しぶりだな、サラ。泊めてくれ。」
「ほんとーに久しぶりじゃん。で?そちらさんは?」
サラと呼ばれた女性が、髪と同じ銀色の瞳を私に向けてくる。
「連れだ。特区に連れて行く所でな。」
「へぇ~、真が誰かを連れてくるなんて初めてじゃん。あたしはサラーサ。サラでいいよー。」
「小夜子です。」
「よろしくねー。」
そう言って面白そうなおもちゃを見つけたような目で私を見ている。
「まっ、ここじゃ何だから。入って入ってー。」
サラーサがそそくさと地下に降りていく。
真も続いて降りていくので、私も後に続く。その途中で、
「小夜子ちゃん、悪いんだけど扉と鍵閉めといてー。」
と声がかかったので慌てて閉めた。
地下に入ると中は想像以上に広い。天井は真が普通に立っても余裕があるほどで、幅も人が余裕ですれ違えるほどに広い。
空気も埃っぽいところもなく、思いのほか清潔だ。
地下への階段を降りた先にはすぐにカウンターがあり、奥には部屋に続く廊下が伸びていた。
「あらためまして、ようこそー。宿『仮宿』へ。」
カウンターに手を置いて、サラーサが言った。
「真さんの言っていた、『仮宿』って名前だったんですね。」
変わった名前に気が抜けて、今日の疲れを思い出してきた。




