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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第2部 テュリエール王国編
74/143

14.縁

「陛下。お連れいたしました」


 王城の執務室にて、ロドグリッド王は顔を上げた。見れば一人の青年が己へと向かってくる。


「いかがなさいましたか、我が君」


 彼は広い机の向こうで跪き、首を垂れた。


「…ああ。面を上げよ」


 許しを得て、ゆっくりと上がったのは先ほど議場でも見た顔だった。

 さらりと流れる黒髪に紺藍の瞳、年齢に似合わぬ落ち着き払った振る舞い。彼は歳を重ねるほど父親に似て頼もしくなる。

 そして今や配下筆頭のライナスへ、王は慎重に告げた。


「…実は、そなたに一つ話があってな」


 今手中にある、公式の文書。この中の一文に関してライナスの意見を聞くため、今日彼をここへ呼んだ。


「テュリエールから書簡が届いた。…奇妙なことに、和平を結びたいと申しておる」


 さすがのライナスも驚いたらしく、やや目がみはられる。


「…それはなんと…。あちらは一体どういった要求を?」


「まずは長らく止まっている交易の再開だな。全く図々しいことだ」


「それは…、また大きく出たものですね」


 王は頷いた。他にも要求や提案は色々とあり、全て多面的に検討するつもりだ。


「…面倒だが、応じるほかあるまい。あちらも、今は政争の種を一つでも潰したいのだろう」


 それでもほぼ結論は決まっていた。国内貴族の多くも交渉に応じるだろう。

 テュリエールが内政に忙しい今が好機。そう考えながら、王は書簡から抜粋して聞かせる。


「先だっては交流を兼ね、使節の派遣だ。我が国からは八月ごろになるか」


 …と、ここで王は一旦言葉を切る。そうして一呼吸し、とある名を出した。


「そこでだな…ライナス。フェルシア嬢は、息災か?」


「…はい。近頃は職務に邁進まいしんしております」


 彼の返答は、フェルシアが順調に未来へ駆け出していることを示していた。

 王はその姿を思い描き、「そうか」と机に片肘をつく。


「だが……実はこの書簡の中で、彼女の名が出ていてな」


 これは突然の話だ。ライナスに不可解な思いをさせるとわかっていて口が重い。

 彼は日頃より国政を助けているし、フェルシアにだって何の非もない。


 だがこれは聞かねばならぬと、王は重々しく口を開いた。



「使節派遣のおりに、ぜひ彼女と会ってみたいと……テュリエール(あちら)が言っている」



* * * * * * *



 己が主の言葉にライナスは思わず口を挟んだ。


「陛下。それは」


「分かっておる。そなたの言いたいことは」


 王の厳粛な顔の下、手元の羊皮紙にはやや皺ができていた。彼も不快と感じているらしい。


「恐れながら。どういった理由によるのかお聞きかせください」


 フェルシアの実家、グローリーブルー領とテュリエール王国は何度も交戦した間柄。それがどう転じて招待という話になるのか。


「このふみには、『我々と縁ある血族のご息女と、ぜひ語らいたい』…とある」


「縁、とは…?陛下は何かご存じで?」


 ますます話が見えない。まるで血縁を示すかのようだが、そんな話は聞いたことがない。

 ライナスと同じく眉をひそめた王が言う。


「彼女の祖先が北の神々、という話があろう。詳細はわからぬが…その一端を示しているのではないか?あちらはあちらで、何やら確信めいてみえる」


 

 グローリーブルー一族は北方起源の男神セランの末裔である。



 これは去年発覚したおとぎ話のような一説。そして、グローリーブルー家が襲撃に遭った原因でもある。

 そして北の国、テュリエール王家も長い歴史を持つ。遥か昔に両家が交わっていた、ともなればライナスに知るよしもないが…。


「まだ先の話だ。断っても交流の障りにはならぬ。…だが、彼女にとってはどうか?」


 もしもフェルシアがこれを聞き、テュリエールで話を聞いてみたいと思うなら。


「先の一件もある。彼女に負荷をかけるつもりはないが…多くの資料も失した今、そのおこりを知れるとしたら、どう思うか?」


 ライナスは言わんとすることを察し、注意深く主の結論を待った。

 やがて己の一連の反応を確かめ、間もなく下される命。


「本人を呼び出すか迷ったが…これはお前から尋ねるがよかろう」


「かしこまりました。恐れながら、フェルシアの自由意志、という前提で説明をしてもよろしいでしょうか?」


 そのうかがいに、王は「ああ」と鷹揚に頷く。

 信頼を感じさせるその態度へ、ライナスはまた深く腰を折った。

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