13章 (2)
ようやっと踏み込んだ内部はとても見覚えのある、しかし争いで見るも無残な有様となっていた。
「地下はこちらへ!左の廊下を進め!」
揃って「了解!」と返事をしながらフェルシアも走る。辺りには倒れた調度品のみならず騎士や隊員に加え、少量の血が飛び散っている。
少し似ていた。…あの夜に。
けれど今日は違う、と。
怯みそうな脚を叱咤し振り切るように進んだ。思い出せ。何があってもやりきると決めた。
そうして順調にホールや数々の扉を抜け、邸の一角に辿り着いた時。
「あら、ごきげんよう皆様。お急ぎでどうなさったの?」
場違いなほどに軽やかな声がした。
フェルシア達が立ち止まる先、瀟洒な廊下の突き当りで咲き誇る大輪の笑み。その主は。
「これはこれは…、ミラブル男爵令嬢ではありませんか。なぜこんな所に?」
ライナスから名を呼ばれた女性、華美なダークグリーンのドレスを着たリゼッタ・ミラブルが目を細める。
まるで獲物を見定めるが如く、鋭い気配があった。
「『こんな所』だなんて。オリヴィエ公爵様、ここは気高きゾエグ公爵様のお邸ですのよ。私は恐れ多くも交流のために訪問をお許し頂いているだけですわ」
「領地に招待されるほどの仲とは知らなかったな。…それとも、何か積もるる話でもおありかな?」
リゼッタの眼前にもあちらの騎士達がいるので、ほほほ…、ははは…とお互い仲間の頭越しに不自然な会話が続く。しかし。
フェルシアの両目は女性の右手が握っているものへ釘付けだった。まさか…と凝視していると、視線に気付いた金緑もこちらを捉える。
「…あら、見た顔だと思えば。貴女いつもアラン様に控えているご令嬢よね」
…何度か会った上、初対面に挨拶を交わしたはずだ。しかも「控えている」と、名前すら覚えたくないと主張する嫌味に仕方なく応える。
「お久しぶりです。リゼッタ様」
「いつも陰気過ぎるからまるで目に入らないのよね。ごめんなさいねぇ」
彼女へ毎回パートナーを連れて行かれることも、悪し様に言われることにも感傷の一つすらなかったが、今はその堂々とした誹りに感心すら覚えた。
ライナスという高位貴族の眼前かつ、攻められる側という不利な立場でもその本性は健在らしい。
「…貴女が持っている、それは何ですか?」
「ああ…これが気になるの?面白いわね、ただ学校に行って鉄の棒を振り回してるだけの変な娘だと思っていたわ。これはね」
そう喋りながらかざされるレースの包まれた右手。
名前を忘れたと言うくせにフェルシアの事情をちゃんと覚えているではないか、一々嫌味を言わねば気が済まないのかと。
その場の全員がそう思った瞬間だった。
パァン
響いた短い高音、あっけなくガシャンッと崩れ落ちる花瓶。
丸い穴から立ち昇る細い燻りの向こう、鋭さを孕み煌めく猫目に射抜かれる。
「『銃』って言うの。小さな鉄球を火薬の効果で押し出すのだけど…そうすれば、この距離からでも貴女を殺すことができるのよ」
ねえ、凄いでしょう?
…と言わんばかりにニッコリと輝く笑顔へ。
瞬く間に場の全員が沈黙した。
当然フェルシアも固まり、向かう騎士達も実際の威力を見るのは初めてだったらしい。
また、恐らくこれを見た者全員が同じように思ったのではないだろうか?
(初めて見た。…本当に、もうここまで届き始めたのだわ…)
今フェルシアが思った「届き始めた」とは、物流としての話だ。
噂だけであれば自分も一度聞いたことがあったから。
遠く東方で鉄と火薬を利用した新たな遠距離武器が開発された、と。それはとても飛躍的な進歩で、これからの世界情勢を塗り替えるだろうと。
これで去年偶然目にした記事の現物を見たことになる。剣を振るう者、軍事関係者としても見過ごせない話題に複雑になったものだ。
…ただ、とフェルシアは意識を集中させた。
今はそれに衝撃を受けている暇はない。自分達は早くここを抜けねばならないのだ。
けれどあの鉄球はまともに当たれば重傷確実である。どういった仕組みなのか、必ず何か隙があるはずだと、…そうして一人考えていると。
「…すごいな。もしかして君は公爵にそれを納品しに来たのか?」
問いを重ねるライナスは全く怯んでいない。
不可解に思いながらも、横目でその会話を見守るしかなかった。
「まあ、正解ですわ!…でも残念ながら今日は二つしか持っていませんのよ。こちらの方々にお配りする数も、使い方を説明する暇も残念ながらなくって。思ったよりも貴方がたの無粋な真似がお早かったですから」
本当に驚いてしまいましたわ…と、語るリゼッタはやたらに饒舌だが。それへ騎士達もやや怪訝な表情をしている。
当然だ。ここで多くの仲間に配ってしまった、とでも言えば効果的だったろうに。
「ああそうそう。もう一つはね、ゾエグ公爵様がお持ちなのですよ。こんなものは初めて見たと、私のことをとても褒めて下さって…!ですからあのお方には使い方をお伝えしたのですが…何ぶん練習が足らないでしょう。上手く命中させるのは困難かもしれませんわ」
この私だって、上手く当てるのに何度も練習しましたから、と無邪気な笑顔だ。
今の「ゾエグ公爵は持ってはいてもまともに扱えない」と言わんばかりの台詞に。
この女は何がしたいんだ?と。さすがに据えかねた騎士達が振り返ろうとしたところで。
チャキッ、と。
彼女が手中の漆黒を構える。目標は当然、眼前のフェルシア達。
「……!」
……ではなく。
「ですからね。私、初めて触る方よりは当てられる自信がありますの」
「…はっ……?み、ミラブル様……!」
息を飲み、慌て掠れる悲鳴。
当然だ。味方の銃口が己へと向けられているともなれば。
距離にして二メートルほどだろうか。先ほど実演した花瓶とは倍近い距離があった。…ということは。
「ごめんなさいね、騎士様。その武器を置いて下さる?私のこの指が動いた瞬間に穴が開きますわよ。貴方がたの頭に」
ゆったりと細めた瞳の奥。そこに見えるものは本気だった。
「貴様……!」
十名ほどだろうか。愚かにもそれら全員が振り返って背後へと意識が向いた瞬間。
(今だわ!)
フェルシアが飛び出した瞬間、同時に走り出す影が。
もちろんライナスだ。
「続け!」
その怒号にも似た指示を聞きながらフェルシアが一人目に達した時。すでに隣の長剣は一人を斬り伏せていた。鉄に似た匂い。だが致命傷は与えていないと感じ取る。
一拍遅れて彼女も腕を降り下ろした。滑った刃は赤服の大腿を割き、バランスを崩した相手が倒れる。
そうして周囲でもどんどん敵が倒れ伏し、…気付けば立っているのは自分達ともう一人、ドレスを着た女性だけになっていた。
それを見てまた高めの声が響く。
「…早業ですのね。流石オリヴィエ公爵様ですわ」
フェルシア含む隊員達は伺うような視線を交わし合った。これは結局どういう状況なのか?と。
そうやって全員で訝しんでいると。
「君こそ。助かったよ。まさかここで会うとはね」
「嫌だわ、是非リゼッタとお呼びになって。怖かったですわ…とっても」
そう言ってスッと歩み寄る彼女からライナスが一歩距離を取る。
「あら…相変わらずお冷たいこと。私に対してその様にしていてよろしいので?」
「君ほどに稀有な美しさのご令嬢に私のような朴念仁では勿体ない。良ければもっと興味を持てそうな相手を紹介するが?」
「それも良いですわね…。確かに私は始めから好いて下さる方が好みなので、貴方様は最高のお方ですが、私としましては少し違っておりましてよ」
また始まった場違いな会話はその前よりも赤裸々なもの。それによりさすがに周囲は察した。
リゼッタは今回の件での協力者なのだと。
どうりで彼が銃を目の当たりにしてもビクともしないわけだ。
いつからかは不明だが、お互いの態度からして数度は面識があると想像に難くない。銃の持ち込みも事前に知らされていたのだろう。
そうして、もう目前の脅威はないようだとは分かったものの彼らの会話は続く。
「ところで、怪我はなかったかな?」
「私は問題ありませんわ。先ほどお伝えした通り、ゾエグ公も銃を持っていますので…どうかお気をつけ下さい」
簡単に説明の始まった武器へと一同で注目する。初めて間近で見るがやはり奇妙な形だ。
ここから殺傷能力などととても想像できない。そしてそれを貴族令嬢の華奢な指が扱って見せたことも。
「あの、リゼッタ様。…ありがとうございました」
一通りその話が終わったところで。
フェルシアが思い切って声をかけると、じろりと睨まれてしまった。
「……?」
「貴女……。いいえ、何でもないわ。ほら早く行きなさいよ」
シッシと追い払うような仕草だ、自分は本当に嫌われているらしい。
ライナスに対するとは真逆の雑な扱いだが、会った時からこうなのでもはや違和感はなかった。助けてもらったのは事実なので、自分としては一言でも感謝を言えて満足だ。
「皆、行くぞ」
「はい」
背後からの声へ向き直って意識を切り替える。
もう行かねば。騎士達が震えて伏す向こう、片開きの扉の先へと。
そうしてフェルシアは彼の率いるままに踏み出した。
目指すは、地下にある研究所へ。




