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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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14章 (3)

 ギッ…と音を立て、二人を乗せた車は十分もせずに止まった。


 ライナスに促され、フェルシアはありがたく外に出る。

 扉を過ぎようとすれば今度は従者が手を差し出していた。確かに乗る時はライナスにエスコートしてもらったが、今は学生姿だからと心の内で言い訳して一人でタラップを降りる。


 すると。


 背後で靴音がして、やや驚いた彼女は振り返る。


「…ライナス様?」


「どうした?行こう」


「先にお帰りになりませんか?少し時間がかかると思いますので」


「いや、どうか俺も一緒に行かせてくれ。駄目かな?」


「…とんでもありません。ありがとうございます」


 良いのだろうかと思いながらもすぐに頷いた。やはり今日という出来事を前に、彼にも思うところがあるのかもしれない。


 降り立つ目の前にあった蔦模様の鉄門をくぐり、整然と並んだ石畳の上を進む。


 低木を通り過ぎているとコツコツ…と規則的な音が二人分響いた。それを心地良く聞きながら、相変わらず静かで緑の多い場所だと思う。


 見上げれば空を覆う鮮やかな夕焼けが。

 お互いの間に会話はないけれど…、穏やかなこの雰囲気がとても好きだ。


 やがて足元の響きが変わり草地を踏みしめるものになると、二人はやや傾斜のついた丘を登り始めた。次々と通り過ぎる合間には、秋風に吹かれる秋桜コスモスが可憐に揺れている。

 きっと花の少ない秋でも楽しめるようにと、誰かが種を撒いていったのだろう。


 優しい色彩と緩やかな風、夕空に映える巻雲、そして喧噪(けんそう)の遠い静けさ。


 それにやや目を細めながら、フェルシアは斜面の終わりへと歩き続けた。


 …実は一昨日に初めて訪れた場所だが、今日も感心してしまう。あまりに穏やかで優しい空間だと。


 ぎゅっと手元を握れば固く冷たい感触がして。

 それを確かめた彼女は、ややあってその足を止める。立ち止まってみればいつの間にかライナスは自分の一歩後ろにいた。

 そのことへ敬意を払いながらも制帽を外し、すっと両の膝を折る。


 足元に並ぶ薄い石板へ向けて。


 両手を組み、目を閉じて視界を閉ざしながら。


 祈る。



「……父様、母様、兄様。また来ました」



 彼らの限りない安息を、天にあるこの上ない幸せを。


「見て下さい、今日は学院のトーナメントで優勝できました。四連覇です。来月には卒業できましょう」


 膝の前に置いた記念杯が夕陽を受けて輝いている。届いて欲しい、この光も。


「それに…私はいつの間にか、たくさんの方に応援を頂いていたようです。今日までの奇跡に感謝せねばなりませんね」


 この夏までの自分に伝えてやりたい。

 もっと周りを見て欲しいと。…とても難しいだろうが。


 そうすれば気付けたかもしれない、誰かの応援に。

 気付かずとも挨拶くらいはできただろうか。今だからこそそう思う。


(…この二ヶ月が。ライナス様達の協力があってこそ、今の私がいる)


 彼らの存在なしでは、今日を素直に喜ぶこともなかっただろう。

 本当に感謝致します、と思いを馳せた。



 あれから。

 ゾエグ公爵領立ち入りの日から早一週間が過ぎた。


 まず、命を狙われていたとされる現王は順調に回復中だ。

 今日の表彰式にも姿を見せたので、これは真実であるほかない。


 それと同時に王宮へ戻って来たリチャード王子。彼も危険は去ったと見て徐々に公務へ復帰するらしい。

 フェルシアを釣るためも兼ねてはいたが、その不在は身を守るという理由が主だ。隠れ続ける由もない。

 王妃が独断で動こうとしていた件についてはまだ調査中だ。


(そして…これからあの男の取り調べが始まる。いずれは裁判も)


 最終的に拘束された、ゾエグ公爵を筆頭にした近親の複数人。


 全ての罪を鑑み、一味には厳しい追及と刑罰が架されるだろう。これはただの希望ではなく国法と判例を照会すれば導ける推論だ。


 フェルシアもこれから事実確認や証言といった協力を求められており、当然了承している。


 徹底的にやるべきだ。そのためにはどんな協力も惜しまない。

 あの時、自分がゾエグ公爵の首から退いたのはそのためなのだから。



 邸宅から持ち帰った資料で分かった。やはり主任研究員の男が暴露した内容は正しかったということが。



 ゾエグ公爵は信じていたらしい。


 グローリーブルー一族がセラン神の末裔で、その血には莫大な価値があると。



 研究し、その能力を自分へ発現できるようになれば夢のようだと思っていた。


 今はもう失われた神力や浮遊能力はともかく、高い身体能力や瘴気耐性、それらを突き詰めれば『長命の特効薬』になると、誰かにそう告げられたと。

 その詳細についてはこれからの尋問で明らかになるだろう。


(本当に私に神族の血が?そもそも『薬』って、誰に言われたの…?)


 それに長い間秘されていた一族の内部事情が流出した経緯も不明だ。

 知っていたのは代々の国王のみであったらしいが。その国王も服毒で長い間弱らされ、彼がゾエグ公爵に教えたわけではないとのこと。


(やっと踏み出せたと思ったのに、まだまだ分からないことだらけね…)


 八年前に森から溢れ出た魔獣についても疑問が残る。

 当時の調査では北国の細工痕はないと結論付けられたが、ゾエグ公爵の介入を考えればそれだって不確かだ。


 …しかし樹海と呼ばれるほどに危険な場所で、工作するような命知らずがいるだろうか…?



 ふと、背中にやや強い風が当たる。

 ゆっくりと目を開いたフェルシアは、そこに掘られた文字を再び眺めた。


『ブレンドン・グローリーブルー』

『アリシア・グローリーブルー』

『ブラッド・グローリーブルー』


 …と丁寧に彫られた綴り。

 それぞれの名前の下には安息を祈る一文が添えられている。


 いつか己が領地に行くまで。しばらくはここが…この静穏な地が愛しい家族の居場所だ。

 静かに想いながら彼女は最後にと告げる。


「リーシャ姉さんはまだまだ療養中ですが、いつかまた皆でお会いしましょう」


 では、また来ます。


 そう残して振り向けば、後ろには思った姿がある。

 しかし驚いたことに彼もまた膝をついていた。同じく脱帽する格好に胸が苦しくなる。


「…もう良いのか?」


「はい。……本当にありがとうございます、ライナス様も」


「俺も報告があったから気にしないでくれ。昔一度だけブレンドン殿に指導して頂いたからな」


 聞いたことのある話だった。


「あ……そうでした。父とはどこで?」


 ふと振り向いただけがすっかり興味深々である。

 以前彼に相手をしてもらった際教えてもらったが、そういえば詳しく聞く暇もなかった。


「うちの領地近くの駐屯地で偶然にな。…それで、散々負けた後に言われたよ、『うちにもっと才ある子がいる』と」


「ああ…それはきっと兄のことですね」


 ライナスが苦笑し「負けた」と口にする不思議さと、父への強い羨望を同時に抱きながら、フェルシアの脳裏には己に似た青年の姿が蘇る。


「私、とうとう兄には一度も勝てませんでした…」


 そうしてまた思い出す。

 持ち帰った資料を読んでいて発見し、何度も読み返した箇所を。


 主任研究員の話は虚言で、本当はまだ生きているのではないかと、願う己に突き付けた。

 『死亡のため処分。』……そう記された末文を。


 あれでやっとフェルシアは理解した。


(私は…どこかで分かっていたのかもしれない。それでも…)


 あの夜の変わり果てた姿を知っていても。


 生きていると信じたかった。また会えるだろうと。

 再びいつかのように笑い合えると、ずっと祈っていた。


 乾いた草地がそよぐ視界の中で。

 想う。彼の立派な心を、未来に溢れていた生を。


 かすかに震える目元を瞬かせる。


 もう一度会いたかった。抱き合って、また明るい笑顔と()を感じてみたかった。

 だってそれは彼にしかできないことだ。


「勝ち逃げ、されてしまいました」


 そう言って、持ち上げた杯をぎゅっと抱え直す。すると。


「…そうかな」


「……?」


 小さな呟きに顔を上げる。

 そこには深く穏やかな瞳があり、わずかに首を傾げる己が映っていた。


「君にも充分才がある。お父上は君のことも指していたんじゃないかな」


「それは……」


 力強い声は、絶対にそうだと信じているようで。

 聞いていると安心する。


 彼が言うのならば、不確かでもそうだと思いたくなる。



「……そうであればと、願います」



 きっとそうだ。彼が言ってくれるのなら、信じるのならと。

 自分も父に期待されていたと思って生きられる。


 その言葉は泣きたくなるほどに優しくて、フェルシアはゆっくりと立ち上がった。


 …風が涼しい。目元の熱が(さら)われてゆく。


 続く気配を背に感じながら、彼女は眼下の景色を見渡した。


 この丘、墓地の続く向こう。低い鉄柵の下。

 そこには王都の街並みがあった。喧噪こそ届かないが、夕方の活気を示すようにちらほらと蝋燭が灯り始めている。


 遠い果てまで広がる空の下、繰り返される営みの平穏な光景。

 …それが美しいと、今は素直に思える。


 以前同じものを見ながら鬱々としていたことが懐かしいくらいだ。

 感傷を残しながらも、自由に移ろう風のような心地でそう思えることが。


 素敵だ。


 この景色が、空気が、胸に宿る気持ちが。



 ―――……彼のくれたこの世界が。



  また目を閉じ、湧き上がる感慨に全身を満たしてから。

 スッと赤青を露わにしたフェルシアは、少しの間その街並みを眺めていた。


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