20.したいこと、すべきこと
―――……一つ、また一つと。道沿いの光が消えてゆく。
町の一日の終わり。窓の外の、寂しげな光景を背にフェルシアは寝返りをうった。
思いがけず泊まることになった宿の一室にて。考えることはやはり昼間のことだ。
(私は……選ばなくちゃ、いけない)
森を出て二人で過ごす間、なにを話していても結局はそのことが頭に浮かんだ。そうして時々上の空になるフェルシアを、ライナスも気付いていただろう。
だが彼は始終関係ない雑談を続けてくれた。話したことと言えば天気や町の風景、露店についてなど。いかにも世間話だ。
気を使ったのか、ただそういう気分でなかったのか。けれど本来ならばもっと聞きたいこともあるだろうに、こんなところでも彼は普段接する人々とは違うと、フェルシアは感嘆した。
だが結局、フェルシアの中では二つの選択肢がせめぎあったままだ。
現状を貫くか、……ライナスに協力するか。
己がライナス側に回れば、ゾエグ公爵はいよいよリーシャをどう扱うことか。
ライナスには言わなかったが、フェルシア達姉妹も「被検体」だ。
幼い頃公爵と研究者の話を立ち聞きした時には、すでに自分へ採血や身体能力を図るなどの妙な行為はあったし、治験のように投薬された姉が死の瀬戸際に立ったこともあった。
フェルシアのグローリーブルー家特有の能力―――魔素などが視えることを、なぜか公爵は始めから知っており、どのような効果なのか、執拗に聞かれたことも。
だから彼が医療研究と称しているものは、自分達姉妹に関係しているのだろう。ずっとそう思ってきた。
(……それが、あんな事態を引き起こしていたなんて……)
暗い穴の底へ獣の群がる光景が蘇り、フェルシアは掛布をきゅっと握った。
己の領内でのあの惨事を領主が知らぬわけがない。十中八九、ゾエグ公爵の指示だ。あんなことを許す人間なら、逆らったフェルシアに対し、リーシャをわざと殺すこともありうる。
それか、被検体として生死を問わず用いるようになるか。リーシャの命運はおそらくそのどちらかだ。
では、今のまま公爵に従っていれば?
長年の研究が結実し、姉が快癒するかもしれない。
嘘か誠か、グローリーブルー一族の能力を解明すれば治癒が望める、と聞かされている。だが、そのためにこれからも多くの人が犠牲になるだろう。そんな悪夢の果てに生き残ることを喜べるのか。
そして、目覚めたとしても二人が公爵家の支配から逃れられるかもわからない。
(それに、もう研究の実態は知られつつある…)
フェルシアの脳裏に、穏やかな宵闇のごとき瞳が浮かぶ。
すでにゾエグ家に次ぐ強権のオリヴィエ家が当主自ら動いている。遅かれ早かれ…フェルシアが協力しようが、しまいが。彼らが現場へ踏み込む日がくるだろう。
その時にゾエグ公爵が悪行を隠し通せるのか。
証拠隠滅に巻き込まれるなり、フェルシアの達姉妹とてなんらかの影響は避けられまい。己はどうなっても構わないが、衰弱した姉が争いごとを乗り越えられるのか、想像もつかなかった。
「わたし………」
かすかな溜息のような、囁きにも満たぬ呟きが空気へ溶ける。
大切な事と、優先すべき事が同じとは限らない。
そこへ「助けたい」と言った、あの声が耳から離れなくて。考えれば考えるほど、あの真摯な瞳に夢を見てしまいそうで…。
簡素なベッドに横たわったまま、彼女はじっと悩み続けた。




