4.春の訪れ
(初めて見た。とても珍しい色だわ…)
目の前の黒々とした双眸がきらめき、柔らかな声が響いた。
「…やっぱりとってもお綺麗で愛らしい方ね。今日お会いできてよかったわ」
弧を描く薄桃色の唇。その完璧な角度へ見惚れつつフェルシアは答える。
「いえ。私などステラ様には到底およびません」
「ふふ、ありがとう。それよりも驚かれたでしょう?急にごめんなさいね」
そういって首を傾げる仕草すら、花のように優美だ。
彼女はステラ・シェイン。ライナスの妹である。
たった今、婚家からこのオリヴィエ邸に到着し、フェルシア達のいる庭先へと現れた。
真っ直ぐで艶めいた黒髪、大きくてぱっちりとした漆黒の瞳。空色のドレスもこの上なく似合っており、まさに淑女の鑑のような人だ。
歳は二十二というが、ともすれば少女のような愛らしさがある。
互いに挨拶をすませ、フェルシアはその素晴らしさに感嘆するばかり。しかしそこへ素早く合いの手が入る。
「驚かせたと思うなら、遠慮して中で待っていればよかっただろうに」
ライナスだ。カップを傾けつつ、しれっと己の妹を見返す。
「まあ…お兄様ったら。まさか私を邪魔者扱いですの?」
「突然現れてそれか?来るならもっと早く連絡してくれ」
「邪魔者扱い」を否定しない言い様にステラが眉をひそめる。だがそれでも口調はよどみない。
「まあまあ…!なんてこと。フェルシア様、今のお聞きになりまして?こんな冷たい殿方を夫にしてはいけませんことよ」
「え…あの……?」
「あのな…。彼女に変なことを吹き込むな」
溜息を隠さない口調。さっきから、ライナスのこんな態度は初めてだ。
「『変なこと』ですって?未来の夫がどんな人か見極めるのは当然のことです。ねえ?フェルシア様もそう思うでしょう?」
「だからやめろと言ってるだろう。彼女が困っている」
対するステラも口を開けばかなり強気だ。ここぞとばかりにこちらへと首を傾げてくる。
そうしてまた戸惑うフェルシアへライナスが助け舟を出す。ステラが現れてから、こんなやりとりの繰り返しだった。
そうしてフェルシアがたじろぎつつ兄妹を見守っていると、今度はもっと予想外の話が始まる。
はぁ…と言わんばかりのライナスが静かにカップを置く。
「…ステラ。本当にしばらくここにいるつもりか?」
「ええ。シーズンまで予定が空いたし、せっかくだからフェルシア様とお話してみたくて。…だめかしら?」
瞠目するフェルシア。そこへすぐにライナスが申し訳なさそうに尋ねる。
「すまないフェルシア。ちょうど今話そうとしていたんだが……妹がしばらくうちにいてもいいだろうか?」
期間は四月半ばまで。このようにやや騒がしくなるが、と説明されフェルシアは更に驚いた。
まさか断りを入れられるとは思わなかったのだ。ここは彼らの家で、自分と姉は居候にすぎない。
「そんな…ライナス様、私の許可など必要ございません。どうぞご随意に。むしろ私達がいることで、ステラ様にご迷惑をおかけするやもしれません」
「そんなことはないし、今優先されるべきは君達だ。全く気にしないでくれ」
首を振る彼。それにも気後れしていると、彼は仕方なくといった風に話を決める。
「…では滞在を許可するが、妹のことで問題があればいつでも言ってくれ。すぐに対応する」
それを受け、フェルシアもステラへと向き直った。
「ステラ様。恐れながら、私達姉妹がご一緒することになります。それでもよろしいのでしょうか?」
「ええもちろん。ぜひ仲良くしてくださいませね」
そう言ったステラがたおやかに微笑めば、まるで穏やかな春陽のようで。
本当にこの兄妹は似ている。眩しいほどに優しく、美しい。
「はい。こちらこそぜひ」
気負いのない表情にフェルシアも頷き、それからは三人で、美しい兄妹を中心ににぎやかな一時を過ごした。
花壇へ並んだ蕾が開くまで、あと少し。




