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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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13章 (3)

「こちらは国軍だ!全員両手を上げろ!」


「止まれ!投降しろ!」


「も、もう軍がこんな所まで……!」


「ヒッ…!助けてくれ、私は何もしていない!お願いだ!」


 階段を降り切ってすぐに踏み入れば、薄暗い室内は阿鼻叫喚の様相となった。


「何もしていない…!ほら、手を挙げているだろう!?」


「お前今何か隠したな、見せろ!」


「うわっ!それに触るな!貴様これに何年かかると思って……ヒイィッ!!」



 こちらの青い姿を見てすぐに立ち止まる者、台の下に潜る者、更なる奥へと走っていく者…と反応は様々だ。最も多いのはすぐに投降姿勢を取るタイプで、二番目に隠れようとする姿がそれに続いた。

 それらへとすぐさま走り寄った隊員達が四肢や襟元を引っ掴んで確認していると。


「第一分隊はこの部屋に残って出入口を見張れ。ほかは私に続け」


「はい」


 短く指示されてフェルシアも続く。どのみち自分はライナスの真後ろが定位置とされているので、どの隊が指示されようが彼と離れることはない。


 ここに残る隊は地下出入口から周辺の拘束や探索を担う。

 そしてまた駆け出した自分達がすべき事は、被験者の捜索や研究資料などの確保である。


 整然と並んだ細長い机の上、ごちゃごちゃと乱れた間を走り抜けながら考える。

 重要なものであるほど奥へと安置されるはずだ。ここ、階を降りたばかりのスペースは、ただ廊下を兼ねた休憩室や食堂のような雰囲気である。所々置かれた紙束は適当に持ち込まれた一部に見えた。


 フェルシアは昨日告げられた話を思い返す。


 尋問の結果アランは身内でありながら多くを知る立場になかったと、説明してくれたいつもの流麗な声を。


 三日三晩問うたものの大した内部情報は得られなかったらしい。ただ、供述により邸内の構造と研究施設の出入り口は明らかになった。

 こうして踏み込みから迷わず地下まで来られたのはそのためである。そして…。


(『代替品(スペア)』って、何のこと……?)


 フェルシア達姉妹の扱いについて尋ねた時にそう零したらしい。それが指すは……姉リーシャだとも。


 それは本来の存在がほかにあることを表わす言葉だ。

 さらに問い質したが詳細は不明、自分はただフェルシアを娶るよう命じられただけだと、そう言い募るばかりで後は何も言えなかったらしい。

 そう淡々と告げる表情は苦々しげで。きっと聞かせられないような酷い供述もあったのだろうと、彼女は何となく察した。


 アランが自分達をどう言おうが今更だが……ライナスに対してはやはり申し訳なかった。

 誠実な人だ。ああして打ち明けるにも悩み、言葉を選んだだろうから。己ができたといえば少しでも表情を変えない程度であった。


 それでも、例の三文字を聞いた瞬間は得も言われぬ怖気がした。

 気付いた彼に「何か知っているのか?」と問われたが、答えを持っているわけもなく。


(……私は知らない。なにも、何も知らない…分からない)


 繰り返した。そう自覚していると、まるで言い聞かせるように。


 床上で割れた栞。

 あっけなく壊れてしまった、あのことに不吉な意味はないと…無意識に願った。



「二名ずつ、左右に別れろ」


 鋭い声。目前の現実へと真っ直ぐ引き戻される。


 狭く、身動きの取り辛い空間が長く続いていた。

 しかし廊下を駆ける間も扉から覗いた者や、慌てて走る背中を続々と引き倒して。それぞれが別れる先を制圧しにかかれば少しずつ隊列の規模は小さくなっていく。


 子供の頃には気付けなかった、ずっと己の足元に広がっていた闇へと。


 足先で薄汚れた白衣を払うと「ぎゃっ」と短い悲鳴がした。そうして後ろ手の拘束をやってきた隊員へとすぐさま引き渡してから。


 進む、進む。

 頼るべき背を目指して。


「フェルシア、大丈夫か?」


「問題ありません」


 目を合わせて頷く。わずかな灯りの中でも、確かにお互いの意志が感じられることへ安堵する。


 やがて長かった廊下は終わり、一行の正面にはほかよりも頑丈そうな作りの扉が並んだ。


「ここは…。右から入るぞ」


 その声に従って次々と扉を開けていく。合計三箇所の内、並んだ二枚の内部は同様の造りで、どうやら部屋自体は二つのようだった。

 片方の扉から慎重に踏み出したフェルシアは暗い室内を見渡す。


「…………」


 ここは資料庫らしい。


 視界に映る調度品は殆どが書架だった。

 間に書籍や紙束がぎっしりと詰め込まれ、空間を惜しむかのように天井ぎりぎりまでの高さ。それらがずらりと並ぶ様は圧迫感が強く、通路も狭いので歩きにくい。

 合間にかけられた燭台が細々と周囲を照らすものの、陰影は濃く、室内は不気味な雰囲気が漂うばかりだった。


 ふと、かすかに気流があることに気付く。見えないが通気口でもあるのかもしれない。


 足音を立てずに、自分の倍の背丈はあろうかというそれらを、背表紙を眺めながら通り過ぎた。


 古の神々、王国建国史、セランの生態とその効果について…と。

 求める研究記録ではなく、文献替わりなのか、民間発行も含めて並んでいる書籍たち。けれどその中で頻繁に目につく単語といえば。


(『神』と、あとは『セラン』……?)


 不可解だった。

 ここは人体実験が行われているおぞましい場所だ。この二つが与える印象とは場違いに思える。


 それに神とはまた意外が過ぎる。


 昔話に多く登場し、人類を超越した能力をもつと語り継がれる存在だ。

 実在したのは古代、このロドグリッド国が開かれるよりも遠い昔の話らしいが……それが事実かどうかすら分からないぐらいの不確かな存在なのだ。

 だから一般的にはただの偶像に過ぎない。フェルシアも漏れなくそう思っていた。


「あ、これ………」


 時の許すかぎり視線でなぞっていると、とある背表紙が目に留まった。

 正に今、己が注目する単語がタイトルとして並んでいる。


『セランの効能と神力についての考察』


 ようやっと手が届く場所から慎重に、少しずつそれを引き抜いた。

 こんな所に罠があるとは思えないが…、念のためである。果たして、その古い布張りの本は大人しく白い掌に収まった。


「フェルシア?何かあったか」


「いえ、…少し気になって」


 読んでみますと言えば、頷くライナスもほかをざっと確認しているようだった。

 この緊急時にすぐ重要なものを判別できるわけではないが、今は少しでも情報が欲しい。「隣に行け」と指示されて隊員達が散って行く中、彼女ら二人は室内に留まった。


 フェルシアが簡易的な装丁をパラパラ…と目次の位置まで開けば。


(セランの名の由来とその分布、魔除けの効果と浄化力、その使用法と毒性…。これは……?)


 やはり予想だにしなかった文字の羅列へ瞠目する。…浄化力?毒性…?

 セランといえば魔除けや染料としての用途しか知らない。それ以外にもあったのかと、強く興味を惹かれるまま次々とページをめくった。


『セランの花。その由来を詳しく知る者は存在せず、明確に言及した記録も存在しない。しかし現存する複数の古書や外国史、その特性を参照するにフィール、かの戦神セランとの関連性を指摘したい。』


 男神フィールは北にある隣国の言葉。

 そして戦神セランとは初めて聞く名だ。突然の外国語に加え、見慣れぬ名前に謎が深まる。


『偶然の可能性を除けば、その名に両者の関連性を抱くのは無理からぬ話である。何故なら花の分布は最後にセラン神が降り立ったとされる地を起点としているからだ(※文献参照)。その時を境に現れた青い一株は瞬く間に分布を広げた。そうして魔を払った彼の地は繫栄に導かれ、現在のロドグリッド建国以降はグローリーブルー伯爵家領地と名を変え現存している。』


 どきりとした。正に己の家名だと、恐る恐る続きを読む。


『花の用途として代表的なのはやはり伯爵家の取り扱いであろう。彼らはその効能をも利用して魔を制して来たのだから、青きセラン・ブルーの家紋に何とも相応しい』


 (そら)(いろ)を背景に咲き誇るは、栄光のグローリーブルーで染め抜いた五枚の花弁。


『過程にて花の抽出液を作成するのだが、それでは魔除けの効果は消退したままだ。しかしそこに最後の材料を混入すれば本来の効能を発揮する。』


 要旨を掴もうと文字を追う。

 するととうとう核心をつくような記述が始まった。



『それは血だ。所持者はグローリーブルー一族の主家に連なる者に限定されるようだが。セランの抽出液と新鮮な血液。これがあればどんな魔獣も腐り落ちる劇薬の完成である。』



「え………?」



 ―――グローリーブルー一族の()



 初めて聞くどころではない。正気でない展開について行けず、掠れた声は暗闇に溶けた。


 自分とて家門の正統な一員だ。

 書いてある通りならば、この身に流れるものがそんな荒唐無稽な変化を引き起こすと?


 これはすでに失われた習慣なのか、それともフェルシアが知らされていなかっただけなのか。


 どちらにしろ想像もしなかった内容であり、この本を最後まで読んだとしても不明な点は多そうだ。

 しかし実際にセランに魔除けの実績があり、その効果を増幅させる方法を知っているので、全くの妄想とも言えない。信じるならば検証する必要はあろうが。


 そういうものだと、ただ受け入れていた事に疑念を促す文章はまだ続く。


『伯爵家が魔を打ち倒すときは必ずそれを刃に仕込んで出かけたという。彼らが通った後は、魔核が砕かれたものはもちろん、溶けたような遺骸が次々と転がった。』


 「魔核が砕かれた」という言及も興味深い。やはりというか。どうやら、筆者は当然の如く我が一族の特性を把握しているようだ。この眼に映る景色のことも。


(…これを書いた人は一体何者なの?どうしてここに所蔵させるに至ったのかしら…)


 本の前後を探ってみるが署名はない。諦めたフェルシアが元のページに戻り、再び文字をなぞり始めた時であった。



 『余談だが、』と始まった次の一文から目が離せなくなったのは。


参照:プロローグ

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