67話
康一達と別れたシータは城内に宛がわれた自分の部屋へと向かった。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
扉を開けると仕えているメイドが恭しく頭を下げシータを迎えた。シータが戻ってくるという話しは届いているので事前の用意は抜かりなく出来ている。
「ただいま。どう?なにかしら変わった事とかおきてない?」
「ご心配なされるような事はなにも。本日はサウス様お越しになって、奥の部屋でお待ちになっております」
「珍しい、今日はこっちにいるのね。そのまま顔を出してくるわ」
シータの父はローランド王国の将軍の一人であるサウス。貴族出身でありウォレスから離れた場所に自身の領地も構えている。
同じ貴族出身のマルスは自治領を父に任し、自身はウォレスへと移り込んだのに対し、現当主でもあるサウスは自治領を拠点とし、ローランド各地の警戒と周辺領主とのやり取りを担っている。
そんな多忙な父がわざわざ来たとあらば休むよりも先に会わねばと部屋へと向かう。
「おお!やっときたかシータよ!」
扉を開け中へ入ると、シータの姿を見て待ちかねたと勢いよく抱きついてきたサウス。
「ええ、ついさっきね。お父さんも忙しいのによく来てくれたわね」
そんな父を嫌な顔をせずむしろ少し気恥ずかしさを感じながらも感受するシータ。高齢の時に生まれた待望の娘であるからか、自他共に認める過保護な父親だが、その愛情を真っ直ぐに受け入れているシータにとってはむしろ誇らしいものだった。
「ところで、話しをするなら座りましょ?」
「おっと、そうだったな。いやはや暫く顔も会わせないと寂しくてな」
はっはっは、と笑いながらシータから離れ、互いに椅子に腰を降ろした。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
それを見計らったかのようにメイドが扉を叩く。シータが入るように促すと、扉を開け入ってきたメイドが手早く優雅に支度をすませていく。
「それではごゆっくり。御用があればお呼びつけください」
完璧な仕事をこなすとメイドは部屋を出ていく。紅茶の優しい香りが鼻をくすぐる中、二人は口を開いた。
「お前の活躍は耳に届いていたぞ。功績を上げるのは喜ばしい事だがくれぐれも――」
「無理はするな、でしょう?耳にタコが出来るまで聞かされたから十二分にわかっているわ」
以前魔族オークと戦闘した時に相討ちを覚悟した事があったが、言ったらこの心配性な父親がどうなるか想像に容易いので絶対に口に出さないが。
「うむ。魔族討伐の任を背負っているお前に向ける言葉ではない事は承知しているが。子供の事を心配せん親はいないのだ」
「……ありがとう。そうならないようにこれからも成長していくから、その、心配しないで。帰ったらお母さんにもそう伝えておいて」
赤くなった頬を指先で掻きながらシータは今よりも強くなることを誓った。
「ああ伝えておこう。お前も時間が出来たら母さんに顔を見せてあげなさい」
「落ち着いたら必ず行くわ。ところで、お母さんの具合はどう?」
シータの母親は体が弱く、屋敷から出れることも稀なほど。だから心身ともに健やかに育ったシータをサウスに負けず劣らず溺愛している。
「元気にしているよ。心配を掛けまいと無理をしない程度だが運動もしている」
その姿を簡単に思い浮かべられたのかシータは微笑んだ。暫くぶりの親子の会話が穏やかに流れていく。そんな中、メイドが扉を叩いた。
「どうしたの?」
「お嬢様にお客様がお見えになってます」
はて、とシータは首を傾げる。確かに自分達が帰って来た事は知られてはいると思うが、当日に直接来る人物に思い当たりがない。だがまぁ断る理由もないか、とシータは中に入ってもらうように告げた。
ほどなくしてその人物が部屋へとやってきた。
「お邪魔するわよ」
「帰れ」
入ってきた少女に対して開口一番結構な口の聞き方をしたが何ら問題はない。目の前の幼なじみとは親同士の付き合いもあり小さい頃から知っているし、こんな事で傷つくような繊細さなぞ持ち合わせてはいないのだから。
「こら、シータ。折角来てくれたというのにそのような口の聞き方はなんだ!」
「お久しぶりですサウス様。それといつも事などでどうかお気になさらず。座ってもよろしくて?」
シータの予想通り少女は気にする事なく自分の隣に腰を降ろした。
「はぁ…。それで?一体どうしたっていうのよ、ルセア」
「ここ最近顔も会わしていない貴女が戻って来たと聞いたから会いにきたのよ。はいこれ差し入れ」
そう言って綺麗な装飾が施された菓子箱を手渡すルセアと呼ばれた少女。封を開けると中から甘い香りが広がり鼻腔をくすぐる。
「おおっ、またこれは旨そうな匂いが」
「へぇ、今こういうのがあるんだ」
「今城下で流行っているみたいなんです。甘すぎず優しい美味しさで評判なんですよ」
日頃ウォレスにいないサウスと、戻って来ても直ぐに出立するシータは珍しがり、ルセアの分のお茶も用意してきたメイドが説明をした。
「今朝がたギルドに行く用事があってね、それが済んだ帰りにたまたま買えたのよ」
おかわりするかもと多めに買っておいて正解だったとルセアは続けた。まさかシータの父サウスがいるとは思わなかったのでこれはラッキーだといえた。
「なら、それにありつける私も幸運だな。有り難く頂くとしよう。さ、シータも」
サウスに促されシータも菓子も口へと運ぶ。見た感じは普通のクッキーだがさてどんなものかと。
「っ!?、~~~!!」
普通のクッキーのようなサクっとした食感ではなく口当たりの良い柔らかい食感。口に入った瞬間に広がる優しい甘味が咀嚼する度に口内全てに行き渡っていく。
「っん。ふぅ」
それを飲み込むんだ後に鼻を抜ける優しい匂いがまた心地良い。思わず余韻に浸ってしまい顔がふやける。
「へぇ~」
「な、ナニよ!?」
「別にぃ~?喜んでいただいて嬉しい限りよ、と思っただけよ」
「くっうぅ……」
抜かった、とシータは口を噛んだ。あまりに美味しかったから緩んだ顔をしてしまった。別にそれ自体はまぁいいかと言えるが、問題はルセアの目の前でその顔をしてしまったということ。
年齢の割りに少し幼く見える自分に対して、凛々しいといえる少女として成長しているルセアにコンプレックスにも似た思いがあるシータとしては、子供っぽいと見える行動をルセアには見せたくなかった。
「それにしても危険な任務だけど元気そうで良かったわ」
いつもならもう一、二回いじってくるルセアが珍しく追撃してこなかったことに戸惑うシータ。その視線を受けたルセアはクスッと笑い。
「意外そうね?私だって貴女がどれだけ大変かは分かっているつもりよ。それでもいつものやり取りが恋しいなら直ぐにでも用意しますけど?」
「――余計なお世話よ。この焼き菓子と気持ちだけで充分だわ」
いつもはしつこい位に言い合うのにこういう時に限ってさりげなく気遣い出来るところも羨ましくもあり嬉しくもある。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見つめるサウス。その空気に耐えられなくなったシータは強引に話題を変えた。
「ところで!アンタの方こそどうなのよ!?少しは成長したのかしらっ!?」
幼少の時から魔法の才能を見出だされ最年少で加護を受けたシータ。サウスと同じ過保護な親を持つルセアが加護を受けたのはそれから大分後の事。
その積み上げた実力こそがシータがルセアに胸を張って誇る数少ない自慢であった。
「私?そうね、聞かれたからには答えなくちゃね」
そう言ってルセアはフフンと胸を張った。それによって強調される胸囲を見てシータは心の中で舌打ちを鳴らす。
「ついこの間レベル8になったのよ!」
「―――はぁ!?」
「なんと!?それはスゴい!」
ルセアの口から出てきた数字に驚きを隠せない。自分が出立する前の段階では確かレベルは4だったはずだ。それすらも普通の成長速度よりも大分速い。なのに今や倍のレベル8だという。
「レベル8って、アンタ一体どんな事してんのよ!?まさか危ない事に首突っ込んでんじゃないでしょうね!?」
どうやってそのレベルまで至ったのかも気になるが、目の前のじゃじゃ馬娘が危険な事に関わってるかどうかを気に掛けるのはシータの心根の優しさからくるものだった。
「心配してくれてありがとう。でもそんなに大層な事じゃないわ。ただほぼ毎日討伐の依頼を受けてるだけよ」
「それは大分大層な事では?マルスは止めないのかね?」
サウスの勘違いではなければマルスも自分に負けず劣らず娘を溺愛しているはず。それが毎日戦いに赴く娘の心配をしないはずはないのだがと考えた。
「初めの頃は注意を受けましたが、ここ最近は特になにも。きっと認めてくれたのだと思います」
笑顔で語るルセアだが、それは絶対認めたというより諦めたのではとサウスは思ったが余所の家の事情に口を挟むの憚られると考え苦笑いで返した。
「だから見てなさいな。今に貴女に追い付いてみせるから」
それはシータに対する挑戦。幼少の時から命を賭ける戦場に出ている戦士の先達であり幼なじみに並んでみせると言ってのけた。
「――――はっ」
シータは小さく笑う。ルセアが真面目に言っているのは勿論知ってる。決してシータを甘く見ている訳ではなく、それを本気で成し遂げられると信じている事も。
だからこそ此方も本心で返すのだ。
「随分低い目標ね。私程度を到達点に考えているならとんだ志だわ」
その物言いにルセアは表情が厳しくなる。それを確認したシータは言葉を続けた。
「アンタは何のために戦っているの?私はね少しでもローランド王国の為に尽力出来るように力を付けたの」
小さい頃から国の為、自治領の民の為に戦っている父の背中を見てきた。魔物を倒し帰って来た時の勇敢な姿を、付き合いの長かった親衛隊が戦死した時の悲しみを堪えた気丈な姿を。民を守り、国に尽くすのが貴族の役割だと教えてくれた父に憧れ、その力になりたくて努力を続けるシータにとってルセアの言葉は軽く聞こえていた。
「私は現状に満足してない。魔族討伐の任務に着いてる今も自分自身を成長させる事を怠ったりしていない。勇者が希望の核だとしてもそれに頼りきる事なんてまっぴらゴメン」
国に平和が訪れるまではいくらでも力を求める。現状に満足なぞしないし、ある程度の目標なんて立てる事もない。ただ一人に期待の全てを押し付けるなんてもっての他だ。
「もう一度聞くわよ。ルセア、アンタは何のために戦っているの?」
真っ直ぐに問いかけるシータの瞳は鋭い。幼なじみだから知っている。ルセアがなぜ戦いに出るようになったのを。だからこそ改めて問うのだ。アンタが力を付けたのは自分に並び立つ為ではないだろうと。
「――――」
その視線を正面から受け止めたルセアは自分を恥じた。普通よりもかなり速度で成長し、その事に現を抜かして、何のために力を付けているのか忘れていたのだ。
「私は―――、」
言葉を区切り息を飲む。この後出す言葉は覚悟を持って言わなければならない、だからこそ一拍おいた。自分の願いを思い浮かべて文字にして、声に出して言葉にした。
「私は目の前で助けを求めている人を絶対に助けたい」
過去、仲の良かった友人の村が襲われた。その報せを受けた父が軍を率いて駆け付け魔物を退治するも、村の人達に被害は出ていてその中に友人の親もいた。
――――何でもっと早く来てくれなかったのっ!?
親を失った友人が父達に叫んだ言葉。それをただ受け止める事しか出来ない父。
「そんな悲しい思いをさせたくない」
それはシータだけではなく自分にも向けた宣誓。もう二度と忘れないよう胸に刻み付ける誓いの言葉。
「国の人達が間に合わないような場面を救う為に私はもっと強くなる」
シータを真っ直ぐに見つめ言い切ったルセア。シータはそれを噛み締めるように数秒の間。
「なんだ。ちゃんと言えるじゃない」
柔らかな笑顔でシータはそう言った。ルセアの答えが自分の願い通りで満足したように微笑んだ。
「貴女は勇者と共に魔族を倒す。でもそれ以外にも魔物の脅威は蔓延っている。そこから生まれる悲劇を少しでも減らす為に私は戦う」
「私はさっさと魔族をぶっ飛ばして国の人達が明るく笑えるように戦うわ」
「見てなさい。さっさと貴女を追い越して、私が全てを解決するような活躍をしてみせるんだから」
「あら残念だけどアンタの成長を待つまでもなく私達が終わらせてあげるわ」
語る二人の表情は先程違い明るく柔らかい。それを見守っていたサウスはもう大丈夫だろうと思い、温くなった紅茶を入れ直してもらうためにメイドを呼んだ。
「紅茶のおかわりと、どうやら長くなりそうだから小腹を満たせるものを頼むよ」
此方の会話など一切気にせず笑顔で言い争う二人。本来なら戦いよりも遊んでいたい年頃のはずの二人を見つめ、どうにもやるせない気持ちがありながらも、国の未来を思い次代の希望を担うであろう姿に頼もしいと感じてしまうサウスだった。




