エピローグ - 祝杯 -
ゆらり、かすかな風が赤い灯を揺らす。
それにより滑らかに輝いた手元をパチリと閉じ、彼女は口端を上げた。
「…やっと終わったわね」
悠然とした声に滲むは喜色か安堵か。
弧を描く赤い唇からは前者の感情が強く感じられた。
ふと身動ぎすれば、ぼうっと浮かび上がる真白い肌。
その下でまとった深紅は大胆にデコルテを覗かせながら床に垂れ、座した膝下をも晒している。
そうして腰を落ち着ける一席も見事な装飾であり、傍らの調度品と共に内装の贅沢さを演出していた。
ここは室内であり華燭を灯しながらも影は深い。するりと毛皮から伸びた女性の指先が卓上に達すれば。
「そうだな」
もう一つの声が答えた。始めにした女性のものよりも低く、男性のものだ。
気まぐれにグラスを傾けながら、艶やかなドレス姿の彼女は向かいを一瞥する。
「あら。貴方も嬉しいのではなくて?」
分かってるのよ?と、促す響きだ。
「それはそうだが、今度は奴らの後処理が面倒だ」
「…ああ、何だかあったわねえ。色々と」
彼が言っている内容は理解できる。
長い争いを経て、ようやく数多の粛清を以て事態が収まるというところだ。それなのに掘り起こされるはこちらに都合の悪いものも多くて、…思えば確かにこれからも「面倒」そうだった。
それには心から同意だと目を細める。しかし。
「でも、よく考えましょう?」
「何をだ」
「あの子のことよ。最後に使えそうだと思わない?」
心から笑う。ゆったりと。
すっと撓んだ目元にこちらの意図を読み取ったのだろう。やや呆れたように言われてしまった。
「お前…、本気だったのか?」
「本気よ。貴方だってわざと無視しようとしたわね?私のことなんてお見通しなんだから」
昔から何だかんだ、自分の思いつきに協力してくれたくせに。
「今回だって私の功績は大きいはずよ。そんな功労者の提案をふいにすると言うのかしら」
つれないわねと。テーブルに片肘をつき相手の瞳を覗き込む。
そう責めてみせれば、果たして。
「…仕方ない、乗ってやる。そのかわり途中で文句は言うなよ?」
はぁ、と吐息の後に望む言葉を引き出せた。
「ええ。……ふふっ、やったわ。頑張ったかいがあったわ…」
緩む口元が止められない。艶めく紅の間からつい白い歯を覗かせるほどに。
だって楽しみだ。とても。
「ねえ、貴方も楽しみでしょう?」
「ああ…まあな」
こちらを眺める瞳の中にも同じ感情がちらついていると分かる。
闇にあっても輝き絶えぬ野心の象徴。
見る者を虜にする、純粋な赤よりも紫味を帯びた深色。
紛れもない同族の証だ。
「私達の血族ということになるわね」
「だな。相当血は遠かろうが繋がっている」
「ああ…いいわね。私一度で良いから妹と遊んでみたかったの」
鏡のような双眸を見つめながら弾む心を抑えきれない。
遠き地に現れたその存在を知ったのはここ数年のこと。まさか会いまみえる日がやってこようとは。
「まずは父上に相談だろう。どうなることか」
なにせこんな提案は両者にとって史上初めてのものだ。
しかし少しでもこちらが折れるとなれば、最低でも興味を示さずにはいられまい。
「心配なんて忘れましょう?私達ならできるわ」
有言実行は得意だ。彼も己も。
築いた栄華は我らの全て、唯一無二のこの血と共に。
笑み、二つの手が自然とグラスを掲げる。
そうして夜更けの密やかな会話が止むと、卓上ではカツン…とお互いを讃える音だけが響いた。




