14章 もう一度(1)
ヒュオオオ…と、全身を風が打った。
それは足元からも巻き上がり、煽られて。周囲でうねるように舞った砂埃に、左腕で顔を庇った。
対する相手も同様の仕草をして、それをやり過ごせばまたこちらを見据える。
突風はすぐに止み、晴れた視界でその視線を受け止めた。両者の間に譲る気配は全くない。
その様子を確認してから、声高に合図が下される。
「始め!」
始まった瞬間、フェルシアは走り出していた。あっという間の動きの先で二本の剣が交わる。
「っ!」
押し負けぬよう数拍で相手の刃を流し、先を払う。ざわめきが遠く聞こえた。
お互いの一挙手一投足へと注目が集まっている。周囲の、観覧席の。
今年も終わりそうな十一月末、今日は最終日だから。
集中して向かいを見た。
これまでに三回は越えた山場が、今日はなおのこと特別に感じられる。
やはりここ最近の目まぐるしかった体験のせいだろうか。
相手の付きをいなし、身体を反転させて。咄嗟の動きに対応が遅れた隙へと入り込む。
駆けながら、木の葉の舞う中軽々と封殺されたことを思い出す。あの時は本当に底が浅かったと思い知らされて。
自分は本当に視界が狭かった。けれど苦しくとも学院で学び、魔獣を討伐して得た経験も必要だった。
成長したい、まだまだ満足なんてしたくない。
この好奇心は生来のもの?それとも彼と出会って芽生えたものだろうか?
考えてみるが、どちらでも良いと思えた。…この国どころかこの世にはもっと強い人がいて、たくさんの景色があって。きっと、見たことのないものがたくさんある。
広い世界で生きたいと願う、それにやっと気付けたのだから
(…そうあるべきと教えてくれた、貴方に捧げます)
「く………ッ!」
目の前に迫った体が引くように避けられて。それへ吸着するかのように踏み込んだフェルシアは、振り下ろされた刃をさらりと躱す。
そして突き付けた。相手の喉元へと、白く輝く切っ先を。
すると、辺りはシン…と静寂に満ちて…。
「勝者、フェルシア・グローリーブルー!!」
バッ、と掲げられたのは自分側の旗。
それを見て知る。
優勝した、剣術トーナメント本戦に。
遅れて、ワアアッ…と歓声が巻き起こる。鳴り響くラッパやチェロの演奏に、頭上から舞い散る紙吹雪。この無骨な訓練場に不似合いで何とも華やかだ。
慎重に刃を降ろし、見上げた先には降り注ぐものに似た明るい笑顔があって驚く。学生も一般観覧客も、教官達も…皆思い思いの様子だった。
不思議だったが、きっと四連続優勝という珍事に立ち会えて嬉しいのだろうと結論付ける。
すると視界の端で動くものがあって、彼女は小走りに移動した。
フェルシアが向かう先には例の試合相手が立っている。そうして彼の横に近付くと、ぎょっとした顔をされてしまった。
気付いていながらも真っ直ぐに目を見て話しかける。
「あの。…ありがとうございました」
声をかければ、小さく「え……」と呟きが漏れて。
「私達、今までにも何度か手合わせをしましたが…。今日も良い試合でした」
「あ、ああ。いや。こちらこそ…ありがとう」
素直にそう言えば、やはり相手は戸惑っているようだった。当然だ。今まで無言で去っていた己が急に話しかけてきたのだから。
というか覚えていたのか、とでも言いたげな視線もあり少し申し訳なくなる。
「はい。では」
咄嗟だったのでほかの言葉は思いつかず、短く述べて去ろうとした。が。
「なあ、グローリーブルー!…四連覇おめでとう。これからも頑張れよ」
「…ありがとうございます!」
背にかかった祝辞へ思わず弾むように返事をしていた。素直な気持ちのまま。
お祝いの声第一号だ。
小々浮かれすぎてしまったが、本当に嬉しかったのだ。
またもや驚く気配を背にして指定の位置につく。遅れて追いついた相手と敬礼を交わし「ありがとうございました!」と言って今度こそ二人は別れた。
観覧席の下を抜けて退場しながら。
フェルシアはとてつもなく感慨深かった。まだ今から表彰式や後片付けがあり、卒業でさえまだ一ヶ月先だと言うのに。
内心もう全てが終わったような気分になっている。
なぜなら四年を賭けた目的を達成したのだ。やりきった、という大きな充足で全身が満たされていた。
次に出場者の待機室を過ぎようというところで、何人かの生徒がこちらを伺っていることに気付く。
それでも彼女が歩みを止めずにいると、擦れ違う瞬間にその内の一人が口を開いた。
「…あの!グローリーブルー先輩…!」
「はい…?」
ぴたりと立ち止まる。
制服の徴と言葉遣いからして下級生だ。そこでやっと視線を降ろし、相手が持っている何かが目に入った。これはまさか。
「優勝おめでとうございます!これ受け取って下さい!」
「…わ、私も!先輩、四連覇おめでとうございます!!」
初めの男子生徒を皮切りに、我も我もとその場に待機していた生徒が押し寄せる。
既視感のある状況だがここは学院だ、呆然としてしまうのも仕方なかろう。
「おめでとう。結局お前がずっと強かったなぁ」
「連覇おめでとう。これ食ってくれ!」
下級生ばかりかと思いきや、違った。いつの間にか同級生の姿もある。
(これは……?)
異常事態だと慄き、試合とは違う緊張感が彼女を襲っていた。
彼らが何をしたいのかは見ての通り。そう考えれば理解は早いのだが…。
自分は入学時を境にほかの生徒との接触を避けてきたし、周囲も近付いてはこなかった。ここ二ヶ月など、そもそも学院にいることすらほとんどなかったというのに?
それか、今週に入ってゾエグ公爵の事件について速報が流れ、社交界に激震が走ったことも関係しているのだろうか。あれから学内で向けられる視線も全く違うし、この数はそちらの影響もありそうだ。
考えている間も次々と贈られる花束や装飾箱があり、口は礼を言うばかりだ。
「ありがとうございます。…あ、ありがとうございます。喜んで頂けて光栄です」
一人の女生徒が寄ってきてまた花束が差し出された。白と青い花を小綺麗にまとめた、少しセラン・ブルーに似た印象だ。
「先輩、おめでとうございます!実は私ずっと応援しておりました。中々お話することはありませんでしたが、先輩は女性なのにどの方よりもお強くて、いつも勇気をもらっておりました…!」
「え………」
「短い間でしたが同じ学舎で学べて幸せでした。どうかお元気でお過ごし下さい!」
あ…まだ、卒業ではないのにすみません。そう呟き苦笑する彼女の瞳はとても輝いていた。その後こちらが礼を言えばそそくさと去っていく姿をぼうっと眺めながら。
気付けば両手の荷物は山のようにまとめられていた。不思議だ。始めは数人だと思ったのに、次々と現れるものだから…。
というか。
(ただ、優勝のことだけじゃなかったの?)
先ほどの女生徒の言葉もだが、ほかにも思いがけない内容が多かった。
「去年、演習で助言をくれてありがとう」や「先輩が剣を振るう姿を見て感銘を受けました」、「先輩がいつも図書室で勉強する姿を見て頑張ろうと思えました」と。
自分では普段通りにしているつもりでも、人によっては何か感じるものがあったことに。
驚いた。ずっと評判も印象も悪かっただろうに、この機会とばかりに立ち寄ってくれた勇気が眩しい。
あと一ヶ月、それがフェルシアに残された学院で過ごす最後の時間だ。
短い間でも、こんな風にここで学ぶ仲間として認められたのなら。
堂々と卒業してゆくのが想ってくれた人々への礼儀ではないだろうか。
そうして決意を新たにし、小盛にされた花や物を感慨深く眺めながら。とりあえず一旦教室へ戻ろうかと、考えていると。
「あの……」
その控えめな声音は聞き覚えがある。同級生の女生徒だろうか?そう思って振り返ると。
「よかったら、これ使う?」
見ると同時に示されたのは小さな台車だった。
その上へと一つ乗せられた彼女のプレゼントも込みで。




