82話
ギルド『デュランダル』の執務室。
薄暗い中、手元を照らす灯りを頼りに資料を読み込むのはギルドマスターのシグマ。
束で置かれた資料を読みふける事数時間、そろそろ終わりが見えてきたその時、横から光が差し込んできた。
「マジか、もう朝かよ」
昨晩からずっと読んでいたとはいえまさか朝日を迎えるまでとは、とシグマは固まった体を伸ばした。
コキコキバキッ、と小気味良い音を鳴らしながら体をほぐすとすっかり冷たくなったコーヒーに口を付けた。
「あーあ。これからの事を考えると頭は痛いってのに、気分は空みたく晴れてはくれねぇもんだ」
快晴の青空に文句を溢すと視線を読みかけの資料に戻す。
昨日ウォレス城にて集められた時の会議で渡された資料には現状とこれからの指針について纏められていた。
勇者による活躍によって事態は間違いなく好転へと向かっている。各地の魔族を討伐した事によって被害の減少は勿論。その活躍が国に広まることで民にも活気が戻ってきている。
しかし良い情報ばかりではない。先日勇者が死闘を繰り広げたガーゴイルの魔族との死闘の末に手に入れた情報、それはウォレス周辺に気をつけろとの事。あまりにも抽象的な情報だが、国王の最側近であるマリナスが真剣な表情で教会やギルドにも周辺の警戒を強めるようにと要請するのを見るに何か思い当たる節があるのだろう。
「ま、それが何かは教えてはくれなかったが」
今しばらくは話すことが出来ないとのことだが、いまだ幼い国王のリオンはともかく将軍でありシグマの友もであるマルスすら知らないとなると余程重要な事なのは容易に想像出来る。ましてやそれが魔族に狙われているかもしれないと魔族から情報がもたらされたのだ。マリナスにしてみれば事態の把握に務めたいのは仕方のないことだろう。
「何事もすんなりとは進んではくれねぇか」
残ったコーヒーを飲み干し、固まった体をほぐした事で多少スッキリした頭でこれからの事を考える。
周辺の警戒の為に何組かのパーティーに持ち回りで巡回させるローテーション。それを実行するための仕事の振り分け等も考えなければならないがそれよりも頭を占めるのは一つの事。
"激化する勇者の戦いを支える為、追従するパーティーを一組選出してほしい"
マリナスから出された勅命。何故ギルドに?と言えば城の兵士達ではどうしても練度が足りないとの事。
大隊で行動するのが主の兵士であるならば仕方のないことだった。
「問題はどのパーティーを送り出すかだが」
最前線で戦う勇者と共にするのであれば勿論生半可な実力のパーティーを選ぶ訳にはいかない。
しかしギルドも抱えている案件は少なくなく、それを任せている上級のパーティーもまた多い。
どうしても外せないパーティーを書き出しては消していき候補を絞っていく。
一つ、また一つ。候補を削っていき残った一組にたどり着いた。
「やっぱりコイツらが上がるよなぁ」
半ば予想通りの名前を見つめてそう呟く。勇者が召喚されたと同時期に弟から送りつけられた人物が率いるパーティー。
前の世界で死んだ後にこの世界にやって来たというトンデモな事情を抱え込んでいるその男は、ギルド内でも一癖も二癖もあるメンバー二人と組ませパーティーとなってからは文字通り破竹の勢いで成長を続けていた。
異常とも取れる程毎日のように討伐系の依頼に出向いては大きな負傷をすることもなく毎回達成してくる。
その成果もありパーティーメンバーのレベルが通常ではあり得ない速度で上がっていき、今では上級の目安となっているレベル10を越えていた。
個々の実力は勿論だが特筆すべきはパーティーでの戦闘練度だろう。ギルドでは魔族と戦闘を行うときは複数のパーティーでの共闘を推奨しているが、以前不足の事態だったとはいえパーティー四人で魔族トロルを討伐したのは記憶に新しい。
個人の実力、パーティーの練度。それに単独のパーティーで魔族を討伐した実績を鑑みればむしろこれ以外の選択はないともいえた。
「後はアイツが素直に首を縦にふるかどうかだが」
じゃじゃ馬娘とエルフの僧侶は喜んで受けるだろう。元々の自分が戦う理由と重なるのであれば断る理由も無い。お調子者は嫌がるだろうが渋る態度を取るだけで拒む言葉を出ない性格だ、最終的には受けてくれるだろう。
最後に残った一人を頭に浮かべ腕を組む。いつもならこの男も頼んだ依頼は全て引き受けてくれた。だが今回は事情が事情だ。
「力になることを断り自身の能力を譲渡した勇者の手助け。巡りめぐって何の因果か。いやアイツだからこその巡り合わせか。とにもかくにも今回ばかりはアイツの意志が何よりも優先されるべきだ」
国の未来に関わるかもしれない要請に私情を挟むべきではないのだろうが、件の男の事情を深く知る数少ない一人として、またギルドで共に過ごした仲間として、大切な身内の意志くらいは汲んでやるべきだとシグマは思った。
万が一断られたら代わりの者を選出すればいい。他に候補がいないほどウチのギルドの層は薄くない。ならば後は本人に話をつけるだけだとシグマはコーヒーを淹れに食堂へと向かった。
時間は早朝。未だ職員の殆どが来ておらず閑散とした食堂に入ると夜勤を担当していた職員達と会った。
職員はシグマの目の下の隈を見つけると体を労るようにとお小言を一つと気になる言葉をぽつり。
「アイツが夜通し訓練してるからって当てられたんですか?」
アイツと言われ思い当たる節がないシグマは首を傾げる。職員は見当違いだったかと軽く謝るとその人物は今も訓練所にいるという。
淹れなおしたコーヒーを飲み干すとその人物が気になるシグマは訓練所へと足を運ぶ。
はて、確かにギルドには向上心逞しい人物はチラホラいるが訓練所に夜通し籠るような熱心な奴はとなればピンとはこない。無理したところで資本なる体に不調をきたせば元もこもない事は常識だとは思うが。
「まさか」
そこまで考えてとある人物がポンと頭に浮かんだ。端から見れば無茶や無理を事も無げにやり通して来たのが一人いた。
ギルド史上破竹の活躍を見せ今なおその勢いはとどまることを知らない、秘密を抱えた期待の新人。
「そういえばレベルとステータスが基準を満たしたからヨダ爺が『フィジカルエンチャント』を教えるって言ってたっけか」
確かな技量と付かに耐えうるステータスがあって初めて使いこなせる上級技術であるフィジカルエンチャント。それを収得するために昨日ヨダ爺が準備をするんだと言っていたのを聞いたのだった。
「自分が強くなるためなら徹底的にやるからなアイツは」
ギルドに来たばかりの当初も時間があれば訓練所で自身の得物であるハンマーを振っていたのを思い出す。大振りで振るうのが当然のハンマーをまるで槍でも扱うかのように自在に振るえるのはそれらの真面目な積み重ねがあってのものだろう。
訓練所にたどり着いたシグマは答え合わせをするように件の人物の姿を探した。
ただ広い訓練所に風切り音が響いていた。
音のする方に視線を向けるとそこにはシグマの目当ての人物がいた。
別世界からやって来て、能力を失いながらも自前の戦闘技術を持って数多の戦果を上げる実力者。
今もシグマの事など気づかないままハンマーを無心に振るうクーガーの姿がそこにあった。




