81話
「ハアッ…!ハアッ…!」
息を切らし膝を着く康一。剣を支えに倒れる事だけは避けたが最早立ち上がる気力も余力も底を尽きた。
そんな康一の元にリフルが駆け寄りその身を心配するがそれでも視線は前を向いたまま。リドリーの体を両断した。それでも万が一にも息があるのではと思うと気持ちは切らせられない。
「――――ケ」
もぞ、と体を斜めに切られ上半身のみとなったリドリーが動いた。
「嘘っ……!?」
まさかまだ生きているのかとリフルは驚愕し息を飲む。
その声を聞いたリドリーは力なく乾いた笑いを上げた。
「これでも一応魔族なんでナ。そう易々と死にやしないのサ。つっても空を飛ぶどころか地面を這いずる虫になった以上、何も出来ないけどナ」
ここまで来ると滑稽だナ、とリドリーは笑う。
「なア、勇者さんヨ。俺はもう動けねぇんダ、最後に自分を仕留めたヤツの面ぐらい見ときてぇんだがどうだイ?」
リドリーの言葉にリフルは罠だと言うが、康一はそれでもと説得しリフルの肩を借りてリドリーの元へと歩く。
「お前に、聞きたい事がある」
リドリーを見下ろし康一は口を開く。体を両断されてもまだ生きている事に驚きは隠せないが、口が聞けるのであれば問いたい事があった。
「以前戦ったオークの魔族はライアットさんの事を知っていた。そしてお前も、どうしてライアットさんや僕達の事を知っている?そして今回のエムラカンの襲撃、まるで僕達を誘い込むような―――」
一度口から出れば疑問は止まらない。矢継ぎ早に喋る康一の姿にリドリーは再度笑うと康一は口を閉ざした。
「ケケ。いやいや、そんなボロボロになりながらも口はよく回るもんだと感心したゼ」
「康一さんは真面目に聞いていますっ!」
「それを魔族が真面目に聞くとでモ?」
リドリーの態度にリフルが悔しそうに口を結ぶと、リドリーはだガ、と言葉を続けた。
「今の俺は気分が良イ。ここまでやってくれたんダ、対価は払わなきゃならねェ。多少の情報はくれてやル」
死力を尽くした戦い、勝敗はどうであれ望んだ瞬間を得られたのだからそれをもたらした相手には相応のモノを。例えそれが他の魔物から侮蔑されるような行いでも、ガーゴイルの魔族として得た己という個性が決めた事ならば果たすだけの事だとリドリーは考える。
「話してくれるのか?」
「望んだのはお前だロ?違うんなら黙るがナ」
直ぐ様首を横に振る康一を一瞥したリドリーはポツリポツリと語り出す。
「さテ、先ずはどうしてお前らの事を知っているかだガ、これは簡単ダ。魔族ともなれば少なからず繋がりはあル。互いの食いぶちなんかの利益をそこなわないように牽制する為にナ。そうなれば必然的に厄介な話題は共有されるもんダ。お前みたいな強者は特に話題に上がるゼ」
ニヤと笑うリドリーの視線が自分の後ろに向けられていると感じた康一が振り向くとシータを抱えてゆっくりと歩いてきたライアットの姿が。
「ライアットさん…!」
「視線を逸らすな。話はまだ終わっていないぞ」
シータを優しく下ろすとライアットもリドリーに近づく。
「以前戦ったオークの魔族が言っていた。俺を倒してアイツらよりも強くなると、アイツらとはお前達の事で間違いないか?」
「オーク?……ああ、確かジグーとかいったカ。そういえばいきがっていたオークだったと記憶に残っていたナ。吠えるだけで中身が伴っていない雑魚が目の敵のように言ったんなら多分そうなんだろうヨ」
「つまり、お前程の魔族がまだいるんだな」
アイツら、というのならば特定の魔族ではなく複数を指すのは当然。ライアットが知りたかったのはその対象の強さ。オークの魔族であるジグーも十分に強かった、そのジグーが目の敵にする相手とはどれ程のものかと今まで頭の隅に置いていた疑問が漸く解けた。
「コイツ並みの魔族がまだいるなんて、悪い冗談だと思いたいわね」
疲労困憊の為、地面に座り込んでいるシータが苦々しく呟く。
多大な被害を出しながら漸く目の前のリドリーを倒したのだ。なのにそれに匹敵する魔族がまだいるとなれば表情は厳しくなる。
「他の魔族はどんな種族だ?どのような力を持っている?」
少しでも情報を引き出したいと詰め寄るライアットにリドリーは笑う事でその口を閉じさせた。
「あいにくそこから先は報酬には含まれねェ。あくまで俺に関する程度の情報ダ」
コレでも魔族なんでナ、と続けるリドリーに康一はなら、と口を開いた。
「今回の襲撃は突発的なモノだったのか、それとも―――」
「勿論、お前らを誘い込む為に手間暇掛けたゼ。なんたってお前らは各地を回っていたからナ。確実に殺り合うには仕掛けるより出向いてもらう方が得策だと考えたからダ。しかしどうしてそれを気にするのかネ?」
あっけらかんとした物言いに康一は拳を無意識に強く握りしめる。
「どうしてって…!そのせいで無関係な沢山の人が死んだんだぞっ!!」
康一は自分達を誘い込む為にエムラカンの人達が犠牲になったことに、後悔と懺悔の念が心を襲っている。
「だからどうしタ?無関係だろうとなかろうと必要であれば幾らでも殺すサ」
「お前……っ!」
怒りがこみ上げ剣を振り上げようとする康一に一つ教えてやろウ、とリドリーは続けた。
「簡単な事を小難しく考えるから悩むんだよ人間ハ。気に入らないなら殺せばいイ。欲しければ奪えばいイ。欲望に善悪の価値を付与するからややこしくなル。強ければ全てを得られ、弱ければ奪われル。そんな単純な理屈が何故わからなイ?」
「そんな単純な理屈で人は生きていない。善悪の価値があるからこそより良い方向に向かえるように人は成長していくんだ」
怒りに震える康一をなだめライアットが答える。
人の善悪は時や状況で如何様にも変わるが、その度に悩み考え抜き人は生きてきた。その強さと尊さをライアットは知っているしこれからも信じていた。
「康一は確かに小難しく考えているのだろう。しかしそれは短所でも欠点でもなく、人を思いやれるという強さだと俺達は知っている」
だからお前の指摘は余計なお世話だとライアットは突きつけた。
まさか自分がここで誉められるなんて思ってもいなく呆気にとられている康一に、自分達も同じ気持ちだと伝えるようにリフルとシータが側に寄り添った。
「だからこそ貴様を仕留めた最後の一撃に繋がったんだ」
思い返すは暗闇を裂く炎の刃。絶望的な状況を打破した一撃。
「あれカ。あれはいい一撃だっタ。あれが死力の果てに出されたモノだったからこそ真に思ウ。そういう意味では殺し合いには負けたが俺自身の願望は叶っタ」
自分に致命傷を負わした攻撃。その威力を思い出しながら愉悦に浸るリドリー。
「心残りはもうあの戦いが出来ないって事ダ。満足したはずなのに次を求めるの仕方ないことだがナ」
欲望に際限は無く今すぐにもう一度と願うがそれは二度と叶わない。
満足感と闘争を渇望する心がせめぎあうが、崩れいく体では最早何も成すことは出来ない。
「さぁ最後の仕上げダ。魔族が勇者に贈るのは賛辞じゃなく次の闘争と相場がきまっているんでネ。終いの言葉だ聞き逃すなヨ?お前達の本拠地の周辺に気をつけることダ」
「どういう事だ?」
いきなりの情報に理解が追い付かず詳細を知ろうと詰め寄るライアット。
「それぐらいは考えてみせろヨ。知恵を振り絞るのが人間なんだロ?」
焦る表情を見て満足そうに笑うリドリー。
「それとコレは餞別ダ!受け取ってくれヨ!!」
報酬は渡し終わった。なら最後は魔族らしく締めるとしよう。
リドリーは詰め寄るライアットに向けて最後の力を振り絞り炎を吐いた。
タイミングは完璧。虚を突かれたライアットは防ぐ事は叶わず仕留めるには至らずとも重傷は確実な一撃。
(さぁ最後に苦痛の表情を見せてくレ)
それを最後にくたばるとしようと考えたリドリーの視界に現れたのは、炎を切り裂く剣だった。
「―――ッ!?」
剣はそのままリドリーの口内へと突き刺さり貫く。
襲いくる痛みと遠のく意識の中、リドリーは自分にトドメを刺した勇者の顔を記憶に刻まんと見続け、笑みを浮かべたまま絶命した。
少なくない犠牲を出し、心身共に苦痛にまみれ苦しい表情浮かべる勝者。全滅しながらも己が欲望を満たせた喜びで笑みを浮かべ死んだ敗者。あまりにも対象的な最期を迎えた戦いはこれで終結した。
朝を迎えて太陽によって照らされるエムラカンの町は、昨夜の襲撃の被害をハッキリと映しだす。
崩れた家屋に燻る火種がパチパチとなる中、生き残った兵士達と住人が戦いの事後処理を行っていた。
シータとリフルが住民達を指揮し、力のある者は瓦礫の処理を、料理の出来る者は炊き出しを、残った者は負傷者の手当てをしていた。
ライアットは兵士達を連れ死体の回収を行っている。
昨日まで共に過ごした仲間だったモノ達を、悲痛に歯を食い縛りながら運ぶ兵士達。悲しむことも嘆くことも今はせず、ただただ職務に殉ずる様を康一は離れた場所で見ていた。
「―――――」
ぽつんと一人佇む康一。ライアットに自分は何もしなくていいから休んでいろと言わたが、本当は何も力になれることが出来ないからじっとしていくれ、という意味が含まれているのを康一は理解している。
こういう時、自分の無力さを改めて実感する。リドリーを倒したといえ少なくない犠牲は出てしまった。戦いである以上それは仕方ないの事だと皆に言われるが、それで割りきれる程康一はまだこの世界に馴染んではいなかった。
どれくらいその状態でいただろうか、気付けば力仕事をしていた住民達は炊き出しの場所へと集まっており、兵士達も少し距離を置いているが腰を下ろして休んでいた。
「どうぞスープです。温まって気持ちが落ち着きますよ」
スープを注いだ器を持ってリフルがやってくる。リフルは足元に布を敷くと康一座るように促す。
康一は促されるままに座るとリフルも隣に腰を下ろして器を手渡した。
「康一さん。貴方はちゃんとやれていますよ」
急な一言に康一はリフルを見る。脈絡もなく言われた言葉の真意を理解出来ず問い返す言葉も出なかった。
「康一さんは多分犠牲になった兵士の方達や、私達を誘い込む為に犠牲になったエムラカンの町の人達を思って自分の力不足を嘆いているんだと思います」
リフルの言っている事が合っているために口を挟まず聞き入る康一。
「ですが康一さんのおかげで助かった命も確かにあるのです。どうかそれをわかって下さい」
ほら、とリフルが見ている方に視線を向けるとそこには町の人達が笑顔で食事をしている姿が。
「あそこにいる人達は康一さんや私達、ローランド王国の兵士の皆さんが守り抜いた人達です。皆が戦い勝ち取った未来があの光景なんですよ。この前の戦いも、その前だって、守れた人達の笑顔が康一さんの中にもあるでしょう?」
あれは貴方が頑張った証なのだから誇るべきモノなんだとリフルは言った。
「亡くなった方達を悼むその気持ちは素晴らしいものです。ですが守り抜いた人達の笑顔を喜べる気持ちもまた大切なものだと私は思っています」
だって守れなかった人達だけを想っていたら心は壊れてしまうから。そしてこの優しい少年はそういう人なのだろう。だからリフルは言葉にして言うのだ。貴方に救われた命も想ってくれと。
「―――――っ!?」
そしてその思いはちゃんと届いた。
康一はハッとすると瞳に涙を浮かべ顔を伏せる。落ちる涙がスープに混じる。それをリフルはただ優しく見守った。
飲み終えたスープはとても温かく少ししょっぱい味がした。
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