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セラン・ブルーと幸福の少女  作者: Annabel
第1部 再会編 ※工事中。上から順に読んでいただいて大丈夫です
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21.それぞれの繋がり

 側を通った給仕からライナスはグラスを二つ受け取る。


「少佐?あら、ありがとうございます」


 その片方を彼が差し出せば、隣にいた女性が礼を言った。彼女はナイトドレスをまとい、いつもよりずっと大人びた姿で微笑む。


 それを見てからライナスは辺りを見渡した。

 広大な広間にきらめくシャンデリアの下、穏やかに語らう人々。その中に目当ての人物はいない。


「どなたかをお探しですか?」


「いや…元帥はまだ到着してないようだな」


 すると女性―――ルルリエは気まずげに苦笑した。


「ああ…。出かける前に、祖母となにか言い…話し合っていましたので。時間に間に合うといいのですが」


 「言い合っていた」と言いかける台詞にライナスもなるほど、と頷く。元帥夫妻は仲がよいものの、一度喧嘩すると和解に時間がかかる。

 そこで口を開こうとしたライナスへ声がかかった。


「やあ、ライナス」


「これはハース公爵。よい夜ですね」


「本当にな。君に会えてよかった。楽しんでいるかい?」


 ライナスは話しかけてきた壮年の男性とにこやかに笑み交わす。

 相手の首元でクラバットを留めるブローチは紫色アメジスト。王族を示す貴色だ。


「ルルリエ嬢も、こんばんは。今日も変わらず美しいな」


「こんばんは、ハース公爵様。ふふ…閣下こそ、今日も素敵でいらっしゃいます」


 ハースはライナスの今夜のパートナー、ルルリエにも礼儀正しく振る舞う。現在は公爵位の彼も軍属だが、今日は貴族として入場したのかジャケット姿だった。


「主役殿はまだ到着しないようだ。よければ少し話でも…と言いたいところだが、今から用事

があってね。後でまた声をかけてもいいかい?」


「もちろん。私からもご報告がありますので」


 ハースはオリヴィエ家とともに軍派閥の中核を成す人物だ。そのため今回のゾエグ家の不祥事に関し、両者は手を結び動いている。ライナスもちょうど彼と話したいと思っていた。

 昨日ゾエグ領に潜入した件について話さなければ。そう考えていると、去ってゆくハースの背を見てルルリエがおそるおそる呟いた。


「ああ、やっぱりまずいですよね…。王弟殿下さえもお待たせして。私、少し玄関を見てきてもいいですか?」


「わかった。一緒に行こう」


 先ほどハースが言った「主役殿」とはルルリエの祖父、ミゲル・ガーランド国軍元帥のことだ。彼はこの、王城での軍事関係者を集めた慰労パーティの主賓として招待されている。


 迫る時刻に眉を寄せながら、ルルリエは「いえ」と首を振った。


「少佐はここにいてください。我が家の問題にご足労いただくわけには行きません」


「…そうか、わかった。気を付けてくれ」


「はい、ではまた後ほど」


 ライナスは人混みに消える姿を見送る。


 男性参加者の多い会だが、元帥の孫に絡む者はいないだろう。そう思い、ライナスが他に挨拶すべき知り合いを探していると。

 少し離れた位置、ホールの壁際に見覚えのある姿が見えた。


(…ああ、いたな。公爵も一緒か)


 白い床の上に咲く色とりどりのドレス。それに対し男性陣の服装もまた華やかだ。

 中でも青い軍服と赤い騎士服は鮮やかで目立つ。ライナスも今日は軍の礼装をまとい、いつもは省略する飾りやマントなどを全て付けて参加している。


 そしてライナスが今注目する人物も、華美な赤い衣装を着て貴婦人と談笑していた。


 あれをみるたび思い出す。幼いころ、父に「騎士服あれは絶対に着たくありません」と打ち明けた日を。

 そう懐かしみつつ、ライナスが目を背けようとすると。例の相手もこちらに気付き、「おや」とわざとらしい顔をした。そして伴う女性に短く囁き、近付いてくる。

 それをライナスは自然な笑みをたたえて迎えた。


「ライナス。久しぶりじゃないか」


「久しぶりだな、ガルミット伯爵。会えて嬉しいよ」


 アラン・ガルミット伯爵。


 彼はゾエグ家の嫡子、アラン・ゾエグだ。しかし公には実家の爵位の一つを名乗っているので、ライナスはそちらで呼ぶ。

 握手を交わせばアランから必要以上にぐっと力を込められる。しかしそれも一瞬で、二人は互いに手を離すと、さもにこやかに話し始めた。


「なんだ、パートナーはいないのか?大変だな」


「ああ、今所用で外しているんだ」


「…へぇ、そうか。こちらリゼッタ嬢だ。初めて会うだろう?」


 促されたライナスはアランの横を見た。そこでは一人の女性が笑みを浮かべ、嬉々としてこちらを見ている。


「初めまして、オリヴィエ公爵様。リゼッタ・ミラブルにございます。どうぞお見知りおきを」


「こちらこそ、ライナス・オリヴィエです。あなたのようにお美しい方に会えて光栄だな」


「まあ、ありがとうございます」


 公爵相手にも怯むことなく挨拶をする彼女は堂々とし、とても美しい女性だった。

 はっきりとした目鼻立ちに、波打つストロベリーブロンド。まとうドレスは赤薔薇のごとく鮮やかで、大人びた雰囲気によく似合っている。


 リゼッタ・ミラブル男爵令嬢、十七歳。今年のデビュタントだ。

 最近いつもアランと共にいる人物でもある。


「公爵様、楽しんでいらっしゃいますか?」


 リゼッタがクイッと首を傾ける。その動作は愛嬌があり、上目遣いも誘うように艶やかだった。隣にパートナーがいるというのに大胆なことだ。


「ええとても。あなたも楽しそうだ」


「はい、おかげさまで。この会場の紳士淑女の皆様がご親切で、とっても心地よく過ごさせていただいておりますわ」


「リゼッタは大人気でな、私も鼻が高いよ」


 すると彼女はアランを驚いたように見上げ、すっと身を寄せる。


「まあ。でも一番私に優しいのはアラン様ですわ。今日も連れてきていただいて感謝しておりましてよ」


 流れるように、むぎゅ、とアランの腕に大きな膨らみが当たった。女性らしい体を誇示するその仕草から、ライナスはさりげなく目を逸らす。


「ああ、リゼッタ。君みたいに美しい人をおいて他所(よそ)へいけるわけないじゃないか」


「本当ですか?ありがとうございます。では後でたくさん踊ってくださいね、アラン様」


「もちろんだよリゼッタ。何曲でも付き合おう」


 リゼッタの大きな猫目を潤ませ、真下から「きゅるるん」と音がしそうなほどの上目遣い。これで大抵の男は転がせるのだろう。それにまんまとはまり、彼女の機嫌をとろうとするアランに、ライナスは内心溜息をついた。


(俺はなにを見せられているんだ…)


 思い返せば前回会った時、アランは徹頭徹尾笑顔でこちらを威嚇していた。しかし今の彼はこの美女に夢中。視線だって赤い唇と胸の谷間に固定され、ライナスを見向きもしない。


 その姿はとても将来を約束した相手がいるものではなく、ライナスはスッと目を眇めた。


 フェルシアと婚約予定のくせにリゼッタと近付きすぎだ。三曲以上続けて踊るのは婚約以上の関係に限るだろう……などというまともな指摘は、この男には意味をなさない。


 そもそもアランは遊び人として有名だ。連れている女性は日ごと月ごとに変わる。そして今はデビューした途端、社交界を席巻したこの令嬢に執心だ。


 毎度ながらこの不誠実さは不快極まりない。しかもフェルシアの人となりを知った上だと苛立ちも倍増する。

 あの真面目ながこんな男を望むはずもなく、ほぼ確実に、彼女は無理矢理アランの相手をさせられていると、ライナスは結論づけていた。


(だが、それを紐解くにもまずはゾエグ家の悪行を暴かなければ)


 いくら外野が吠えようが、フェルシアから複数の権利委任を受け、彼女を囲い込む相手と無理に引き離すのは危ない。ライナスの読み通り人質がいればそれで悲しむのはフェルシアだ。


 気を引き締め、ライナスは改めて目の前を眺めた。


 あでやかに笑い、アランにもたれかかる少女。

 ミラブル男爵家は新興貴族。そのため純血主義のゾエグ家嫡子が連れるにしては、リゼッタは異色だ。


 しかし商いで財を成し、今も国内外の流通を取り仕切るミラブル家は「死の商人」とも呼ばれ、武器商としても名が知れている。

 そしてゾエグ公爵は彼らを利用し、例の研究に使う物品や、領内で使う武器の支援を約束させていた。ここまで掴めば、対立する軍派閥の懸念は増すばかりだ。


「…ねえアラン様。パーティはまだ始まらないのね?私ったら少し疲れてしまったわ」


 ねえねえ、と甘えた声がねだる。


「それは大変だ。あちらの席で一緒に休もうか、リゼッタ。…ではライナス、僕たちはこれで失礼するよ」


 それへサッと背後を促すアランの仕草はいっそ芝居がかっていた。

 アランは思ったよりものめり込んでいるのか、二人の付き合いは数ヶ月ながらすっかり虜のようだ。


「失礼いたしますわ、公爵様。またお会いしたく存じます」


「ああ。二人とも、よい夜を」


 抜かりなく、にっこりとライナスに笑んでから背を向けるリゼッタ。

 それへ、今日はただベタベタする二人を見せつけられて終わったな……と、ライナスも立ち去ろうとしたが。また男の声が飛んできた。


「ああそうだ。ライナス」


 叙爵以降、アランは頑なにこちらを公爵とは呼ばない。

 ライナスもその耳障りな声に振り向いた。



()()()フェルシアが世話になってるんだろう?悪いな」



 最後の最後で聞いてきたかと、ライナスは慎重に答える。


「…いや。彼女はよく頑張ってくれているよ」


「いやに静かな娘だからね。つまらないだろうが適当に相手をしてやってくれ」


 あまりにも堂々とした侮蔑だった。ライナスの中に強い嫌悪感が湧きあがる。むしろ言及してでもフェルシアを(おとし)めたい、そんなアランの傲慢さが垣間見えた。


「そんなことはないだろう。冷静で賢い子だ。本当にうちの隊に迎えたいくらいさ」


「そんな迷惑はかけられないなあ。あれは近衛(うち)に入れるんだ」


 嘲るように細められる目元。安い挑発だが、まるでフェルシアが物のような言い様は聞き逃せない。


「だったらもう少し大切にしてあげたらどうだ?」


 こんな風に他の女性と絡んでいる場合かと糾弾すれば、アランはいつもの歪んだ笑みを見せた。


「大切?意味がわからないな。あれは細かいことなんて気にしちゃいない、気の利かない地味な女さ」


「君がそれを言うのか…?」


 エスカレートするもの言いに、ライナスはますます声のトーンが下がった。冷静になれと押さえつける理性の下で本能的な怒りがくすぶる。


 自分は知っている。


 フェルシアは努力家で優しく、芯の強い、ちゃんと感情をもった一人の人間だ。

 それにあっと言う間に魔獣を倒してしまう剣技、剣先の描く弧の優美さも素晴らしい。


 こんな放蕩な男に蔑まれるいわれはない。



「彼女は素晴らしい人だ。侮辱するなら許さない」



「許さない、だって?一体何を…」



「もう!アラン様ったら、まだここにいらっしゃったの」


 語気を強める二人の間へ突然、甘ったるい声が割り込んできた。


「リゼッタ」


「振り返ったらいないんだもの!私…びっくりしちゃった」

 

 そう言ってリゼッタがアランの腕に縋る。するとその表情は今にも泣き出しそうで…。大きな瞳がみるみるうちに歪み、うるっと涙が滲むと同時、いかにも弱々しい声が響く。


「どうして?私なんて放っておいていいってこと?そんな…アラン様、こんなのってひどいわ…!」


「そっ、そんなことはない!悪かった。僕が悪かったよ、さあ今すぐあちらへ行こう。さあ!君の話をたくさん聞かせてくれ」


 女の涙は最大の武器、といった光景。さすがに公の場、それも王城でパートナーを泣かせたとあってはまずいと、あのアランが慌てている。

 それはライナスの存在を忘れる勢いで、今度こそ二人はそろって去っていった。


 彼らを見届けたライナスは溜息をつく。

 今までアランとは何度も応酬したが、始終一定の態度であしらってきた。それがまさか今日は声を荒げそうになるとは…。


 それもこれも、ライナスがこの二週間でフェルシアという人物を知ったからだろう。


 彼は昨日、田舎町で赤青の瞳と見つめ合った瞬間を思い出す。

 雑踏の中、驚いてこちらを見上げた透明な瞳。あの時、フェルシアの目が自分だけを映したことに、ふと喜びが湧いて……このまま全てを話してほしいと願った。


 フェルシアはゾエグ公爵の行いの全容を知らなかったらしい。だがこのままだと、彼女はゾエグ公爵の共犯者として検挙される可能性があり、無実を証明できる可能性も未知数だ。

 事前にライナスへ協力してくれればその辺りも解決できるのだが…。


「あの……少佐、大丈夫ですか?」


 おそるおそるかけられた声。振り返ったライナスへルルリエが歩み寄ってくる。


「…ああ、おかえり。元帥は到着されたか?」


「大変お待たせしました。祖父は今、クロークを出てくるはずです」


 ならばもうすぐ開会の挨拶だと思い、ライナスは壇上を見た。

 体調不良により今日も国王は欠席だ。ゾエグ公爵が毒を盛っていると密かに疑われ、現在治療中だが、王は中々床を離れられない。

 すっかり平静を取り戻し、「そうか」と答えるライナス。するとルルリエがそっと切り出した。


「あの…さっきのことですが」


「どうした?」


 俯くルルリエ。それに、ああ…もしかして、とライナスが思っていると彼女は続けた。


「…あんな、…あんな言い方、あんまりです」


 ぎゅっとシフォンの腰元を握る彼女の手。それへ皺になる、とライナスは注意しかけてやめた。

 ルルリエは聞いていたのだ。自分とアランの会話を。


「許せません。私、あの人のこと…!」


「…それ以上はやめておけ」


 強まる口調をライナスは静かに制した。

 それへ、なぜ、と振り仰ぐ(はしばみ)色をじっと見返せば…ルルリエはもうなにも言わなかった。


「今日は皆の無事と未来を祝うためのよき日だ。…今はその感情は仕舞っておこう」


 目を合わせれば、自分もルルリエと同じ思いだと伝わったのだろう。「ですが、私も言い返したかったです!」との気概を感じる。


 ルルリエもよくフェルシアと接するので、ああ言われては腹も立とう。

 だがやはり、今はあの大貴族を声高に批判するのは危険だ。機を待ち、的確なタイミングで一気に崩す必要がある。


 それでもルルリエはともすれば泣きそうで、ライナスは仲間として肩を叩きたくなりながらも、前を向き、共感を示すことで慰めるのだった。

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