14章 (2)
…ガラガラ…ガラガラ…
自分が歩けば、次々と振り返る生徒達。
…やっぱり注目されることは苦手だ。内心はそうたじろぎながらも、淡々とした態度を装ってフェルシアは前に進んでいた。大した重さではないが、予想外に膨らんだ荷を零さないよう慎重に。
間もなく、夕焼けの迫る校門が見えてくると。
(あれは……!)
黒い鉄門の横にとても見慣れた姿…と、記憶に新しいそれを認めて息を飲んだ。
と同時にあちらも気付き、ひらりと手を振られる。
「…おお、来たな!」
フェルシアは反射的に全速力で走り、すぐにその人物の前に来ると軍靴を揃え直立した。
「ご無沙汰しております!恐れ多くも、元帥閣下におかれましては…」
「はは、まあまあ。適当にしてくれ。俺はただ君の顔を見に来ただけさ」
彼女がビシッと敬礼した先で豪快に笑うのは体格の良い男性、ミゲル・ガーランド国軍元帥。
「適当に」とは言うけれど。今日の彼は、数年前に見た際と同じく正装をしていて、青い詰襟に飾られた徽章と厚い外套を羽織った姿には完成された迫力があった。
しかし一体どうして、と疑問が湧く。
今日、確かに彼はトーナメントを観覧し、唯一の出番である表彰式を終えた。数時間前に手ずから贈られた金杯は今置いてきた台車の中に収まっている。
だからすでに帰ったものと思い込んでいたのだが…。
「そうそう、フェルシア。あんまり固くならなくて大丈夫よ」
もう帰るところなんだから、と付け加えるその声は。
「ルルリエ先輩。ご無沙汰しています」
「ふふ、今日も大変だったわね。優勝おめでとう!」
元帥の大きな背中からひょこっと覗いたのは、茶髪の小柄な女性、ルルリエだった。
ゾエグ邸立ち入りの直後に会った以来だが、こちらを見て大きく笑む表情は相変わらず温かい。
「…フェルシア、連覇おめでとう。長い間よく頑張ったな」
すると隣からすっと手が差し出される。
ライナスだ。先ほど、遠目でも一番に気付いた姿の持ち主。
「ありがとうございます。ようやっと少佐の栄誉に続くことができました」
引き寄せられるように頼もしい掌を握ればとても満たされる。ああ、自分はやったのだと強く思った。
ただただ義務感で勝ち上がるだけでは、こんなにも深い喜びを抱くことはなかっただろう。
「ずっと応援を頂きまして、本当にありがとうございました。とても励みになりました」
また深く頭を下げる。今は感謝を示すことしかできないが…とにかく最も伝えねばなるまい。
「言っただろう?君なら優勝できると。俺はただ見ていただけだよ」
「それならば、見守っていて下さったことに感謝を申し上げねばなりません」
「ふ……それは…、見ていただけで感謝されるのか?喜んで良いのか分からないな」
どうしても言わねば気がすまない。その意志を感じ取ったのか笑われてしまった。やっと伝わったかと、それをふわふわとした心地で眺めていると。
「おいおい、俺を忘れないでくれ。…ライナス、お前もやるなあ」
「閣下」
「さっきも言ったが、優勝本当におめでとう。見事な試合だったな」
割り込んできた太い声に向き直れば、改めて祝辞を受けたので驚いた。
「恐縮にございます。自分などまだまだ未熟者です。御前で至らない様を見せてしまいました」
「いやいや、そんなことは全くないぞ!この学院で君のような人材が育っていると知れて良かった。さすがグローリーブルー家に連なる者だな」
「!」
驚いた。ここで家名が出たということよりも…。
(私を、家門の人間として認めて下さっているの…?)
我が領地に残った爪痕はつい八年前のものだ。きっと彼にとっては記憶に新しいだろう。
軍籍だった自分の父や、その親族達の姿も。
勇敢で強く誇り高い、自分にとって憧れの。…その一人として?
「…誠にありがとうございます。これからも精進致します」
言った通り自分は未熟だ。剣の腕も、精神的にも。
…まだまだ成長の余地があると思えば、前向きになれるだろうか。
父や兄に並んだとは到底思えないけれど…その榛色に滲む想いを確かに受け取り、フェルシアは礼を述べた。
「その調子だな。それで、これからはうちで……痛い。何をする」
「元帥閣下?そろそろご帰宅のお時間かと思いまして。奥様がお待ちなのでしょう?」
声が不自然に途切れ、見ればその孫娘が笑顔で見上げていた。…何だか有無を言わさぬ圧を感じる。
「え?ああ……そうだな。ではルル、帰ろうか。また会おう、グローリーブルー嬢!」
「フェルシア、今日は本当におめでとう!またね」
「あ…お二人とも、ありがとうございました。お元気で!」
やや慌ただしい二つの背を敬礼で見送った。
ライナスにも暇を告げ、元帥の背中が馬車へと押し込まれる光景は見ていて微笑ましい。きっと仲の良い家族なのだろうと想像に容易くて。
羨ましい…、ついついそう思いながら動き出した車を眺めていると。
「俺たちも帰ろう。荷物はこれだけでいいのか?」
「あ、はい、………!?」
振り向いたフェルシアはぎょっとした。何故って、彼が手にしているのは…。
「す、すみません。自分で持ちます」
いつの間に移動させたのか、なんとライナスが例の台車を手にしている。
元帥に驚いて手を離したので、少し距離があったはずなのに…どんな早業だろう。
彼に持たせるなんてとんでもない。そう思ってすぐさま手を伸ばしたのだが。
「いいよ。快挙を成し遂げたんだ、今日ぐらい楽にしていると良い」
「そんな……」
はっきりと断られては食い下がることもできずに。
どこか面白げな表情と共に、かくしてフェルシアは上官に荷物持ちをさせてしまったのである。と言っても邸の馬車に到達するまでの短距離だが。
(な、なんて恐れ多いの……!)
当然その間、彼女は全く落ち着かない。
悩んだ。やはり無理にでも取り返すべきだったかと。
人として尊敬するのみならず、公人や私人としても遥か遠い人に、とんでもない不敬ではないかと。
(いえ、でもご本人が申し出て…じゃあ何と言えば良いの?贅沢?無駄使い?…あ、いえ、ライナス様に『無駄』だなんてそれこそ失礼で……!)
何にせよ心臓に悪い。
長いようで短い距離を延々と考えていると、やっと馬車に辿り着く。
そうして待機していた従者にやっと荷物が引き渡され、フェルシアの動悸は治まると思いきや。
流れるように促され、なんと車に乗る時もその手を借りてしまったのだ。一体この特権はどこまで続くのかと、続いて冷や汗まで流れそうになった。
お互いの手が離れ、ようやく落ち着きを取り戻していると低い声が尋ねる。
「そういえば、帰りに寄るんだったな?」
「…はい、よろしくお願いします」
フェルシアは座り直しながら答えた。
日も沈む時刻だが己にはまだ大切な用事がある。それはこの祝杯を得た今日こそが相応しいと思うから。
「すぐに着くよ」
心地よい響きの直後、御者のかけ声で街並みは静かに流れ出す。
すっかりオレンジ色に染まる景色はとても穏やかで…。
何故だろう、いつか彼と過ごした夕暮れの町を思い出した。




