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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
29/143

7章 (7)

 ―――フェルシアが記念樹の一つに登っている。



 その話は、本舎内を歩いていたライナスにまですぐ届いた。


「待て。記念樹?…どれくらいの高さだ?」


 突然の知らせに怪訝な顔をしてしまったのは致し方なかろう。

 ここに着任してまだ数年ばかりであるが、そのような真似は聞いたことがなかった。


「訓練場東側にあるうちの一つだそうです。高さは本舎に満たないと思われますが…」


 騒動を報告に来た隊員が速やかに答える。

 つまり、ここ三階以上四階未満の…まずまず高い部類である。


「分かった。直ちに医療班二名を現場に向かわせろ」


 何故木登り?と大いに不可解ながらすぐに踵を返す。現場を確認するために早足で。

 階下に降りながらどうしたものかと考えて…転落すれば怪我では済まないかもしれないと不安が先に立つ。

 最悪の事態も想定せねばなるまい。訓練外の危険行為について指導するのはそれからだ。


 建物を出てからは走った。擦れ違う隊員が遠巻きに注目するが、間に合ってくれ、どうか登ったにしても低い所までですぐに降りてきていれば…、と祈りながら。

 そうして五分もかからず現場に着いてみれば。

 気付いた隊員達がわらわらと集まり、大木の周囲には小さく人だかりが出来ていた。全員が見上げるままに己も頭上を仰げば。

 太い幹の頭頂近い、人が乗るには頼りない枝の上に乗っている黒い軍靴が見えた。まだ枝に残る葉の隙間からは、その特徴的な髪の色がきらきらと覗いている。


(…あり得ない。どうやってあんなところまで)


 話が本当だった事、そして己の心配が現在進行形である事実を目の当たりにし、ライナスは気が遠くなった。

 内心感じたのは、まず驚きだ。そして。


「おい!落ちたら不味いぞ、あれ」


「いや…悪い。止めたんだけどな。上に雛が落ちてるのが見えて、それで…」


「ルナがあの辺りで降りられなくなってさ。それを助けてくれたと思ったら」


「…雛?そんなの見えないけど…」


「巣から落ちた奴があの辺りにいるんだよ、ほら」


 ……と、集団から漏れ聞こえてきた会話で、事態の概要を察する。

 しかし確認のため手近な隊員を捕まえれば、相手は上官の登場へ緊張した面持ちになった。


「おい。この騒ぎについて報告しろ」


 声が普段より低い自覚はあったが、構わず尋ねる。


「はっ。グローリーブルーがこの木に登ったまま、降りて来ないようです。始めはルナを助けに登ったようですが…」


 そこで一陣の風が吹く。

 ビュウッと音を立てたそれは辺り一帯を駆け抜け、当然目の前の大木も煽られた。

 周囲が息を呑む気配で反射的に上を向く。しかし杞憂だったらしく枝葉に紛れる脚は揺らいでいなかった。

 しかし危険なのは全く変わない。とにかく今は当人に降りて来させるほかないだろう。

 城攻めでもあるまいし、あれほどの高所に届く梯子は今ここにはない。


「…フェルシアが登る様子はどうだった?」


 今度は始めから事情を知っている風の隊員へと尋ねた。


「どう……非常に巧みで、数分であそこまで到達していました」


「ルナを助けた時、一旦降りたのか?その時も危なげなかったのか?」


「はい、降りる様子も見事でした。早すぎてまるで猿…あ、いえ。手慣れているようでした」


 確かに木登りに慣れているからこそ、あそこまで到達できたのだろう。

 とすれば、平素の彼女の動きを鑑みても安全に降りてくる可能性はある。


 …しかし、万が一の事も有り得る。常人であればあそこまでの高さに登り、不安定な足場を無事に降りて来られる確率は高くない。

 ひとまずは医療班の到着を待って行動させたいところだ。


(しかし、彼女は何故あそこで止まっている?)


 自分が到着してからも静止したままに見える。立ち位置を変えてみるが、その姿はじっと見上げる姿勢を崩さなかった。彼女が見ているものは、きっと隊員達の言う「雛」だろうが…。

 その雛を助けに行ったのではないのだろうか。しかし静かに佇む様子は戸惑っているようにも見えて。


 束の間思考を巡らせ、大方の検討をつけた彼は声を張り上げた。


「フェルシア。聞こえるか?」


 一瞬の後、その白い面がこちらを向く。

 とりあえずは声が届いた様子へわずかばかり安堵するが。未だ厳しい表情をせざるを得ない。

 そうしてこちらへの認識を確認した後は、慎重に指示を出した。

 背後で医療班が「到着しました!」と告げ、そこに慌ててルルリエも走って来たところを手で制しながら。


「そこから降りてこい。今すぐにだ。その雛も連れてこい」


 一時の間が空く。すると不思議と彼女の表情が良く見えた気がした。距離は遠く、間に枝葉という障害があるにも関わらず。


 やはり指示が意外だったらしい、と思いながらも念を押せば彼女は速やかに行動し、間もなく地上へと戻って来たのであった。風が吹いても危なげなくいなし、振動に注意してしなやかに降下する様は、まさに「猿」のようにスムーズで。

 全く特異な身体能力を披露するのものである。


「ただいま戻りました」


 こちらは、目の前に立った彼女を見て安堵の息を吐きそうになっているというのに。

 高所にいた感動も恐怖の名残すらも見せず、稀有な瞳でただ不思議そうに人だかりを眺めているのだ。


 これは……自分の行いがどういった意味で衆目を集めたのか、予想も付いていないと見える。

 察したライナスは、そこでまた溜息を吐きそうになりながら。己の書記官へ端的に指示を出すと、やっとフェルシアを伴い現場を離れたのであった。



* * * * * * *



「いいか。―――まず、事態の始まりから説明しなさい」


 夕陽射し込む広い室内にて。いよいよ溜息を抑えきれなくなったライナスの、意外な声音にフェルシアは瞳を瞬かせた。


 始まり……、事態の?


(あれ?もっと…、始めから怒られるのかと思ったのに…)


 彼と二人で話すのはあの夜以来となる。

 未だ最後に別れた時とは違って厳しげな態度も、自分があれほど注目された理由だって理解できていないものの。これは何やらしでかしてしまったようだ、というのはさすがに分かっていた。


「あの。事態と言いますと、先ほどの件でしょうか…?」


「ああそうだ。君がこの基地内で木登りなどを始めようと思ったきっかけから話してくれ」


 珍しく固い表情で促される。しかし声を荒げるでもなく、ただ静かに事情を尋ねてくる態度を妙に思いながらも。

 彼女は己が猫の鳴き声に気付いたところから話し始めた。



「………それで、あの雛の近くまで登ったところで少佐の声が聞こえました」


 後はご存じの通りです、と。淡々と話し終えながらフェルシアは確信していた。

 自分は相当なことをしてしまったらしい、と。


 なぜそう思うのか。それは、正面に座り片手を口元に当てるライナスの表情がどんどん険しくなっていったからだった。眉間の皺が深くなり、凛々しく秀麗な(おもて)の厳しさが増している。

 すると一度目を閉じた彼が、再び美しい夜空色をこちらへと向けながら言った。幾分か形相を和らがせて。


「事情は大体分かった。ではいくつか質問する前に一つ言っておくことがある」


「はい」


「敷地内かつ業務時間内での、訓練等業務上要する行動を除いた危険行為は軍規違反だ。木への登攀も該当する。必要時は理由提示の上副隊長以上からの許可を取ること」


「……はい。許可なく行動してしまい、誠に申し訳ありません」


 それは多くを軍規に準じた学院内でも同様だった。木登り、という記載はなくとも確かに危険性がある。思い至らなかったなどとは通用せず、犯してしまった事実は素直に認めて反省すべきだった。


「それがなぜ禁止されているのか分かるな」


「…隊員各自が不用意にその身を危険に晒せば、有事に個々の存在価値を発揮できず指揮系統に支障が出るからです。それは自軍の脆弱性を明らかにし、最も守るべき国民や王族方を窮地に陥れる愚行だからです」


 言っていて耳が痛い。しかし入学以来繰り返し言い聞かされる口上に彼は頷いた。


「よろしい。では、君の先ほどの行為はどうだったと思う?」


「『愚行』でした。許可を取ってから、安全な方法でルナを助けるべきでした」


「そうだな、ルナがいた位置なら梯子で充分だったようだ」


 だが、と続けられてフェルシアはわずかに目を伏せた。ここからの言及も外せないだろう。


「君が二回目に登った高さだが。あれはどうだ?」


「…非常に軽率な行為でした。申し開きもございません」


「あの高度から落ちれば怪我どころでは済まない。そう考えたことは?」


「あの時は思い至らず…申し訳ありません。候補生としての自覚と、軍規への理解に欠けておりました」


 それを聞いたライナスが突然またハァ…と息を吐いた。依然としてその表情は険しく、今の答えでは足りなかったのだと知る。


(やっぱり、私の軽率さ加減にさすがに腹が立ってきて…)


 彼女は密かに息を呑んだ。

 基本的に静穏な人だが彼も責任ある立場だ。問題があれば自らにも咎の及ぶ小娘の、軽はずみな行動へ。そろそろ怒鳴られるのではないか?……と思ったのだが。

 そこでまた、フェルシアの予想は裏切られる。

 彼の声音は変わらず平静だった。やや呆れたような色を含んではいたが。


「…では聞くが。何故、あそこまで高い位置に登る必要があった?」


「それは………」


 意表を突かれながら、何と答えれば良いのか分からなくなる。

 何故ならいざ小さな存在を目の前にした時でさえ。抱いた問いについて、その答えを自分は未だに持っていない。

 助けられぬと勘づいていながら駆け付けた。…本当に自分は愚かで、一体何がしたかったのだろう。


 けれどもし答えが出ていたとして。それを彼に告げることは果たしてできただろうか。


 …考えるが自信はない。それぐらい、あの時胸中には自己の核心を突くような歯痒さ、虚しさが渦巻いていた。

 助けても、助けなくても失われる命。手を出そうが出すまいがどちらを選んでも自責を抱える。絶対に助かって欲しい、見捨てたくない、生きていて欲しいと切に願う心。

 それはまるで。


 …彼女の手を離すことができないのと、同じ…。


 ふっ、とこちらを握り返すことのない、青白く細い指先が脳裏に浮かぶ。


 信じられなかった。まさか、あの雛の境遇に自分達を重ねてしまったと?

 そうだとすれば。雛にも姉にも、なんて…。


「…………分かった。ではそれは一旦置いておこう」


 呟いたきり、黙ってしまった自分を見てまた彼が話し出した。明確に返せない己に失望しただろうか。そう思ってして顔を上げたのにまたしても違った。

 失望とも、呆れとも違う。静かに思案するその顔が。長く揃った睫毛に縁取られた瞳と、落ち着いた様子で静止している綺麗な指先が。


(きちんと答えを出せないのに、どうして怒らないのかしら…?)


 真逆だと、そう思った。

 こういう時大抵はハッキリしろと苛つきも露わに迫られる。


 つくづく、彼は普段住まうとは異なる世界の住人だと実感した。

 いつ大声で怒鳴られるのか、近く踏み込んで威圧されるのか。木の下でその背を追いかけ始めた時から、習い性で構えてしまっていたのだが…。

 数拍、彼女は無自覚にも奇異なものを見る目をしてしまった。


「追って処分を下す。君の行動を見過ごした者、黙って見物していた者も大小違えど咎を負わせる」


「はい。自覚およばず、重ね重ね申し訳ありません」


 ルナは敷地内で公認の存在とはいえ、理性的に考えれば軍規へ重きがおかれるのは当然だ。ましてや野鳥など余計に話にならない。

 分かってはいたが、下される言葉に胸がぐっと重くなった。軍隊の代名詞のような「連帯責任」という言葉が目の前に浮かぶ。


「軍規への抵触はもちろんだが。…また、君の身に危険が及べば、私に責が問われることは分かるな」


 それへもフェルシアは「はい」と頷いた。実習監督のライナスには生徒に関する全責任と、管理する義務がある。

 その事実を確認されることで彼女はさらに落ち込んだ。面と向かって迷惑と言われたわけではないが…非常に近しいものがある。

 これまで誠実に接してもらっているだけに自分の非がより際立った。本心から、情けない。今真摯に問いかけてくれているのも奇跡なのに。

 けれどそう思えばまた、何故もっと怒らないのかますます不思議に…否、これ以上は彼への失礼にあたってしまいそうだ。やめよう。


「…だが。私が先ほど木の上に立つ君の姿を見て、それらばかりを思っていたと言えば、嘘になる」


「………?」


 フェルシアが一つ瞬きをする。

 今の声にはここまでとは違った響きが感じられ、無意識に耳を澄ませた。


「君があの木に登っていると聞いた時。私がどんな気持ちになった思う?」


 思いがけない要求に目を瞠った。

 どんな、とは?彼の、―――他人(ひと)の…気持ち……?


「…あの。気持ち、ですか?」


 間抜けにもやや呆然と復唱した問いに、「ああ」とすんなり返されて固まる。


(えっと……気持ち。…きもち……??)


 頭を抱え込みそうになった。難問だ。

 思えば、そんな風に問われたのは遥か遠い過去。確か…何かの折に、母からそんな言葉をかけられたことがあった気がする。そして記憶違いでなければこの八年間は一度としてない。

 もちろんフェルシアにとって人の気持ちを推し測ることは不得手の一つにあたる。今日ルルリエに「隊員から信頼されている」という話をもらったが、あれだってまだ到底消化しきれていない。


 数秒考察してから、彼女は何とか上官の求めに答えようと口を開いた。


「業務中に木登りで遊ぶ暇があるのか、…でしょうか?」


「それ以外だ。ほかには」


「こちらの訓練で、木登りをご指導頂いたことはありません。もしや正しい作法でも…」


「……遠過ぎるんだが。もっと考えてみてくれ。君が同じ立場なら、どう思う?」


 呆れる声が混じれば、いよいよ焦る。

 

 己ならどうだ、と急に例えられてもすぐには思い当たらない。

 彼の明晰な頭の中にある、軍規違反と連帯責任を除いた思いとは…と、考えに考えた末。ハッとしたフェルシアは、到底「気持ち」とは呼べないような可能性に行き着いた。


「そういえば、―――あの大木は、国軍創立三百周年の記念樹だったと聞こえました。もしや、それを穢したり、破損させる事態をも懸念されたのでしょうか?」


 枝が折れる、幹が傷付く、そもそも組織として大切にしているものを足蹴にするとは何事だ、などなど。

 有り得る。百年以上の歳月を軽んじる意図はなかったとはいえ、散々足掛かりにして樹皮を傷付けたのは事実だ。


「重ね重ね申し訳ありませんでした。全て言い訳などでき…、………?」


 この時のフェルシアには知る由もなかった。

 不自然に黙り込んだ目の前の彼、ライナスが「この子にはどう言えば伝わるのか」「いや、自分の諭し方が間違っていたのだな」と瞬時に考えを改めたことを。


 その内に何かを諦めたような呟きが落ちる。それは光沢ある執務机に反響しすぐに彼女へと届いた。


「…もういい、分かった」


「あの…?」


 何が、だろう。声音からしてこれでも怒らせたのではなさそうだが…。

 理解の範疇から外れると言わんばかりに、今にも首を捻りそうな自分を見据えて彼が言った。



「なあ。私も含めて皆が君を心配していた、と言ったら伝わるか?」



(……みんな、が?……しんぱい………)



 ………………心配とは?



「………それは、何故ですか?」


 慣れた低い声が投げかけた、全く予想外の単語に。

 ぽかんとしてつい尋ね返すが、答えが返ってくることはなかった。


「…さてな。考えてみるといい。少なくともそれは事実だ、私の中ではな」


 この話は終わりだ、と。そう述べて席を立つと彼は窓際に歩み寄る。そこには相変わらずセランが美しく咲いていて、花弁は日々新旧入れ替わっているようだ。

 一方の少女はその爽やかな光景を目にしながらも、先ほどの問いに思考を割いて忙しい。

 自分はそんなに危なっかしかったのだろうか、見ていたライナス達にはそれが不快だったのだろうか…いや、それとも……?と固まっていると。


「君に怪我が無くて本当に良かった。…ああ、そうだ」


 何気なく夕陽に照らされる彼の姿は眩しくて、いつもながら一枚の名画のようだ。


「あの雛はどうするんだ?」


 あっ、と。躊躇いながらも彼女は答えた。


「あの子は…、まだ決めていません。私は育てられないので…」


 今、優しい手で世話されているだろう姿を思うと複雑な気持ちになる。確かに今からが問題だった。


「そうか。あの時、君が悩んでいるように見えたからああ言ってしまったが…迷惑だったのなら、すまない」


 謝られてしまい驚く。連れ帰ってやりたいという、内心の浅はかさを見抜かれていたことにも。


(この方は、どうしていつも私の考えが読めるのかしら…?)


 ふと、実習を始めた頃「君は意外と分かり易い」と言われたことが蘇る。木の上という遠目ですら察するとは…、その内後ろ姿だけでも考えを当てられそうな勢いだ。

 まあ、そんなことはあり得ないが。


「いえ、そのようなことはありません。あのままあそこにいても…あの子は危なかったでしょうから」


「…君が引き取れないなら、私の家で預かろうか?」

 

 その予想だにしない提案に、またしても驚かされる。


「少佐のお家で、ですか?」


「ああ、邸で聞いてみる。獣の世話をしている者がいるから大丈夫だろう」


 元気に育てられるよう手を尽くすよ、と言う声は力強くて。彼女はふわりと光射すような心地がした。


 オリヴィエ家で世話をしてもらえるならきっと安全だ。自分が連れ帰るのは論外だったので、誰か頼るあてを探さねばならなかったのだが…周囲にいる人のうち、ライナスほど頼れる人はいまい。

 ほんの少し、あの雛と会えなくなるという寂しさを覚えながらも。フェルシアは自然と頷いていた。


「……少佐。そういうことであれば、大変お手数ですが…ぜひお願いできますか…?」


「分かった。任せてくれ」


 自分の希望にすんなりと応えてくれる姿に目を奪われる。


(……すごい。こういうことって、あるのね)


 先ほど、木の上で。


 もどかしく立ち尽くし、思い悩んだ時にはあり得なかった選択肢だ。

 他人を、誰かを頼るなんて全く思いつきもしなかった。迷う己へ手を差し伸べてくれる人がいるとも。

 …正直、まだ不安はあった。けれどこの一ヶ月弱接してきて、ライナスがどういう人なのか少しくらいは分かったつもりだ。今、この目で見た彼の姿に賭けたいと思ってしまった。自分を助けたいと言い、良心を抱いてくれた姿が本物だったらと思いたくなる。

 彼が命を無下に扱うような人でないと、確信してしまいそうになる。


「では、どうかお任せしたく思います。本当にありがとうございます…」


 心からの感謝を述べ、深く頭を下げた。最敬礼の姿勢では足りないくらいだ。

 自分が諦めかけた存在を救ってくれることに。もうあの子が寒空の下で震えなくて良いことに安堵と感謝を。強く強く、示さなければ。


 深いお辞儀に驚いた彼が声をかけても、フェルシアは頭を下げ続けた。


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