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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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9章 (2)

「失礼します。ガーランドですが」


 続いてくぐもった声がした。それへ答える横顔を見守っていると。


「ああ、少し待て。…すまない、フェルシア。今話そうと思っていたんだが」


「はい」


 その急ぎつつも神妙な様子に目を瞬かせる。


「今からの聴取に、立ち合い兼記録係としてルルリエを同席させても構わないだろうか?彼女にはこの一件の調査にも協力してもらっていて、事情を知っている。もちろん、君の同意次第なので無理にとは言わないよ」


 ああ、と腑に落ちた。


 今からの話はきっと長く複雑なものになる。この場の第三者として、お互いに見知っていて身元の確かな彼女なら適任だろう。記録に残す必要性は最もだし、同じ女性がいるという別種の安心感もある。自分としてもぜひお願いしたい。


「そういうことであれば、私もルルリエ先輩にお願いしたいと思います」


 そう頷いた己の瞳をライナスが覗き込む。

 そうしてちゃんと言葉通りの意味であると、確信した彼はすぐに室外へと声をかけた。



* * * * * * *



「……以上が、あの夜に起こった全てです。その後、気付けば公爵領にて『保護』されていました」



 始めに「君の境遇について確認したい。まずはゾエグ家に入ったところから順を追って話してくれないか?」と請われて。

 落ち着いて思い出しながら、八年前についてを話し終えたフェルシアは一息吐いた。

 知らず知らずに握り合わせていた両手を見れば、少し血の気が引いている。


 こうして人へ話すのは初めてだ。あの夜は街中に警笛が鳴り響いて、飛び起きたこと。無数の叫び声を聞いて、姉と薄暗い邸内をさまよったことを。そして…。


(父様と母様が……死んだことを。兄様も…)


 年月が経ち細部におぼろげな部分はあっても、ほとんどはあの鉄臭さや不気味さと共に鮮明に思い出せた。

 壁中に飛び散った赤、転がる肢体、階下では魔獣の唸り声が響いた。そうして考えれば考えるほどに思った。自分がもっと戦えていたらと。

 諍いの苦手な姉を押し退けてでも、前に立つ勇気があれば。


「そうか……。まだ話せそうか?」


「はい。…ここからも、色々ありましたので…」


 まだ肝心な部分を喋っていない。今のはあの男の所業の始まりだ。

 できるだけ淡々と説明する。横目にもルルリエの顔色まで悪いのが見てとれたが、気丈に耳を傾け手を休めない姿に励まされ喋り続けた。


 ゾエグ公爵家のタウンハウスに移され姉と再会したこと。

 一年も経たぬ内に辺境伯地にまつわる多くの権利について委任させられたこと。

 公爵が辺境伯邸を荒らし、一族の内情について調べている様子だったこと。

 そして己の…グローリーブルーの能力について未だに研究をしていること。


「能力、とはどういう意味だ?」


 しばらく黙っていたライナスがついに口を挟む。

 突然の単語に疑問を抱くのも無理はない。自分だって過去「秘密」だと常々言われ、戦闘時以外で意識することもないものだ。


「うちの一族が、建国前からあの地に住まわっているのはご存じでしょうか?」


「ああもちろん。開国までは自治州のように認識されていたとも」


「はい。あそこは一帯でも特に魔獣の密度が高い地域です。祖先がそこへ流れ着き、大量の魔獣を北の森に追いやって開拓したのが始まりだそうですが。それだけの力が…過去にはあったようです」


 今は薄れてしまったけれど、この身には確かに古き片鱗が流れている。

 まずは目に分かりやすい方が良いかと、フェルシアは首を巡らせた。


「…説明のため、あの(セラン)に少し触っても良いですか?」


 そう示したのは、窓辺に楚々として立ち上がる花弁達。

セランの花。故郷に咲き乱れる美しき安全の証。


 一対の紺藍が瞬いたのを合図に立ち上がった。迷いなく窓辺の鉢へと歩み寄り、「一度しかできないので、よく見ていてください」と座ったままの二人へ声をかけてから。

 久しぶりだ、と少し緊張しながら片手をかざした。懐かしい子供時代の習慣だ、こうしていつも繊細な感触を撫でれば…。


「これは……」


「え……うそ……?」


 この場にある六つの瞳に映り込む光景はとても神秘的で。

 ポウッと、一枚の花弁が青白い光を帯びる。それは白い指が触れた箇所を起点に、スウッと花々や葉の全体へと広がると…瞬く間に消えた。

 周囲へと清らかな余韻を残して。


 内側から輝くような、あっという間の発光が消えればセランは再びただの一株にしか見えなくなった。フェルシアの手が離れて茎ごとしなやかに揺れ戻る。


「お見せできるのはこのくらいですが。これで…」


「しょ、少佐。みま…見ましたか……!?」


「ああ。確かに……光った」


 立て続けに驚きの声が上がる。記録も忘れてこちらを凝視する彼女は、空いた口が塞がらないようだ。


「今のは…どういう仕掛けなんだ?」


 仕掛け、と言われ目を丸くしてしまった。確かに初めて見るだろうし、一目で受け入れてもらえるとは思っていなかった。


「私が、グローリーブルーの者がセランに触れること、でしょうか」


「触れるだけか?」


「はい。詳しくは知らないのですが、こうして一度光れば魔除けの効果が増強されます」


 魔除け。魔とは魔獣を指し、この花を繁らせておけば広く魔獣が忌避する効果がある。小さな頃領民と一緒になってせっせと花畑作りへ出かけたものだ。懐かしい。

 急な珍景に理解が追い付かないのだろう。疑問符を浮かべながらこちらを見る彼らを待った。


「…分かった。そうして代々セランを象徴として用いていたわけか…。しかしそれだけではないだろう?」


 落ち着きを取り戻し、早くも「そういうもの」として受け入れたライナスが顔を上げる。

いわく。


「記録や、父からも聞いている。君達は国内の武家でも異質だったと」


 異質とは、どういう意味で捉えた言葉なのか。彼なら悪し様には語りそうにないが、果たして。


「髪や目といった外見が目立つのはもちろんだが……飛び抜けた身体能力に加え、独自の剣術は魔獣に驚異的な効果があると。そのためにかの地へ封じられ続けており、ひとたび打って出れば異様な早業で魔獣を一掃するのが常だったと」


「…それも、私達に残された古くからの特徴に関係していると思われます」


 普通は手数のかかる局面でも自分達ならば一閃で済むのだから。


「私の、この眼についてですが」


 スッと、フェルシアは己の左眼を指した。

 古き血統を表わす真っ直ぐな白銀の下、そこに映えるは深く透明な青。

 これぞ正にセランを模し、鮮やかに輝く栄光の青(グローリーブルー)


「私が今見ているものはお二人と全く変わりません。ですが…魔獣を前にすれば、違います」


 秘すべき真実を語りながらも不安が募る。

 荒唐無稽だと笑われるかもしれない。己が魔獣を倒すところに出くわしたライナスなら……いや、やはり分からない。同族以外でこの話題に触れるのは初めてだ。


(知っているままに伝えるしかない。でももし…信じてもらえなかったら…?)


 ごくり、と息を飲んだ。信じたい、そう思った己と応えようとしてくれる人達を前に。

 数拍の静寂を経て、青眼を見つめる彼らへそっと口を開いた。



「―――私はこの左眼で魔核を、右眼では魔素を視ることができます」



 言い切った。

 一旦口を閉じれば、やはり鼓動がうるさい。

 緊張している。もしかしたら昨夕と同じくらい心臓が高鳴っているかもしれなかった。


「…魔核を、見る…?」


 低音による復唱が少し遠く聞こえる。


「はい」


「待て。さっきより信じられな…いや、どっちもどっちか……?」


 額に手を当てた彼が戸惑っているのが分かる。珍しい、と隣を見やればルルリエは疑問そのままといった表情で固まっていた。ぽかん、と言わんばかりだ。


「…あっ、魔核って……見えるの……?私、知らなかったわ」


「…見えるわけあるか。俺は聞いたこともない」


 その様相にやはり申し訳なく思う。あり得ない事象なのだろう。


「すみません。信じられない、ですよね…」


「……いや。…なるほど、演習といい先週の討伐時といい、君が的確に核を狙っていたことに説明がつく」


「ご存じでしたか…。演習でのことはレイン少尉からでしょうか」


「ああ…。迷わず斬ったと思えば一撃だったと。勘か偶然か…あの時から何か仕掛けでもあるのかと思っていた」


 やはり見られていたらしい。テッドについては飄々とした姿から一転、鋭く抜け目ない印象に変わる。


「ということは、一族で青い眼を持つ者はそれが出来ると考えて良いのか?」


「恐らくそうです。…あ…、魔素が視えるのは私だけですが」


 そう言えば今度はもう片方の眼に視線を感じる。完全な赤よりも僅かに紫味を帯びる虹彩を。

 これは母に似ているようで異なる色合いだ。昔から周囲によく不思議がられた。


「君だけ?それは何故なんだ?」


「分かりません…。どうしてか私だけがこの色を持って産まれて。父から先祖返り、と言われていましたが…」


 先祖返りというからには、特異というより、現代では失われていた力なのだろう。

 グローリーブルー家では剣技の基礎を学べば、領地のどこへなりとも出かけて良かった。そのため許可が出てからは日々野山へと繰り出したものだが、魔素が視えるフェルシアは、よくふらりと兄姉から離れることがあった。木々の間を揺蕩(たゆた)うそれに釣られて。


「後は魔素に耐性があることでしょうか。この身は魔核に近付いても、何も感じませんので」


 壊れることなく外気に晒された核は、そこで初めて常人の目に見えて瘴気を撒き散らした。近付くほどに濃密な靄は、大量に吸い込めば気を失ってしまう。が、自分はそうではない。

 むしろ手を伸ばせば結晶を取り巻く赤黒さは怯えるように散っていく。そうして邪魔されることなく切っ先を入れれば終わりだ。


「…これで私についての説明は終わりです」


 他にあるとすれば、ライナスが言った身体能力の突出。しかし同族間でも個人差があるため特異的とまでは言えないと思い除いた。


 サラサラ…とわずかなペンの音だけが響く。気付けばルルリエは再び記録に没頭していた。


(やっぱり荒唐無稽すぎたかしら……)


 場に落ちた静けさを感じながら考える。

 これで信じてもらえなければ、次は魔獣を探して郊外へ行くしかないだろうか?…と思っていると。


「分かった。では例の研究はそれにまつわる、という話で良いんだな?」


「…あの……?…信じて頂けるのですか?今の話を」


 すっかり話を進める雰囲気に思わず口を挟んでしまった。けれどこんなにもさらりと続けられれば逆に戸惑う。


「疑ってどうする。君が嘘を言ったというなら別だが…」


「いえ。嘘ではありません」


「なら真実なんだろう。実演もしてもらったし、証拠だって以前見たようなものだからな。一旦はそれで進めるよ」


 実演とは先ほどセランを光らせたことで、魔獣狩りで見た光景も参考にしてくれるらしい。しかしそれだけで……と思いルルリエを見た。彼女こそ意味不明だろうに。

 しかし。


「私も大丈夫よ、フェルシア。確かに不思議だとは思うけど、貴女が言うならきっとそうだと思うから」


 セランってあんなに綺麗に光るのね、と感心され力が抜けそうになる。

どうやら両者とも「フェルシアが言うなら真実だろう」と言って進行するつもりらしい。それにやや呆然としつつも、再び流れ始めた声に彼女はなんとか耳を傾けた。


「…ゾエグ公の研究が君達の能力に関するという話だが。フェルシア、その目的や成果は知っているか?」


「すみません、目的は不明なのです。採血等で姉も協力させられていますが、どうも芳しくない様子だとしか…」


 ゾエグ公爵の目的(ゴール)が何かは分からない。が、自分にとっては姉が快癒することであり、目に見えた回復が見えたことなどない。それが全ての答えなのかは分からないが…。


「そうだ。君の姉君、リーシャ嬢は今どうしている?」

参照:プロローグ

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