13.続々・気にする人々
「ルルリエ先輩、ご結婚おめでとうございます」
すると、榛色の瞳がぱちりと瞬いた。
「…ふふ、ありがとう。でも式はまだよ?」
「あら、来月なんてすぐだわ。もう準備もほとんど済んでいるでしょう?」
次いだステラの声にフェルシアも頷く。一か月前ともなれば後は微調整くらいだろう。
華奢な椅子に座ったルルリエが幸せそうにふわりと笑む。初めて婚約者がいると知った時もだが、数か月前、結婚式を挙げると聞いてもっと驚いた。
「そうですね。あとは式場とか招待客の数とか…。今更ですが、ちゃんと上手くいくでしょうか?」
ルルリエはそう吐露する表情さえ穏やかだった。きっと婚約者や周囲にしっかり助けられているのだろう。
本当にすごい事だと思いながら、フェルシアはテーブルにカップを置いた。
今自分達がいるのは街中のカフェだ。
去年の件が終わり、フェルシアはルルリエとはもう会えないだろうと思っていた。
だが実は友人だというステラを介し、会うようになって二回目のお茶会だ。注文したフルーツケーキと馥郁と香る紅茶を前に、和やかな雰囲気である。
「大成功に決まってるわ。お相手も良くしてくださっているようだし。それに私がアドバイスしたのよ?」
「そうですね。ステラ様、いつも本当にありがとうございます。おかげでお花の件、上手くいきました」
そうやって笑い合う二人は親しげで、普段から仲がよいとうかがわせる。
そんな光景を眺めつつフェルシアがケーキを食べていると、ふとルルリエがこちらを見た。
「そういえば、フェルシアはどうなの?」
どう、という曖昧な問いに、フェルシアはありのままを告げる。
「仕事も順調だと思います。この間は領地の名義を本格的に…」
「あ、ええっとね。そっちじゃなくて。ライナス様とはどうなってるの?」
フェルシアは首を傾げた。ライナスと己の関係も特に変わりない。それに様子と言っても、彼の書記官であるルルリエの方が詳しかろう。
「ライナス様もいつもお忙しいようですが…?」
不思議になって答えれば、一瞬固まったルルリエがなぜか隣―――ステラへと顔を向けた。
「……ステラ様?」
「…この間初めて街へデートに行ったところよ。ね、フェルシア?」
なんだか話が見えないと思いつつ、フェルシアも頷く。
「はい。ステラ様。デートではなく、気分転換で…」
「えっ…!?」
突然の小さな悲鳴。
フェルシアはぎょっとしてルルリエを見た。だが逆に、相手から信じられないといった目で見返される。
それに、フェルシアはとうとう訝しく眉を寄せた。声が響いたのか、付近のテーブルからもチラチラと視線が飛んでくる。
「ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまったわ。そんなことってあるのね」
取り乱す彼女へとかかる静かな声。
「ルルリエ…落ち着いて。この二人は私達が思うより十歩は後ろにいると思ってちょうだい」
「あ……そうなのですね。分かりました…」
フェルシアはすっかり疑問符を浮かべていた。
二人だけで進む会話についていけない。だが少し待っていると、ステラが「フェルシア?」と言ってこちらを見た。
「今のはね、お兄様と仲良くしているか聞きたかったのよ。この間のお出かけはどうだったかしら。楽しかったと言っていたでしょう?」
「はい。ライナス様にはとても良くしていただきました」
彼にエスコートしてもらって素晴らしい時を過ごせた。最後の川辺のカフェだけは、いただけなかったが。
そこへ更に質問が重なる。
「…あまり殿方とお出かけする機会はなかったものね。どう?お兄様は頼りになって?」
ステラの言う通りだ。ライナスにはたくさん助けてもらった。
「もちろんです。移動する際などのエスコートも流れるように素晴らしく感嘆しました。途中、私が街中の諍いを止めた時など、大変見事に男性を拘束してくださって。あの鮮やかさはお手本に…」
「ちょ、ちょっと待って。…フェルシア?そこは二人きりで嬉しかったとか、隣にいてドキドキしたとか、そういう話じゃないの?」
「ドキドキ」。
割って入った声にフェルシアは口籠る。
言われて見れば…胸が騒ぐ瞬間はあった。だがそれは自分でもよくわからないものだ。はっきりと口にするのは躊躇われる。
だが、ここでようやくフェルシアは、ルルリエにまでライナスとの仲を疑われている、と思い至った。
「…兄様と手を繋いだでしょう。その時はどう思ったのかしら?嬉しかった?」
「…?えっと…う、嬉しくはありましたが……?」
戸惑いつつそう言えば、隣のステラ以上にルルリエが脱力する。
「………フェルシア。私で良ければいつでも相談に乗るわ」
何かがっかりされている、と心外になったフェルシアは訴えた。いつの間にルルリエまでその考えに染まったのだろう。
「あの…。ルルリエ先輩までおやめください。ライナス様と私はそういった関係ではありません」
「そう…?うーん……少なくとも、ライナス様にとってフェルシアは特別だと思うわよ?」
「え……?」
「だって、たまにあなたのことを聞くとね、『彼女は頑張っているよ』とか言いながらとっても嬉しそうなの。目なんかすごく優しくて…」
そんなライナスの様子から、ルルリエは二人の交際を確信し、まだかまだかと婚約の知らせを待っていたらしい。
「違ったのね…」と言う顔はひどく残念そうだった。
「あなたが全くそのつもりじゃないならごめんなさいね。でももし、考えたこともなかったなら…少しだけあの方を男の人として見てみたら?誠実で素晴らしい人だと思うわよ」
彼女はそう締めくくり、なだめるように微笑む。
フェルシアは困惑しつつも、「ルルリエ先輩……」と呟いてなんとかそれを受け止めた。
「ああ、その気になったらすぐに私にも教えてね。結婚までいくらでもお手伝いするわ。お父様達も早く会いたいでしょうし」
「す、ステラ様?」
反対に何歩も先の提案にフェルシアは慌る。
いつの間にか、ステラの黒い瞳には「結婚」の二文字しかない。始めは驚くばかりだったが、例のカフェの一件といい、こう何度も言われると本気に聞こえてきた。
「やっぱり一度出かけたくらいじゃ駄目だったわね…。私も明後日には帰るのよ。フェルシア、もっとお兄様と仲良くしてね?」
「は、はい」
しかし、彼女の期待する結果は保証できない。そう思ったのを見抜かれたのか、今度はハァ…と溜息を吐くステラ。
それでもフェルシアは「どうして皆自分達をくっつけたがるんだろう?」と思うばかりだった。昨日もまた、上官のウォルフからライナスとの仲を揶揄されている。
この後日、出勤したライナスが己の書記官から「ライナス様…。一度ハッキリ言ってみてはどうでしょう?」ともの憂げに言われたのは、また別の話である。




