80話
「来るぞ!態勢を整えろッ!」
一歩前に出て康一達の前に立つライアット。
(体が重い……っ。打って出るには厳しいか。よくて一回仕掛けられるかどうか)
自分の状態を確認し、攻撃を仕掛けるのは厳しいと判断したライアットは盾を構え腰を落とし、リドリーの攻撃を受ける姿勢を取った。
「シータ!手数を打ってヤツの足を遅らせろッ!」
その指示にシータは詠唱を始める事で了解の意を示した。杖先を向けて狙いを定める。
「生命を照らす暖かな火よ、数多の火球と成って敵を討たん―――、『フレイムラピッド』!!」
通常のファイアーボールよりも幾分か小さい火球が無数に現れリドリーへと殺到していく。
「今更この程度で止められるとでモ!!」
一撃の威力が強力だった先程の大火球ならまだしも、威力を落として数に物言わせた魔法など脅威にすらならないとリドリーは防ぐ構えすら取らず突き進んでいく。
リドリーに火球が当たる度に爆発が起こりそれが幾重にも続いていく。
「ライアット!悪いけど効果はあんまり期待出来そうに無いわよっ!」
予想よりも手応えが無いことに舌打ちを鳴らすシータに問題ないとライアットは返す。
「少しの間ヤツの視界と聴覚を妨害出来ているならそれでいい。全員話を聴いてくれ」
ここからが重要だと、ライアットは手短に作戦を伝える。
「――――以上だ。注意は一点、タイミングだ。早まっても遅れても失敗に終わるだろう。やれるな?」
「やれなきゃ終わりでしょ?ならやりきるしかないじゃない」
「ええ、それに皆さんがいれば出来ます。ですよね康一さん」
「はい!皆が力を合わせれば必ずっ!!」
強く返すシータと皆がいるから大丈夫だとリフル、そして最後に康一は胸を張って力強く答えた。
「いい気迫だ。―――来るぞッ!」
全員の士気は高い、これならばいける。後は各々の役割を果たすのみと構えを取った。
ライアットが前面で盾を構え、その右後ろに康一が、その横にはシータ、最後列にリフルと隊列を組んだ。
康一達がもっとも得意であり自信のある迎撃の体形。
準備が整ったその時、視線の先の煙を裂いてリドリーが現れる。
「全員固まり迎撃の構えカッ!絵に書いたような手本で笑いが出ル!」
相手は久しぶりの極上の獲物だ。だからこそ力押しだけではなく此方も戦術を持ってぶつかっていく。
速度は落とさず、更に前傾姿勢を取ると超低空飛行の形となった。その状態で左手を地面に刺して視点とし強引にライアット達の側面へと周り込む。
「反応が遅いゾ!凝り固まったその思考、仲間を一人失って改めるといイッ!!」
狙いは火力担当の魔術師。さっき魔法を放ったばかりで次の詠唱はまだ始められていないので迎撃は無い。
万全ではない勇者じゃ止めるには力が足らず|その陰で姿が見えない神官も同じく、そして盾役のライアットは一歩遅い。
決まった、まずは一人。左手を貫手に変え、一撃で仕留めんと振りかぶる。
「虚を突いたつもりだろうが読みが浅いな。それぐらいなら此方も想定ずみだッ!」
リドリーの前に光の壁が展開される。視界の隅には詠唱を終えたリフルがいた。
「ケケッ!やれば出来るじゃないカ!だがその薄皮一枚で止められる程俺の攻撃は柔くは無いゾッ!!」
攻撃を止める事なく振るった一撃はリフルの張ったバリアを貫き破っていく。
「一枚で駄目ならもう一枚!生命を育む豊かな大地よ、我が眼前に現れ敵を別て!『ストーンウォール』!!」
バリアが破られてもそれに掛かった数秒の猶予は無駄にはしない。地面が競り上がり分厚い一枚の壁としてリドリーの前に現れた。
「残った精神力注ぎ込んだ土壁!そう易々と貫けると思わないことねッ!」
ふらつく体でシータは壁の向こうにいるリドリーに叫ぶ。
「いいネェッ!だが真正面から突撃するだけじゃない事は今さっき見せたばかりダ!つまり何も壊すだけが突破法じゃないんだヨォッ!」
二度も自分の攻撃を防いだ事実に喜びながらもまだ足りないとリドリーは壁を越えるために背中の翼を広げる。
「それも想定ずみだッ!合わせろ康一!」
「はいッ!!」
それを見越していたライアットと康一が壁の左右から飛び出しリドリーに挟撃を仕掛ける。
リドリーは飛び立とうと構えていたため反応が少し遅れていて絶好の攻撃の機会。
この一瞬こそがライアットが事前に打ち合わせた作戦で求めた好機。
狡猾なリドリーが正面から来ないと想定し、なおかつ自分達がリドリーの攻撃を防ごうとすればそれをねじ伏せようとする性格も織り込んで仕掛けた罠。
「『フィジカルエンチャント』!!」
同時に身体強化を施しリドリーへと肉薄する。この一撃で終わらすと残った力を込めた剣をその身に叩き込んだ。
「ガッ……アアァッ!!」
だがそれでもリドリーを断ち切るには至らない。左から仕掛けてきた康一の剣を左腕で受け止め、ライアットの剣にその身を貫かれながらもリドリーはまだ生きていた。
「なんたる生命力…っ!」
その事にライアットは驚愕するが千載一遇の勝機を手放さないために盾を投げ捨て両手で剣を持ち更に深く突き刺す。
「ギ…ッ、―――キヒヒヒッ!!」
体に深手を負いながらもリドリーの胸を占めるのは歓喜の感情。追い詰めていた相手に自分は今逆に追い詰められている。
相手の折れないその闘志に、己を追い詰めるその姿に喜びが溢れる。
ならば自分も足掻かなければならない。ガーゴイルとしてのプライド?そんなものはハナから無い。死力を尽くして殺し合うのにそんなものは不要だ。この殺し合いを楽しむためなら幾らでも無様に足掻いてみせる。
「そうとなれバ、この状況はよろしくねえよなア!」
左腕は半ばまで剣が食い込み切られるのは時間の問題。腹に刺さった剣も右腕が無い以上引き抜くのは困難だ。
状況を把握したリドリーは攻撃受けていた左腕の力を抜いた。
「なっ!?」
力が抜けたことにより食い込んでいた剣が振り抜かれ左腕が切り落とされる。いきなりの事で剣を振るった康一が戸惑ったその隙を逃さずリドリーは蹴りを放ち康一を蹴り飛ばした。
「康一っ!?」
「そうやって獲物から眼を逸らすと折角の勝機を逃すゼ?」
口から血を溢しながらも口内に炎を蓄えるリドリー。
「剣を返してやれないからなナ。代わりにコイツをくれてやるヨ」
ブレスではなく炎を形成した火球を吐き出す。盾を手放していたライアットは咄嗟に両腕を交差して火球を防ぐがその衝撃で後ろへと吹き飛ばされてしまった。
「これで自由ダ」
両腕を失いながらも悠々と空中に飛び上がるリドリー。
視線の先には立ち上がるも空にいる己を見上げる康一の姿。
「最高だよ本当ニ。望むならこの手で仕留める感触を味わいたがったが最早それも出来ネェ。ならお前達を殺した後にその余韻をたっぷりと味わうとするサ!」
体内の魔力をかき集め全て炎に変える。辺り一面を焼き尽くし康一達も死体すら残さないであろう一撃を練り上げる。
「マズ、イ。止めねば…」
焦げる腕を支えに何とか立ち上がろうとするライアット。しかし先の攻撃のダメージで体に力が入らず膝を突いたまま動けない。
視界の橋では精神力を使い果たし地面に倒れ伏すシータの姿。空中にいるリドリーに対する唯一といっていい攻撃手段を持つシータが戦闘不能に陥っている状況にライアットは歯を食い縛る。
戦闘続行出来るのは康一とリフルの二人のみ、その内の神官であるリフルでさえ精神力の消耗は激しい上に元々攻撃手段は少ない。
康一にしても攻撃魔法は使えるがそれも初歩的なものだけだ。剣で攻撃しようにも空中にいるリドリーの元へと近づく手段が無い。
「ここまで、なのか…?こんなところで終わってしまうのか…?」
絶望的な状況にライアットが弱音を溢す。今まで如何なる時でも悲観的な言葉を出す事が無かった男の弱音。
その声が戦場の中に鮮明に響き、築き上げた戦意にヒビが入り崩れ去ろうとしていた。
「―――まだですッッ!!」
それを止めるように声を上げたのは康一。
「まだ終わってない!終わらせない!絶対に終わらせたりするもんかっ!」
「康一……、しかし……」
子供の駄々のように叫ぶ康一にライアットは何とか踏みとどまりながらもやはりこれ以上はと顔を落とす。
「皆が期待を掛けてくれた!弱い僕をライアットさんやリフルさんにシータさんが支えてくれた!僕に"誰かの為に頑張れる"機会をくれた!」
生前願いついぞ叶わなかった夢が今ここにある。ならばここで折れてはいけない、負けてなんかいられない。
後ろに守るべき人達があるから、この背中に託された使命があるから。
「それをここで終わらせたりなんて絶対にさせないッ!」
それを成し遂げるまで、途中で倒れたりしないと康一は剣を構えた。
「よく吠えタッ!だが吠えるだけなら犬と同じダッ!違うというなら力を示してみろヨォッ!」
「やってやるさあぁッ!!」
剣にエンチャント、己にフィジカルエンチャントと同時に掛ける。
全身を襲う痛みに歯を食い縛りながらリドリーを睨み付ける。
「無茶です康一さん!」
いくら体を強化しても武器を強化しても、それが相手に届かねば何も意味が無いとリフルが叫ぶが康一は止めない。
康一は痛みに耐えながらも逆転の一手を放つべく思考を深めていく。
(攻撃しようにも空中には届かない。魔法を放っても威力が足りない)
ならばどうするか?その打開策を朧気ながら浮かべている康一。
(魔法を放つ時、杖を使って効力を上げれるのは知っている)
シータが威力を求めてこの戦いで杖を用いた事からもそれは分かる。
そこで康一はふと疑問を持った。杖自体もエンチャントを施す事が出来るのに、他の武器は何故杖のように魔法のサポート的な事を成す事が出来ないのだろうと。
シータに聞けばそれは昔からそういうものと、杖と魔法には融和性があり、他の武器では魔法の扱いが劇的に難しくなるとの事。
(つまり…、制御が出来れば、剣でも似たよう事が出来るはず…っ)
剣に施した魔力の形を変えるために頭に浮かべるイメージを明確に、自分が望むモノへと変えていく。
そしてイメージを固めたら実行に移す。詠唱を唱え、魔力を形として実体化させる。
「生命を照らす暖かな火よ、我が剣に宿り彼方の敵を切り裂く刃となれ―――!」
康一の構えを見て何か来ると感じたリドリーは練り上げた炎を吐き出す。
「何か出来るなら仕掛けてこイ!それごとこの炎で焼き尽くしてやるがナアッ!!」
吐き出された炎は渦となって康一の視界を埋める。このままいけば骨すら残さず燃え去るだろう。
だがそれを前にしても康一の眼から戦意は消えず、放つギリギリまで魔力を練り上げた一撃を放った。
「『緋炎翔・一閃』!!」
振った剣から炎の刃が放たれ、炎の渦を切り裂いていく。止まる事なく突き進む斬擊は渦を全て切り裂きその先にいたリドリーへと向かっていく。
「ガッ――――!?」
炎を吐き出すため空中で留まっていたリドリーは回避行動を取れず、両腕が無い事で防御をする事も叶わずその刃を身に受ける事になる。
康一の激情を具現したかのように猛る炎の刃はリドリーの強固な体を焼き切り断ち切った。




