14.縁
「陛下。お連れいたしました」
王城の執務室にて、ロドグリッド王は顔を上げた。見れば一人の青年が己へと向かってくる。
「いかがなさいましたか、我が君」
彼は広い机の向こうで跪き、首を垂れた。
「…ああ。面を上げよ」
許しを得て、ゆっくりと上がったのは先ほど議場でも見た顔だった。
さらりと流れる黒髪に紺藍の瞳、年齢に似合わぬ落ち着き払った振る舞い。彼は歳を重ねるほど父親に似て頼もしくなる。
そして今や配下筆頭のライナスへ、王は慎重に告げた。
「…実は、そなたに一つ話があってな」
今手中にある、公式の文書。この中の一文に関してライナスの意見を聞くため、今日彼をここへ呼んだ。
「テュリエールから書簡が届いた。…奇妙なことに、和平を結びたいと申しておる」
さすがのライナスも驚いたらしく、やや目が瞠られる。
「…それはなんと…。あちらは一体どういった要求を?」
「まずは長らく止まっている交易の再開だな。全く図々しいことだ」
「それは…、また大きく出たものですね」
王は頷いた。他にも要求や提案は色々とあり、全て多面的に検討するつもりだ。
「…面倒だが、応じるほかあるまい。あちらも、今は政争の種を一つでも潰したいのだろう」
それでもほぼ結論は決まっていた。国内貴族の多くも交渉に応じるだろう。
テュリエールが内政に忙しい今が好機。そう考えながら、王は書簡から抜粋して聞かせる。
「先だっては交流を兼ね、使節の派遣だ。我が国からは八月ごろになるか」
…と、ここで王は一旦言葉を切る。そうして一呼吸し、とある名を出した。
「そこでだな…ライナス。フェルシア嬢は、息災か?」
「…はい。近頃は職務に邁進しております」
彼の返答は、フェルシアが順調に未来へ駆け出していることを示していた。
王はその姿を思い描き、「そうか」と机に片肘をつく。
「だが……実はこの書簡の中で、彼女の名が出ていてな」
これは突然の話だ。ライナスに不可解な思いをさせるとわかっていて口が重い。
彼は日頃より国政を助けているし、フェルシアにだって何の非もない。
だがこれは聞かねばならぬと、王は重々しく口を開いた。
「使節派遣のおりに、ぜひ彼女と会ってみたいと……テュリエールが言っている」
* * * * * * *
己が主の言葉にライナスは思わず口を挟んだ。
「陛下。それは」
「分かっておる。そなたの言いたいことは」
王の厳粛な顔の下、手元の羊皮紙にはやや皺ができていた。彼も不快と感じているらしい。
「恐れながら。どういった理由によるのかお聞きかせください」
フェルシアの実家、グローリーブルー領とテュリエール王国は何度も交戦した間柄。それがどう転じて招待という話になるのか。
「この文には、『我々と縁ある血族のご息女と、ぜひ語らいたい』…とある」
「縁、とは…?陛下は何かご存じで?」
ますます話が見えない。まるで血縁を示すかのようだが、そんな話は聞いたことがない。
ライナスと同じく眉を顰めた王が言う。
「彼女の祖先が北の神々、という話があろう。詳細はわからぬが…その一端を示しているのではないか?あちらはあちらで、何やら確信めいてみえる」
グローリーブルー一族は北方起源の男神セランの末裔である。
これは去年発覚したおとぎ話のような一説。そして、グローリーブルー家が襲撃に遭った原因でもある。
そして北の国、テュリエール王家も長い歴史を持つ。遥か昔に両家が交わっていた、ともなればライナスに知るよしもないが…。
「まだ先の話だ。断っても交流の障りにはならぬ。…だが、彼女にとってはどうか?」
もしもフェルシアがこれを聞き、テュリエールで話を聞いてみたいと思うなら。
「先の一件もある。彼女に負荷をかけるつもりはないが…多くの資料も失した今、その興りを知れるとしたら、どう思うか?」
ライナスは言わんとすることを察し、注意深く主の結論を待った。
やがて己の一連の反応を確かめ、間もなく下される命。
「本人を呼び出すか迷ったが…これはお前から尋ねるがよかろう」
「かしこまりました。恐れながら、フェルシアの自由意志、という前提で説明をしてもよろしいでしょうか?」
その伺いに、王は「ああ」と鷹揚に頷く。
信頼を感じさせるその態度へ、ライナスはまた深く腰を折った。




