83話
訓練所にたどり着いたシグマはクーガーを見ていると思わぬ先客から声を掛けられた。
「なんじゃシグマか。どうしたこんな朝っぱらから」
「それはこっちの台詞だヨダ爺。年寄りだからってこんな時間から徘徊なんざ笑えないぞ」
瞬間目の前に小さな火球が飛んできてシグマは寸でのところでこれを躱した。
「危ねぇなッ!?いきなりなにすんだよ!?」
「なに、くだらんことをほざいて寝惚けているようだったからの。気付けの一発じゃ。どうじゃ?効いたじゃろ」
「お陰さんで。眠気は吹っ飛んだが代わりに朝イチで疲れさせてもらったよ」
そんな言葉も「それは結構」のヨダの一言で一蹴された。
「ったく。それで?本当に何で朝イチで此処にいるんだ?」
「朝イチで来たわけじゃないわい。昨日からずっとおったよ」
「はぁっ!?昨日からって何でまた?」
シグマの疑問にヨダは視線をクーガーに向けたま答えた。
「以前、クーガー達からフィジカルエンチャントの指導を頼まれてな。教えるならばパーティーメンバー全員に教えたほうが手っ取り早いからの、全員の都合があったのが昨日というわけじゃ」
ここまではいいかの?とシグマに確認をとったヨダは軽く咳払いを一つして続きを話した。
「元から個々の素質は高い奴らじゃから基本は問題なくこなした。昼前には一通り扱える程にはの。お前も知っての通りフィジカルエンチャントは精神力を多用に消費する術じゃ。ルセアとソーマ、その二人程ではないがコーラルも昼過ぎには消耗して切り上げたわい」
「なるほどな。ヨダ爺の話はわかったが、まだ解決してないのが目の前にいるぜ」
精神力を消耗するフィジカルエンチャント、それを何故クーガーは今も掛け続けたままでいられるのか。
そのシグマの問いにヨダは深く息を吐くとゆっくりと語りだした。
「シグマよ、ワシも長く冒険者や兵士を見てきた。その中には才ある者は勿論その逆の者も沢山おった。比率で言えば当然前者は圧倒的に少ないがの」
「アイツは飛びっ切りの才能があるってか?」
「そんな軽い言葉では済まんよ。確かに才能もあるだろう。しかしその言葉が霞む程の技量よ」
「技量?それも才能の内に入るんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれん。しかし、ワシにはどうしてもそう言いたくなくての」
やけに歯切れが悪いヨダにシグマはもどかしさを感じた。それを察したヨダは言葉を選びながら話を続けた。
「あやつは魔力を調節し常に最低限の魔力量でフィジカルエンチャントを掛け続けておる」
「はぁ!?何でまたそんな事を、ってか最低限の魔力量に調節って出来るのか?」
シグマの驚愕ももっともだとヨダは頷く。フィジカルエンチャントの使用には多大な魔力を消耗する、そしてその対価として強力な効果が得られる。
だからこそ通常は更に魔力を込めてより身体能力を強化しようとするのが当然であり共通の認識だ。
だがクーガーがやっているのはその逆、発動最低限の魔力量で最低限の効果を得ている。ただでさえ体に魔力を流すフィジカルエンチャントは相応の魔力操作の技術を要するのにそれを魔力量を抑えるのに費やす理由がシグマには見当もつかなかった。
「あやついわく体に馴染ませる為に必要な事じゃそうだ」
ヨダの言葉の意味を理解しきれないシグマは口を挟まない事で続きを促した。
「最低限の魔力で体の隅々まで強化した状態で操れるようになれば、無駄な魔力の消費を抑えて長い間術を掛け続けられるようになると言っておった」
魔力をただ多く消費するのではなく、必要な量を無駄なく扱えればそれだけ使用時間は長くなる。そうなれば必然、戦闘において有利な場面が格段に増える事になる。
切り札としての印象が殆どであるフィジカルエンチャントを、常に使用できる術技の一つの枠に収める為の訓練だとクーガーはそう言ったのだとヨダは語る。
「昨日、勇者がエムラカンで魔族相手に新たな術技を生み出した話しをしてくれたじゃろ?」
武器に魔力を施すエンチャント、武器の性能を上げる術技であるソレを勇者は戦闘に中魔力を制御することで形を作り新たな術技を生み出したという。
あまりにも革新的な話しでウォレス城内は勿論、ミトス教会、冒険者ギルドのデュランダル、それぞれの陣営でも誰か使えないかと所属している者達に挑んでもらったが、今のところ誰一人として使えた者は現れなかった。
「全く新しい技術を生み出した勇者はまさしく天賦の才能があるのじゃろう。それは皆に希望を見せる宝剣のように輝かしく見えるだろう」
しかし、とヨダは一つ区切って。
「既存の技術を更に昇華しようと自らを鍛えるアヤツの姿をみて、まるで数多の戦場を駆け抜けた鍛え上げられた歴戦の剣のように見えたのじゃ」
そう語るヨダの表情はまるでクーガーを通して別の何かを見るように憂いていた。
「先代のギルドマスターも今のギルドの体制の基礎を作ってくれたんだよな」
以前はローランド王国に複数あった冒険者ギルド、その殆どが十年前の魔族の大侵攻により壊滅的な被害を受けた。
デュランダルの前ギルドマスターもその一人だ。
仲間を想い、共に歩む事をよしとしていた先代は、自由な気風の冒険者達に協調の基礎を植え付けてくれた。
「そうじゃよ…。常に今の状況で出来る最大限の事を考えていた、仲間想いの、良いヤツじゃった…」
「クーガーはそんなに先代に似ているか?」
自分の記憶にある先代の姿は明るく快活でよく笑う人物だった。
クーガーを悪く言う訳ではないが、普段から愛想が良いとは決して言えないクーガーとは重ならないのではとシグマ。
「見た目は、の。じゃが、常に自分の出来る最大を求める姿勢、戦場に出れば戦果を上げ仲間と共に帰ってくるその姿にワシは面影を見つけたよ」
似姿ではなくそのあり方に先代の面影を感じたのだとヨダは言った。
「あり方ね」
ヨダの言葉にシグマは考えに耽る。
シグマの記憶にある先代の姿と目の前のクーガーの姿は似つかないが、そのあり方という視点で見れば重なる部分は確かにあった。
だからだろうか。無意識に頼ってしまうのは。困難な依頼を頼む時に、長年苦楽を共にしたベリス達と同じ様に信頼を感じてしまうのは、どこか先代の影を見たからなのか。
「今を生きる者に故人を重ねて見るのはクーガーに対して失礼な事なのは承知しておる。だがワシは持ちうる技量を高めていくその姿にアイツを重ねずにはおれんかった」
先代と共に戦場を駆け抜けたヨダにとってクーガーは過去の在りし日を思い出させるに足るものだった。
「だがアイツはアイツだ。先代じゃない」
ただアイツは奇異な運命を辿り此処に流れ着いた男であり先代とは別人なんだと自分に言い聞かせるシグマ。
二人の間に沈黙が流れる中、昨夜からずっと続いていた素振りの音が不意に止んだ。
今まで武器を降り続けていたクーガーは滝のように流れる汗を軽く拭い二人の方を見ていた。
「珍しい組み合わせだな。というかもう朝になっていたのか、道理で疲れているわけだ」
拭っても拭っても滴り落ちる汗にこれ以上は無駄だと感じたクーガーは自分を見ていた二人に声を掛ける。
「それで?こんな朝っぱらから二人して何の用だ?」
「何の用って、フィジカルエンチャントを指導した手前、訓練終わりまで見ている義務があるじゃろうに」
「ん?ということはずっと見ていたのか」
「今の今まで、な。しかしソレすら気付かんとは本当たいした集中力じゃわい」
「それに今まで武器を振り回し続けた体力もな、というかフィジカルエンチャントの事も考えりゃ精神力もか。それで?一晩ぶっ続けでやってたんだ、手応えはあるのか?」
シグマの問いにクーガーは体を軽く動かしながら感触を確かめていく。
「――ああ。一夜漬けとはいえ大分馴染んできた、これなら実戦でも問題なく扱えるだろうよ」
確かな感覚を実感し想定の練度を得られたとクーガーは満足そうな顔でニッと笑う。
「それに別に大それた事でも無いだろう。勇者がやった事に比べりゃこの程度ギルドの連中だって収得とは難しくないぞ」
フィジカルエンチャントさえ扱えれば、後は魔力の出力を絞るだけなのだから。
「ずっと見ていたんなら理屈はもう解っているんだろ?ある程度訓練すれば身に付く程度のモンだが、役に立つはずだ」
クーガーはヨダに他の奴らにも覚えさせられるだろと言外に言った。
「そうじゃな。皆が皆、お前のような完成度で扱えるまでとはいかんが、その半分位までは使えるように指導をしていくとしよう」
ヨダの言葉にクーガーはそこまで難しいものかと首を傾げるが、ヨダやシグマにしてみればここまで磨き上げられるのはやはりクーガー自身の技量の高さゆえだと感じていた。
「まいいか、だが折角の強力な術だ。磨ける余地があるなら磨いて損はないぞ。個人の意見だがこういうのは生存力に直結するからな」
いつもと違い口数が多いのは夜通しの訓練が満足のいく結果で終わった満足感からか。珍しく己の意見とささやかに他者を思う言葉を漏らしたクーガーに、シグマは先代の姿をはっきりと見た。
「流石に疲れた。さっさと汗を流して飯でも食うとするさ」
話しは終わりだと切り上げ歩き出すクーガーをシグマは制した。
まだ何かあるのかと訝しげな視線をクーガーは向けるがシグマの真剣な表情に重要な案件だと察した。
「―――」
シグマは言葉を選んでいた。
最初はクーガーの意志に任せると言いながら、先代の影を感じると頼りたい、任せたい気持ちが沸き上がってきていた。
何と弱い意志かと心の中で嘲笑して沸き上がった気持ちを抑えこんだ。
「お前に任せてみたい案件がある」
「緊急依頼か?」
「厳密に言えば違うがな。ローランド国王の最側近、マリナスからの勅命がギルドに下った」
勅命という単語にクーガーの視線が鋭くなる。隣にいたヨダは突然の事態に驚いたが静観を決め込んだ。
「激化する戦いの中、勇者達を支える為に追従出来るパーティーを一組選出して欲しい」
その言葉を聞いてクーガーの目が大きく開かれる。
「ギルドマスターとして今ウチが抱えている案件やその他事情を含めて考えた結果、一番に上がったのがお前達のパーティーだ」
クーガーは無言。まだ話しは続くと察して口を挟むことをしなかった。
「本来なら四人揃った状態で話すのが筋だ。だが今回、先んじてお前に話すには訳がある」
個人の事情が入るかとヨダはその場を離れようとしたが二人は構わないと止めた。
「俺はお前の事情を知っているつもりだ。だからこそ今回の案件、受けるか断るか、その是非をお前に問いたい」
おそらく今後の戦局を左右するであろうと確信する重要な選択をシグマはクーガーに問いかけた。




