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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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8章 始まりの日(1)

 サアア……



 オレンジや赤色。

 濃淡も様々な葉が震えては、ひらひらと舞い散り降り注ぐ。


 一際風が強くなればその勢いは増し、まるで赤色から黄色へと。グラデーションを描く吹雪の中にいるような気分になった。この場ではどうやら茜色が優勢で、空いた地面の端には鮮やかな枯れ葉が積もっていく。

 カサカサ、と落ちてもなお遊ぶようにあちこちで擦れ合う音。

 それらをぼんやりと聞きながら、小広場のベンチに腰かけたフェルシアは考えていた。


「…………」


 人の気配もないここはそよ風や葉音が響くのみで静かだ。

 丁度よかった。この終わりの見えない思考を追い続けるのに。


(私がすべきこと。でも私が……したいことは…)


 あと三日で実習が終わる。同時にそれはあの人の言っていた「待つ」の期限ではないかと、何となく思っていた。そのためこうして暇があれば己へ問い続けているのだが、一向に答えは出てこない。


 この数週間で少しだけ彼の事を知った。反応に乏しく、こんなつまらない自分にも穏やかに語りかけてくれる誠実な人だ。きっと「信じる」に足る人物なのだろう。けれど。

 姉に背を向け、それを大義のために仕方がなかったと…後に振り返れるだけの覚悟が己にあるのか。


 でも。それがなくても、とフェルシアはまた幾度とない疑問を繰り返す。


 自分にこの世界を壊すことができるのだろうか。


 いくら家族を人質に取られていても、今回下った命は意図的に他人を傷つけるための行為だ。

 王子の居場所を突き止めるつもりはないとはいえ、今まで自分が渡した報告をまとめればいくぶんか軍部内の動きを抽出することはできよう。

 結果、数名どころか大勢に影響が……流血沙汰に繋がることだって充分にあり得る。自分の地位を固めるために何でもやる、それがゾエグ公爵だ。

 まず現王と第一王子を殺し、王妃を丸め込んで。そうして摂政へと収まれば制度を自在に改変し、反発する者を悉く始末する。そうなれば国軍は蜂起するだろう、もちろんライナスも共に。


 一方、自分は?

 今のままでは大した展望もなく、いつ姉が……いなくなってしまうとも限らない。それは明日とも、来年とも分からなかった。

 それにオリヴィエ家だって王弟をはじめ各有力貴族と幅広く繋がりがあるので、一度悪事が表にめくれてしまえば筆頭公爵家とて没落は止むなしだ。


 非合法な人体実験という概要からして、どう考えても世の正義はあちら側にあった。協力すればフェルシアがちまちまと探る何倍ものスピードを以て、八年前の顛末も明らかにしてもらえるかもしれない。

 ここまでは想像に容易い。だが。

 ライナスに協力し、悪魔の所業を解き明かしたとして。大いなる断罪を経て全てが終わってから。


 ……その後、自分はどう生きてゆけば良いのだろう。


(姉様も誰もいない世界が……想像できない)


 家族のことが大好きだ。優しく強く、堂々としていて。生まれた時から共に過ごし、幼いながらに尊敬しきりだった。

 しかし己はすでに両親や近親を失い、兄は自領にて生死不明。そうなると今確かに目に映るのはたった一人で。

 …それならばいっそ、最後まで姉と別れたくないと、そう思ってしまうのだった。


 けれど何度も巡るその考えに、はっとする。

 今の思考はなんて独り善がりなんだろう。


 気付く。


(ああ……わかった、わたし…)



 怖いのだ。


 一人になってしまうことが。



 どちらを選んでもいつかは零れ落ちてゆく。

 全てを永遠に見失うようで、ただ石のように立ち止まるしかない未来が。

 姉を失いたくない。大切にしたい。その想いの根源が、こんなにも自分本位な欲求だったとは。


 笑わなくなって久しくも自嘲したくなった。

 家族を心配するふりをして、本当はこの世に取り残されたくなくて必死だっただけだなんて。


 もちろん自分も死ねば良かったなどと思ったことはない。けれど、どうして生き残ったのか考えることはあった。

 最もするべきは襲撃者の追及と姉の保護。そうして全ての罪を暴き加害者の贖罪を見届ける。…だがそれ以外は、思いつかなかった。やりたくとも、未成年の自分が辺境領の運営を任されるとは考えにくい。


 ……だったのに、昨夜は一瞬だけあり得ない想像をしてしまった。


(あれ程素晴らしい方の下で、私も働いてみたかった)


 ライナスは初めて見た、自分の家族に等しい優しさと強さを持ち合わせた人だ。そして周りで働く人達の活き活きとした姿。

 自分にたくさんの言葉をくれたルルリエの笑顔も。

 心配したと、協力を申し出てくれた隊員達の言葉も。


 だから迷う。



 ―――()()()世界を壊すことはしたくないと。



 姉と他人など比べるべくもなかったはずなのに。いつの間にか、自分は両者の間で立ち尽くしている。


 考えれば考えるほど、結論の出ないことに溜息を吐いてフェルシアは顔を上げた。

 目の前の景色は秋らしく美しい。茜舞う中広がる空はとても蒼く涼やかだった。

 この雄大さを憂いなく眺めていた、子供の頃は生きる意味なんかよりもただ毎日が楽しくて。


「父様なら、なんて言ったかしら…」


 小さな呟きがポツリ…と漏れる。

 忘れもしない父の声。最後に聞いた冗談を思い出す。あれは意味不明だと怒ってしまって悪かった…、かは分からないが、最後の会話になるならちゃんと聞いておけばよかった。


(…本当に羽根が生えていたら、遠い向こうへ飛んで行って…何をしたのかしら)


 昨日拾った飛べない雛。あの子のようにいつか自由に羽ばたけるなら、ほかにやりたいことも見つかっただろうか。この悩みや苦しみから離れ、一時でも気が晴れただろうか。


 ……そう想像して目を閉じる彼女の耳に、小さな足音が聞こえてきた。



 にゃー…



 その足音の正体を見てフェルシアは腰を浮かしかける。だが「そのままでいい」ともう一つの声に制された。


「少佐…。どうかされましたか」


 タタッと軽やかに近付いて来るルナへ反射的に両足を引きながら、その男性(ひと)を見る。会うのは昨日の午後の、木登り騒動以来だ。

 ライナスは相変わらず完璧な立ち姿をして階段を上がってくる。


 不思議だった。現在は昼休憩の時間でも、この小広場は本舎から離れておりわざわざ彼が来るとは思えないのだが…。


「本舎から出たらルナに会ってな。何故か付いて来て欲しそうにするから、来てみたら君がいた」


「……この子が、ですか…?」


 自分は昼休憩に猫を追いかける上官という、やや驚きの光景を見ているらしい。


「…でも、目的が分かったな」


「?……あっ…」


 彼へと注目しながら、眼下でちょろちょろとする様子も気にしていたのだが。無駄だった。

 スッと跳躍したルナがベンチに飛び乗り、目をキラキラさせてにじりよって来る。…今更、ここで逃げたりしては不自然に違いない。


 彼の前ではいつもの様に避けるわけには行かず、落ち着かないままその動向を見守った。

 柔らかい前足が両膝に及んでも、動くことは出来ずに。

 そうして四本の足は完全に彼女の膝に乗り、いつしか二つの眼が膝の上からこちらを見上げていた。

 「なぁん」と訴える声は、甘えたもので。


(ああ……か、可愛い…!)


 大抵の人間ならばこれを愛でずにはいられないだろう。自分とて、例外ではない。

 しかし。


「昨日の礼が言いたいんじゃないのか?」


 迷って握られた己の拳に気付いた彼が、そう声をかけてくれる。

 すりすりと、頭を上体に寄せる感触は遠慮がない。戸惑いながら横に座ったその人を見上げた。


「…大した事は、していません」


「この子にとってはそうじゃないんだろう。ほら、すっかり君のことが好きみたいだ」


「……………」


 彼が言うのならばそうなのだろうか。少し信じ難いが…確かに、毛むくじゃらの喉からはグルグル…と親愛を表わす音がし始めた。


「そんなに困った顔をするな。撫でてやればとても喜ぶぞ」


 躊躇の後。優しく促されて耐えるのを止めた。もともと敷地内での危険性は少ないと承知していたが、念のため接触を避けていただけだ。

 右手でそっと滑らかな背に触れれば、気付いた彼女が己の手を探して向きを変えた。ゴソゴソと、不規則に膝を踏まれくすぐったい。そうして収まりのよい場所を探し当てると、ついにその身体は丸くなってしまった。布越しにじんわりとした温もりが伝わる。


「よかったな、ルナ」


 呆然とする自分の横で、優しく微笑む気配がして。

 くるんと寝そべる姿に躊躇いながら手を添えれば、またルナが一声鳴いた。それはライナスへ向けて。


「…やっぱり賢い子だな」


「それは…どういう意味でしょう…?」


「ほら、私がいれば撫でてもらえると思ったんだろう」


 言われて気付く。確かに彼はここに呼び寄せられたと言っていた。それは…。


(だとしたら、すごいわ)


 昨日を除き、この毛並みに触れたのは確かに彼といる時だけだ。それ以外はいつも避けていたから。

 だから彼女は気付いた。己の望みを叶えるには、同伴者が必要だということに。


「昨日も避けていただろう」


 え、と驚いて固まる。

 まさか見られていたのか。あの出入口での攻防を?


「見ていたのですか?」


「ああ。あそこは執務室から良く見えるからな。…どうしてあんなに避けるんだ?」


「それは……」


 面と向かって問われ、迷う。何と説明するべきだろう。

 ここで無意識にも「答えない」という選択肢はなしに、フェルシアは考えた。

 自分が猫好きだということは知られてしまったらしく、その疑問は最もだ。かといって本当の事を答えるのは難しい…。


 考えた末、彼女は口を開いた。


「私は……この子と仲良くなることが、できないからです」


参照:プロローグ / 4章(2) / 7章(5)

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