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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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7章 (8)

 重厚な扉を閉めた瞬間、慣れた気配がしたと思ったら掴まれ…いや、抱きつかれていた。


「フェルシア!!」


「……ルルリエ先輩?」


 ぎゅうぎゅうとした暖かい感触と、いつもは自分より少し高い位置にある顔が肩口に埋められていて。驚きつつ見やれば、茶色い髪の向こうにも数名の姿があった。


「心配したのよ!あの時落ちるんじゃないかって…、わたし」


「あの……?」


 まただ。自分に向けられる「心配」という言葉。そして。


「…その、フェルシア。大丈夫だったか?さっきは悪い。無理にでも止めてやれば良かった」


「あの、ルナを助けてくれてありがとう。危ないことをさせて本当に悪かった。…処罰を受けるなら、俺たちも一緒だ」


「たぶん、少佐もルナの件は感謝してると思うぞ。何を下されるかはまだ分からんが、協力できるものならいくらでもさせてくれ。頼む」


 きっと見過ごした俺たちも処分対象だろうな…、と苦笑される。確かに彼らは木の下で見た面々だ。けれど状況が分からずフェルシアはぱちりと瞬いた。


「…あの、皆さんはどうしてここに?」


 自分の後に呼ばれているのだろうか、それなら早く脇に避けるべきかと。しかし行動する前に、同僚達は顔を見合わせると再びこちらを見た。何故か不思議そうにして。


「どうって。皆お前が何を言われるのか心配になって来たんだ」


「止められなかった俺たちにも責任はあるからな…。そりゃ気になるだろ?」


 相変わらず寄りかかる暖かみを感じながら。かけられる信じられない言葉の数々に、フェルシアはさらに戸惑った。


(ルルリエ先輩だけじゃなくって。この人達も気を遣ってくれて…?)


「そうだ、これ。落としていたぞ」


 その内の一人がある物を己に差し出す。それは青い制帽だった。

 確かに木に登りながら落とした覚えがある。


「すみません。ありがとうございます」


 帽子はしっかりと払ってくれたのか、砂埃すら付いておらず綺麗だった。それへ配慮が垣間見えてますます気持ちが揺れる。

 綺麗な青を被り直したその時、震える声が耳元で響いた。


「ねえ、私……貴女が怪我したら、本当に、ほんとに…」


 頼りない声音と同じくその細い身体も少し震えている。

 そうして泣きそうに言われてやっと気付いた。これは…縋り付かれているのだと。

 今の声は自分がいつもリーシャに寄り添う時そっくりだったから。

 まさかだが。自分が姉を想うのと似た気持ちを抱いてくれているのだろうか?


(「心配」って、本当にそういうことなんだ…)


 ふわりと、羽が着地するように。少しづつ溜まっていた水が突如沁みいるように。優しく差し出されていた誰かの想い。

 気付けば隣にあったそれを、そっと拾い上げ指先でじっと眺めるように。


 いつも朗らかな彼女が見せる悲しみはとても演技には見えなくて。

 木から落ちたことなどないから大丈夫、すぐに戻って来る。登り始めた時はそう思い、降りて人だかりに驚いても分からなかった。

 いくら平気だと思っていても、他人(ひと)から見れば不安を誘うものはある。だから彼女らはフェルシアの身を危ぶみ、こうして確かめに来てくれだのだ。


 そう気付いてから各々を見渡せば、皆一様に神妙で明らかに心労を感じさせる顔をしていた。

 もう偽っているとは疑うべくもない。労わりの言葉は本物だ。

 初めてやっと、心から「心配させたのだ」という思いが湧いてきた……気がする。


(…だって不思議で。よく分からない……こんな気持ちになったのは、久しぶりだもの)


 直前に出された難問を思い返す。

 険しい顔と「私も含め」と言った低い声。

 あの彼にも、オリヴィエ少佐にもルルリエ達と同じ思いをさせてしまったのだろうか?


(私……もしかして、謝らないといけないのかな)


 思えばあのライナスが部下を心配しないような性格ではない。ずっと別のことばかり意識してしまい、当然のことへ思い至らずに記念樹について尋ね、どれだけ的外れに聞こえたことか…。今すぐ引き返してまた頭を下げたい気分だ。

 そこでやっと顔を上げたルルリエと目が合う。


「あのね…私本当に怖かったのよ。少佐にも言われたかもしれないけど、もうあんな高い所に行かないでね?」


 案の定その茶色の瞳は潤んでいて。今にも頬に一筋零れ落ちそうだった。


「…軍規違反となる行為は、もう控えます」


 はっきりと「もうしません」とは言えなくて、できるだけ正直な答えを返す。強い想いを目の当たりして申し訳ないが、これは仕方がない。

 するとそれを聞いた彼女は、「うん…」と頷いてからまたぎゅうっと抱き付いてきた。その背中へ自然と片手を添えてから。


「あの…皆さん。…心配して下さりありがとうございます。私の勝手でお騒がせ致しました。本当にすみませんでした」


 良かった。言えた。自分にしては稀有な発言に一瞬口元が震えたけれど。

 皆から受け取った気持ちを溢れるままに返したい。素直にそう思えたから。

 言い終わって頭を上げれば。皆珍しいものを見たような、嬉しげのような…どちらともつかない複雑な表情をして笑うのだった。



* * * * * * *



 仕事に戻るべく連れ立って廊下を歩く中で、ルルリエがふと尋ねてきた。


「ねえ、少佐になんて怒られたの?」


 上官による指導を、怒られたという形容するところが彼女らしい。

 すっかり興味深々な問いかけだった。見れば答えを待つように周りの隊員もこちらを見ている。


「あの……軍規違反とその連帯責任についてと、最後に」


「他にもあるの?」


「……あの、私は知らなかったのですが。普通の令嬢は、木登りすらしないそうです。曲がり何も公の場では自覚を持つように、とのお言葉を頂きました」


 これは今まで機会がなく参照できていませんでした、と反省するフェルシアへ彼女が「ああ…」と気まずげに呟く。他も揃って似たような反応だった。


「……そっか、そうね…。でも、私も小さい頃は登って遊んだなあ」


 あんなに高くは登れないけれどね、と打ち明ける顔は懐かしげで。


「うーん…いや、少佐が正しいかと。俺も木登りをするご令嬢なんて聞いたこともありません」


「お貴族ってのは大変だな。子供の頃は何でもやるから楽しいんだろう」


「そんな危ない真似子供にさせてみろよ。大事になったらどうするんだ?」


 これは多様な身分が入り混じる軍部ならではの会話だ。また身分だけでなく、都や野山近くといった育つ環境でも違いがあるようだった。

 普段交わすことのない気軽な雑談。それも自分だって無関係ではない話題につい聞き入ってしまう。


「というかさ、だったらフェルシアはどうやってあんな所まで登ったんだ?」


「子供の頃によく登って遊んでいましたので。主に兄に教えてもらいました」


 答えれば、一様に驚かれる。


「そうなのか?でも子供があんな高い所までは行かないだろ?」


「いえ、領内では大木が多くて…。邸の後ろももっと高い木ばかりでした」


「おいまて。…まさか、あれ以上高く木登りできるとか言わないよな?」


「倍はできましたが。最近は…、やってみないと分かりませんね。体も大きくなってしまったので」


「やらなくていいからな?」


 数名から揃って念押しされ頷く。そもそもそんな機会があるかどうかも分からないが…。


 目的の階に着くと、やがて話題はフェルシアから離れて行った。自分が子供の頃はこうだった、あの時流行った遊びは…、それよりも一番楽しかったのはこれだったとか。そうやって皆がわいわいと昔話に咲く中で。

 つんつん、と袖を引っ張られる感覚がした。


「…ねえフェルシア、こっちよ」


 導かれるままに集団から離れ脇の部屋へと入る。そのずらりと机が並ぶ中にはフェルシアの席もあり、机上には小さな木箱が置いてあった。

 箱の前には一人の隊員が座っていたが、ルルリエが礼を言うと快く去ってゆく。


「離れている間見ていてもらったの。…ほら、変わりなさそうかしら…?」


「あ………」


 声をかけ、木箱に被せていたハンカチがめくられると。



 ぴぃ



 先ほど木の上から連れ帰った雛がいた。


「はい。…元気そうですね」


 その姿を見て、やはりほっとした。短い間でもどうなっただろうかと気がかりであったから。

 むしろ初めに見た時よりいくらか元気そうだ。


 ぱちり、と瞬く黒々とした瞳には活気が感じられた。


「ふわっふわで可愛いわ…。あ、結局なんていう鳥なの?」


「分かりません。鳥には詳しくなくて…」


「そっか…、後で誰かに聞いてみようかしら。じゃあこの子をどうするかは決めた?」


「それは……少佐が、引き取って頂けると」


「えっ?そうなの?」


 やはり意外だったのだろう。返すと同時に榛色が丸く見開かれる。


「フェルシアはそれでいいの?自分で育てたり、とか…」


「はい。私には世話の仕方が分かりませんし、家にも連れて帰れないので」


 しかも少佐のお邸には専門の方がいるそうですからと。そう説明すると相手も頷いた。


「そっか…。寂しくなるけど、確かにちゃんとお世話してもらえるならそれが一番ね」


 もぞもぞと、羽毛を揺らしながらすわりを直すような仕草が愛らしい。

 それを二人で眺めながら、思うままにこう言っていた。


「はい。少佐にお任せしたいです」


 この子はきっと大丈夫だと、気持ちが自然と湧いて言葉になる。

 これから暖かな場所で大切に育てられ、いつか立派な成鳥になって羽ばたくのだろう…と。

 素直にそう思えることが、記憶を頼りに確信できることが。


(いつの間にか、私は彼を()()()()だと知っている)

 

 彼と接して早三週間が過ぎたが、今日一日でやっと気付けたこと。

 今朝ここに来た時の沈みきった気分。それが一日過ごして様変わりしたこと。

 問題が解決したわけではないが…何というか、新たな発見で目の前が明るくなった心地だ。


 そうして瞬きも忘れ感じ入るフェルシアの側で、その横顔を見つめながら。

 己の言葉を聞く相手もまた驚きの表情をしたことに、彼女は全く気付かないのであった。


本日13:30も更新します

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