68話
康一達と別れ城を後にしたリフルは一人教会へと向かっていた。
魔族討伐の成果自体は文書にして報告してきたが、今回は久しぶりに纏まった時間が取れるため足を運ぶことにしたのだ。
「久しぶり、と思うくらいに戻って来てなかったのですね」
自分にもとって当たり前の場所である教会を見た時に懐かしさを感じたリフル。いつもと違う感覚に少し緊張しながらも教会のへと向かっていく。
「――あら?」
扉を開こうとした時に何かぶつかり合う音が響いているのに気付いた。
カンカンと乾いた音が断続的に続き、その発信源が中庭である検討をつけたリフルは音の正体が気になり中庭へと足を進めた。
「やあ!とおっー!」
「くぅっ!このぉー!」
少年の元気な掛け声とそれを応援する子供達の大合唱がハッキリと聞こえ、目的の場所へとたどり着いた事を察したリフル。
更に歩を進め音の鳴る現場に出ていくとそこには二人の少年が木剣で打ち合いそれを囲むようにして子供達が応援していた。
「この子達は――?」
「あらリフル。戻って来たのですね」
見かけない子供達を見て一体どうしたのだろうと考えていると横から声を掛けられた。
「シスターサローネ!ああっ、お久しぶりです!」
サローネと呼ばれた壮年のシスターを見たリフルは喜びの声を上げて抱きついた。
片親だったリフルは幼くして残った母親も病により喪っている。その時に母親と親交のあったシスターサローネが親代わりとなってリフルを引き取ったのだ。
それからのサローネとの日々はリフルにとって掛け替えのない思い出になっている。
普段は神官として大人びているリフルだが、サローネに抱きつく姿は母に甘える子供のようだった。
「あらあら。久しぶりに戻ったと思ったらこんなに甘えて。ふふ、怪我などないようでなによりね」
優しく微笑みサローネもリフルを抱きしめ返す。優しく包むような温かさがリフルの胸を満たしていく。
「シスターもお元気そうで」
「貴女が頑張っているんだもの。私も頑張らなくちゃね」
互いの息災を確認し合う二人。それが気になる子供達は手を止め二人を見ていた。
「シスターサローネ。その人は?」
その中の一人の少年が問いかける。
「あらいけない。あなた達を迎えに来たのに話しこんじゃったわ」
リフルから離れ子供達へと向き合ったサローネは、リフルの事を紹介した。
「この子が勇者様と共に魔族と戦っているリフルよ」
勇者という単語に強く反応した子供達は尊敬の眼差しでリフルを見つめ口々にスゴい、カッコいいとはしゃいだ。
子供達の賛辞を戸惑いながら受け止めるリフルは、サローネにこの子達は?と疑問を視線にしてぶつけた。
その視線を受けたサローネはスッとリフルの隣に立ち、子供達に聞こえないように声量に気を使って話し始めた。
「この子達は郊外の教会から此方に移ってきた孤児なの」
昨今の魔物の脅威により、子供達の安全を考えつい最近ウォレスにやってきたという。
そんな経緯があったのかと子供達を慈しむように見るリフル。
「教会の皆もそれぞれ成すべく事をなしています。ですから今は私が彼らの面倒を引き受けているのよ」
そう言って子供達を見るサローネの顔は優しい。リフルの記憶にある母親と同じ愛しい子供を見つめる表情そのものだった。
「ねぇねぇ!勇者様ってどんな人!?やっぱりスゴい強い!?筋肉とかムキムキなのかな!?」
「ばか!勇者様なんだから、カッコよくて、爽やかに決まってるじゃない!」
子供達がそれぞれ思い思いの勇者像を言い合う様子を見てリフルは笑った。
「勇者様は、とっても心の優しい人で、私達の事を本当に思ってくれる素敵な人ですよ」
実際の勇者は彼らの想像とは少し違うけれど、あの人ほど勇者らしい人はいないとリフルは信じている。眩しいくらいに真っ直ぐで、人並みの恐怖を確かに感じながらも自らの意志で歩みを進める少年を、リフルは頼もしいと思っている。
「みんなも剣術の稽古をしてますが、目指しているものがあるんですか?」
リフルの質問に子供達は少しバツが悪そうに言い淀んだ。
何かおかしな質問だったかと首を傾げるリフルを見て、子供の一人がおずおずと言い出した。
「その、ぼく達大きくなったら冒険者に、なりたく…て」
声が尻すぼみになっていくがなんとか言い切った台詞を聞いてリフルは合点がいった。
勇者と共に行動してる自分に対して将来冒険者になりたい、という思いを言い出すのを躊躇ったのだ。
「気にしなくても大丈夫ですよ。でも、どうして冒険者になりたいって思ったんですか?」
「あのね、私達ここに来るまでに冒険者の人達に守ってもらってたの!」
活発そうな少女が手を上げながら嬉々として話しだす。
「それでねそれでね!途中魔物とかやってきたんだけど、冒険者の人がズバーッ!てやっつけたんだよ!」
余程印象に残ってるのか身振り手振りで再現しようとする子供達。本人達は真剣にやっているが、リフルから見るとどうしても可愛らしく映ってしまい頬が緩んでしまう。
「皆スゴい強かったけど、その中で一番スゴい人がいたんだ!」
子供達の中では一番年上だろう少年が熱をもって話しだす。
「他の人は剣とか槍とか使ってるんだけど、その人だけハンマーを使ってドーン!!って魔物をやっつけたんだよ!」
「またその人のことばっかりー!」
またと他の子ども達が騒ぐ。どうやらこの少年は事ある度にその冒険者の話しをするらしい。
「本当にその人に憧れてるんですね」
「うん!」
そして少年はその冒険者について矢継ぎ早に言い出した。目付きは鋭く黙っていると怖いけど、魔物と戦ってる時は強く見えてカッコいいとか、ハンマーを振るっているのに動くのが遅くないとか、ふとした時に大丈夫かと声を掛けてくれる等々。
リフルも直に会ってないのに少しその人物について分かったような気持ちがわくほどに。
「はいはい、そこまでよ。もう少ししたらお昼ごはんですからね。さぁ準備を済ましていらっしゃい」
昼ごはんの単語を聞き取ると子ども達は我先にと駆け出していった。
「ほら貴女も。顔を見れて嬉しいけれど、戻ってきたのはカナード様とお話しするためでしょう?今ならお部屋でお一人で執務をなさっているはずよ。貴女の分もご飯を用意しておきますからね」
楽しみにしてますと言葉を残しリフルはカナードの元へと向かう。見慣れた光景に懐かしさを感じつつ目的の部屋へとたどり着くと扉を叩いた。
「カナード様。リフルです。今お時間を頂いても?」
扉の向こうから了承の返事が返ってきてリフルは扉を開く。
「久しぶりですねリフル。活躍は耳に届いていますよ」
「ありがとうございます。微力ながら勇者様のお力になれるようこれからも努めていきます」
「結構。それで、早速ですがお話しを聞かせてもらっても?」
「はい、まずは――――」
そしてリフルはこれまでの事を話しだす。簡単な顛末は書類にて報告はしているが、実際に見聞きして感じた所感も交えて話す事で、カナードが得た情報を補完していくためだ。
「なるほど。どうやら康一様は私達が思っているよりお強い方なのですね」
感慨深く溢すカナード。今出た強さとは戦う力ではなくて、康一の心の強さの事。
初めて康一を見た時は普通の少年と変わらないと感じていたがとんだ節穴だったと今なら分かる。この少年に任せる事に対する不安とそうさせざるをえない自分達の不甲斐なさから真っ直ぐに康一を見なかった事を反省するカナード。
それとは別に己の意志で勇者として歩む心の強さに感動を覚えた。
「はい。本当に立派な方です」
康一の姿を間近に見てきたリフルは尚更そう感じただろう。その言葉には実感が籠っていた。
「リフル。これから先も厳しい戦いであろう事は承知しています。どうか康一様を守ってあげてください」
魔族は皆全て他の魔物と一線を画している。今は順調でもこれから先もそうとは限らない。リフルが気を弛めるような者ではないと知ってはいるが、今一度とカナードは話す。
「勿論です。――私は最初、神官としての務めを果たすために尽力しました。それは今も変わりません」
珍しく自分の事を話し始めるリフル。カナードは口を挟まずに続きを待った。
「しかし共に行動していく程に思ったのです。私達の為に命を懸ける康一さんを支えていきたいと」
皆の期待を背負い、皆の希望たらんとする康一。その姿に、成し遂げた成果に人々はいかに力付けられたことか。
しかしその度に思う。なら康一の事は誰が支えるのかと。戦闘や身の回りの事ではなく、その心に気持ちに誰が寄り添うのかと。
皆を助けたいと本心に思う康一の心が押し潰されないように支えたいと考えるのはリフルにとって当たり前だった。
「出すぎた思いだと理解しております。でもこの気持ちは間違ってるとは思いません。拝命された役割は必ず成し遂げます。そして康一さんの事を案ずる事をどうかお許しください」
神官としての役目はこなす。そしてそこに私情を加えさせてほしいと頭を下げるリフル。
数秒の沈黙が流れるとカナードの笑い声が静かに響いた。
「ふふふ。わざわざ頭を下げたと思ったらそういう事でしたか。いやはや、康一様と同じくらいに貴女も真面目なのですね」
「はい?えとカナード様?」
まさかの反応にキョトンとするリフル。それがまた珍しいものでカナードは更に笑った。
「はははっ。いや失礼しました。反応が可愛らしくてつい」
コホンと咳払いを一つしてカナードは落ち着きを戻した。
「許すもなにも貴女が言った通り、その気持ちは間違いではありません。その気持ちを打ち明けた貴女を誇らしく思う事こそあれ、許さないなどと咎める事などありえませんよ」
ですから顔を上げて胸を張ってくださいとカナードは微笑んだ。
「あ、ありがとうございますっ!」
自分の気持ちを認めてくれた事に喜びと感謝を告げるリフル。
「でも康一様と同じく、貴女も無理をし過ぎてはいけませんよ。貴女がそう思うように私達も同じ思いなのですから」
サローネは特に、ね。と言われてリフルは大切なサローネの顔が浮かび上がる。
「彼女の気持ち、その心に、どうか悲しみなど訪れないように、全員で戻って来てください」
「――――はい!」
リフルの迷いのない返事にカナードは満足して笑った。
「さてそろそろ昼食の時間ですね。貴女も食べていくでしょう?久しぶりの食事、しっかりと楽しんでください」
リフルははい、と返事をして部屋を後にした。カナードは椅子に座り直し深く息を吐く。
「どうやら、上手くやっていけてるようですね」
人の気持ちを察し、手を差し伸べようとする思いを持ったこの娘ならば、きっと勇者の力になれると信じ送り出した。
彼女が語った勇者の人となり、それを聞いてこの判断は間違ってなかったとカナードは確信した。
人々の希望たらんと勇者として励む康一、全ての期待を背負いこむ姿をただ傍で見ることをリフルは絶対に良ししないだろう。きっと康一の気持ちを知った上で手を貸そうと差し伸べるはずと。
以前より僅かに感じていた危機感。康一の己を顧みないかのような行動力。それが今回の報告を受けて疑惑が確信に変わる。
康一は己が責務の為なら命を投げ捨てられると。
自分達の都合で呼ばれた少年を使い捨てるような事だけは何がなんでも阻止したいと思っているカナードは、リフルならばその思いを少しは思い留まらせる事が出来る事が出来ると託したのだ。
その思いを知っているのはカナード本人と、数少ない本心を語れる一人でありこの事を相談したサローネだけだ。
「死と隣り合わせの任に貴女を送り出した私が願う事ではありませんが。主よ、どうか彼女を無事に帰りを待つあの者の所へ戻れるよう御守り下さい」
脳裏によぎるは友から託された娘を推す決断をしてくれたサローネの姿。葛藤はあっただろう。相談をし、最終的に認めてくれた時に気丈な表情をしていたが、その両手が震えていた事をカナードは覚えている。
親と子を引き離すような事をしておきながら、その無事を願う自分に感じる嫌悪感。司祭であるのに託すしか出来ない無力感。
人々に安心を与える柔らかな笑顔の裏で、カナードはそれらを心の奥底に仕舞い込んだ。