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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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10章 (2)

 薄暗く静かな室内で、目を閉じたまま集中する。


 灯された数本の蝋燭と静謐な月明りが狭い空間を照らしていた。


 その光さえも満足に届かない位置に跪いて。

祈る、祈る。彼女の生を。


(神様、ご先祖様…どうか姉を守って下さい)


 実習最終日の夜、リーシャの面会に訪れたフェルシアはいつものように姉の手を握っていた。

 痩せてなお肌理細やかで美しい肌は透き通って青白く、儚い雰囲気は変わらない。

 強く握り過ぎないように注意してその掌を包み込めば。

 そうすれば、トクトク…と小さな振動が伝わってくる。これは常に自分を支えてくれた音だ。


 けれどもう逃げてなどいられない。

 自分は現実と向き合うべきだ。


 彼女が己を守った結果こうなったこと。

 それでも耐え続け、こうして……自らの生を以て妹を支えてくれたことに感謝しなければ。

 

 生きて欲しい、死なないで欲しいと。延々と縋り続けるだけの願いはとても歪で自分本位だった。

 これからは勝手な希望をぶつけるのはやめて、彼女の勇気を感謝しただ受け入れたい。


 これまで意識のない中でも声が届いていたなら。

 今までどんなに心配をかけたことか。自分が傷つく度に震える妹をどんなに頼りなく思っただろう。加えて大きな不安も。


(『自分がいなくなったら、この子はどうなるのか』って…)


 勝手な想像だ。けれど自分の知っている彼女ならと思うに容易くて。

 ずっと臆病な妹が壊れないために苦痛を耐え抜いてくれたのなら。本当に強い人だ。


 姉妹といっても自分達は全く別の存在であり、こうして必死に生きる姿は、自分とは根本が違う。そのことに早く気付くべきだった。それでもなお支えてくれたことを。

 ここまでしてもらって己が強く在れなくてどうするのだ。


 諦めも否定もしたくない。慈悲深く強い心を、優しい生き様を。

 怯える妹にかけた言葉と、自ら示した真っ直ぐな背中を。

 ありのままの…リーシャの姿。その光が現す一瞬一瞬、全てが愛おしい。


 彼女が優しく頭を撫でてくれた日々を思い返す。

 もう頼りない姿は見せたくない。彼女の…家族との記憶があれば、何も怖くないと言い聞かせる。

 他者を理由に生きるのではなく、生かされた命としてどうするのかを自分は示すべきだ。


 彼女のことが大好きだから。

 偽りなく想われていたと信じるからこそ。


 ああ、ここでなら素直にそう思えるのに。ふっと瞼の下で瞳が震えた。


(…どうして、ここであの人の顔が浮かぶのかしら…)


 姉へと祈りながら、ふわりと浮かんだ真摯な表情。

 どうして急にと不思議だったけれど、やや悲壮になっていた心がほのかに暖かくなった。


 次に彼と会った時自分達がどうなっているかは分からない。それでも。

 こうして姉に向き合う機会をくれた事だけでも感謝したい。考えもなしに最悪の瞬間を迎えれば、感情すら見失っていただろうから。


(本当に貴方は…もう充分して下さいました。こうして私達の間を取り持ってくれたのですから)


 両親と同じだ。彼女も自分の中で生き続ける。永遠に。

 自分が産まれた理由や生きる意味はそれだけでもう充分だ。


 …きっとそう言えばまた「まだ満足するな」と叱咤されるだろう。でも、やはりそう思うのだ。


 八年間、自分が孤独になることだけに怯え、苦しむ姉へ身勝手に縋り続けた末路を変えてくれた。

 そして。


(あの人の目に映った自分を信じられたら、私は…)


 ―――自信。いつからか、頭の中に繰り返し浮かぶ言葉。


 人を頼るよりも難しくて、足りないことすら気付かなかったもの。

 けれどそれが自分にもあると思えば、これから起こる事を乗り越えられる気がするのだ。


 そう思えばまた暖かな気持ちになれた。薄闇の中、冷えかける心を慰撫してくれる存在をも想う。


 その後侍女の声がかかるまでの短い間、繊細な掌に額をうずめながらフェルシアは祈り続けた。



* * * * * * *



 その日リーシャの見舞いを終え、フェルシアが帰宅した頃。



 ゾエグ公爵家館邸の一室にて、一杯のグラスが宙を舞った。

 一瞬の後、ガシャン!!と激情を響かせたそれは、頭を抱えた女性の真横で派手に飛び散る。


「ヒッ…!」


「失せろ!!お前も研究所行きだ!!!」


 酷い雷声が響いた途端、バタバタッと血相を変え走り去っていく人影。あれはこの家のメイド長だ。

 そうして開いたままとなった扉へ舌打ちをしながら、この邸の主であるゾエグ公爵は荒々しく椅子に座った。


「くそっ」


 こめかみに浮き出る血管と、ガシガシと煙草を噛む仕草。

 それだけで彼がこの上なく苛立っているのが見て取れた。そう、誰の目にも。

 いかに公の場では優雅を気取っていようと、自身の領域ともなれば貴族も本性が出るものだ。


 優しさから嘲笑へ。

 慈愛から冷酷へ。


 この男も漏れなくその一人だった。もっとも彼が幼い頃から接してきた使用人からすれば、当然のことではあったが。

 そしてその使用人達も、散々な扱いをされた結果もう残り少なくなっている。今ここで働いている者達はほとんどがここ数年で雇われた新顔だ。旧来の者は辞職や解雇、行方不明になったか、そのどれかだった。


 早く、早く。

 彼のそんな焦りが現状にも顕著だった。


(ついにあいつが死んだ。…そして、あの娘を待つ猶予はなくなった)


 都合の良い存在が消えたことに、悼みなどあるはずもない。

 ただ研究が、目的のための手段が欠けたと苛立ちが募るだけだ。

 そしてまたいくつかの平行する計画を、無謀だと、数々の研究者を慄かせた道を脳内で辿る。


 その想像の果てにある男の姿は、輝いていた。


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